おかしな世界

「――原因不明?」


「……はい。進藤様が意識を失われ、こちらへ運び込まれてから当院でも色々と検査を実施いたしましたが、その原因についてはなにもわかりませんでした……」


 翌日、日が差してその眩しさで目覚めると、案の定というか何というか、僕を取り巻く状況は何も変わっていなかった。

 あーいや、一つだけ変わったとすれば、あの酷い頭痛が嘘のように治まっていたことだろうか。被虐性癖は持ち合わせていないので、何も痛くないに越した事は無い。


「進藤様は至って健康体です。潜在的な疾患や、脳の異常なども全く見受けられません。なので、この一週間目を覚まされなかった原因については、その……」


「あー、いやいや、大丈夫ですよ。健康だってお墨付きもいただきましたし、こうして目も覚めたわけですから」


 そして現在は病室にて川上先生からこれまでの経緯を軽く教えてもらっている。

 それによると、遡ること一週間前、自宅で意識を失っているのを家族が発見し、緊急搬送されて入院となったようだ。意識を失う原因も、目を覚まさなかった原因も不明。体は健康なのに何故か目を覚まさないまま、この一週間眠り続けていたらしい。

 そう考えると、昨夜目覚めた時に感じた体の違和感は、一週間も眠っていたことからきたものだったのか。なんかそれだけが原因とは思えないけれども、今のところはそれで納得しておかないとおかしなことになりそうだ。


「それにしても……」


 この突然のタイムリープはどういうことなのだろうか。

 先程現在の年月日を聞いたところ、やはり過去に戻っていることがわかった。

 西暦2020年3月10日。

 僕が暮らしていた時代よりも40年近く前だ。


「どうかされましたか?」


 おっと。声に出してしまっていたらしい。

 頭の中を整理するために考えていたのだが、どうやらそれが口から洩れていたのか、川上先生が怪訝そうな表情でこちらを窺っている。


「あ、いえ。ちょっと混乱してしまって……ははは」


 ここで馬鹿正直に自分の状況を話したとして、それを信じるような人間はまずいないだろう。

 気が触れたか痛い人間だと思われるのが関の山。むしろそれで済めばいい方だが、最悪隔離されてしまうこともあり得るかもしれない。

 しばらくは黙っておこう。

 誰にも話さないことで死ぬような状況でもない限り、この秘密は墓まで持っていくのが良さそうだ。


「あぁ、無理もないかと存じます。進藤様にも原因となるような何か、そういったものはわからないのですよね?」


「そう、ですね。昨夜目覚めた時も、どうして自分が病院にいるのかわからなかったですし、今日川上先生にお話を聞くまで、一週間も眠っていたなんて思いもしませんでしたから」


 こちらを気遣うような視線を向けられ、どこか気恥ずかしいというかむず痒いような感覚を覚えるが、相手がここまでの美人となるとそう悪いものでもない。

 人生でここまでの美人を目にしたことはそう多くない。それも殆どが画面を通して向こう側にいるような人達ばかりだ。

 これが僕に与えられた第二の人生だというのならば、こういった高嶺の花のような方と親密になれたりしたらいいのに、と思わずにはいられない。

昨夜の醜態……というか何というかを思い出すと、今目の前にいる女性が同一人物とは思えないが、この優し気な面差しと、控えめな眼鏡の奥に輝く瞳を見ると、嫌でも意識させられてしまう。

 はー、本当に美人だなこの人は。


「進藤様のご家族には昨夜目を覚まされた時点でご連絡させて頂いております。面会開始時間にはお見舞いにいらっしゃるそうなので、それまではごゆっくりお休みください」


 そんなくだらないことを考えていると、どうやら話も終わったようで、細い腰を持ち上げてこちらに会釈をしてから病室を出ていく。

 どうやら家の方には連絡してくれているらしく、家族が来るという事なので、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうとしようかな。

 幸いなことに、僕が高校生時代に持っていたスマートフォンはしっかり手元にあるので、家族が来るまでの間に調べられることは調べてしまおう。

 どうにも単純なタイムリープとは思えないし、もしかしたら何かヒントになるようなことがわかるかもしれないからね。


「そんじゃ、早速」


 ベッドの上で寝転がり、ネットで色々と検索をかける。

 事件や事故、政治に経済、社会で起こる様々なニュースを調べてみると、どうにも不思議なことがわかってくる。


「日本に女性首相?アメリカの歴代大統領も女性ばかり……いや、これ、どれもこれも女性の記事ばっかりじゃないか……?」


 自分の記憶にある過去の日本(ややこしいが僕が暮らしていた当時からみた過去)には、女性の首相がいたなんて聞いたことが無い。

 それを差し引いても、調べて出てくる情報は女性が中心のものばかり。

 野球もサッカーもラグビーも、どんなスポーツニュースも女性選手しか取り上げられていない。


「ち、ちょっと待て……これ、正気か!?」


 そして辿り着いた決定的な情報がこれだ。


“世界を悩ませる少子化問題と、男児の出生数減少による男女比の歪な現状について”


 これによると、先進各国どころか世界で男性の数が少なくなっており、その男女比の平均は1:100。

 この日本での男女比は1:120程で、先進的な発展をしている国ほどこの問題に頭を悩まされているらしい。

 だ、男女比1:120……?

 いくら人口が男女のどちらかに偏ったとしても、こんな狂った比率になるなんてあり得るのか?


「これ、ただのタイムリープじゃない……これじゃあ、殆ど異世界じゃないか……」


 調べれば調べる程出てくる、信じられないような事実。

 地名や年号などが一致するのが不思議なくらい、この世界の常識と僕の常識とはかけ離れたものになっている。

 どうやらあまりにも少ない男性を保護するための法律や制度が20世紀中頃に成立し、それによって日々男性の人権問題や生活の保護などがどんどんと良いものになっているとか。

 特に問題となっているのは、この歪な人口比によって齎される少子化現象。

 どうにか維持するところまでは持ってきているみたいだが、それがいつまで続くかわからないし、世界は緩やかに人類の絶滅へと進んでいるということらしい……。


「な、こんなの……え?ドッキリ?」


 自分で言っておいてなんだが、こんな大掛かりなドッキリ企画があったとして、何故それに僕が巻き込まれているかも、こうして若返ってしまった肉体も、何にも説明ができないと自答する。

 信じられないし信じたくはないが、こんなめちゃくちゃな世界に来てしまったのは事実なようで。昨夜に感じた疑問や疑念が更に膨れ上がるような、どうしようもない不快感を覚えるが、どうにかこのまま飲み込むしかない。

 自分でも頭がおかしくなってしまったのではと強く思うが、納得したふりくらいしておかないと、本当に気が狂ってしまいかねない。


「……うん。これ以上考えても無駄な気がする。こうなってしまったんだと、無理やりでも納得して飲み込む以外ないだろこんなの……」


 確かに異常な事態に陥っているようだが、少なくとも直ちに自身の生命に危険が及ぶような事態ではなさそうだ。

 若返るというか、時間が過去に戻っている理由は全くわからないが、先程川上先生と話をしていた時に考えた通り、新しい第二の人生を与えられたと思って開き直るくらいの方が健全な気がしてきた。

 そう考えると、前世……と言っていいかはわからないが、兎に角、以前の人生に楽しみを感じたことは多くは無かった。それをやり直せると思えば、なんだかそこまで悪いことでもないような気さえしてくるから不思議なものだ。


「――まあ、まずは退院することが先決かな。体は健康なようだし、そう長くかかるわけでもなさそうだ」


 操作していたスマホを枕元に置き、体勢を変えて窓を覗けば、見えるのは雲一つない晴天の空。

 先程まで感じていた不快感も、開き直ってしまいさえすれば感じることもない。

 どうして、なぜ。

 疑念ばかりが浮かんでくるのは変わらないが、しばらくしたら慣れるだろう。どんなところも住めば都と言うしな。

 楽観が過ぎる気もしなくはないが、ずっと頭を抱えて思い悩み続けるより、なんとかこの異質な世界を楽しもうとする方が心も楽だ。

 これから僕がどんな生活を送ることになるかはわからないが、少しだけ軽くなった気持ちを写すかのように広がる青い空を見ていると、何故かワクワクしてしまうのはどうしてなのだろうか――。

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