第7話 多めに言えばいいってものでもない
翌日の放課後。
俺はまたも例の教室にいた。
ギン兄が爆誕した昨夜、耐えきれず俺は東雲に再度集合の連絡を入れた。解決の糸口となりそうなヒントも含めて。
連絡先だが、さすがに東雲のものは知っておかないと色々まずいということで前回交換しておいたのだ。
校内には吹奏楽部の楽器の音が響いている。
こんな学校の端も端みたいな場所にも、その音は届くんだな、なんて思っていると。
からり、と音を立てて後ろの扉が開く。
即座に教室に入ってきた二人。
見ると、東雲の後ろに高嶺が立っていた。
……よし。ここまでは根回しした通りだ。
「お、お待たせしました」
「こっちこそ、毎回悪いな。……高嶺さんも」
高嶺はこちらを一瞥すると、少し悲しそうにはあ、とため息をつく。きっと、彼女は自らが実はピュアピュアだという弱みを俺達に握られていると思っているのだろう。知らんけど。
ぱたぱたと東雲が椅子を運び、いつもの配置かと思いきや何故か三角形の形に並べる。ややこしい並べ方やめて。
「今日集まってもらった理由は……いやもう言うまでもないんだけど」
「はい。部活動について、ですね」
「そう…………なんて?」
俺は耳を疑う。おい、話が違うぞ。
東雲が言った言葉を咀嚼して、すぐに結論に至る。
「いやどう考えても違うよね」
「でも。もう新入生でも部活動に参加している人は多く出てきていますよ?」
「それは知ってるけど。それより先に解決すべきことがあると思うんだ」
首を傾げる東雲。大きく頷く高嶺。
「ラブホの件だよ」
「分かっていますとも。それを我が部で解決していこうとそういうことですね?」
「……わがぶ?」
「我が部です」
俺は高嶺を見る。困ったように首を振る彼女が目に映る。なるほど。さっぱりわからん。
「いつからこの集まりは部活になった?」
「え、でも枯木さん協力してくれるって」
「言っ……てないこともないけどそんなの聞いてない。俺が協力するのは特別な青春とやらで、部活だなんて一言も」
「特別な青春には部活が必要です」
「まさか。部活を一から作るつもりか? そんなことをしている時間はないぞ」
「安心してください。もう出来ていますよ」
照れ臭そうに微笑む東雲。
嫌な予感がする。
「どこに」
「今ここにです」
「入部した覚えはないが」
「特別に入部届を免除します」
「み、認められた部活じゃない」
「学校を通す必要はありませんよ」
「いやいやいや。部室もないわけで」
「ここが部室です。少し埃っぽいですが」
どうやら彼女は本気だ。
東雲は勝手に非正規の方法で部活を作ろうとしている。それは果たして部活と呼べるのだろうか。でも今大切なのはそこじゃない。
「百歩譲って、そうだとしよう。じゃあ、この部活の主な活動はなんだ?」
「ラブホの件を解決する、それが当面の目標です」
「どんな部活だよ。日本で唯一だわこんな部」
俺は頭を抱える。いや、いいのか……?
どんな形であれ、ギンギンマックス先輩にギンポ先輩、ギン兄の称号を捨てることが出来るなら。誤解を解けるなら。
「でも、高嶺さんはいいの? 正直関係ないっていうか、とばっちりというか」
訊ねると、彼女は悔しそうに歯を噛み締め、こちらを恨めしそうに睨みつける。
「……いいよ。でも勘違いしないで。心は好き勝手出来ても、身体までは自由にさせないから」
なんかいいこと言った風だけど何言ってるか全然わからん。てかダメだろ。心好き勝手されたらダメだろ。
しかし、謎の俺への敬語が無くなったのは良かった。すごい違和感あったからな。
「――じゃあ、今日の部活を始めます。議題は枯木さんが持ってきてくれました。どうぞ」
東雲が俺に小さな手を向ける。
なるほどこういう進行か。打ち合わせと多少違うが、ちゃんと本題に入ってくれるのならなんでもいい。
俺は用意していた言葉を告げる。
「俺と東雲がラブホに行ったという誤解の件だが……。衝撃の事実が発覚した。高校生はラブホに入れないんだ」
「なっ……!」
「マジ……?」
東雲と高嶺が驚いたように目を見開く。
ほら見たことか妹よ。これが普通の反応だ。
俺だけが知らないみたいに言いやがって。
「方法を考える必要はあるにせよ、そもそも高校生がラブホに入れないのだということを広められれば。この誤解は解けるはずだ」
「……なるほど。入った入ってないの話をするのではなく、そもそも入れないのだと主張するんですね。い、いいと思います」
「やっぱりラブホについて詳しいんじゃん」
「それは誤解だ」
詳しくない。詳しいのは妹だ。
それはそれで嫌だけれども。
「そのことについて、対象の俺と東雲が主張をしても良いんだが。これまででそれはあまり効果がないことが分かっている」
「そうですね。そもそも私は否定していませんでしたし」
「しろよ。なんでしなかったんだよほんと」
「……ちょっと待って。その話の流れだとなんか嫌な予感がするんだけど」
ゆるふわの髪をくるくるといじっていた高嶺が訝しげにこちらを見る。
「じゃあ誰がそれをやるかだが。影響力もあり、下ネタにも精通していることになっている高嶺さんしかいない」
「してないじゃん! 私してないじゃんっ!」
顔を赤らめて叫ぶ高嶺。
そこで東雲がすかさず口を挟む。
うむ。メールでの打ち合わせ通りだ。
「ここで高嶺さんの相談が関係します。高嶺さんには下ネタについての予備知識を持っていただいた上で、こなれ感を出して私達の噂を否定する話をしてもらうんです」
「よ、予備知識って言ったって、どうやって」
狼狽える高嶺に向けて俺は一冊の本を掲げる。表紙にはセクシーな格好をしたイケメンが映っている。昨日、ギン兄と俺を呼んだ妹が貸してくれたものだ。
「これは最近発売されたものだが、ここにそういう下ネタ的な感じのQ&Aが載っていた。このポイントを押さえておくことで、高嶺さんは自信を持って俺たちのラブホの件を否定できるわけだ」
「完璧なアイデアです」
「なんでこの人達に関わっちゃったんだろう……」
切ない声を出す高嶺さんに同情する。
いやでも俺もギンギンマックス先輩だしね?
俺にも同情してくれ頼む。
「これを乗り越えれば高嶺さんは下ネタへの耐性がつく。そしてその高嶺さんが、俺と東雲はそもそもラブホに入れないのだという事実を広めてくれれば誤解も解ける。これが最もスマートな方法だ」
そうすれば俺達にも平和な生活が訪れるのだ。やるしかない。俺はパラパラと雑誌のページを捲る。
「大丈夫です。高嶺さんを一人にはさせませんよ。私も一緒に参加しますから」
「青葉ちゃん……。私、頑張ってみる」
覚悟は決まったらしい。
俺はQ&Aのページにあたりをつけると、適当な質問を読み上げる。
「じゃあ、いくぞ。――経験人数は?」
顔を真っ赤にした高嶺と、真剣な表情で考え込み始める東雲。先に口を開いたのは東雲の方だった。
「経験人数……? ご、五百人です」
「何と勘違いした? 多く言えばいいと思ってない?」
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