第5話 偽装デート

 俺は昨日の夜、俺の大好きなあるアイドルに脅された。




「明日デートしてくれないなら、ストーカーの件通報して記事にしてやるから。家を特定されて殴られたって言えば、メディアはまあまあ盛り上がるでしょうね」


 その時、俺はもう従うしかなかった。なるたんは不気味な顔で笑っていたのを覚えている。そんなことをされてしまえば、俺の人生は終わりかねない。ファンの中でも有名なファンの俺は、二度となるのライブへ行くことはできず、出禁で有名になるに違いない。SNSは炎上し、どんなDMが波で押し寄せるかもわからねえし俺ん家に何を投げられて燃やされるかもわからねえ。推しの為ならなんだってできる。それがなるファンだ。

 いや、でも、これはとても喜ばしいやばいやつだろ。なるたんとデートだぞ。従うというか、断る理由がないだろ。いや、ファンに殺されるか……?いやいいんだ。これは幸せなことだ。昨日は連絡先を交換してしまった訳だが、未だに夢だと思っているし信じられない。なるたんとのトーク履歴には〝明日、浅草雷門朝十時〟というメッセージと場所がわかる写真が残っている。


「やべえ」


 俺は今、なるたんと約束した集合場所に向かっているわけだが、歩けば歩くほど、気持ちは上昇し、天国に行けてしまいそうだ。だって推しとデートだぞ。夢でしか実現しないはずの出来事がもうすぐ訪れるのだよ。今死んでもいいだろ。いや、今死んだら意味ねえか。

 まあ、それくらい俺はもう、ドキドキワクワクなのだが、ふと昨日のブラックなるたんの笑みを思い出すと、不安になった。


「いや、でも、本当なのかな……デートできるなんてありえないよな」


「何か裏があったらどうしよう」


 実は集合場所でボコボコにされるとか。ファンに囲まれてしまうとか、いや警察が取り囲むのかもしれねえ。だって、なるたんとデートなんてありえないだろ。信じて行ったら、生きて帰れないやつとかじゃねえよな。そんなことねえよな。


 ありえない状況に俺は嬉しさがあるものの、信じられず戸惑っているらしい。頼むから本当であってくれと願いながら、浅草の雷門の赤い入り口に到着した。


 しかし、十時を過ぎてもなるたんは来ない。到着しているメッセージはスマホで送ったものの既読はついていない。


「え、もう十時半だけれど。え、やっぱり昨日俺夢見てたのかな?」


「こねえじゃん、気合入れて高いコートできちまったのに……」


 はあ、なんだよ。まあ、そんなことありえるわけないもんな。


 とっても期待していたらしい。俺は肩をガックシ落としてその場に座り込む。この浅草に似合わない高くおしゃれなコートは二度と着ないかもしれない。


「ねえ、ダンゴムシみたいに丸くなってなにしてんのよ」


「えっ?」


 しかし、落ち込んでいると聞き覚えのある声がしたので、俺はすぐに顔を上げた。そして、俺の見上げた先には、待ち望んでいたなるたんがいた。俺は、しゃがみこんだまま、腕で膝を抱えていたらしい。丸まった姿を見て、虫に例えられてしまったようだ。


「ほ、ほんとにきた……」

「え?嘘だと思った訳?」

「有名人と会えた昨日ですら信じていません」

「なにそれ!現実ですけど!」


 やばいやばいやばい。ホントに来やがった。いやったあああああ。はい、落ち着こう俺。心臓が飛び跳ねてこのままでは死んでしまう。推しとデートだぞ、落ち着け、いや落ち着けねえ。

 なるたんは、サングラスに春らしいホワイトなワンピースとそれにピッタリ似合う深めの帽子を被っている。顔を見るだけでにやにやが止まらねえぞ。てか、なにそれ!といいたいのはこちらの方で、昨日の出来事は、落ち着いて考えればマジでなんだこれ状態だと思うぞ!こっちがマジで、なにこれ、マジヤバイマンボウ。フフフフフ。


 にやにやし続けていると、なるたんは冷ややかな目で口を笑わせながら俺を見て言った。


「ねえ、なんかあんた勘違いしているようだけれど、コレ、ただのデートじゃないから」

「え?ただのデートじゃないって?デートじゃない?ま、まさか、ボコるとか!?マジでヤバイやつかやっぱり!ああああどうしようううう」


 なるたんの不気味に、にやりと笑う口が怖すぎて、俺は朝考えていた怖い事を思い出す。するとなるたんは、イラっと顔を歪ませて話を続ける。


「は?頭は大丈夫なわけ?良く分かんないけれど、これは、熱愛報道記事を派手に載せるためのデートよ!」

「え?ボコられない!?え、てか、な、ななななな、なるたんとね、熱愛!!!!」

「ボコるってなんの事?てか、ちょ、本気にしないで、炎上の為のだから!」

「いや、それでもやべえ、ふふふふふふふ」


 俺は熱愛という響きに、にやにやが抑えられそうにもないし、心臓が今からお亡くなりになりそうである。まあ、死んだら、なるたんとのデートが実現しないので、何とか生命を保っているところと言える。


「き、きもい、心のにやけ声が聞こえる、だからファンって……まあいいわ、とりあえず、私の言うことを聞いてちょうだい。これから、約束してほしいことがあるから」

「約束?」


 なるたんの顔は相変わらず怖いが、デートの為ならなんだって約束してやろう。死んだっていいかもしれない。いや、死んだらだめだ、死ぬな俺!保て!


「そ、約束。まず、にやにやしないこと」

「それは無理かもしれない」

「はあ、抑えなさいよ、あと、堂々と彼氏を演じる事」

「やべえ、彼氏って響きだけでにやける、無理だ、にやけるうへへへへへ」


 俺は今とっても気持ち悪い顔をしていると思う。にやにやは自分の力で押えられそうもない。ここで、銃口を向けられたりしたら、このにやにやは、真っ青に変わるだろうがな。いや、変わらないかもしれない。銃口なんて向けられても気が付かないくらい舞い上がっている。


「あああ、もういいわよなら、行くわよ!」

「えっちょっ!」

「はい!もっと腕をグッとくっつけるの!」

「なななななななるたんさん!?ちょちょ、俺、生命が持ちません!」

「いいから落ち着いて、やれえええええええ」


 俺がにやにやしていると、なるたんはグッと俺の腕を引っ張って、浅草の街へと足を進める。そんなに密着されたら、オレ、脳みその全機能停止しそうですけどね!


 まあ、こうして、俺らのデートはスタートした。


 案外変装しているとばれないのか、なるたんのメイクがいつもと違うのか、良く分からないが、キャーキャー人が押し寄せることはなかった。有名人はオーラを消せば、一般人の中にカモフラージュできてしまうのだろうか。


 俺たちは、腕を組んだまま、浅草の商店街やらなんやら、いろんなところを普通のカップルと同じように回り、最後に甘味処でソフトクリームを食べることにした。


 てか、俺、彼女歴なしですけど、腕組初ですけど、女子と歩くのもなかなかないですけど、これ、合っているんでしょうかこれが普通でしょうか。てか、なるたんと密着して脳内がやばすぎて上がりすぎて何話していたかも覚えてねえ。やばい落ち着け俺、冷たいもので冷静になっていい男を演じるんだ!


 体温が上昇してしまった俺は、冷静になる為にソフトクリームが売っているお店に入ることにした。ここからすぐそばに、外に椅子がある古き良き甘味処があったのでなるたんを引っ張り急ぐ。


 俺は早口の注文で「ソフトクリームふたつ!」と伝え、素早く代金を渡した。

「落ち着け……俺……」

 そして、お店のおばあちゃんからソフトクリームを貰ってなるたんに渡し、並んで座って二人で食べていると、なるたんが何かを指さして話し始めた。


「あ、いたわ、私の事いつも追いかけまわしている、パパラッチ。これで明日が面白くなるわね」

「え?」

「あそこにいるじゃない!電柱の陰に」

「え?あ、あれ?え、もしかして俺も撮られ……」

「もちろん」

「ヤバイファンニコロサレルッオワッタ」

「大丈夫、一般人の顔は載らない」


 まだソフトクリームを食べきれていない俺の体温は高い状態だというのに、また混乱させようと俺の推しはしてくる。大丈夫?一般の人の顔は載らない!?おいおいおい!!ってなるたんと熱愛報道!!俺やばい!!熱愛だなんて!!なるたんと!?フォオオオ!!っていやいやいや、ファンにばれたら殺されるぞ……わあああああああどう考えたらいいんだ!


「なるたんさん、明日大丈夫でしょうか……でも俺は嬉しい……うああああああ」

「ほんっと忙しいわね。大丈夫よ。心配いらないわ。そんでこれからもこういう日をたくさん過ごして貰うわよ!」

「え?マジで!?」


 これは喜ばしいことで合っているだろうか?喜ばしい事だよな?いいんだよな喜んで!?ファンに殺されないよな!?幸せなことだよな!?


 そう忙しく考えていると、なるたんは片手にソフトクリームを持ったまま立ち上がり、俺に向かってバーーーーーンと強く指さし叫んだ。


「いい?これから、私の炎上についてきなさい!」


「え、え?炎上?なるたんの?」


「そう。これから、あんたには私の炎上の手伝いをしてもらうわ!今日みたいにね……!!」

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