第2話

筆箱に常備している青いカッターを握りしめる。河原にある公園のベンチで過ごす一時。堤防を降りたところにあって、遊具はゲートボールに使うらしいものしかない。最近ではそんなことをするお年寄りもおらず、周りには誰もいない。

ごめんなさい。私が悪いから。私のせいでこうなったから。

私を殴って下さい。

もう立ち上がれなくなるまで、身体中を痛めつけて下さい。

その場に落ちていた小さな石を手に取り、地面に叩きつけた。コンクリートで舗装されていない剥き出しの地球は、それを割るには柔らかすぎて、もちろん小石は壊れない。なんで壊れないんだよ。くたばれ、この石ころめ。何度も何度も、拾い上げては叩きつける。一向に割れそうもない石を見ていたら、なんだか胃がムカムカしてきた。

制服の袖を捲り、カッターの刃を当てる。冷たくて気持ちいい。手前に引くと、すうっと何の抵抗もなく私の皮膚は裂けた。

みんな同じ服を着て、みんな同じ時間に同じことをして、みんなみんなみんなみんなみんな。みんなって何?こんなところで、私は何がしたいの。同じことの繰り返しはもう飽きた。

ここにあるのは水の働きで細かく砕かれて、もはや砂となったものばかりなのに、これひとつだけは石ころのままだ。河口近くに小石があるなんて、理科で習ったことと違ってる。そう、これは悪目立ちだ。他のみんなと違うから。こいつも、きっとこの辺りの砂たちに叱られる。

「みんな」なんてなくなればいいのに。そうすれば私は、こんな目に遭わずにすんだのに。

今度は何も持っていない左手で砂を掴み、ゲートボール場の芝生の上に撒き散らした。ああ、清々する。橋を渡る輸送トラックの運転手も犬を連れて散歩するおじいちゃんもみんな幸せそうで、それに対して私は一人、ここで砂と戦っている。西に傾きかけた太陽に照らされて、砂が力を帯びているように見えた。

「おい!姫野、そこで何やってんの。」

背後から声がした。誰よ、私の場所までつけてくる奴は。

「姫野だよな、おい。そこで何やってるんだ。」

「ごめんなさい。すみません。」

「謝んなよ。何度も聞いてるだろ、何やってんだ。」

もしかして、見られていたかもしれない。もし自分で自分を傷つけたらただじゃ済まさないって言われてる。

「リスカしたんだろ。さっきそれが見えて驚いた。近づいたらヤバそうなオーラ出てたからここで気配消してたんだよ。お前は気付いてなかったろ。振り返ってこっち見ろ。俺は小嶋たちの差し金じゃねえぞ。」

「なんでここにいるの。」

「部活サボってこの辺ウロウロしてただけだ。暇潰しだよ。とりあえず腕見せろ。」

声の主が土手を降りて駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「しっかり切れてるじゃねえかよ。痛くないのか?」

「全然。」

「嘘つけ。」

傷口を指で思い切り押さえつけられた。近付いてきた男子は同じクラスの園田くんだったと、やっと判った。私とは生きる世界が違う人。だから私は自分からは関わらないし、向こうも今日まで話しかけてきたことはない。

「いった」

「ほら見ろ、痛いに決まってんだろ。こっち来い。手当てするから。」

右手を掴まれ強引に連れて行かれた先は、土手の下にある細い道路を百メートルほど上流の方へ行ったところにある、ごく普通のアパートだった。



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