第1話 推しの為に

 俺には生きる為の希望がいる。


「今日も天使……可愛い……最高」


 俺の給料を全て捧げるほど、愛する天使がいるのだ。この天使の為に生きてると言ってもいいだろう。社会人になって五年以上。俺は、毎日愛する推しのポスターにいってきますの挨拶をして、扉を開けるのだ。


「いってきまーす!」


――――ガチャリ


 今日も朝日が眩しく、キラキラしている。俺には眩しすぎるくらいだ。新学期の新しい道には、ピンクの中に目立つ真っ黒なスーツ人が映えている。次元が違うくらいにスーツ人たちが輝かしく感じてしまうのは、俺ががそれだけ老けたってことなのだろうか。ああ、懐かしき俺の若かりし時代を思い出すぜ。もう、あんな初々しい時代は昔と言える年齢だ。

 あ、自己紹介が遅れたな。すまんすまん。俺の名は谷村徹たにむらとおる。二十八歳。独身。彼女なし。生きる源は推しのアイドル。以上だ。推しのことが好きすぎて彼女はいないみたいな言われ方をよくするが、別にそのせいでなんて思っていない。推しがいるから作らないのだ。


「俺には推しがすべてである、ふん!」


 推しが俺の人生の全てだ。それ以外本当に何もいらないから。マジで。


 今日もいつもの道のりを歩いて、慣れてしまった苦しい満員の電車に乗り込む。まだ、初々しい異世界のスーツ人たちは慣れていないのか、ぎゅうぎゅうに詰まった揺れる箱の中で、一生懸命掴むところを探している。


 早く慣れろ、この世界はこの朝を乗り越えねば生きていけねえぞ、若者よ。


 そして、朝の超満員の箱から脱出した俺は、改札を出て、会社へ乗り込む。


 さて、この会社という世界を、ぎゅうぎゅうの箱の後には毎日乗り越えなければいけないのだが、あのスーツ人たちは大丈夫であっただろうか。


 グッドラック。成功を祈る。


 俺は若者に心の中でエールを送りながらデスクに着くと、職場の後輩が話しかけてきた。


「あのお……先輩。今日良かったらごはんとか……あの、どうかなって?」


 下からひょっこりと現れて、しゃがんだまま上目遣いで覗き込んできた低身長の後輩へ、俺はハッキリと返事をした。


「いや!推しが家で待ってるんでね!」

「ああああもう。あの!いつになったらごはん付き合ってくれるんですか!待ってるって……待ってないでしょ!もう!二次元みたいなもんでしょおおおお!」


 ごはんに行きたい俺の後輩は、目をぎゅっと瞑って今日も俺に叫ぶ。いや、おい、二次元ってなんだよ、俺は絶対になると結婚すると決めているのだ。うるさいぞこの野郎。俺の夢を壊さないでくれよな。

 俺にとって推しは何よりも一番の存在だ。会社の飲み会だって推しの為に欠席だってするし、握手会、ライブの出待ちには徹夜で最前列に並び、必ず誰よりもなるたんのファンでいる。俺は推しアイドルなるの超有名なファンと言えるだろう。


 おい、そこの君。痛いなんて思ったか。そうだ、俺は痛いファンだ。わかっている。ちゃんと自分でわかっているんだぞ!


 俺の大好きなアイドルなるたんは、国民的大スターなのだ。日本中のだれもが知っている超有名アイドルなのだよ。すごいだろ。サラサラで清楚なミディアムロングの髪の毛に、透き通るような柔らかいうるうるの瞳。こんなに素敵な神級の美女はいないって、富士山の頂上から世界に向けて叫べるくらいの輝きを持っている。いや、チョモランマとかからでも叫んでやれるぜ。だから、俺は分かっている。結婚なんてできるわけもないし、そんな努力で連絡先すら交換なんて出来っこない。わかっているとも。


 でも、今が楽しい。この感じが。


 わかってくれ。


 別に本気じゃないぞ。


 でも、この推している今が楽しいのだ。


 だから、推させてくれ。


 結婚する夢を見させてくれ。


 ちょっとくらい本気で突っ走らせてくれ。


 わかっていても楽しいんだよ。



 しかし、そんな気持ちで突っ走る俺に、最近心配なことが発生している。


 一カ月前から目立ち始めたのだが、ツリッツァーでなるたんが投稿をするたびに、悪質コメントが目立つようになっているのだ。今までこんなこと無かったのに、とても不自然な誹謗中傷コメントが増えている。悪い事なんてしていないなるたんを叩くなんて許せない。そのせいで、なるたんの投稿は減ってしまい、病み投稿とやらが増えてきているのだ。それは、かなりの騒ぎに発展しており、ファンは皆心配しているのだが、なるたんの事務所は一ミリも動きはしない。


 はあ、俺はそのせいで、心配で心配で眠れていないのだ。俺の精神も持ちそうもない。


 で、だ。ライブ配信で泣くなるたんの姿を見た俺は、なんとかしなければいけないと、悪質コメントを送り続ける人物の正体を暴く決意をした。


 だって、このままだと俺もなるたんも辛いだろ?


 んで、それから、暴くために日々調査していくと、悪質コメントを送っているであろう複数のアカウントの中から分かったことがあった。特定の一人が多くのアカウントを作り、そのアカウントで俺の大事ななるたんの配信を悪口まみれにしていると判明したのだ。ふふ、システムに詳しくプログラミングができる俺は、解析なんてたやすいのだ。え?そんなことまでして怖いって?怖くねえよ、推しの為にしていることだ。人助けの為ならいいんだぞ。多分。




 そして、俺は特定のひとりをついに見つけ出した。




 そいつの日常アカウントを知ってからは、投稿写真からどんな人物なのか調べ上げることにも成功。すると、驚きの事実が発覚する。




 部屋のテーブルが写った、そいつの画像投稿の中にスーパーものチラシがあったので、俺が拡大して調べたところ、それは、俺の家から近い近所のスーパーだと分かった。こんなに近くにいることに驚きと怒りが止まらなかったぜ。

 俺はもっと調べてやろうと、日々の投稿の様子を見ていると、部屋の片づけをしたという報告投稿の中に載せられた沢山の画像を見て、間取りを確認。そして、どこのマンションか特定することにも成功してしまった。賃貸アプリが俺のスマホには今山ほど入っているぜ。他にも、何気ない投稿から年代や、性別。かなりの情報を集めた。〝二階は階段ですぐ登れるからいいわ、エレベーターいらないわ〟という投稿から、悪質コメントの犯人は二階に住んでいるとも分かった。


 おい、そこの君は、今後投稿には気を付けな。SNSは意外なところで特定できてしまうから怖いぜ。世の中にはおかしな奴もいるかもしれないからな。ちなみに、俺はおかしくはねえぞ。正義の為にやっているんだから。悪質な奴がいるかもしれねえから気を付けろってことだ。


 そして、俺はこんな画像付き投稿を朝、奴のアカウントで目にしてから決めたのだ。


〝このお気に入りのパーカーと帽子今日つけよ。今日は帰り遅いから、買い弁かぁ。仕事めんど〟


 俺は仕事の後張り込み、殴ってやると。

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