第3話

「なんで悪魔が!? てか、誰?」


 カバンの中の十字架を掲げながら、後ろのに下がる。


「もう、忘れたの?」


 ぐっと近づき、十字架をはじく。そして、俺のほっぺに手を触れてそっと耳元でつぶやく。


「私の名前は、ティアラ―ペネロ。さっき学校で一緒にいたでしょ」


 ティアっ


「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」


「ちょ、うるさ」


「嘘でしょ!? え? おま、悪」


「ふふーん。驚いた? 驚いたよね。久しぶりに、あったもんね。10年たちゃあ成長するから変わるもんね」


 ほっぺに触れた指はだんだん下に下がっていく、


「ああ。ひさしぶりに、触れたよ……朝の時から10時間と16分。ずっと触りたかった」


 だんだんと下に下がって、これ以上は、


「ちょ、やめ、ろ」


 急いで手を振り払う。


「やん。激しいのね。嫌いじゃないわ」


「いや、「激しいのね」じゃなくてな。それに、久しぶりってなんだよ。俺らは、今日会ったばっかだろ」


 そういうと彼女は冷めた顔で、


「忘れたの? あんなに愛し合ったのに?」


 俺の顔を両手で力強くつかむ。


「あんなにって」


 ちょ、目が怖い。


「いや、やっぱりあいつに記憶消されてしまったかなあ。だって、忘れるはずないもん。あんなことしてさ」


「いや、あんなことってなんのこと?」


 力が強まる。


「いででででで」


 痛いって。


「なれそめから、別れまできれいに思い出させてあげる」


 だんだんと彼女の指が、


「頭が、割」


 入っていく感覚がした。


 周りの色素がすんとなくなる。


「だからじっとしてて。大丈夫、痛みは一瞬だから。それに、辛い思いなんてさせないから。過去も。今も! 未来も!!!」


 そういって、悪魔は、俺に、


「でたな悪魔め!!! おまえを殺す!!!」


「!?」


 勢いよくどこからともなくでかい十字架が飛んでくる。


 それを悪魔は、すんでのところでよける。


 でかい十字架……いや、十字架〈toy coffin box〉は投げた本人のほうにからからと音を立てて戻っていく。


「咲耶!!!」


 戻った方向に立っていたその男は、白いシスター服を着た俺の幼馴染だった。




 悪魔は急いで、指を抜き攻撃を発動しようとするが、


「攻撃なんざさせるか。よけろ和也!!!」


 十字架を銃〈バースト〉モードに変更する。


「Sit scriptor tenebris una virga est.〈さあ、一緒にこの闇を撃ち抜くよ〉」


 球体状にたまったエネルギーが、


「end」


 一気に放出する。


「は!? ちょ、あっぶな」


 轟音とともに、悪魔は、目の前にいた俺をかばうように後ろに下がる。そして、放たれたエネルギーを一気にまとめ上げ、消滅させる。


「っぶねえなあ、おい。うちの旦那傷物にするつもりか? なあ? 殺すぞ」


「っち、和也を離せカスが」


「いや、その前に家を破壊しようとしてんじゃねーよ!!!」


「大丈夫。壊れたときはまた同じ部屋の下で住めばいいじゃないか。私はウェルカムだよ」


「俺がウェルカムじゃねーんだよ」


 こいつは前科持ちだ。寝ている時に一緒にいたくはない。


「カズヤ、後ろに下がってて。コイツやばいよ。私たちの愛の巣を壊そうとするもの。狂ってる」


「いや、お前も十分やばいぞ。出て行けよ」


「そうだ、さっさと和也のことを離しやがれ悪魔め。出て行け」


「いやお前も帰れ」


 なんでここにいる3分の2いかれてんだよ。もう、平穏云々どっか行ったわ。


「そーだぞー。戦うときは人様に迷惑かけちゃいかんって俺は言ったぞー」


「!?」


 驚く俺。


「……」


 睨む悪魔


「げっ」


 いたずらっ子のような反応をする馬鹿。


「忘れたとは言わせねーぞー。さーくーやー」


 どこから現れたかもわからない、神父服を身につけた中年。


「親父」


 その名前は意外な奴から語られた。


「汐聖神作」


 え? 


「……ティアラー。久しぶりだな」


「「え?」」




「はーい。じゃあ、おじさんのおごりだからジャンジャン食べてくれよー和也ー」


「いや、説明してくださいよ」


「ん? ファミレスじゃ不満か?」


「ああ……不満だよ親父……」


 机をたたきながら吠える。


「なぜこいつと一緒に!!!」


 そういって、悪魔の方向に指をさす。


「店で、でかい音立てるなようるせえな。ただでさえ、はたから見たら危ない集団なんだ。少しは大人しくしろ」


 まあ、確かに。世間から見て、修道服を着た男女が男子高校生を囲んでいるのは、見た目が悪い。


「まあ、その、何だ。うちにはこいつが入れねえし、「箸で人差すんじゃねーよ。行儀悪い」


「悪魔が、行儀云々言うのか?」


「ハイ悪魔差別うううううううう。お前ら聖職者共はそういうとこあるよなあ。だから無用な人間まで殺すんだよバーカ」


「だから静かにしろよまったく……。まあ、あの家じゃ狭いしな。ファミレスがちょうどいいだろ。こいつだって、下手に人も襲えないしな」


「そーゆー用意周到なところほんと嫌い」


「はは。そうゆーなって」


「で、話戻るんですが二人はどー言った関係なんです? ふつう、神父と悪魔がかかわるなんてそうそうないっすよ」


「コイツはーちと昔からの腐れ縁でな。まあ、その、なんだ。あんま詳しくは話せねーが。そんなもんだと思ってくれ」


「わかりました」


 中指立てるような関係か……どんな関係だよ。


「じゃあ、今度はこっちから質問だ」


「あ?」


「ここに来た目的はなんだ?」


「そんなの」


 そういってぐいっと、


「昔の約束があるからに決まってるからよ。別に今更あんたたちにどうこうするつもりなんてないわ」


 あいつのほうに引き寄せられる俺。


 騒ぐ咲耶。あっ、どつかれた。


「まあ、そいつはよかったが、かといってなあ……うちも、そこまでお人よしの組織じゃねえんだ。監視はつけるがいいか? なあ、和也」


「はあ?」


「いや、普通私でしょ!? なんで一般人巻き込んでんのさ!?」


「確かにこいつは教会に属していない一般人だが、普通の人よりは知識もあるし、何よりこの悪魔に好かれているだけってのがでかい」


「特定の悪魔に固執されていてなおかつ契約していない人間はその悪魔が守るからいいってあれ?」


「まあ、うちだって人間足りてないんだし、何よりお前は信用がない。だったらこうすることが都合がいいんだよ。契約したら俺が殺せばいいしな」


 そういいながらかれは、ガッハッハと笑う。


 悪魔しかいねえのかここは。


「納得いかない」


「納得しろ。教会の判断だ。それにまあ、俺としてもいいんじゃねえのとしかねえ」


「でも親父」


「たーだーし条件が一つ。和也、こいつに手は出すなよ」


「なっ」


「なんちゅうことぬかしとんじゃこのクソジジイいいいいいい」


「さっきから、いちいちうるせえなあこのクソガキいいいいいいおとなしくできねえのか。え?」


 そういって二人の親子喧嘩が始まった。もうはた迷惑レベルの。


「よし、出よう。こうなっちまったら、もう手は付けられん」


「……そうね」


 そういって、俺たち二人は金だけ払って店から出た。


 あとこれは、のちに聞いた話だが二人は出禁になったみたいだ。


 馬鹿である。




 そんなこんなで、ファミレスからの帰り道。


「心配になってきたなあ」


 俺ら二人は、二人が怒られているときに店から抜け出した。


「でも、あの馬鹿二人の面倒ごとに巻き込まれるなんて私はごめんよ。それに、払った分の鐘は利子付けて、払ってもらうんだから」


「ちなみに利子は?」


「10倍」


「あ、悪魔」


 暴利だろ。


「私は悪魔よ。それくらい造作ではないわ。


 それに午後のこともあって、咲耶のこともざまぁないと思ったでしょ」


「いや、あのことについてはお前も恨んでるぞ」


「……悪かったわよ」


 二人歩く。ちょうど、住宅街が見えてきたくらいだ。


「なあ、お前はほんとに家に住むのか?」


「まあね……約束……って言っても、忘れてるのよね。あの時は取り乱しちゃってさ。ごめん」


「……いいよ別に。気持ちはわからなくはないから」


「あはっ、滑稽に見えるよね。昔にすがっちゃってさ。だけど、私にとっては大切だからさ。だから、ね」


 記憶か。


「俺には昔の記憶がないからなあ。でもそうか……。……ちなみにその約束ってどんなのだ?」


「そんな、無理に合わせてもお互いがむなしいだけよ」


「単純な興味だよ。昔の俺は、どんなこと言ったのかって。そっちがそんなに大事に覚えているなんてどんな口説き文句か気になるだろ」


 そう聞くと悪魔は、もじもじと恥ずかしそうに答えた。


「指輪……おもちゃの指輪渡したときに、その、ここから出てきたらその時にちゃんとしたの渡すって、……それまで大切にしてるって」


「おもちゃの指輪か……」


 さ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っと、頭に音が鳴る。


「っ」


「ん? どうしたの。うずくまって」


 ビープ音。ノイズ音。不快な音ばかり。


 頭が痛くなる。


 うるさい。


「うるさい」


 そうつぶやくと、声が聞こえた。


『受け取って。まだこんなものだけど』


 これは……なんだ? 


『……おもちゃの指輪だけど』


 知らない記憶。いや知っている記憶? 


『……ちゃんと、ちゃんと渡すから。だから』


 欠番した記憶。


「え? ちょ、ねぇ」


「なんか、荒れてる。ノイズがかかってる…………セピア色だ。ああっ」


「ねぇってば」


 がくんと肩を揺らされると同時に正気に戻る。


「え?」


「汗もすごいしいろいろ言ってたけど、だいじょうぶ?」


 俺は立ち上がりながら答える。


「大丈夫……だよ。早く帰ろう」


「わかった」


 そういって、家に向かおうとした。


「ちょっと、二人とも、何しているの?」


 この声、確か


「「あ、明日野先生?」」

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