2通目 どうして最初からこんなに色々やらかせた?!

第3話 集まれ同期。



「は……はぁぁぁぁぁ?!」


 使用人棟の廊下のど真ん中でそう大声で叫んでしまった。

 そのせいで、ユンはもれなく周りの注目を浴びることになる。

 

 あまりの声の大きさに、近くにあった個人部屋から「何事だ?」という疑問と訝しみのこもった顔が覗いている始末である。


 その中に、ユンがよく知る顔もあった。


「ユン、どうしたの……?」


 そう訪ねてきたのは、恐る恐るといった感じの少女の声だ。



 ビクつく彼女に、ユンは少し「しまったな」と思ってしまった。


 元々彼女は昔から、物静かで臆病だ。

 黙々と何かに没頭するのを好む彼女と、ユンとのあまり良くない。


 それでも同年代の同僚だし、生まれた時からここに居るユンにとって彼女は同じ環境で育った幼馴染だ。

 昔はともかく今は別に嫌いという訳でもないし、出来ることなら怯えさせたくはない。



 実際に最近は俺に理由もなく怯える事もなくなった彼女である。

 それがこうして怯えてしまうくらいなのだから、きっと今の俺の声と顔はよほど驚きと焦りに満ちているのだろう。


 しかしそんな事よりも、だ。


「ノルテノ、同期の女子を招集してくれ」


 言いながら、ユンは届いた手紙の封筒をペラペラと振る。

 すると彼女は、おそらくすぐに分かったのだろう。


「そ、そんなに大変な内容だったの……?」


 そんな風に聞いてくる。


「まぁ、そうだな……早く皆に情報共有して重荷を手分けしたくなるくらいには、結構大事になってるな」

「それってかなり大変なんじゃぁ……。分かった、共同スペースで良いんだよね?」

「あぁ、頼む」


 俺の言葉に頷いて、チェインバーメイド見習いのノルテノはタッと部屋から駆け出した。

 

 大人しい彼女が駆け出して行くことなんて、そうある様な事ではない。

 唯一の例外があるとすれば、自らが主人と認めたセシリア・オルトガンに関する事くらい。

 そして、今が正にその時だ。



 俺にとってセシリアが『守るべき対象』であるのと同じように、ノルテノにとってもセシリアという人間は特別だ。

 特別、本心を話せる数少ない友人。

 きっとそれが彼女にとってのセシリアで、「自分より3つも年下の子だから」という理由も相まっての事なのだろう。


(いつもの何かと心配性なアイツだけど、セシリアの事となるとそれが一層悪化するからなぁー)


 そんなノルテノの事がちょっと心配になりつつも、ユンはクルリと踵を返した。


 女子を集めるのはノルテノに頼んだが、男共は俺が呼んでこなければならない。

 彼は彼で今どこに居るかも分からないグリムとデントをこれから探さねばならないのである。


(まずは私室、その後共同スペースを探してみて、居なかったら他の場所だな)


 歩きながら、ユンはそんな風に二人の行き先について当たりをつけたのだった。





 結局グリムが中々見つからず、やっと見つけて共同スペースへやってくると他のメンバーは既に皆集まっていた。


「遅い!」


 同期のパーラーメイド見習い・メリアがそう言ってくる。

 コイツはいつも時間に厳しい。

 まぁ別に「自分が待たされたくないから」とかいう理由ではなく単に真面目なだけなのだけど、それでも言い方が結構なツンツン加減のためユンの方もムキになる。


「怒るならコイツに言ってくれよ。物置部屋なんていう、めっちゃ見つかりにくい所に居やがって」

「え、何でそんな所に?」

「えー、秘密」

「ねぇねぇ、そんな事より本題のほうが気になるんだけど」


 横から口を挟んできたアヤに、ユンはハッと我に返る。



 空いていた席に腰を下ろしつつ先程ポケットにねじ込んだあの手紙を取り出して、彼は「それが」と口を開く。


「遠方にいる以上俺たちには何も出来ないし、気を揉んでも仕方がないとは分かってる。だけど……ちょっとこれは同じタイミングで皆に言っておかないと、多分後で『何でもっと早く教えなかったんだ』って言われるんじゃないかと思って」


 少し歯切れの悪い感じで、ユンがそんな事を言う。

 するとそれに、何か感じ取れるところがあったのか。

 身を乗り出してくる人間が一人。


「へぇ? そんなに面白いことなの?」

「楽しげにしてんなよグリム」


 ユンだってちゃんと分かっている。

 そもそもこの表情を引き出したのが自分のこの招集であるという事なんていうのは。


 しかし割と深刻な気持ちでいるのに、それを知ってか知らずか楽しそうにしているグリムに腹が立ったのは隠しようもない事実である。

 それに、だ。


(そもそも、俺を混乱させるような手紙を送ってきたゼルゼンが悪い)


 そんな風に独り言ちる。



 少し苛立ったユンに、流石は幼馴染というべきか。

 グリムは引き際をきちんと弁えていた。


 そしていつもの飄々とした笑顔に戻って「はいはい」と応じたグリムに対して、ユンは思わずため息を吐いた。


(こういうグリムの反応を、セシリアは前に何って言ってたっけ)


 そんな風に考えて、「あぁそうだ」と思い出す。


(確か、『暖簾に腕押し』。外国ではそう言うって前に言ってた)


 確か意味は、「全くもって手応えがない、意味がない事の例え」みたいな感じだった。

 

 「垂れ下がった布を手で押しても、こうしてすぐ元に戻っちゃうでしょ?」とその辺に干してあった布団のシーツで実演してくれたのと、それを聞いて「確かにグリムにピッタリな例えだな」と思ったから、頭の悪い俺でもよく覚えている。



 なんて事を思い出していたところに、ふと視線を感じて意識が浮上する。

 見れば、黙り込んだ俺に向かってどう見ても「いいからもう早く読んでよ」と言いたげなメリアと胡乱な目と目が合った。

 

 取り繕うように一度コホンっと咳払いをして、それからユンは「じゃぁ読むぞ」と言って手紙を構える。

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