入学式と新たな出会い③
それから二時間ほど。
入学式は大変な盛り上がりを見せ、式典というよりは僕のソロライブなのでは?と感じる程に注目を浴びることになってしまった。
現在は教室に戻ってきており、担任の“夏目 由依”先生が教壇に立って明日からのスケジュール等を説明してくれている。
背が低く、顔も幼く見える夏目先生は、入学式前に僕を揶揄っていた時のような妖艶な雰囲気も鳴りを潜め、クラスメイト達もどこか可愛らしいものを愛でるような雰囲気で大人しく説明を聞いている。
大盛況で終わった入学式であるが、何故それほどまでに盛り上がったのかと言うと答えは単純なものである。
僕がステージの上に用意された席に座らされていたからだ。
いや、僕だって最初は目を疑ったけれど、どうやらこれも一つの作戦の内らしい。
何分この世界の女性達は異性というものに縁遠い。家族や近しい知人のところに男性がいなければ、一生男性を目にすることもなく生涯を終えることも珍しいことではないという。
その為、どうせ全校生徒が一堂に会する機会があるのだから、そこで僕の存在を前面に出してアピールし、早いところ慣れてもらおうという魂胆なのだとか。
まあ、その効果がどれ程のものなのかは正直眉唾ではあるけれど、生徒だけで1500人、教員や新入生の保護者達を含めると3000人を超える女性達からの、物凄い熱狂的な視線や声援を向けられて卒倒しそうになった僕としては、是非とも効果的な策略であって欲しいと願わずにはいられない。あれで効果が全くないとなったら、僕の縮まってしまった寿命達が浮かばれないというものだ。
「――それでは、これから出席番号順に自己紹介をしていってもらいますね~。内容は各々自由で構いませんが、一人一分の持ち時間内に終わらせるようにお願いします~」
一通りの説明を終えた夏目先生は、そう言って教室全体を見渡し、出席番号1番の女生徒へと手を向けた。
一人一分と言っても、それより短くてもいいのだろうし、それ程考えることもないかなぁ、などと思っていると、先生に促されて立ち上がった生徒はクラスメイト達へと向き直り、落ち着いた様子で自己紹介を始めた。
……ん?なんか、僕のことめっちゃ見てない?
「出席番号1番、相田 恵茉です。趣味は読書とお菓子作り。好きなものは甘いものならなんでも。今一番興味があることは進藤君の好きなこと、苦手なこと、進藤君のことなら何でも知りたいです。好きな男性のタイプは、入学式中にたくさんの人から注目されて、恥ずかしがって赤くなってしまうような可愛い男の子です。私もお友達はたくさん欲しいなと思っているので、進藤君はもちろん、クラスメイトの皆とも仲良くしたいです。よろしくお願いします」
全くブレることなく真っ直ぐに僕を見つめ続けながら行われた相田さんの自己紹介は、その内容の殆どが僕へ向けてのものだった。
時間を計っていたわけではないけれど、恐らく一分ジャストくらい。
聞いていた生徒達も一瞬呆気にとられていたものの、パラパラと気を取り直した生徒達から拍手もあがっている。
その魂胆……というのもおかしいけれど、あまりにも明け透けに「あなたが気になっています」と気持ちをぶつけられてしまったので、まさか自己紹介をそんな風に利用するとは、と素直に感心してしまったくらいだ。
「はーい。それじゃあ、順番通りにどんどんどうぞ~」
夏目先生が次の生徒へと自己紹介をするよう促し、それからというもの、皆僕へ向けてのアピールを必ず自己紹介の中に取り入れ、挙句の果てには僕の目の前までわざわざやってくる生徒まで出てきた。
「はい。じゃあ、モテモテの進藤君、どうぞ~」
ニコニコとした表情は変わらないものの、僕を映す瞳の中にこの状況を楽しんでいる風な光を湛えている夏目先生。
あの人は人を揶揄っていないと気が済まないのだろうか。お茶目と言えば聞こえはいいが、標的にされている僕からしたらたまったものではない。
とは言え、黙っているわけにもいかないので、大人しく席を立って自己紹介を始める。なるべく手短に済ませて、これ以上注目されるのは避けよう。
「えーと、進藤 彼方、です。趣味や特技は特にありません。強いて言うなら読書くらい、かな。その……よろしくお願いします」
それだけ言って腰を下ろす。
流石に簡素すぎるかと思ったけれど、クラスメイト達から向けられる盛大な拍手を聞けば、何を言っても大抵のことは好意的に捉えられそうだと感じる。
いや、僕の勘違いかもしれないが、数人ハンカチで目元を抑えて感涙しているような姿も見受けられるので、あながち的外れでもないような気がするのだ。
「は~い。それじゃあ、次は――」
ある程度拍手が収まってから次の生徒が席を立つ。
そうして順番に自己紹介は進んでいき、今朝の一騒動に巻き込まれてしまった生徒の一人、平沢 雫さんの番になった。
「……平沢 雫。趣味は勉強。北之園に入学したのはよりいい大学へ進学する為。よろしく」
……おお。まさか僕よりも簡潔な内容の自己紹介が聞けるとは思わなかった。
ガタっと小さくない音を立てながら席に着いた平沢さんだが、周りはそのあまりにも短い内容に驚いているのかポカンとして反応がない。
うーん、彼女には嫌われているとは言えこのまま誰も反応しないというのも可哀そうな気がする。余計なお世話と思われるかもしれないが、ここは僕が率先して拍手をしよう。
僕がパチパチと手を鳴らすと、それに気が付いた生徒達も追従して拍手をしてくれた。
平沢さんには物凄い目で睨まれてしまったけれど、まあ、これくらいなら許して欲しいところである。
その後、恙なくクラス全員の自己紹介が終わり、最期に明日の予定をしっかりと確認した後解散となった。
下校しても良し、新たなクラスメイト達と交流しても良しと、皆思い思いに席を立って行動する――わけもなく。
示し合わせたかのように僕の席の周りに集まり、順番でも決めていたのだろうか、一人一人丁寧に連絡先の書かれた紙を僕へと差し出してくる。
「い、いつでも連絡してください……!」
「あ、え……?」
内容は携帯の番号だったりSNSアカウントのIDだったりが大半ではあるのだが、中には住所や詳細なプロフィールのようなものが書かれているものもあり、一人の女子生徒が渡してくれたものなどほとんど履歴書と言っても差し支えない手の込んだものになっていた。
「い、いつの間にこんな……はは……」
思わず口から洩れた呟きは周囲の女の子達の声に搔き消され、自分の耳にようやく届く程の微かなものになっていた。
パッと見まわした感じでは同じクラスの女子全員が集まっているくらいに見えたけれど、先程の自己紹介で見た覚えのある顔とそうでないものも混じっているようで、いくら受け取っても終わりが見えないところから察するに、恐らく別クラス、下手すると別の学年の生徒たちまで集まっているのかもしれない。
これはもしかすると、このまま何も言わずに続けていたら家に帰れないのでは?と思い始めたのは、机の上に置ききれなくなった紙を直接鞄にしまい始めた頃だ。
最初の内は僕を取り囲むように集まっていた生徒達が、目的を果たした人の中から列を整理する者が次第に現れ、今では整然と列を作り僕の前にずらーっと並んでいる。
「はーい。渡したらすぐに脇に避けてください。後に並んでいる人はすぐにお渡しできるよう、お手元に準備してゆっくり進んでくださいねー」
「最後尾は昇降口前になりますので、列に横入りせず、順番を守って並んでくださーい!」
「彼方ちゃん!先生に段ボール貰ってきたから、入りきらない分はこっちに入れましょう!」
「うーん、これだけの量になると持ち帰るのも大変だろうし、進藤君のお家に郵送できないか先生に相談してくる!」
「私追加で段ボール貰ってくるー!」
「……は、ははは……」
いつの間に来ていたのか、莟が隣で僕が受け取った紙をどんどん段ボールへとしまい始め、それが三箱程重なった辺りで誰かが郵送できないかと先生の元へ相談に走り、最後の段ボールが一杯になる前に新たな段ボールを探して誰かが教室を出ていき……。
自分でも引き攣っているのはわかっているが、取り敢えず笑顔を浮かべたまま、なんとか列に並んでいる女生徒達の対応を続ける。
そして、妙に統率の取れた動きで着々と消化されていく行列をどこか他人事のような気持ちで眺めていると、誰も彼もが嬉しそうな表情で並んでいる中、どこか不安そうにしている人達も少なくないことに気付いた。
当然僕だってそこまで鈍感と言うわけでもないし、女性の異性に対する焦がれるような気持ちというものも知っていたわけだから、彼女らがこうして楽しそうにしている理由はなんとなく想像はできる。もちろん、不安そうにしている人達の気持ちも。
恐らく、“自分だけ受け取ってもらえなかったらどうしよう”とか、“嫌な顔をされたりしないだろうか”とか、そういう風に悪い方向へと考えてしまっているんだと思う。
先程のクラスでの自己紹介の時だってそうだ。
誰もが……まあ、一部の生徒はそうではなかったけれど、殆どのクラスメイト達は、何かを期待するような表情で僕に向かってアピールしてくれていた。
でも、数人は恐る恐るというか、どこか探るように自己紹介している人達だっていたんだ。僕だってその内の一人。
その時は単純に緊張しているんだなとしか感じなかったけれど、その緊張とか不安がどこから来ているのかと考えてみると、答えは一つしかない様に思える。
「……あ、ありがとうございます」
「――っ!い、いえ!こちらこそ、ありがとう……!」
さっきまでただ黙って笑顔で受け取ることしかできなかった僕が、突然“ありがとう”なんて口にしたものだから、僕へ連絡先を手渡してくれた女子生徒さんを驚かせてしまったようだ。
顔を真っ赤にして走り去る彼女を止める間もなく、次に並んでいた人が僕へ紙を差し出してくる。
「ありがとう。その、必ず連絡するね」
「ふぇっ!?あ、その、よろしく、お願いしまひゅ……!」
期待に応えたい、なんて、僕らしくないとは思ったけれど、こうしてたくさんの女の子達が勇気を出してここに並んでくれているんだと気付いた時には、いくら恥ずかしくても不誠実な対応はできないと思い直していた。
彼女達が不安そうにしている理由。楽しそうにしている理由。嬉しそうな理由。
それらは全て、僕に対する期待の大きさからくるものなのだろう。
“男の子と仲良くしたい” “男の子に見てもらいたい” “男の子に嫌われたくない”
こういった気持ちが期待を膨らませ、それによって不安を大きなものにする。
僕にも似たような経験はあるし、誰にだってあるありふれた感情だと思う。
そして、その期待が裏切られた時にどう感じるのかも。
「ありがとう――」
まあ、なんとも俗っぽいというか、可愛らしい願望だとは思うけれど、僕の願望なんて“友達がたくさん欲しい”なんだ。彼女たちの望みと然して違いは無いし、言ってしまえばwin-winだ。ここに集まってくれた全員と友達になれるかはわからないけれど、こうして最初の切欠すらなかったならば、そもそもの可能性としては0に等しかったろうしね。
横でせっせと箱詰め作業をしている莟や、並んでいる女の子達の列を整理してくれているクラスメイト。それと同じくらいに、ここに並んでくれている彼女達にも感謝を伝えなければ。
「ありがとう。嬉しいよ」
「は、ひゃい!こ、こちゃらこそっ……!」
とは言え。
来る人来る人、僕が一言声を掛けるだけで顔を真っ赤にしているのだけれど……。
なんか、何とも言えない“やっちまってる感”というか“真綿で首を締めてる感”というか、これ、まさかとは思うけれど、家の皆が散々言っていた「やりすぎライン」を大きく逸脱してたりするのかな?
特段間違っていることをしているつもりはないのに、じりじりと追い詰められているような感覚が這い上がってきて、背中を伝う冷や汗を止められない。
先日、家族会議であれだけ「彼方ちゃんはカッコいいんだから気を付けなきゃダメ!」って言ってた莟が、こうして率先して手伝ってくれているわけだし、多分、大丈夫だとは思うのだけれど……。
「――ありがとう。時間かかっちゃってごめんね?」
「あっ、だ、大丈夫です!その、連絡、待ってますっ!」
どれ程時間がかかったのかはわからないけれど、少なくとも既にお昼は当の昔に終わって、間もなく夕刻に差し掛かろうかというところまで来ている。
最後まで並んでくれていた女子生徒が教室を出ていったところで、漸く肩の力を抜くことができた。
「お疲れ様。彼方ちゃん」
「あ、手伝ってくれてありがとうね、莟。それから、皆も」
列の整理をしてくれていた子や、郵送の準備を整えてくれた子達など、莟を含めて手を貸してくれていたクラスメイト達に改めてお礼を言う。彼女達が手伝ってくれていなかったらこんなにスムーズに事は運ばなかっただろうし、大パニックになっていてもおかしくはなかったかもしれない。
「ううん。私達も好きでやってたんだから気にしないで!」
「そうそう。進藤君にお近づきになりたい気持ちはよぉ~~くわかるしね~」
「それに、その……友達だったら、ね!困った時はなんとやらってやつだし!」
……なんと優しいクラスメイト達だろうか……。
口々に「気にしないでいい」と気遣ってくれる彼女達に感動して目頭が熱くなる。
流石に涙が流れることはなかったけれど、異物と捉えられてもおかしくない僕を、こうして受け入れようとしてくれている心遣いがとても温くて、なんだか申し訳ない気持ちになる。
“僕なんかがこんなに優しくしてもらってもいいのだろうか?”
どうしても気持ちが卑屈な方へと動いてしまう。
それは偏に自分に自信がないからなのだけれど、この間の“家族会議”で「それは勘違いだ」と嫌程言われたんだよなぁ。
いい加減自覚しろと言われても仕方がないとは思う。
だからといって、そう簡単に価値観が変えられるくらいなら、僕は前世でももう少し積極的な性格でいられたのではないかとも思うのだ。
今、僕の身体は16歳の若い肉体になっているけれど、精神的には前世のそれと何ら変わりはないわけで。
もっと自信をもって堂々としていようと頑張ってはいるものの、ここまでの自分の対応を振り返ってみれば、それが成功しているとは思えない。
まあ、自分で言うのもなんだけれど、焦っても仕方がないし、まずはこの優しいクラスメイト達と打ち解ける所から始めないとな。
別クラスや先輩達には申し訳ないけれど、この生活に慣れるまでは身近なところからコツコツ行こうと決心する。
それにしてもずいぶん時間がかかってしまったものだ。
ここでいくら悩んでいても、手伝ってくれたクラスメイト達が帰るのを引き留めることになってしまいかねない。
今日一日で様々な出来事があったけれど、どれも自分が考えていた以上に周りの女の子達の反応が劇的で、自分の見通しの甘さを痛烈に実感することになった。しっかり反省して次回以降に活かさなければ、僕の二度目の高校生活は再び灰色の退屈なものになってしまうだろう。
改めて丁寧にお礼を言いつつ、今後は自分も皆に何かあった時は絶対に協力するからと約束をした。
本当だったらわざわざ口に出して言うことではなかったのかもしれないけれど、僕の中にある皆への感謝の気持ちを少しでも届けたくて、気付いたら言葉にしてしまっていた。
「兎に角、今日のことは僕のせいで皆に時間を取らせてしまったんだから、お礼は必ずする」と言えば、「気にしなくてもいいのに」と言われ、「それじゃ僕の気が済まないから」と少し強引に納得してもらおうとしても、「お礼してほしくて手伝ったわけじゃないよ」と頑なに固辞されてしまう。
その押し問答で更に時間を使ってしまったわけだけれど、僕も皆を困らせたいわけではなかったので、結局それはまた後日改めて話そうということにして、今日は大人しく下校することになった。
「うーん……」
「どうしたの?彼方ちゃん」
校門までの道すがら、どういった形のお礼なら皆に遠慮せず受け取ってもらえるかなぁと頭を捻ってみたものの、いい考えが浮かんでくることもなく。
思わず口から出た唸り声に反応してくれた莟に聞くのもなんとなく憚られるような気がして、「なんでもないよ」と誤魔化した。
実際、莟も手伝ってくれた内の一人だし、彼女にもお礼をしたいわけだから、ここは自分でしっかり考えて答えを出すのが筋だろう。今日手伝ってくれた一人一人に、「何かしてほしいことはあるか」と聞き回るわけにもいかないしね。
「むむむ……」
「……?」
結局その日の内にいい考えが浮かぶことはなく。
帰宅してからも暫くうんうん唸っていたら母さんやあかねにまで心配されてしまったので、取り敢えず喫緊の課題として頭の隅に残しておき、これからの学生生活のことに思いを馳せながら眠りについたのだった。
男女比の狂ったこの世界で 白銀 @shirogane0034
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