3通目

第7話 我が主人たちは皆、どうやら代々『やらかす』らしい



 この二週間、正直言ってめっちゃ長かった。

 そう最近を振り返りながら、ユンは手元を見下ろした。



 その手にあるのは、今日の出勤前に渡されたゼルゼンからの例の手紙。


 あれから一体どうなったのか。

 どんな事が書いてあるのか。

 そんな事が気になって気になって早く読みたくて溜まらなかったが、朝ギリギリの時間になって手渡されたせいで、休憩時間になる今のまでずっと我慢させられていた。

 それを今、やっと読めるという訳だ。



 ドキドキしつつ、ユンはゆっくりと封を切り一枚の紙を取り出す。

 そしてそれに目を通した彼は。


「はぁぁぁぁぁぁー……」


 深い深いため息を吐いた。



 それはおそらく傍から聞けば、呆れとも安堵とも取れるものだっただろう。

 そしてそんな曖昧さを孕んでいれば、近くにいる人間がそれを気にしない筈がない。


「どうした? ユン」


 そんな声をかけられて、ユンはゆっくりと視線を上げた。


 今は伯爵家お抱え私兵としての、戦闘訓練の合間休みだ。

 そのため近くにいるのは誰もが同職の人間たちである。



 先輩も後輩も居るような場で場でそんな質問をされてしまって、正直ユンは戸惑った。

 限りなくプライベートな案件をみんなの前で言うのは少し恥ずかしい様な気持ちになる。

 しかしだからといって何も答えない訳にもいかない。

 加えて体よくはぐらかすような頭も持っていなくて、結局正直に理由を話す。


「あ、いえ。ちょっと王都から手紙が来たんで」


 そう言えば、すぐ近くにいた先輩が「ははーん」と訳知り顔で頷いた。

 リルディという名の先輩で、ユンのちょうど2期上になる人である。

 ユンにはとても良くしてくれている先輩で、実力もある若手有望株の一人だ。


「王都って事はセシリア様に着いて行ったあの執事君からの手紙だな?」

「まぁ、はい」

「で、結構大事が普通に起きてたりする、と」

「えっ、何でそれを?!」


 何で分かったのか。

 そんな気持ちがユンにその言葉を言わせた。

 元々隠し事の類が苦手なユンだ、言った言葉にも浮かべた顔にも全くフィルターが掛かっていない。

 

 一方、驚くユンに、リルディは何故か楽しそうに笑って見せる。

 

「いや、伯爵家の方々が社交界デビューの年に毎回何かしら『やらかす』のは、最早通例だからなぁ」

「や、『やらかす』……?」


 それは実に不穏な響きの言葉だった。

 しかし同時に、あまりにもしっくりと来る言葉でもある。

 

 そう思えばオウム返しにせずにはいられなかったユンに対し、リルディは「あぁうん、確か……」と顎に手を当てて思い出す。


「ご当主もその先代もデビューの年にやらかしたらしいし、キリル様とマリーシア様もな」

「え、あの人達も? ちゃんとしてそうなのに」


 ユンにとって、先代は遠い存在だ。

 それはその人に会った事が無いというのが理由として挙げられる。

 しかしその他は違う。

 

 もちろん直接話した事なんてそれぞれ数回ずつしか無いし、そもそも姿を見る機会も少ない。

 しかしそれでもセシリアの話の中に度々登場してくるので、精神的に距離は近い。

 まぁ近いと言っても「友達の親兄弟」というだけなので、だからどうしたという感じだが。


 しかしこれで何とか立ち直る目は出てきた。

 セシリアだけじゃないんなら、「貴族だから仕方がない」または「血筋なので仕方がない」という事で無理やり納得できなくもない。

 少なくとも諦めはつくだろう。


 そう思って聞いてみれば、彼はニヤリと笑ってこう言った。


「キリル様は確か侯爵家相手に、マリーシア様は伯爵家相手だったって話だぜ?」


 この顔は、多分「凄いだろ」という自慢顔だ。

 そう、世間一般的には同爵位の相手に対して喧嘩を売るだけで凄い。

 それが一つ上の爵位ともなれば猶更だ。

 が。


「今年が一番ヒドイじゃねぇか……」


 思わずそんな言葉が漏れる。


「え、じゃぁセシリア様の相手は誰なの?」

「侯爵家と……王家」

「わぁお、凄いな」


 視線を逸らしながらも答えたユンに、リルディは素直に驚く。

 しかし「あぁでも」と付け足した。


「ご当主様の相手が確か王弟殿下だったって……」


 当時の大人相手に10歳の子供がやらかしたんだ、凄くねぇ?

 そう言ってきた彼にユンは曖昧に頷くしかない。


 

 10歳の子供が一人の大人に立ち向かうのと、10歳の子供が同日二人に絡まれて戦う姿勢満々なの。

 一体どっちが『凄い』状態なのだろう。


「まぁ、一回の社交場で二人も大物引っかけるっていうのは、それだけで十分ヤバいけどな」


 あぁその答え聞きたくなかった。

 っていうか「引っかける」ってちょっと言葉が悪すぎる。

 それじゃぁまるでセシリアがどっかの悪女か何かみたいだ。


 

 しかしそれを、ユンは全くフォローする気にはなれなかった。

 リルディにではない、セシリアに対する気力切れだ。


 思わず「はぁぁ」というため息が出た。

 するとリルディが疑問を投げる。


「そんなにため息を吐くほどなのか? それ」

「えぇまぁ、そうですね。現在絶賛侯爵家の方をボッコボコにしてるらしくて」


 少なくともこの手紙を要約すれば、そういう事になってしまう。

 もうため息しか出ない。


「まぁ楽しそうで良かったじゃないか」

「グリムみたいな事、言わないでくださいよ」


 そう答えると同時に「休憩終わり」の号令が掛かった。

 ユンとリルディを始め、二人の話を楽し気に聞いていた他の面々もスッと立ち上がり訓練場へと向かっていく。


 手紙をポケットにねじ込むと、ユンは歩きながら両肩をグルグルと回し始めた。

 とりあえず、今は訓練に集中だ。

 そう自分に言い聞かせつつ、しかしその端で「また同期会招集しないとなぁ」なんて思うのだった。



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