家族会議 議題 【進藤 彼方という男性の魅力について】

 現在、僕は食堂にて総勢十数名の女性達に囲まれていた。

 メンバーは母さんと妹のあかねを始め、家で働いてくれているメイドさんや幼馴染の莟といった錚々たる面子が集まっている。


「それでは、これより彼方様のご自身に対する評価を改めていただくための会議を始めたいと思います。僭越ながら議長は私、メイドの双海が務めさせていただきます」


 この為にわざわざ用意したのか、大きいホワイトボードを背に、全員の前へと出た早苗さんが優雅に挨拶を終えた。

 かなりの人数に注目されているのに堂々としている姿は物凄くカッコイイんだけれど、背後のホワイトボードに書かれた“第一回 彼方様の目を覚まさせる会”という文字が何とも間抜けで、いまいち決まらない。


「本日の議題は“彼方様が認識されておられないご自身の魅力について”です。彼方様の魅力については、この会議に参加されている皆様であれば当然のようにご存じであるとは思いますが、今回、彼方様ご本人にその認識について若干齟齬があるように見受けられたので、このような議題となりました」


 特にカンペなども無しにスラスラと話を進めているけれど、何か妙に手慣れているような感じがするのは気のせいだろうか。ここで勤めて長いわけだし、前職での経験というよりは学生時代に培ったもの、とか?


「はーい!」


 全員が早苗さんに注目している中、あかねが元気に手を挙げて意見を述べたそうにしている。

 参加者の中で最年少でありながら、最も積極的に話し合いに参加しようとしている姿はとても愛らしい。

 うん。やっぱり、うちの妹は世界一可愛いな。


「では、あかね様」


「ありがとう!お兄ちゃんが魅力的ってことについては異論ないけど、結局今日話し合うのは、お兄ちゃんが自分の魅力にちゃんと気付いていないから、それを気付かせてあげようってことで合ってる?」


「はい。正にその通りの認識で間違いありません」


 ああ、意見というよりは確認だったのか。

 この会議に参加している面子の中で、真に議題を理解していないのは僕だけだと思う。

 今あかねが確認してくれたにも係わらず、言ってる意味がよく理解できないのだから困っているくらいだ。


「……はい」


 仕方がないので、一つだけ初めに確認しておかなければならないことがある。

 恥ずかしいけれど、ここで黙っていては最後まで話し合いについていけないまま終わってしまう可能性すらあるので、勇気を出す。


「はい。彼方様どうぞ」


 許可が出たので椅子から立ち上がり、一瞬で集まった視線に若干怯みつつも疑問をぶつける。


「その、これだけは最初に確認しておこうと思うんだけど、僕が魅力的っていうのは、男だからっていうのとは別に理由があるという認識で間違いないのかな……?

 えっと、僕自身はそんなものないと思っていたからこその今回のこの騒ぎになっちゃったんだけども……」


 ここを明らかにしておかないと、この先ずっと僕の中の認識が間違ったまま話が進んでしまう。

 何故ならこれは、僕がどう感じているかではなく、周りがどう感じているかの話だからだ。


「その通りでございます。我々としましても、彼方様にご自覚がないことに気付けなかったという大きな落ち度はございますが、高校へご入学されることになれば、ここで一度そのお間違いについてしっかりと正しく認識していただかなければ危険があると思いましたので、こういう形をとらせていただきました」


 真っ直ぐに僕の目を見たまま早苗さんは頷いた。

 周りを見渡せば、僕を取り囲む形になっている全員が同じような表情で頷いている。


「……ありがとう。まだ納得はできていないけれど、今回の話し合いで僕の中の認識と摺り合わさせてもらうよ」


 自身の問題について本人は気づきにくいものである、というのは知っているが、今回のことに関しても正にその通りであるといったところだろうか。

 自己肯定感というものを持てた例のない僕にとって、自分が魅力的だなんて寝耳に水というか青天の霹靂というか。

 そんな風に思えたならどんなに素敵だろうと考えていたくらいと言えば少しはわかってもらえるだろうか。


「それでは、彼方様にも今回の趣旨についてご理解いただけたようですので、早速始めさせていただきます。まずは、わかりやすいところから、彼方様のご容姿についてです。残念ながら彼方様ご自身は、ご自分のことを“冴えない陰キャ”と常々おっしゃっておられましたが、そうではないとご納得いただけるように皆さまご協力をお願いします」


 一息で言い切った早苗さんが若干ドヤ顔しているように見えるけれど、美人で可愛いとか反則だよな。

 ……いや、現実逃避していないでちゃんと会議に参加しなくてはな。

 これからの僕の生活がどうなるかがかかっているようだし。


「はい」


 参加者の皆が小声で相談し始める中、唯一外部からの参加となった莟が真っ直ぐに手を挙げた。


「それでは木葉様、お願いいたします」


 早苗さんに促され、立ち上がった莟は一度僕の方をちらりと見た後、自信たっぷりに話し始めた。


「彼方ちゃんの外見についてですが、今回このような話し合いの場を設けていただいたのは、彼方ちゃんが自分のことを“普通以下の見た目である”と勘違いしているようだとわかった為です」


 前置きとして、今回の会議が開かれる経緯から入る莟。

 こちらも実に堂に入った態度で、ハキハキと話す姿はとても様になっている。


「しかし、皆さまもご存じの通り、彼方ちゃんの外見はとても良いです。そんな勘違いをしたまま高校へ入学してしまえば、本人に自覚がないままトラブルに巻き込まれる恐れもあると思います」


 えぇ……?

 はっきりと“僕の容姿はとてもいい”と莟が言ってくれたけれど、周りの人達の反応は“それが当然”であり、“それを前提として”といった表情で話の続きを待っている。


「繰り返しになりますが、彼方ちゃんの容姿はとても優れています。男性には珍しく瘦せ型で、すらりと背も高いですし、色白の肌はきめ細かくてなめらかです。今日久しぶりに彼方ちゃんに会いましたが、とても穏やかで優しい表情を浮かべるようになっていたり、時たま見せる真剣な眼差しに至っては命の危機を感じる程でした」


 ……ちょっと待ってくれ。

 もしかして、この会議中こんな話がずっと続くのか?


「これを不特定多数の女性の前で曝け出してしまえば、最悪気を失う方も出てくる可能性があります!彼方ちゃんには自分がとても魅力的な男性だということをしっかり認識してもらって、そういった事故を引き起こさないように心掛けてもらう必要があると、私は考えます。以上です」


 物凄くいいドヤ顔を浮かべてこちらに一度視線をよこした莟は、皆の拍手を受けながら着席した。

 いや、信じられない程に馬鹿馬鹿しい話し合いなのではという思いが、急速に強まってきてはいるが、僕以外の参加者は皆大真面目なのだ。

 現に、堂々と意見を述べた莟に対して拍手している参加者の面々が浮かべている表情は、皆一様に「よく言った!」というものだ。僕を揶揄っている様子など微塵もない。


「私もよろしいでしょうか」


 次に手を挙げたのはメイドの佳奈美さんだ。

 佳奈美さんは僕の部屋を大掃除した際に、ゴミ袋を持ってきてくれた人だ。

 今日もアップに纏めた柔らかそうな髪が決まっている。


「彼方様にご自身の容姿が優れているとしっかりご納得いただく為には、はっきりとした根拠が必要だと思います。いくら私たちがご説明したとしても、彼方様に納得できる理由が無ければいつまでも半信半疑のままになってしまう恐れがあるかと」


 おお。

 静かに淡々と自分の意見を述べ終えた佳奈美さんは、同じくメイドの真奈美さんへと視線を向けた後、小さく頷いてから席に着いた。

 それを見届けて手を挙げたのは、佳奈美さんから視線を送られていた真奈美さんだ。

 真奈美さんは僕の部屋の大掃除を手伝ってくれたメイドさんで、佳奈美さんとは双子の姉妹なんだそうだ。

 見た目はそこまでそっくりという程ではないけれど、雰囲気はよく似ている。

 まだ知り合って間もない僕にもはっきりと見分けがつくのは、真奈美さんの方が眼鏡をかけているからなのだが。

 しかし、根拠を示してくれるのならば、僕も納得しやすいのは確かだ。

 いくら先程の莟の様に褒めてくれても、お世辞なのではという疑念は晴れない。

 そこにしっかりとした根拠があるのならば、話は変わってくるというものである。


「姉さんの言う彼方様にもわかりやすい根拠を提示するならば、この場にそれは揃っているかと思います」


 姉の佳奈美さんと同じく静かに立ち上がって話始める真奈美さん。

 根拠がこの場にあるということだが、鏡……ではないよな?

 周りを見回してみても、それらしいものは見当たらないと思うけれど、根拠とは一体何だろうか。


「彼方様の容姿がとても優れていると証明するわかりやすい根拠と言えば、千鶴様とあかね様のお二人でございます。彼方様と同様、お二人のご容姿もとても素晴らしいですから、根拠としては十分かと存じます」


 なるほど。根拠というのは遺伝のことか。

 母さんとあかねに手を向けて一礼する真奈美さんと、それを見て満足気に頷く佳奈美さん。

 確かに二人はとても美人だし、その二人と血の繋がっている僕の容姿も同じように整っていると言われれば、多少納得はいく気がする。

 でも、僕がそれで完全に納得できない理由もある。

 それは、僕の姿が“前世の若い頃と同じ”であることだ。

 この世界の家族が二人とも美人になっていたりしたものだから、僕も変わっているんじゃないかと入院中に何度も確認したけれど、まるで変わったところなど無いのだ。

 身長や体重も同じで、髪型も同じ。

 そうなると、この美人二人と血が繋がっているはずの僕が、一人だけ特別整った容姿でない可能性だってあるはず、と思ってしまうのは疑いすぎなのだろうか。


「うーん……確かに根拠としては納得できるけど、見た目が似てない家族というのもあり得るわけだしなぁ……」


 そう呟くように漏らすと、真奈美さんや母さんたちを見ていた全員が僕の方へと向いた。


「彼方様。それでは、千鶴様とあかね様お二人は似ていらっしゃらないと思われますか?」


 僕に向けて試すような口ぶりでそう問いかけてくる真奈美さんに、ここは素直に答えようと言葉を返す。


「いや、二人は僕から見ても良く似ていると思う。特に目元と、口元がそっくりじゃない?身長はもしかしたらあかねの方が高くなるかもしれないけど、嬉しそうにする表情とか見ると、似た者親子だなぁってよく思うよ」


 僕が感じた通りに素直に答えると、それを聞いた全員が困ったように首を振った。


「……彼方様。それはご自身にも言えることだと、我々全員が思っています。お二人と彼方様はよく似ておられますので、根拠として十分と先程申し上げた次第です」


「……お、お世辞ではない、んだよね?」


 全員が言葉もなしに勢いよく首を縦に振る。

 お世辞ではないらしいが、自分ではよくわからない。

 僕の目ってあんなにキラキラしてるか?どちらかと言えば死んだ魚の目と同じ類の瞳だと思うんだけど。


「本日の会議で我々が言うことに、誇張やお世辞などは一切ありません」


 進行役の早苗さんがそう言うと、全員当然だと言うように首肯する。

 ふむ。

 僕の感覚ではわからないけれど、周りから見れば僕の容姿はとても良いということか。

 めちゃくちゃ否定したい気持ちで一杯だが、今日話しているのは僕の認識が周りとズレているということだし、これは僕の感覚が間違っているということだろうと無理やり納得しておく。


「それでは続けます。他に意見のある方はいらっしゃいますか――」


 そうして続く会議で、延々と褒めちぎられ続けた僕は、羞恥心が限界を突破しても大人しく席に着いて話を聞いていた。

 皆が口々に僕のことを褒めてくれるものだから、さすがの僕と言えども勘違いをしそうになったのも仕方がないと思っていただきたい。

 いや、そもそも僕の勘違いを正すための会議であったはずだが、別の勘違いをしそうになったということだ。ややこしいな。


「兎に角。彼方様にはご自身が魅力的な男性であるということをしっかりと自覚していただいて、高校へ入学後も不用意なことをなされないようご注意いただきたいと思います」


「――え?あ、ああ。うん。わかったよ。決して不用意に女性に近づかないし、前髪も目元を隠すくらいに残しておくよ」


 会議の途中で僕が髪型を変えようとしていると報告があると、素顔を晒してしまえばそれだけで周りの女性には刺激が強すぎるという意見が多数を占め、あえなく髪型を変えるにしても前髪はそのままということになった。

 一番切りたかったのが前髪だったんだけれど、性格が変わって優しくなった今、その優しい目で見つめられてしまえばどんな女性も耐えられないだろうという、有難いんだかなんだかよくわからない助言をいただいてしまったので、諦めざるを得なかったというわけだ。

 その代わり、家ではバンダナ、またはカチューシャを使用して視界を確保することを許可された。

 そんなことに許可が必要だったとは知らなかったが、無事許可を得られたので、これからは家での生活で前髪に視界を邪魔されることはないと思う。


「それでは、第一回 彼方様の目を覚まさせる会を終了させていただきます。皆様ご協力ありがとうございました」


 早苗さんの締めの挨拶を聞いた参加者たちは、思い思いの感想などを言い合いながら、次第に席を立っていった。

 僕以外の全員が食堂を出た後、残されたホワイトボードを見れば、“彼方様は優しすぎる”とか“彼方様の声は危険”とか、様々なことが書かれたままになっている。

 今回の会議の記念として、しばらく食堂に残したままにすると母さんは言っていたけれど、死ぬほど恥ずかしいのですぐにでも片付けてほしい。


「……結局、ずっと僕が褒められていただけだったな……」


 会議を振り返ってみると、結局は僕の自己評価が低すぎるということと、それをそのままにしていては危険が危ないということに終始していたと思う。

 自分に自信が無いのはあまり変わっていないというのが正直なところだけど、自分が周りにどう見られているかというのは今回の会議で嫌という程よくわかった。

 それで何が変わるのかは、これからの高校生生活でわかると思う。

 少なくとも、僕が最近まで考えていた“彼女できたらいいなぁ”という願望は、現実では“どの子を彼女にしようかな?”といった、僕からすれば非常識極まりない状況になること確実だそうなので、十分に注意しようと思う。

 僕は別にハーレムを作りたいなどと考えていない。

 普通に青春を謳歌したいだけなのだ。


「なんか、想像したのとは全然違う高校生活になりそう……」


 そう呟いた言葉が誰もいない食堂に響き、自身の耳朶を震わせる。

 これまでにない程の不安を抱えたまま、僕は力なく自室へと戻るのであった。

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