第8話 ノルテノを宥める会



 という訳で、夜。

 各々の仕事が終わり同期が全員集まる卓で、またユンによるゼルゼンの手紙朗読会が開かれた。


 きらめく瞳を携えた約一名を除いて、心配混じりの視線が向けられる。

 そんな中、ユンは一度腹から深く息を吐いて、手に持つ手紙をゆっくり開いた。



 ――――


 ユンへ。


 人生でこの二週間ほど長いと感じた事はない。


 王城パーティーでの一件でセシリアが撒いた小さな噂の種が、独り歩き&急激に勢力を拡大している。

 お陰で世論はセシリアに味方してるが、大事になりすぎてかなりヤバい。


 聞いて驚け。

 セシリアが侯爵子息にドレスを汚された件が発端となり、現在この国を二分する貴族派閥の内の一つ『革新派』に、大きな危機が訪れている。



 まぁセシリアは、あくまでもあの件に関するすべての噂を肯定も否定もしなかっただけで、勝手に加熱したのは周りだけどな。

 それでもその全てがセシリアの思惑通りに進んでるんだから、ホントに怖い。


 社交だって、マルクさん曰く「貴族はこの期間社交には、大抵毎日のように出るもの」らしいけど、セシリアは週に二回出れは良い方だ。

 基本的に家で貰った招待状へのお断り返事を書いてるか、ティータイムとかして好きに過ごすかの二つしかしてない。

 それなのに、見事にこの騒動の中心人物だからもう驚くしかないぞ。


 ……思えば今まで、俺はセシリアのいじける所は何度も見た事があるんだけど、怒った所は見たことが無い。

 もしこれが怒った時のセシリアの常なんだとしたら、絶対敵には回しちゃいけない。



 とはいえ、セシリアもそろそろ侯爵と和解するつもりでいるらしい。

 どうやら気が済んだのと、これ以上すると王族か介入してくる可能性があるからなんだとか。

 

 どちらにしても矛を収めるらしいので、とりあえずは一安心だ。

 


 という事で、今回の報告は終わり。

 本当はもうちょっと詳しく書きたいところなんだが、生憎俺は、セシリアが話題の的になった事で大量に送られてくるようになったお茶会への招待状への返信を手伝っている影響で、今にも手が死にそうだ。

 このくらいで勘弁してくれ。


 ゼルゼンより。


 ――――


「「「「「……」」」」」


 誰も何も言わなかった。

 その気持ちがユンには良く分かる。



 そんな中、意外にも初撃飾ったのがノルテノだ。


 「だ、大丈夫なのかな、セシリア様……」


 小さいその声はひどく震えてしまっている。

 間違いない、心配し過ぎての事だろう。

 

 彼女が気にしているのはきっと「社交界にそんな大きな影響を及ぼすような事をして、セシリアが逆に誰かから虐められたりしないだろうか」という事だろう。


 確かに、だ。

 事の詳細はよく分からないが、この手紙を読む限り自体はかなり大きな事になっているらしい。

 ならば周りから要らぬ悪意を貰う可能性だって出てくるだろう。

 例えば、そう。

 逆恨みとか。



 しかしユンは、その点についてはあまり心配していなかった。

 というもの、だ。


「俺はどうにも、あのセシリアがそういう類のヘマをするような気はしない」

 

 ユンがそう呟けば、それにアヤがあっけらかんとした声でこう続く。


「まぁそうだよね、見た感じ徹底的にやってるみたいだし、それなら相手は逆恨みする暇も無いんじゃないかな?」

「それは確かに」


 アヤにメリアが真面目顔で肯首して、二人して「だから大丈夫」とノルテノを宥めにかかる。



 そんな中、ただ一人だけ全く会話に参加しない人間を、俺は思わずジト目で見遣った。


 彼は顔を伏せ、何故かプルプルと震えている。

 ……否、本当は何でそんななのかなんて、分かりきった事だけど。


「おいコラ、グリム。お前はいい加減に笑うのやめろ」

「だってさぁー……ククッ」


 返事をしながら顔を上げたグリムとユンの目が合った。

 震える肩は未だに振動し続けていて、顔には愉快そうな笑みがある。

 

「ほんと、セシリア様は俺の期待を裏切らない」


 そう言った彼の声は、ウットリとしている様にさえ聞こえてしまう。

 それを見聞きしたユンが、嫌そうな顔で「別にアイツは、お前の欲を満たすためにしたんじゃないんだぞ」と指摘すれば、すぐさま「そんな事は分かってるよ」という言葉が返ってきた。

 しかし。


「むしろ、だからこそ俺のお気に入りなんだけど」


 そんな風に言葉を続ける。


 彼からすれば、セシリアが起こすアレコレはそのどれもが自分の思考の斜め上で、だからこそ良いのだろう。

 しかしそれを楽しむグリムに対しセシリアが「ならやった甲斐があった」なんて言っている場面には、少なくともユンは今まで一度だって遭遇した事が無い。

 とはいえ、だ。

 もうセシリアもそんなグリムに、余程の事じゃない限りいじけたり怒ったりしなくなった。


「またセシリアに『ちょっとは自重してくれない?』って呆れられるぞ?」

「そんなの痛くも痒くもないね」


 俺の声に、グリムは全く動じない。


「お前……ホントにひね曲がった趣味してるよな」

「うんありがとう」

「褒めてねぇよ」


 コイツはもう末期である。

 もう、どうにもならないやつだ。


 改めてそれをユンが確信したところで、ため息混じりにメリアがゆっくり口を開く。

 

「……まぁ、せめてもの救いはセシリア様が和解する気だって事ね」

「そうだね、次の手紙では和解報告が来るんじゃない? だから心配無し! ね? ノルテノ」

「……そう、ですね」


 女子三人がそんな会話をしている横で、グリムがニヤリと笑みを深めた。


(コイツ、たぶん今「無事に事が済めばの話だけどね」とか思ってるな)


 それを口にしない辺り、グリムも少しは成長したという事か。

 それともメリアから、いかにも「余計なことを言うなよ貴様」と言いたげな、凄い形相を向けられているからだろうか。



 しかし、だ。


(こういう時のグリムの勘って、残念ながら意外と当たっちゃうんだよなぁー……)


 そんな事を考えながら、俺はボーっと天を仰ぐ。


 次の手紙はまた約2週間後くらいだろう。

 次こそ穏便な報告が来ることを、ユンは心から祈るのだった。


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