入学式と新たな出会い①
私立北之園学院。
地域でもトップクラスの進学校で、校風は穏やか。生徒たちは礼儀正しく真面目で、ボランティア活動や地域のお手伝いにも積極的な所謂“良い子”達が多いのだとか。
そんな名門といってもいい学院の前で僕は、かつてない程の危機に瀕していた。
「貴方ね!男であるというだけで何の苦労もせずにこの学校に入学してきたというのは!」
校門の前まで送ってくれた母に礼を言い、目立たない様にとさっさと校門を潜り歩き出したのも束の間。僕の前に立ちはだかるこの女子生徒さんは、その綺麗な顔を怒りで染めて、こちらをこれでもかと睨みつけながら大声をあげていらっしゃった。
「あー……えーと、まあ、その。多分、僕……で間違いないですかね?」
「なんで貴方が疑問形なのよ!その制服は間違いなく北之園の男子生徒用のものだし、それを着てこの場にのこのこと姿を現した男なんて貴方以外にいないのだから間違いないでしょう!もっと自信を持ちなさいよ!」
「あ、え?す、すいません?」
「だから!なんで!疑問形なのよ!」
実際に口に出しているわけではないが、「ムキ――!!」という叫び声をあげている様にも見えるこの女子生徒。地団太を踏みながらこちらを睨みつけている様は確かに恐ろしいのだが、どうにもどこか可愛らしさのようなものも同居している様に感じるのは気のせいだろうか。
「えーっと、それで、一体僕にどのようなご用件でしょうか?」
多少でもからかう気持ちがなかったかと問われると答えに窮するが、さすがにこれ以上やると目の前の彼女の怒髪が天を衝く恐れがある為、大人しく用件だけ伺うことにする。
「はぁっ……はぁっ……!そ、そうよ!今日は貴方にどうしても聞いておきたいことがあったのよ!」
まだまだ息は整えられていない様子ではあるが、どうにか話題を本題の方へと導くことができたようで一安心である。
とは言え、初対面である僕に対してこうも敵意をむき出しにしているということは、多分碌なことではないだろう。一応ある程度の覚悟を決めて話を聞くことにする。
「――貴方、一体どういうつもりなわけ?」
一呼吸挟んで彼女が僕に問いかけてきたのは、物凄く漠然としたものであった。
「…………は?」
なるべくその質問の意図を読み取ろうと努力はしてみたものの、あまりにも情報量が少なすぎて彼女が僕に何を答えてほしいのかわからなかった。
「さ、察しが悪いわねっ!どういうつもりでこの学校に来たのかを聞いているのよ!」
あ、あぁ。そういうことか。
つまり彼女は男である僕が何故突然この学校に入学することにしたのか、しかも男であるという特権を振りかざして何の苦労もせずに入学を決めて恥ずかしくはないのか?と言いたいわけか。
うーん……。これは、どう答えるかで今後の高校生活が決まりそうだ。
何しろ先程から周りの生徒さん達の注目を集めまくって、人だかりがとんでもないことになっている。
ただでさえ数十年ぶりの男子高生の誕生ということで注目を浴びていたりするのだ。さっきだってこういう事態にならないようにさっさと校舎内に入ってしまおうとしていたわけだし。
「……どういうつもり、かぁ」
こうして改めて考えてみると、酷く自分勝手な我が儘を言ってしまったものだなぁと我ながら思う。
この世界では社会構造がそもそも以前生きていた世界とは大きく違うので、今更僕如きが一人で何かを変えてやろうと意気込んだところで、恐らく何もできることなどないだろう。
それに関して何かを思うことなどないのだが、ただ一点だけ。
個人での生き方に関してまでこの世界のルールに縛られるのだけは嫌だ、と思ったのがきっかけだと思っている。
色々とこの世界について調べていく内に、男性や女性が抱える問題だったり、社会構造的にどうしようもない制度だったりがたくさんあることに気付いたけれど、それは以前の世界にだって数えきれない程あった。
同じようなものだなんて口が裂けても言えないけれど、前世のように生き難さを何かの所為にして逃げるのはやめようと思ったからこうして我が儘を言うことにしたんだ。
「僕は――」
僕は僕のやりたいことを我慢しない。
青春を取り戻そうと思ったんだから、それに必要なことなら何でもすると決めたんだ。
「僕は、ただ、友達をたくさん作りたいと思って、この学校に入学することを決めたんだ」
こうして口に出してみると存外恥ずかしいというよりはスッキリしたという感覚の方が強いかもしれない。
隠していたとか黙っていたとかいうわけではないんだけれど、僕がどうして高校に行きたいと思うようになったかなんて、これまではっきりと聞かれたことなんてなかったからね。言う機会が無かった、の方が正しいのかな。
「……なっ……なん、はあ!?そ、そんな、子供みたいな理由で!?」
あー。やっぱりそういう風に言われちゃうよなぁ。
そりゃ、自分でも大分子供っぽい理由だなって思うことは何度もあったけれど。
「うーん。その、理解してもらえるかはわからないんだけど、一応これでも僕にとっては死活問題だったりするんだよね」
そう。僕は青春を取り戻したい。
その為に必要な物とは何か?と考えた時に、真っ先に思い浮かんだのが“友達”だったのだ。
いや、もちろん恋人とか好きな人とか両片思いとか、そういう甘酸っぱいやつもいいなとは思ったよ?
けど、僕には前世で友人と呼べるような親しい間柄の人物など一人もいなかったんだ。
学生時代、小学・中学の途中くらいまでは多くはなくとも友人と呼べる人間はいたにはいた。
しかし、父が亡くなってからというもの、家族のことばかりに気を取られて人付き合いが疎かになり、高校に行ってからもバイト三昧で遊ぶ暇などなく……。
学校帰りに寄り道して買い食いとか。
部活に入って仲間と切磋琢磨し高め合うとか。
テストの前には勉強会したりだとか……。
そりゃ憧れるのも無理はないだろ!自分で言うのもなんだけれど!
それを手に入れるためには引き篭もりのままでいるわけにはいかなかったんだ。
「その、僕は“友達”っていうのにすごく憧れてるんだ。小さい頃から続けてきた引き篭もりを卒業しようと思うくらいにはね。それが何故なのかっていうのは言葉にするのが難しいんだけど、どうしてもそれが欲しくて我が儘を言わせてもらったんだ」
そう。これは僕の我が儘だ。
けれど、この世界で生きていくと決意した時に、同じ様に自分のしたいことを我慢しないと誓ったんだ。
……時々その決心が揺らいでしまうこともあるけれど。
「確かに今回のやり方は卑怯なものだと僕自身も思う。貴女が僕に対して嫌悪感を抱くのは無理もないとも。それでも、僕は誰に何を言われても、この学校で友達を作りたいと思っているんだ。だから――」
できるだけ、真摯な気持ちだけを伝えたいと思った。
彼女はきっと真面目で、正義感が強くて、だからこそ僕がしたみたいなズルが許せないんだと思う。
「――どうか、僕がこの学校に通うことを許してほしい。君には不誠実に映るかもしれないけれど、僕にとってはこれはチャンスだったんだ」
目の前の女子生徒に向けて深く頭を下げる。
こういうやり方だって絶対に卑怯なことだとはわかっている。けれど、僕だってここで引き下がるわけにはいかないのだ。
「ちょ、ちょっと……!」
これだけ衆目を集めている中で、こうして頭まで下げている相手に強く出られないのは当然だ。
どうしたって本音(折角生まれ変わったのだから青春を謳歌したいというもの)を告げることはできないのだから、多少ズルかろうが力技で押し通る以外に僕の出来の悪い頭では思いつかなかったのだ。
さあ!僕のことを許すがいい!
「~~~っ!わかったわよ……!だから、頭を上げてちょうだい!」
「あ、ありがとう……!」
思惑通り彼女は僕のことを一時的にではあろうが許してくれた。
頭を上げて彼女の顔を見てみれば、当然の如く悔し気に歪められているものの、僕の方からは目を逸らして頬を朱く染めていた。
「ご、ごめん、ね?」
彼女の瞳が心なしか潤んでいるように見えてしまい、思わず軽い調子で再び謝ってしまった。
もちろん僕だって譲れない部分があるので何とか誤魔化したいと思ったのは確かだけれど、それにしても彼女には悪いことをしてしまったものである。
この空気をどうしたものかと思案していると、僕たちを囲んでいる女子生徒たちの向こうから、小さな拍手が聞こえてきた。
――パチ、パチ、パチ。
何事かと思って音のする方へと視線を向ければ、生徒たちを割って進み出てきたのは見覚えのある少女、“木葉 莟”だった。
「莟……?」
莟がどういうつもりなのか全くわからず首を傾げていると、僕と僕に詰問してきた女子生徒の間に入ったところで漸くその歩みを止めた。
「ど、どうしたの?その、莟……?」
よく見なくても間違いなく幼馴染の莟なのだが、何故か彼女は涙を流しながらこちらへと向き直っていた。
ふと、周りの生徒たちはどう感じているのだろうかとサッと目を向けると、こちらも何故か何人もの女子生徒たちが涙を流している。
……あ、あれ?僕また何かやっちゃいました?
お決まりの台詞を頭に浮かべながら、そんな場合じゃないだろと自分にツッコミを入れていると、流れた涙をハンカチで拭った莟が口を開いた。
あんまりいい予感はしないけれど、ここまで来てしまうと止めるに止められず、固唾を飲んで成り行きを見守るしかない。
「彼方ちゃんがどうして急に高校に行きたいなんて言い出したのか、ずっと疑問に思っていたけれど、まさかそんな理由だったとは思わなかったよ」
いつものように優しい微笑みを浮かべて語りかけてくる幼馴染。
ふわりと僕の手を取りながら、こちらも優しく包み込んでくれる。
「彼方ちゃんはきっと、ずっと寂しかったんだね……。周りにいるのは女性ばかりで、怖かったり苦しかったりしながら、それでも友達が欲しかった。そうだよね?」
「……う、うん?」
相変わらず優しく微笑んでいる莟だけれど、僕としてはこれからどういう方向へと話が流れていくのかが気になりすぎて、生返事を返すことしかできなかった。
なんだか随分と大袈裟に捉えられているような気もしなくはなかったけれど、概ね当たっているので大人しく続きを聞くことにする。
「小さい頃から傍にいたのに、気付いてあげられなくてごめんね?でも、これで漸く私も彼方ちゃんとお友達になれるね」
え?えーっと……僕的には既に莟は友人として数えていたのだけれど、どうやらそう思っていたのは僕だけだったらしい。
どことなく寂しい気持ちが湧いてきたところではあるが、気を取り直して莟に頷いて返事を返しておく。
いや、それなりにショックだったから声を出したら上擦ってしまいそうだったとかではないよ?
「彼方ちゃん……これまで寂しかったね。辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。彼方ちゃんならきっとたくさん友達を作れるから」
繋いでいた手が離されたと思った時には、莟に優しく抱きしめられていた。
優しい言葉と共に背中を撫でられてしまっているが、僕の頭の中では現状を把握するのに精いっぱいで、幼馴染の柔らかさやいい香りを楽しむ余裕はなかった。
「わ、私も――」
どうやらこの幼馴染にこの場を任せてしまったのは間違いだったのではと、漸く僕が思い至った時、周囲の女子生徒の中から一人、一歩こちらへと進み出てきた。
「私も、良かったら、と、友達になりたい、と、その……」
途切れ途切れで最後は小さな呟きのようになってしまっていたけれど、どうやら彼女は莟の話を聞いて、僕の友達になろうと名乗りをあげてくれたようだった。
すると。
「私も!」 「あ、あたしもー!」 「私だって……!」
どんどんとこちらへと詰め寄ってくる生徒の数は増えていき、中心にいる僕と莟や、最初に僕へと声を掛けてきた女子生徒も巻き込んで揉みくちゃ状態になってしまった。
「う、うわっ……ちょ、お、お気持ちはありがたい、うむっ!? こ、ここで、大騒ぎしちゃうと周りに――」
「迷惑がかかるからー!」と言うよりも前に人の波に飲み込まれてしまった。
腕の中にいる莟は大丈夫かと思って見てみれば、「彼方ちゃん良かったね……こんなに友達ができたじゃない……」と、感極まって涙を流していたので恐らく大丈夫だろう。
反対に、最初に僕に声を掛けてきた彼女は目を回しているようだったので、兎に角ここから抜け出すために彼女の腕を掴んで無理やり人をかき分けて飛び出した。
「み、みなさん、僕の為にありがとう!けど、時間もないし、今度改めてお話をして、その時にまた友達になってやってもいいって人はその時にお願いします!そ、それじゃ僕はこの辺でっ!」
腕に抱えたままの莟と、何が何やらわからないまま目を回している女子生徒を引っ張って、僕は取りも直さずその場を後にした。
背後から呼び止める声がいくつも聞こえてきたけれど、もう一度掴まってしまったら、恐らく今日の入学式に出ることは出来なくなってしまうと思ったので、振り返ることなく真っ直ぐ昇降口へと走ったのだった。
この騒ぎのおかげで、僕の制服のボタンやネクタイなんかがどこかへと消えてしまったのだけれど、その後に職員室で教員の方に事情を説明して、今日だけはこのまま過ごすことを許してもらった。
ついでとばかりにシャツのボタンを教員の方に強請られてしまった時には、僕も乾いた笑いを堪えることができなかった。
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