6.5通目(ゼルゼンに届いた手紙)

第20話 送り主不明の手紙と小包



 場所は、オルトガン伯爵家・王都邸。

 伯爵家の末娘・セシリアの専属執事ゼルゼンは、使用人用の休憩部屋で一人食事を摂っていた。

 

 今はちょうど、セシリアが食事中。

 この時間、主人周りの世話をするのは主にパーラーメイドの役目なので、ずっと主人に付きっきりの専属執事にとってこの時間は、数少ない休憩時間となっている。


 

 食事を全て腹に納め、彼は「はぁ」と息を吐いた。

 別に憂鬱な訳ではない。

 しかし例え自分で望んでセシリアの専属執事に収まりそれなりに充実した仕事ぶりの彼だって、何も疲労が溜まらないという訳ではない。


 今日だって、セシリア宛の社交への招待状に断りの返信をするのに忙しい。

 勿論それだけをしている訳ではないが、ずっとペンを握りカリカリカリカリやっていると肩も首も手首も指も全てが悲鳴を上げ始めるのだ。

 主人であるセシリアが頑張って熟しているので普段弱音は吐かないが、一人の時くらいはちょっとくらい、ため息を吐いても良いだろう。


 しかし幾ら疲れていたとしても、今が休憩中だとしても、結局彼が考えるのは主人の事だ。


「うーん……午後のティータイムにはどんなお菓子が良いだろう」


 最近疲れている様子の主人の、趣味であり今できる唯一の気晴らしが毎日のティーブレイクだ。

 「今日はどのお菓子を厨房にリクエストするかな」なんて考えていると、スッと視界が薄暗くなった。


「ゼルゼン、昼食は終わりましたか?」

「マルクさん」


 近くの窓から差し込んでいた光を遮って立つ初老の執事に、ゼルゼンはそう声をかける。

 


 珍しい。

 ゼルゼンがそんな風に思ったのは、彼が中休みであるこの時間にこうしてわざわざ人を探しに来る事なんて滅多にない事だからだ。


「もう既に終わりました。今は午後のティータイムにお出しするお菓子に着いて考えていたところです」

「全くあなたは……頭もきちんと休ませてのなければいけませんよ?」

「人には『休憩するのも仕事の内です』などと教えておきながら、自分自身は主人の食事中にだって結局何かしら動いているような人には、あまり言われたくありませんね」

「言うようになりましたね、ゼルゼンも」


 そう言ってふふふっと笑う彼は、指摘されたその悪癖を否定も改善もするつもりは無いらしい。

 その潔さがあまりに『らしい』様なので、ゼルゼンも思わずフッと笑ってしまった。


 

 そんな彼の前にスッと、何かが差し出されてくる。


 小さな箱と、その上に置かれた一通の手紙。

 その手紙の宛先には、たしかに「伯爵王都邸・セシリア付き執事・ゼルゼンへ」という文字が書かれている。

 が。


「……俺宛?」


 それを前に、ゼルゼンは思わず首を傾げた。


 最近手紙はよく見るが、それはどれもセシリア宛だ。

 自分に来る手紙なんて、これが人生初である。


 貰う心当たりが思い当たらない。

 それだけに留まらず加えて、渡されたのがどう見ても自分には可愛すぎる封筒とラッピングが成された箱だったので、思わず困惑してしまう。


 

 しかし何も分からなかったという訳でもない。


 おそらくだが、送り主は平民だ。

 少なくとも封筒に関しては、最近散々良い品質のソレと仕事でにらめっこしている。

 これが平民にも手の届くお手頃価格のものだというのは、見ればすぐに分かる事だ。


 と、ここまで考えた時だった。

 マルクが「では」と口を開く。


「渡しましたから、私はコレで」

「あ、はい。ありがとうございます」


 去ろうとしたマルクの背中に慌ててお礼の言葉を投げると、朗らかな笑顔と共に「どういたしまして」という言葉が返された。


 そんな彼を見送ってから、ゼルゼンは改めて置いていかれた箱と手紙に目を向ける。



 パッと見た感じ、木箱の方に宛名は無い。

 しかし手紙が離れないように留められているようなので、同じ人間からなのだろう。


 ゼルゼンは、手紙をスッと裏返す。

 通常封筒の裏面には、送り主の名が書いてある。

 それを狙っての行動だ。


 が。


「……あれ、無いな」


 送り主は綺麗サッパリ無記名だった。

 これじゃぁ一体誰からなのか分からない。

 

「こうなったら内容から送り主を察するしかないか」


 まぁ少なくとも、自分宛であることは間違い無いのだ。

 だから送り主の分からぬ手紙を開く事には大して忌避を感じない。

 しかし緊張はしてしまう。


(これ、多分女の子……からだよな?)


 誰からだろう。

 領都の平民街にはゼルゼンも、休日に下りる。

 

 主に買い物としたり、何か食べたり。

 そうやって完全なるプライベートを過ごす内に、街には顔見知りだって出来た。

 そこには当然女の顔見知りも居るし、一部の人には「王都の屋敷の方に行くので当分来ない」と言ってある。

 手紙や小包も送ってくることが出来るだろう。


 

 封筒の中に身は、手紙が二枚入っていた。

 ちょっとした動悸を抱えつつ、彼は手紙を開いて目を落とす。


 

 ――――


 ゼルゼンへ。


 てめぇコノヤロウ。

 『手紙は不要だ』って言ってたが、物申したい事が有りすぎて結局書いたわ!

 送料割り勘で負担した俺達に感謝しろよなっ!!


 ―――― 



「紛らわしい! チョットでもドキドキして損したわっ!!」


 ゼルゼンは、思わずガタッと立ち上がり、手紙を机に投げ付けた。

 ペチンッと可愛らしい音が鳴ったが、幸いにも室内には誰も居ない。

 お陰で彼の取り乱し様を、目撃した者も居ない。



 『手紙は不要だ』というワードと荒い言葉遣い、そして何よりこの汚い字。


 間違いない。

 送り主はユンである。


「大方便箋は多分同期の誰かからの支給品なんだろうけど……それにしたってせめて送り主の名前くらい書いとけよ!」


 そんな風に口に出して、しかしすぐに「待てよ?」と思う。


 もし送り主としてきちんと名前が書いてあったとして、だ。

 それはつまり誰からも送り主が分かるという事である。


 もしこんな可愛らしい便箋と包みが、ユンからのものだと分かったら。

 それはそれで変な憶測を呼ぶかもしれない。


「……もしかしてコレ、結果オーライだったかもな」

 

 少なくともユンはそんな気配りを出来るタイプではないので、これはただの偶然だろう。

 その偶然に、ゼルゼンは深く感謝した。



 そして、ため息混じりに再度席へと座り直す。

 やっと少し、動揺が落ち着いた。

 机の上の手紙を拾い、また続きに目を通す。


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