第2話 木崎華子2

 木曜日の放課後、木崎華子は気晴らしに町の繁華街に立ち寄った。それは幸運だったか、それとも不幸だったのだろうか。ゲームセンターの景品で、偶然に彼女の無くした物とよく似た物を見つけた。木崎華子は、こうしたゲームの類が、あまり得意でなかった。それが無くした物の代替になるはずがなかった。それでも、その景品が欲しかった。それを手に入れることで、大切な物を無くした日から感じていた喪失感が、少しでも満たされる気がしたからだ。


 木崎華子が千円も費やして、ゲームの景品を取ろうと悪戦苦闘していると、突然と同級生の八坂瞳に呼びかけられた。もしその子に出会わなければ、木崎華子は所持金全てをそのゲームに注ぎ込んでいただろう。それでも、その景品を入手することは叶わなかったはずだ。


「珍しいね。華子がこんな所に来るなんて」

「そう。学校が終わると、真っ直ぐ家に帰って、こんな悪い子が、立ち寄る場所に近寄らないのかと思っていた」

「華子もこんな事で気晴らしするんだ。なんか安心したよ。もっと真面目な子かと思っていたから」

「見える見える。大真面目だよ。それで随分と注ぎ込んでいたけど。欲しい物でもあった?」

「どれどれ。あっ、あれかー。あれはなかなか強敵だよね。でも、コツがあるんだ。私が取って上げようか。私こういうの得意なんだ」

「大丈夫。任せておいて、三百円以内で取って見せるから。それ以上はやらない。それでいいでしょ」

「よし、絶対取るからね」


 八坂瞳の挑戦は、一回目は失敗に終わった。でも、八坂瞳は全く悔いていなかった。最初の気持ちと二回目の気持ちが全く変わらなかった。木崎華子は、八坂瞳の意外な一面を垣間見た気がした。学校では、こんな真剣な眼差しを見たことがなかった。


 八坂瞳は、迷うことなくゲーム機のボタンを押した。ゲーム機のアームが規則的に動いた。狙い通りにアームがゲームの景品に到達した。八坂瞳は、よしゃとガッツポーズを決めるみたいに叫んだ。


 言葉通り八坂瞳は、ゲームの景品を三百円以内で取ってしまった。喜んだのは木崎華子以上に、八坂瞳の方だった。受取口に景品が落ちてきたのを取り出した。「はい。取れたよ、これ」と八坂瞳は屈託のない笑顔で、木崎華子に景品を渡した。八坂瞳が喜んだ反面どうしてだか、木崎華子は嬉しさが半減してしまったように感じた。八坂瞳に景品を渡されて、木崎華子はこれは所持金全額をはたいても、自分で成し遂げなければ意味がないことに気付いた。声には出さなかったが、ふうと溜め息を吐いた。それでも笑顔を作って、木崎華子は八坂瞳にお礼を言った。


「いいのいいの。意外と簡単だったから。それでこれから、どうする?」

「そうだね。やっぱり華子には、こういった所に合わないよ」

「華子は真面目だよ。私なんか毎日、ゲーセン通いしていたからね」


 木崎華子は、ゲームセンターからの帰り道でちょっとイライラしていた。こんな偽物の景品持っていたくなかった。捨ててしまおうと思ったくらいだが。折角取ってくれた八坂瞳の行為を考えると、捨ててしまうのは残酷すぎる。木崎華子はそれを鞄に仕舞って持ち帰った。街の派手な広告やショーウィンドウの装飾が、嘘つきみたいに見えた。


 次の日、ホームルームの時間に抜き打ちの持ち物検査があった。教室が騒然とする中で、木崎華子は昨日のゲームの景品を鞄に入れっぱなしにしていた。木崎華子はその事すら忘れていた。学校に不要な物を持ってきてはいけない。担任の松波は、険しい顔をしてそれは何かと問いただした。木崎華子はスカートのポケットに隠しておけば良かった、とそれを回収された後に気付いた。


「今、回収した物は放課後、職員室に取りに来るように」

 担任の松波が生徒に向かって告げると、教室中に不満の声が上がった。だったら、回収しなければいいのにという声も出た。特に携帯ゲーム機を取られた、男子生徒は必死に抗議した。


 木崎華子は授業を受けていても、頭に入って来なかった。ちょっとぼんやりして、黒板をノートに写すこともさぼりがちだった。担任に回収されたゲームの景品がときどき脳裏をよぎった。放課後になれば返してもらえると言っていたが、木崎華子は大切な物を二度失ったような思いがした。どうして鞄の中に入れっぱなしで、学校に来たのかと後悔した。


 一限目の授業は、何となく過ぎてしまった。苦手な科目だったから、時間が早く過ぎたという感覚はなかった。それでも授業の内容は、ほとんど記憶に残っていなかった。ノートを見ても空白ばかりが目立って、何も分からなかった。授業が終わって、木崎華子の席に、八坂瞳が近寄ってきた。初めてのことだった。八坂瞳は、まるで友達みたいに親しく話しかけてきた。それは、朝のホームルームの持ち物検査のことであった。八坂瞳は顔をしかめて、松波に大切な物を回収されたと恨み節を言った。それでも始終おどけた調子の八坂瞳は、全く懲りていないようだった。

「華子も何か取られた?」

 八坂瞳は、自分のことをすっかり話してしまうと、続けて木崎華子に尋ねた。木崎華子は、一瞬動揺したが、言いづらいのを我慢して打ち明けた。

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