第8話 早すぎるのも考えもの

「――はあっ、はぁ……これでもう、高嶺さんは下ネタに精通したギャルですよ!」

「精通精通言わないで」


 例の教室の中。

 満足げな東雲とは対照的に、冷たい表情を浮かべる高嶺。


 例の謎の部活がスタートしてから、はや一週間が経過した。日々俺が妹に借りてくる大人な雑誌を参考書としながら鍛錬を積んだ高嶺は、確実に下ネタへの耐性をつけていた。


「これはもう、いけるんじゃないか」

 

 言うと、東雲が深く頷く。

 四月も後半に差し掛かり、ゴールデンウィークの足音が聞こえ始めた今日。


 俺は、今の高嶺なら俺たちの誤解を解いた上で下ネタも適当に流せる程度にはなったと判断した。


「高嶺さん、今ならやれる。俺たちの誤解を解いた上で、高嶺さんも堂々とみんなのそういう感じの会話に入っていけるはずだ」

「なんでだろ、全然嬉しくない……」


 疲れた顔で頭を抱える彼女。

 この教室で一週間、最初の方はきゃあきゃあと顔を真っ赤にしていた高嶺も、東雲の協力のお陰もあってか下ネタを聞くとすんっ、と真顔で冷静な返しが出来るようになっていた。


 つまりあれだ。普段はギャル、下ネタの話題の時だけは別モードになるといった感じだ。これが正しいのかは分からないし、なにか大切なものを失った気はするが耐性は確実についた。


「高嶺さんって何カップなんですか?」

「J」

「今日のパンツって何色ですか?」

「金」

「経験人数は?」

「五百人」

「……か、完璧です」


 感嘆した声を漏らす東雲。

 そう、最初のきっかけは東雲の馬鹿みたいな発言だった。これまでの高嶺はその純粋さから、そういう話題を振られると真剣に考えて、勝手に顔を真っ赤にして自滅していたらしい。


 だからこそ彼女が突き詰めたのは、あえて突拍子のない回答をするということ。なにか話を振られても、真面目に返す必要はない。


 むしろとんでもない回答をすることで、こなれ感と余裕を感じさせるのだ。俺たちがやるとかなりの確率で滑るのだろうが、高嶺がやれば効果はてきめんだろう。


「完璧かなぁ……なんだか違う気がするなぁ」


 遠くを見てぼやく高嶺を見て見ぬふりする。


「よ、よし。ギンギンマックス先輩のままゴールデンウィークに入ってしまったらどうしようかと思っていたところだ。これで俺はただの枯木春馬として休みに突入出来る」

「楽しみですね、ゴールデンウィーク」

「う、うん。そうだな」


 この一週間、何故か東雲はゴールデンウィークをやけに楽しみにしている。家族とどこか旅行でも行くのだろうか。俺はなにやら嫌な予感がしてそれ以上深くは訊いていないのだが。


「じゃあそろそろ決行について話し合おうか」

「ですね」

「あ、うん」


 俺たちはぎこぎこと椅子を三角形に寄せる。


「事前調査で確認した高嶺さんのイケイケグループ六名。下ネタも会話に出てくるし、時々東雲さんと俺の話題も出るとのことだ。そのタイミングで、高嶺さんが近くの席の東雲さんに声を掛ける」

「えと、『てか東雲さん、実際ラブホの件って嘘ってほんと?』だったよね」


 高嶺はその場をイメージするように自然な感じで呟く。繰り返し練習した台詞だ。


「そう。そして聞かれた東雲さんは何も知らない顔で話題に入る。そこで言うんだ」

「はい。『……そうなんです。実は私、ラブホなんて行ってなくて。みんなに勝手に噂されて困ってるんです』」

「よし。そうするときっと、『いやいや、でも見たってやついるし』だとか、『火のないところに煙はたたないよな』みたいな雰囲気になるだろう。そこで高嶺の出番だ」

「『――てかさ、そもそもラブホって高校生入れなくない?』」


 その長い足を組むと、普段の高嶺が纏う堂々とした雰囲気のまま彼女は言った。


「そこでイケイケグループは気付くんだ。確かにその通りだと。仕上げは高嶺さんの『それなのに東雲さん噂されて可哀想じゃね?』だ。あとは噂が間違っていたことに気づいた彼等がそれを広めて、最終的にはその噂に、そしてギンギンマックス先輩である俺に興味を無くしていく」

「あとは噂の自然消滅を待つだけ、と」


 東雲の言葉に俺はうなずく。


「ああ。俺の方からもあの噂勘違いなんだよなとでも重ねるように言っておけば、時間の問題だと思う」


 これを俺たちじゃなく高嶺が仕掛けることに意味がある。なんでもそうだ。当事者ではなく第三者の話は信憑性が増す。テレビの通販番組の体験者の声もそう、お店や本なんかのレビューもそうだろ?


 それをグループ内、学年でも上位カーストの高嶺が行うのだから話は早い。俺たちの平和な高校生活は取り戻されるのだ。


「最初はどうなることかと思いましたが、なんとかなりそうですね」

「いやほんとな。カップ数を聞かれて、顔を真っ赤にしながらEに近いDだとか答えられた時はもうダメかと思ったぞ」

「ちょっと?」

「はい。ブラとパンツの色が実は白だとか黒だとか、経験人数が本当にゼロだとか真面目に返された時は申し訳なくなりました」

「青葉ちゃん?」

「あったな、後は――」

「おい、枯木」

「すみませんでした」


 調子に乗りすぎた。

 ギャルモードの高嶺に睨まれると普通に怖いんですけど。あと東雲にも怒って?


「てか、二人はなんでそんなに下ネタ詳しいわけ?」

「いや俺たちが詳しいというか」

「高嶺さんがピュアすぎるのです」

「もう、やだぁ……」


 耳まで真っ赤にした高嶺を見ながら、俺は席を立つ。気づけば、カーテンの隙間から覗く光は彼女の耳よりも朱く染まっていた。


 問題が解決すれば、この景色を見るのも最後かもしれないな。なんて、少しだけ寂しい気持ちに浸りながらも俺は席を立つ。


「よし、今回も案の定俺は何もしない、というか出来ないわけだが。高嶺さん自らと、そして俺たちの高校生活をより良いものにするために」

「今回は準備期間もありましたからね。やってやりましょう」

「……やるわよ、やればいいんでしょ」


 俺たち三人は自然と手を重ね合う。

 こんな可愛い子たちと手を重ねるって結構凄いことだな、なんて思いつつ。


「いくぞ! ファイト――」

「「ギンギンマーックス!!」」

「お……おい。なんでそこだけ意思疎通してるんだよおかしいだろ!」


 まあ、今日だけは許してやるか。

 きっと、ギンギンマックス先輩なんて言葉を聞くことはもう無くなるのだろうから。



 ――そして、翌日金曜日の放課後。


「失敗、しましたぁ!!!」

「う、嘘だ! 失敗が早すぎる!!!」


 涙目で例の教室に勢いよく駆け込んできた東雲に、俺は叫んだ。



 

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