第3話

「お帰り、早かったね。」

「姉ちゃん、うちに包帯ある?」

「あるけど、怪我でもしたの?」

「ちげえよ。」

私の姿を一目見た園田くんのお姉さんは、一瞬目を大きく見開いたあと、何も気付かなかったかのように言った。

「りくちゃんが女の子連れてきた。」

「いいから包帯用意しろよ。こいつが怪我してんだよ。」

「女の子に向かって『こいつ』は駄目よ。ごめんね、こんな弟で。」

「いえ、お気になさらず。」

「姫野、そこ座れ。」

「ヒメノちゃんていうの?まあかわいい。」

「姫野結です。初めまして。」

「結ちゃん。消毒して、ガーゼを当てた上から包帯巻くからね。ちょっと沁みると思うけど、我慢してね。」

言い終わる前に、お姉さんは豪快に消毒液をかけてきた。てきぱきとこなす姿は、まさに大人のそれだ。あっという間に、私の左腕はお姉さんの手で処置されてゆく。

初めてやった。気持ちいいって聞いていたけど、それほどでもない。確かにその瞬間は何かが解放されたような思いがしたけど、今はただ痛いだけだ。自分でやるより、人に傷付けてもらった方が絶対いい。

園田くんがお茶を淹れてくれた。処置を続けるお姉さんと園田くんに向かって私はお礼を言う。

「あの、すみません。こんなことしてもらって。」

「このくらい気にしないで、甘えとけばいいのよ。結ちゃん、何があったか知らないけど、こんな傷作ったら痕が残るよ。女の子なんだし、気を付けてね。」

二人が気を遣っているのが伝わってきて、少し居づらい。私は長居はせず、早く帰ることにした。遠慮したのに、園田くんは家まで送って行くと言い張って引き下がらなかった。

「お前さ、二度とリスカなんかするなよ。」

「はい。分かりました。」

「なんかノリが変だよな、お前。なんつーか、遠慮しすぎなんじゃね?そんなんで疲れねえのかよ。」

「その辺は、気にしないでください。」

「しっかしさあ、小嶋たち、ひでえ奴らだよな。女子たちが噂してるの聞いちまったんだけどさ、元々は小嶋以外の四人と姫野が仲良かったらしいじゃん。なんで今はこんなことになってるわけ。見てて気分悪いんだよね。」

何もしてくれないくせに、偉そうな。

「私が悪いだけだから。」

「なんで姫野が悪いってことになるんだよ。どう考えても小嶋たちが悪いだろ。」

「違うって言ってるじゃない。私が悪いの。」

「じゃあなんでお前はハブられてんだよ!」

私が口を挟む間もなく、園田くんは喋り続ける。

「さっき家でさ、お前、殴られたいとかなんとか言ってただろ。ずっとボソボソ喋ってるから何言ってんのかと思って耳を澄ましてたら聞こえた。たぶん姉ちゃんも気付いてるぞ。」

「だったら何。私の自由でしょ。」

「何言ってんのかわかんねえ、もっとデカい声で喋れよ。」

「私は私が悪いから殴られたい。これでわかった?別に、何の問題もないでしょ。」

パンッ

平手打ちが左の頬に飛んできた。「お前は本当に馬鹿だな。殴られたら痛いに決まってんじゃん。今ので分かっただろ。どうして殴られたいんだよ。何とか言えよ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

「謝るだけじゃわかんねえよ!」

「ごめんなさい、私が約束を破ったから。私が最低だから。」

「約束って何のことだよ。破ったからってハブられるような大事なことなのかよ。」

もう一発、今度はもっと強く叩かれた。さらに何発も。何回も、何回も。

「絶対守るって言ったのに。ずっと守るって言ったのに。」

「守るってことは、お前だけじゃなくて相手も守らなきゃいけないだろ。そいつは何もしないのかよ。そんな大事な約束するような奴にくらい、なんか言えるだろ。一言くらい、言えるだろ。人に殴られたいなんか言う前に、やめてって一言がどうして言えないんだよ!」

分かってない!園田くんは私たちのことなんか何も知らないくせに。

「瑠璃ちゃんや鳳蝶ちゃんに文句言えるわけないじゃん!」

語尾が震えた。その場にうずくまる。

「え、約束って、福原たちとしてたのかよ。てっきり小嶋だと思ってた。女子ってムズい。」

園田くんの勢いが急に弱くなった。

「絶対秘密にしてよ。あんたが何とか言えって言うから、仕方なく教えるんだからね。」

情けない。自分の間違いを自分で喋る、それだけなのに泣くなんて、みっともない。顔を見られないように、膝を抱えて小さく丸くなった格好のまま話し出した。



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