第10話 え、無自覚?
すると同じ事を思ったのか、デントが困ったように笑う。
「ま、まぁ、セシリア様に友達が出来そうなのは良かった……よね?」
その声が少し自信なさげだったのは、周りの空気を読んだからだ。
するとそれに、メリアも「え、えぇ」と答えて続く。
「ゼルゼンの懸念は尤もだろうし、貴族の友人が居るに越した事は無い。十分歓迎すべき事よ」
最初の内は動揺していたメリアの声も、話す内にだんだん自信が出てきたのか。
後半部分はいつもの真面目な声で言い切る。
するとそれにアヤがあっけらかんと言った。
「まぁちょっと癖のある相手みたいだけど、セシリア様ならそういうのも多分あんまり関係ないしね」
と言いながら、アヤの視線が何故かユンとグリムへと向く。
それにユンはすぐに気付いた。
「何で俺だ」
「え、自覚なかったの? セシリア様との初対面。二人の態度は、相当面倒くさかったけど」
まぁ確かに、そのくらいの自覚はある。
もしあの時の俺達を今目の前に連れてこられて「はいこれどうにかして」と言われたとしても、絶対に俺には無理だろう。
そのくらい面倒臭かったという自覚が。
が。
(嫌味でも何でも無く、ただ普通に驚いてやがるなコイツ)
十分扱づらい部類に入るだろうコイツにだけは、少なくとも言われたくない。
しかし、確かにアヤの言う通り、当時の二人をどうにかしてしまったセシリアはやっぱり凄いとはユンだって思う。
ユンやグリムだけじゃない。
他の全員だって全員、セシリアに影響されて今がある人間ばかりだ。
デントが御者として頑張れているのだって、ノルテノがメイドとしてやっていられるのだって、結局は全部セシリアが起点になっている。
どうにかしたいけど、どうにもならない。
そんな他人の気持ちを救い上げるのが、セシリアは多分得意なのだ。
だからこそ、反発していたユンも、流されていたグリムも、気が弱いデントも、内向的なノルテノも、みんなセシリアに救い上げられた。
そんな彼らだからこそ、セシリアの事を信じられる。
きっと大丈夫だろう、と。
「きっとその子の中にも何か光るモノを見つけたのかもしれないね」
そう言ったのは、穏やかな声をしたデントだった。
しかしそこに、すぐさま水を差すような声が被さる。
「まぁセシリア様の事だから、ただ『好奇心に負けて』っていう可能性もあるけどね」
クツクツと笑って告げられたそんなグリムの言葉を、ユンは咄嗟に否定できなかった。
確かにその可能性も大いにあるから。
しかしそれにしたってここは、空気を読むところじゃないだろうか。
「って、そうじゃないっ!」
セシリアに友人が出来そうな事は喜ばしい。
セシリアやらまぁうまくやるだろう。
が、そこじゃなくて。
「何で敵を増やしてるんだ! あのバカは」
ユンがまるで叫ぶようにそう言えば、周りは一瞬しんとなった。
しかし半ば逃避気味にしていた面々も、まるで観念したかのように次々に現実へと帰還してくる。
「まぁ今回の問題は正にそこだよね」
「しかも相手は公爵家。侯爵家よりもまだ一つ上の爵位が相手なんだからどうしたらいいのやら」
「何でよりにもよってそんな相手に楯突くなんて……」
そう、今回セシリアは自分より2つも上の爵位相手に喧嘩を売ったことになる。
例えば使用人見習いの分際で、各仕事場の最高責任者に対して喧嘩を売るのと同じ感じだ。
「もし自分たちがする事になったら」なんて思ったら、とりあえず身震いが先立つような事態である。
というか、だ。
「そっちの方が大事だろうに、何でアイツ、その事たった一行しか書いてないんだよ。情報足りなさ過ぎんだろ!」
手紙を一目見るだけで、ゼルゼンがどれだけセシリアの交友関係を心配していたのかはよく分かる。
しかしこれじゃぁ「楯突いた」という事しか分からない。
「大丈夫」とは書いてあるが、そう思えるだけの情報が提示されていないから、より一層不安になるだけである。
「本当に何やってんだアイツ」
半ば切れぎりにそう呟けば、隣でノルテノが「大丈夫かなぁ……セシリア様」と小さく呟いた。
見れば、まるで草陰に隠れていた所を熊に見つかってしまった仔ウサギのように、プルプルと全身で震えている。
ヤバいこの間よりも重症だ。
ちょっと可哀想になってしまって、ユンは視線を泳がせた。
(誰でもいいから早く助けてやってくれ……!)
ユンがそう思った時、意外な事にその助けになったのは飄々とした声だった。
「心配しなくても大丈夫でしょ」
「……へ?」
ノルテノが、不安げなまま顔を上げる。
視線の先にいるのはグリムだ。
先程までは「そうだもっとやれ」と言わんばかりに喜んでいたグリムだったのに、一体どういう風の吹き回しだ。
そんな風に思っていると、彼は何とでもない事のように言う。
「だってあのセシリア様だよ? それともノルテノ、君はセシリア様が何かに失敗する所をまさか想像できたりするの?」
「……出来ない」
「なら大丈夫でしょ」
「……うん」
そんな簡単なやり取りで、ノルテノの顔から緊張が解け、震えがピタリと止まってしまった。
もしかすると、この場で最も慰めを言わなそうな人間が言ったのが、逆に良かったのかもしれない。
そして事実、おそらくグリムは特に慰めたつもりもなかったんじゃないだろうか。
彼の表情や声が、「今更何を当たり前な事を」と言っている気がした。
だから多分、彼は単に自分の中の確固たる事実を言っただけだったのだろう。
そんなグリムに、心の中でユンは「仕方がない奴だなぁ」と思ってしまう。
コイツはいつもセシリアが巻き起こすアレやコレやを嬉々として見聞きしているくせに、誰でもないセシリア自身がそれを収めるだろう事を信じて疑っていない節がある。
むしろ、だからこそヤバい状況を持ち出されても、いつもただ純粋にそれを楽しむ事が出来るんだろう。
「お前って、何だかんだでセシリア様の事、いつもめっちゃ信じてるよな」
思わず出たのは、まるで尊敬のような言葉だった。
しかし俺のこの言葉にグリムは、何故か怪訝そうな顔をする。
「一体何が?」
「え、無自覚……?」
マジかよここまであからさまで?
そう思って周りを見ると、周りも「え、一体どこを見て?」という顔になっている。
え、何、気付いてるのは俺だけなのか?
それとも俺の勘違い?
そんな疑惑を胸にいだきつつ、今回はお開きとなったのだった。
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