4通目

第9話 前半と後半の文章落差よ



 それからまた、2週間と少し後。

 またもやユンの手には一通の手紙が握られていた。

 待ちきれずに既に一度読み終えたその手紙の内容は、端的に言うと『バットニュース』だ。


 否、もしかしたらセシリアというよりは、相手にとってのバットニュースなのかもしれない。

 しかしユンから見れば、どちらにしろ同じ事だ。


 残念なその内容に、彼は思わず「あー……」と声を上げながらやり場のない感情を天を仰いでそっちに逃がす。


 何でそうなった。

 そう問い詰めてやりたい気持ちになってしまう。

 だって前の手紙で、ゼルゼンは確かに書いていたのだ。


 『和解するつもりだ』と。




 仕事を終えていつもの共同スペースにユンがノロノロとした足取りで現れると、そこには既に全員の姿があった。


「ちょっと! 呼びつけておいてちょっと遅過ぎるんじゃない?」


 そう言ったのはメリアである。

 それに「あー、すまん」と素直に謝罪すれば、彼女がまるで間違えて変なものでも飲み込んでしまったかのような顔になった。


「アンタちょっと、どうしたのよ……?」

「何が」

「そんなすぐに謝るなんて、変なものでも拾い食いしたの?」

「拾い食いなんてするかアホ。っていうか、その言い草じゃぁ俺がいつもは全然謝らないみたいだろうが」

「え? 実際にそうでしょう?」

「てめぇコノヤロ」

「ねぇ二人共、痴話喧嘩はその辺に」

「「痴話喧嘩じゃない!」」


 アヤの言葉に二人して、同時に振り向き突っ込んだ。

 何故かアヤがニンマリとした顔つきなので、嫌な予感がして周りを見れば、ノルテノがまるで微笑ましい物を見るかのような顔になってる。


 何だその目は。

 お願いだから辞めてくれ。


 反論を求めてデントを見れば、彼には困った顔をされてしまった。


「何をどう見たら一体そんな顔をされる関係性になるんだコイツと俺が!」


 ユンがそう言えば、彼にメリアも同調する。


「そうよ、私はコイツがいつもアホすぎるから相手をしてあげてるだけ」

「何だと?」

「それに私の好みはもっと、知的でもの静かな人よ」

「それは良かった、俺とまるで真逆だな!」


 これで俺の疑いは晴れた。

 そう思って見回せば、何故か周りに今度は可哀想な物を見る目を向けられている。


 別にフラれた訳じゃないから!

 そう言おうとした時だった。


「ところでそろそろ読んでくれない?」


 生真面目な顔でメリアがそう言ったので、俺は思わずそれに吞まれて「あ、あぁうん読む」と答えてしまう。


 

 答えておいて話をわざわざ蒸し返すのも何だかちょっとカッコ悪い。

 そう思って、俺は手紙をペラリと開いた。


「俺もう、ワクワクが止まらないんだけど」

「わ、私は不安が止まりません……」


 グリムからは期待の眼差しを、ノルテノからはもの凄く濃度の濃い不安が籠った眼差しを向けられる。

 しかし例えどんな目を向けられたとしても、手紙の内容は変えられないのでどうにもならない。

 ユンは、降参してその内容を読み始めた。



 ――――


 ユンへ。


 先日の和解するっていう件なんだけど、公爵家主催のお茶会へのお誘いを受ける事になったんだ。

 そこに例の侯爵も来るらしくって、だから「そこで和解申し出がされるだろうな」というのがこっちの見解だった。


 実際にそういう展開にはなった。

 なったんだけど……。


 俺はセシリア付きの執事だから、その日ももちろんセシリアの後ろについていた。

 つまり一部始終を見てきた訳だ。

 

 その俺から言わせてもらえば……セシリアは悪くない。

 アレは確実に、正当防衛と言っていいものだったと思う。

 それだけは先に言っておくぞ。


 で、結論はというと、一応和解は成った。

 でも結果的に侯爵家だけじゃなく、公爵家にまで楯突くような形になった。



 しかしまぁ、セシリアたちは全く気にしていないから大丈夫。

 その後も普通に社交活動してたから問題ない。




 あ、そうそう。

 セシリアが社交界で初めて友達を作る気になったらしい。


 相手は子爵家子息で、ちょっと人間不信気味ではあるんだけど……まぁ警戒してるだけに見えるし、今の所特に悪いヤツじゃなさそう。

 セシリアの話し相手をするにも申し分無さそうだし。


 しかしホントに良かったよ、セシリアがその気になってくれて。

 アイツは今や社交場トレンド噂話の当事者だし、ちょっと今変な目立ち方してるからな。

 周りからの人気は高いし、その話題性をセシリア自身も上手く捌いて人脈形成に使ってる。

 でもアイツは「これは社交っていう名の貴族の義務だから」とでも思ってるのか、誰相手でも一線引いてる感じなんだ。


 まぁ、交渉事にはそれで多分良いんだろうけど、それだけじゃぁちょっと寂しいし、心だって休まらないだろ?


 もちろん俺だって「全員と近くなれ」とは言わないし、それはそれで警戒心皆無すぎてむしろ不安になるけどな。

 それでも貴族の友達だって必要だろ?

 俺達は確かにセシリアの友達だけど、それでも結局貴族界では俺らは完全に無力だし、セシリアを守ってやるにも限度がある。

 やっぱりあっちでも気のおけない相手ってのは、作っておいたほうが良い。


 だからよかった。

 ホントに良かった。

 ちょっと俺、安心したわ。



 じゃぁ、また次の手紙で。


 ゼルゼン。


 ――――



「「「「「……」」」」」


 前回と同様、今回も思わず一同は無言になった。

 しかしそれは、前の時のように内容がショッキングだったからではない。

 

 否、確かに「どうしてそうなった?!」的な内容も書かれていた。

 書かれていたが、それより問題は前半と後半の文章落差だ。


 何だアレは。

 最後の方、読んでる俺もちょっとほのぼのしちゃっただろうが。


 ユンは、そんな風に心で突っ込む。

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