第43話 宮道羽美1(みやみちうみ)

 彼女は、いつも物事をゲームのように考えている。全ての物にレベルがあって、自分のレベルと比較することで、難しいか簡単か、成功するか失敗するかを計っている。が、現実はそうゲームのように上手くいかない。レベルばかり気にしていたら、安全なことだけ挑戦して、何も思い切ったことはできないだろう。ちょっとくらい失敗しても、諦めるよりは増しだと思っている。勇気を持てることが、一番大事なことなんじゃないかな。

「なあ、宮道。いつもそのゲームやってるけど、それってそんなに面白いのか?」

「はは、ゲームの話になると目の色が変わるな」


 宮道羽美は階段を慎重に上りながら、男の先輩と擦れ違った。彼女は手と手が触れるほど、胸が高鳴るのを覚えた。背が高く、凛々しい顔立ちは、彼女が知る限り、この学校のどの男子生徒よりも格好いいと思った。放課後この時間帯に、その先輩がこの階段を降りてくる確率は高い。これはレベル100だな。今の彼女のレベルでは、到底倒し得ない相手だった。彼女のレベルは、高く見積もったとしても高々レベル10だった。が、どんなに頑張ったとしても、このレベルが順調に上がっていく見込みはない。それどころか、下がることだって有り得るのだ。


 階段を二階まで上ると、その足で引き返し始めた。その日の任務はそれで終わり、あとは帰宅するだけだった。運動場からは、野球部のランニングの掛け声が響いてきた。平均してレベル20といったところか。宮道羽美はその野太い声を聞きながら、階段を下りてきて昇降口を出た。巨大な校舎から、次第に離れていく。面倒臭い学校生活から解放された気分になる。


 宮道羽美は街のインターネットカフェへ向かい、一時間過ごした。彼女のお気に入りのゲームは、マジックファンタジーというロールプレイングゲームだ。キャラクターのクラスはシーフで、レベルは30を超えている。ゲームの進行は、序盤から中盤に入ったところだった。


 友達の御堂百合からメールをもらった。篠崎尚人と、金銭のトラブルになっているらしい。恋人間の金銭関連のトラブルは、レベル17だ。宮道羽美には、少し荷が重い。お金を貸したの貸さなかったの。あれは、おごったお金だので、もめているらしい。貸したのであれば、ちゃんと返してもらった方がいいと返信した。それは何の解決にもなっていなかったが、他に良い考えは浮かばなかった。流石にレベル17の問題は、宮道羽美にとっては手強すぎる。そう言っているんだけど、篠崎が返さないのとメールの返信が来る。そうか困ったね。力になれなくてごめんとだけ返した。折角ゲームキャラのレベルが35になったと有頂天になっていたのに、一気に興が冷めた。


「なあ、宮道。お前は何でもゲームみたいに考えるんだな」

「ふふふ、その方が格好いいからか」


 またメールが届いた。同じクラスの水前寺友香からだ。宿題のプリントを無くしたから、コピーさせてくれという内容だ。この問題はレベル5といったところか。レベル10の宮道羽美には、簡単に処理できる。どうせネットカフェにいるんだろと、居場所まで特定されている。もう終わったから、外で待っていてと返信した。彼女がネットカフェから出てくると、水前寺友香が待っていた。水前寺友香はレベル9だ。だが、いつもは呑気にしているのが、ときどきレベル10にも11にも及ぶ力を発揮する、侮れないタイプだ。宮道羽美には、このレベル9から11への飛躍が脅威だった。


「待った?」

「今来たところ。そこのコンビニでコピーしよ」

「はい、これでいいんだっけ」

 宮道羽美は宿題のプリントを鞄から取り出した。水前寺友香に渡した。水前寺友香は一度拝んで、プリントを受け取った。すぐに二人でコンビニに入って行った。コピー機の場所が分かりづらかった。不審者のように店内をうろうろして、ようやく見つけた。


「どうする? 一緒に宿題する」

 そう言って、いつも私一人にやらせるんだからと、宮道羽美は不満に思った。彼女は数学のプリントを見て、これはレベル11だな。ちょっと苦労すると見定めた。数学は二人とも、得意教科とは言えない。運が悪ければ、足の引っ張り合いになる。

「ファーストフードにでも行く。お店だと食べ物代がかさむけど」

 水前寺友香が財布をポケットから取り出し、所持金を数えた。浮かない表情をした。


「そうだよね。毎日だと、お小遣い無くなっちゃうよね」

「ポテトだけで我慢するか」

 ファーストフード攻略は、レベル9といったところだ。ファミレスになると、レベル12と急に敷居が高くなる。宮道羽美には、ファミレスを攻略できるほどのレベルもお金も持ち合わせはなかった。商店街のファーストフード店には、彼女たちと同じ学生が多かった。参考書やノートをテーブルの上に広げている学生は少なかった。みんな夢中で、学校の話や芸能の話、ファッションの話に花を咲かせている。


 二人は空いている席を見つけて、尻を滑らすようにして座った。あまり宿題を本気にやる気分にはなれなかった。数学が苦手だということもあった。それでも宿題なのだから、クリアしないといけない問題だ。宮道羽美は、テーブルの上に宿題のプリントを広げた。上から下まで、ざっと十問ほど問題が印刷されている。二三問は簡単そうだが、五六問は難しそうだ。下に行くほど、問題のレベルが上がっているように思えた。宮道羽美が一問目から考え始めたところで、水前寺友香が声を掛けた。


「ねえ。あれ、御堂と篠崎じゃない?」

 水前寺友香が、そっと向こうのテーブルを指差した。確かに御堂百合と篠崎尚人が、向かい合って座っている。が、互いに険悪な雰囲気だった。

「そう言えば百合から、お金の貸し借りで問題になっている、とメールがあったよ」

「お金か。それは大変な問題だね」

 水前寺友香は、ポテトフライを一本口にくわえた。全く宿題をやる気分になっていない。レベルの高い問題には、できるだけ近づかないというのが、宮道羽美と水前寺友香の共通の認識だ。

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