第4話 ナニコレやばい
――――
ユンへ。
昨日ついにセシリアの社交界デビューがあった。
今年10歳になった貴族は、みんな王城パーティーで王族と謁見する習わしになっている。
公式のパーティーに出るのは初めてだが、普通はこの時点で既に非公式の場での繋がりが少なからずあるらしい。
が、セシリアの場合、理由があって今回が公式・非公式に問わず他貴族への初お披露目だからな。
ドレスを着付ける使用人たちも張り切ってセシリアを飾り付けて、準備が終わった後に部屋に行ったら今まで史上一番グッタリしてた。
だからグリムから持たされていたラベンダーから抽出した香りエキス、ちょっと使わせてもらったんだ。
セシリア、とっても喜んでたぞ。
グリムにお礼を言っておいてくれ。
そのお陰もあって、セシリアはあまり緊張せずに臨めたようだ。
まぁ和みすぎて出発直前っていうタイミングで危うく気合い入れて着付けたドレスに紅茶を溢すところだったが、どうにか阻止できたから良しとする。
もちろん心臓は一瞬ひゅっとなったけどな。
――――
そこまで読んだ所で、アヤが「ラベンダーのエキス?」と言ってグリムを見遣った。
それは俺も気になっていた。
だから同じタイミングで俺もグリムに視線を向けると、彼は視線を逸らして聞こえなかったフリをしている。
見た感じ、これはこの話題が嫌だというのではなく、単に気まずいような――。
「アレでしょ? 『ゼルゼンとグリムのいい匂い事件』」
「それってあの、『ゼルゼンとグリムデキてる疑惑』の?」
「あぁ『二人の密会疑惑』のな」
訂正しよう。
めっちゃ嫌そうな顔になってる。
「何その疑惑、っていうかユンのそれは自分の解釈入ってるだろ」
バレたか。
そんな風に思いつつも、睨んでくるグリムの珍しさから「あの噂、よっぽど嫌だったんだなぁ」なんてユンは一人納得する。
「名誉のために言っておくけど、俺もゼルゼンも、恋愛対象は女の子だから」
「いやそれは分かってるけど」
それでもこう言ったのは、単にユンがグリムをからかえる機会なんてそうそうありはしないからだ。
普段から掴みどころが無く、何事ものらりくらりと躱していく。
それがグリムという人間である。
ユンが一人でそんな風に納得してうんうんと肯首していると、グリムが「あれ?」と声を上げた。
「でも、あの時作ったやつって確か、もう全部使ったって前に言ってなかったっけ?」
「あぁ、まぁ、うん……」
ははぁーん、なるほど。
歯切れの悪いグリムの態度に、ユンは思わずニヤリと笑う。
何でこんなに微妙な顔をしてるのかと思ったら、噂が嫌だったというだけじゃなくて改めて一人でエキス抽出作業をしたからなのだろう。
そう思い至った所で、ユンの思わず出たニヤリ顔に気がついたグリムが「……何?」と仏頂面で聞いてくる。
「いつ作ったんだよ?」
「……まぁ、仕事の合間の暇な時に」
つまり、わざわざ暇を作ったわけだ。
そう思えばニヤニヤは一層深くなる。
すると居たたまれなくなったのか、グリムが「それよりも!」と声を上げた。
「ユンがこんな形で情報を共有してまで自分の不安を軽減したい内容って、まさかこの『危うく紅茶でドレスを汚しそうになった』っていう話じゃないよね? だとしたらかなり興ざめなんだけど」
「違ぇよ、もっと大惨事だわ」
「じゃぁ早く先を読んでよ」
「へいへい分かった、じゃぁ読むぞ」
仕方がない、話を再開するか。
そう思って、ユンはまた続きを読み始める。
――――
結局馬車でも階段でも、セシリアはどうにか転ばずに済んだ。
それが一番心配だったから、俺はかなりホッとしたよ。
で、パーティーだけど。
伯爵様方一家の入場、凄かったぞ。
入場しただけで周りの視線をまるっと集めてて、でもそれを気負った感じは見えなくて。
俺はセシリアに対して、初めて明確に「やっぱり貴族だったんだな」と実感した。
あとな、これはちょっと驚いた事なんだけど……セシリア達一家って実は周りから見ても、かなり美形だったらしい。
確かに前から「綺麗な顔立ちしてるよな」とは思ってたけど、あれはてっきりお貴族様はみんなそんなもだとばかり。
だから周りの反応がすごくて、めっちゃビックリしてしまった。
だけど主人が周りからいい反応されてるって、なんかちょっと気持ちよかったわ。
まぁその後は、セシリアが王族と謁見すれば第二王子に絡まれて、モンテガーノ侯爵家の第二子息にドレスを汚されて。
第二王子の件は知らないけど、侯爵子息の方は明らかに故意でやってたからセシリアが「頑張って着付けてくれたメイド達の仕事を貶された」って、今怒ってる。
まとう雰囲気がヤバくって、大した事なんてまだ何も起きてない筈なのに、何故かめっちゃ怖いんだ。
しかもセシリアだけじゃない。
その一部始終を聞いた伯爵家全員が怒ってて、何かこれからヤバそうな事が起きそうな匂いがプンプンしてる。
どうやらセシリアは『やられた分はやり返す』つもりらしい。
マルクさんもどうにかするつもりは無いらしいし……むしろマルクさんも怒ってるし。
俺にはもう手に負えない。
だからもう諦めて、フォローに専念する事にした。
という訳で、続報を待て。
ゼルゼンより。
――――
「「「「「……」」」」」
最後まで読み切った後、俺達の間には何とも言えない空気が流れた。
目をパチクリとさせているアヤ、「はぁ」と深くため息をつくメリア、そしてそわそわオロオロしているノルテノ。
デントは苦笑しているし、極めつけは今まで史上一番のニヤリ顔を披露しているグリムである。
「……ナニコレやばい」
「だろ……?」
メリアが発した第一声に、ユンがすかさず同調する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます