第6話 推しのライブ
今日はなるたんのライブに来ている。オタ仲間と気合を入れた服装で、大きなアリーナにやってきた。推しの色の赤い法被にオリジナルの刺繍を入れまくって、堂々と中を歩く俺。やはり、いろんな意味で目立つファンの俺は、通り過ぎればファン達が振り返ってくれる。ちなみに、隣を歩く俺の仲間は、同グループの別のアイドルを推しているため紫色になっている。紫カラーの羽織に刺繍をバリバリ同じく入れているので、ライブ以外の世界で俺たちがふたりで外で歩いていたら、ただの痛いヤンキーである。
「なあ、徹よ、めちゃくちゃ見られてねえか」
「見られている、何が?」
「お前がだよ」
「そりゃ俺だからな」
まあ、俺が周りに見られるのはこの格好だし、有名なガチファンであるからだろう。ファンの中でも、熱狂的過ぎて、顔をめちゃくちゃ知られているのだ。だから、皆が振り返り気にするのはあたりまえだろう。
だが、どうやら違うようだ。
「いや、そうじゃなくてよ……」
「え?」
仲間の
「お前、週刊誌のモザイク野郎となんか雰囲気似ているから、ファンが勝手に誤解して騒いで勘違いされてんじゃね(笑)」
「あ、ああああぁぁぁ、それかぁ、こここ、コワイナー」
俺は思わず声がうわずってしまう。
「そんなことありえるわけないのにさ、ちょっとなんか似ていただけですぐ騒ぐ奴、辞めてほしいよな。被害妄想にもほどがあるだろ」
あ、やべえ、そう言えば、誰かがツリッツァーで有名ファンの徹と似てね?みたいな投稿から、拡散が広がってんだった。浩平の言葉に俺はドキリと顔色を変えるが、彼はそんなことありえるわけないのにと、にこにこ笑っている。良かった、バレてはなさそうだ。ちなみに、SNSでは、俺がなるたんと熱愛してんじゃねーのと、ひとりがネタとして、ただ騒いでいただけであったから、そこまで皆信じていないらしい。てか、そんなことありえねえもんな。いや、ありえてんだけれどただの偽装デートだし、そう、ありえないから大丈夫だ。
「まじ、徹がなるたんと何て、ありえねえよーーあの投稿マジで面白いわあ、夢でもいいから付き合いてえよな」
「あ、ああ、そうだな」
あのデートの次の日、ソフトクリームを持つなるたんとモザイク男が、週刊誌に載った。ファンは発狂し、SNSは荒れ狂い、殺気に満ちていた。相手を殺すとか、〇ねとか、恐怖で染める文字たちが並んでいたのを覚えている。正直、それからしばらくは怖くて寝られなかったが、面白がっていたファン層もいて、そいつらは、ネタで俺を使っていた。こいつとは、ありえないという皆の反応は、大うけを取っていて、どうやらバレることはなさそうだ。でも、ファンというのは恐ろしいな。モザイクがあってよかった、無ければ即死だったぜ。
「マジ、徹がなるたんと熱愛してたら、今、この階段から突き落として、頭打って死んで貰う。いや、ライブ終わってから、家に火を点けるかな」
「ちょ、おい、怖えこと言うなよぉ……」
「いや本気だって!まあ、お前がなんてありえないから、そんなことあるわけねーけどよ!マジでそれはすると思う!死んで貰う!」
浩平はにこにこしながらも、目が笑っていな過ぎて、俺は凍り始めていた。ファンって怖い。いくら仲間であっても、恋愛とやらで簡単に崩れてしまうのだろうか。恋って怖え。良くドラマで見るのが、仲良しの親友に彼氏を取られ、そこから泥沼の復讐劇が始まるとかなんとか。まあ、なるたんを知らない奴に仮にだが、取られたりしたことを考えると、俺はその気持ちわかるかも知れねえが。
背中にゾッと寒気を抱えたまま俺は歩き、恐怖と共に座席にたどり着いた。
バレたら、死ぬじゃすまないかもしれねえ。
口が裂けても言えねえ、死んでも言えねえ。俺がなるたんとデートをしたなんて言ったら終わる。だって、死んだって、ファンが墓に何しに来るか分かんねえし、死後の世界でも、ファンに恨まれてしまう。逃げ場はなかろう。そんな気がするのだ。墓場まで持っていくとはこういうことだろうか。
そんな事を思っていると、ライブが始まった。照明は暗く落ちて、アイドルの登場に向かって、光が増え、俺たちを世界へ導く。
「はーい!みんな来てくれてありがとお!」
「歌うよおおおおおおお!」
「「「「「ウオオオヲォオオオォォォォオオオオ」」」」」
主役たちの突然の登場で、米粒にしかアイドルが見えない席もある広いアリーナは、ファンの声援が入り混じり大きく輝きだす。どんなに小さく見えようと、俺達には大きい存在のアイドルの歌声が、生きていて良かったと感じさせ、希望の光を俺たちの心に届けてくれる。
「うおおおおお、なるたん最高!!!!」
もう俺からはさっきの寒気なんか消え去り、推しの為に生きる楽しさとワクワクで満たされている。ファン達は席が遠くても、アイドル達に会えたことに喜んでいる。米粒な、なるたんの素敵な姿に、先日独り占めしゼロメートルの距離で密着した、優越感で俺はにやにやがさらに止まらなくなった。
「お前何にやにやしてんだよ、推しに会えてそんなに嬉しいか!」
「エッ、モ、モチロン!!」
浩平の何気ない一言は、何故かぎくりと怖くなる。怪しまれているわけではないはずだ、そうだ、ただ、ふざけて言われただけなのに、俺はもうファンが怖い。
でも良い。なるたんは、俺の最高のなるたん。
あのデートは、言えねえけど、ぜってえ忘れないぜ。
俺は誰よりも、一番のなるファンなのだ!!!!
俺は今日を最高に楽しんだ。
そして、アンコールを終えて最後、アイドル達の感謝とお別れの挨拶が始まった。
なるたんはメンバーの中で一番最後の挨拶だったのだが……。
「なる、とおおおおおっても楽しかったあ。来てくれてありがとう!……そして、皆にどうしても伝えたいことがあるの……」
珍しく、伝えたい発表があるらしい。
まさか、卒業じゃないだろうな!?辞めてくれよ、そんなのは!!!!
緊張を増やしドキドキしながら、俺は今回のライブのなるたんの言葉を待つ。
すると彼女は言った。
「私、好きな人が出来たの」
「「「「「」エエエエェェェェエエエエエ」」」」
沈黙の後、ファンからは悲鳴なのかどちらなのかわからない、声が混じりながら響いていた。ファンそれぞれ捉え方が違うので、様々な悲鳴が重なって大変なことになっている。
そして、なるは続けて言った。
「結婚したいくらいの好きな人おおおおお!」
「「「「「エエエエエエェェェェェゥワアアアアイヤアア」」」」」
ざわざわと、広がる声はやがて悲鳴になり、アリーナに混乱を作る。
あの熱愛報道があってからファンの精神はよろしくない。どうしてもあの週刊誌の出来事を想像して悲鳴が溢れてしまっているのだろう。
モノホンの悲鳴が、大きく響き、叫びは耳を痛くした。
そして、しばらく悲鳴が続いた後、彼女は言った。
「みんなの事だよ、ばーか!」
このライブの翌日、なるたんの締めの発言は〝トップアイドルなる、意味深発言か!?〟と週刊誌に取り上げられていた。
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