5通目

第11話 穏やかな休日に届いた手紙



 その日はとても暖かな陽気だった。


 今日は何と久々の訓練休み。

 伯爵家の敷地内で木陰に一人、ユンは大の字に寝転がっている。



 サワサワと囁く木の葉の音と、たまに聞こえる鳥の声。

 それらが全て、平和で緩やかなこの一日を象徴しているかのようである。



 今日は一日、予定がない。

 気の赴くままに好きなことをしようと決めてる。

 

 その内の一つがこうして木陰でゴロンとする事だった。


 

 ここでこうしていてふと思い出すのは、セシリアの事。

 それはユンが休みの日にはたまに、セシリアとゼルゼンと良くここで3人揃って来ていたからだ。


 俺の真似をしてゴロンと芝生に転がったセシリアと、その傍らに立つゼルゼン。

 どんなに「お前もゴロゴロしようぜ」と誘っても、ゼルゼンは決して首を縦には振ってくれなかった。

 

 「俺は今仕事中だ」と言って聞かない彼は、しかし会話にだけはタメ口で参加してくれるので仕方が無しに許してやっていた。


 

 しかしそれも今年からは行われない。

 セシリアもゼルゼンも、寒い時期にはここに居ない。

 それがなんだかちょっと不思議で、ほんの少し寂しい気もする。



 しかしそれにしても、だ。


「……なんか腹減ってきたな」


 そんな言葉に答えるように、お腹が「ぐぅ」と音を立てた。

 

 腹時計的にはもう、昼ご飯の時間帯だ。

 そろそろ飯でも食べに行くか。

 そう決めて、ユンはヒョイッと起き上がった。




 やってきたのは、いつも同期会を行うあの使用人棟の共同スペースだ。


 元々使用人棟は、伯爵家の厨房の裏手にある。

 そういう事もあって皆、食事は毎回使用人棟へと戻ってきて食べるのだ。


 だから例え非番であっても、時間が合えば昼食休憩をしている同期の顔を見ることもある。

 そしてそれが、今日はたまたまアヤとデントの二人だった。

 


 配膳された昼食を持って二人が食べている席に行くと、私服の俺を見た二人は「今日は休みか」という顔をした。


 伯爵家では、もれなく全員仕事着という物が存在している。

 ユンでいえば訓練着だ。

 この時間にそれを着ていない理由なんて、非番以外にあり得ない。

 だから互いに非番の日には、すぐにバレてしまうのである。



 とはいえ、だ。

 特に隠すような事でもない。

 だから俺も特に気にせず一緒に座って、昼食を取りながらいつもの様に世間話を互いにし合う。


 今日は特に予定もないし、聞けば二人共休憩終わりが一緒らしい。

 なら二人の休憩終わりまで、付き合うのもまぁ良いかと思ったのだ。



 だから食後も二人と話していると、向こうから「おぉ居たか」という声が聞こえた。

 見ればそこには、ユンの父親が居る。


 この時間に珍しく俺を探していたらしい父親は、手に白い物を持っていた。

 よく見れば良く見慣れた封筒である。


「手紙?」

「あぁ、ゼルゼンからな」


 さっき渡されたから、ここで会えたらそのまま渡してしまおうと思ってな。

 そう言って渡してくる手紙を、ユンは「サンキュー」と共にぶっきらぼう気味に受け取った。


 一体何が書かれているのか。

 そう思うと楽しみなような、怖いような。

 

(少なくとも平和な休日は今無くなったな)

 

 そう思って思わず複雑そうな顔をしていると、ふと横から視線を感じた。


「……何? 父さん」

「いや、今回は奇声を上げたりしないだろうなと思って」


 その一言で、前回の同期会の後の事を思い出す。



 夜だった事もあり、廊下で上げた俺の声はどうやら帰ってきていた同僚や上司に丸聞こえだったらしい。

 俺がすぐに共同スペースに向かったもんだから、たまたま部屋にいた父親の方にみんなして「どうしたのか」と質問攻めにしたのである。


 そのせいで、ユンは部屋に帰った後で「夜に叫ぶな」と怒られたのだ。


 

 人が居る場所という意味では、ここも十分当てはまる。

 ここでまた奇声を上げれば、やっぱりみんな前回同様「何事か」と思うだろう。

 ともなれば、父親側の懸念も尤もだ。

 しかし。


「……今回は大丈夫だから」


 流石に父親から監視されつつ手紙を読むのは気が散ってしまう。

 気を付けるからと言いながらユンがやんわりと同席を断ると、少し疑わし気な顔はしたが結局「絶対だぞ」と言い残して彼の父は去っていった。

 



 その背中を見送って、ユンは「ふぅ」とため息を吐いた。

 そし前方に視線を戻して、思わずギクリと肩を揺らす。



 目の前には、せがむようなアヤとデントの瞳があった。


 まぁそれも、当たり前といえば当たり前だ。

 もし自分がこの状況でお預けを食らったら、きっとこの後の仕事に響いてしまう。

 何故ならゼルゼンからの手紙には、毎回波乱が綴られているのだから。


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