第5話 誤解と誤解
俺、
ここで熱くなってはダメだ。いくつもの誤解が絡まり合っている今、遠回りだとしても俺はその一つ一つを冷静に
「……相談は、分かった。でも俺たちはまだ碌にお互いのことも知らないわけだし。まずは自己紹介から始めよう」
高嶺と東雲は顔を見合わせる。
そしてひとまずは納得してくれたのか、二人は居住まいを正す。それを見て、俺はひとつ咳払いをして口を開いた。
「俺は枯木。枯木春馬。よろしく」
「…………?」
首を傾げる高嶺。
まさかとは思うが、俺の本名をギンギンマックスだと思ってるんじゃないだろうな。それラブホの名前だからな。頼むぞ。
「し、東雲青葉です。よろしくお願いします」
続けて東雲が緊張した様子で頭を下げる。
こうしていれば普通の女の子なのに。彼女の頭の中はショッキングピンク色だ。
「……
ゆるふわの髪が揺れる。
申し訳ないが、どう見ても場違いだ。
俺みたいなやつと、お世辞にもイケイケには見えない大人しめの東雲。その中に居るのが控えめに言ってもリア充のギャルなのだから仕方ない。
「あの、ギンポ先輩」
「高嶺さん。まず最初に言っておくけど俺はギンポ先輩じゃない」
「その程度じゃ収まり切らない男ってことっすか?」
「なにがだ。俺の名前は枯木春馬だって言ってるだろ」
「つまり。略すと、ギン……?」
「ギもンも俺の名前の中には無い。ギンポ先輩に繋げようとする意思すごいな」
ほんとなんなんだこのギャル。
「てか、そもそもギンポって何? 俺はギンギンマックス先輩……」
自分で言っておいて頭を抱える。
知らず知らずのうちに俺はその通り名を受け入れてしまっていたのか? なんたる屈辱。
「ギンギンマックスポジティブの略っす」
高嶺は当然のように言う。
なんか横文字が増えてるんですけど。
ふと、高嶺の隣で東雲が恥ずかしそうにくしくし髪の毛を撫でていることに気づく。
……こいつ、絶対いやらしい意味だと勘違いしてたな。間違いない。俺には分かる。
「じゃあここで問題です。俺がギンギンマックス先輩と呼ばれるようになった理由はなんでしょうか」
「それは、入学早々ラブホに行ったからですよね?」
「そう! それを聞いて欲しかった。何度も言うけどそれは勘違いで、俺はラブホに行ってないんだ。分かってほしい」
高嶺はうんうん、と深く頷く。
「分かります。行ってない『テイ』ということっすよね」
「びっくりするくらい分かってない」
「え……ということは。らぶっ、ラブホの外で!? そんな!」
「外なわけないだろ。外でも中でもないわ」
「枯木さん。外、っていうのは一体どういう意味ですか?」
東雲が興味津々と言った様子で口を挟む。
「ややこしくなるから静かにしてろ」
「で、でも。お二人はお付き合いされてるんすよね?」
「してない」
「してませんよ」
珍しく東雲と意見が一致する。
そう、俺たちは付き合ってもいなければまだ知り合ったばかりのほぼ他人なのだ。
そんな二人がラブホに行くだろうか? 行かないだろ? 気づけ、高嶺。
「――でも、パートナーです」
東雲が少しだけ誇らしげな顔をして言った。
今、それは言わなくても良かったんじゃなかろうか……。
「付き合ってないのに、パートナー……?」
ほらみろ。
高嶺はうむむ、と考え込むと、すぐに頬を赤らめる。
「そ、そそそれってもしかしてセ――」
「違うからな」
両手で顔を覆った高嶺。
どうやら下ネタ耐性0というのは本当らしい。
「それで枯木さん。さっきの件ですが、なんとかしてあげられないですかね」
東雲がつぶやく。
あげられるわけないだろ。
明らかにカースト上位のギャル相手に俺たちだぞ? しかも彼女が下ネタ耐性0なんて、むしろ萌えポイントじゃないか。しいて言うなら、そのまま真っ直ぐに育ってほしい。
「二人は思った以上に大人っす……」
顔を隠したままぼそぼそと漏らす高嶺。
今一体彼女の中での俺たちはどうなっているのだろうか。
「東雲さん、ちょっと」
俺は声をかける。
不思議そうな顔でこちらを見た彼女を、教室の隅へ連れて行く。
「おい。このままだと勘違いされたまま話が進む。真面目に協力してくれ」
「話を切り出そうとはしてるんですが……」
「いや絶対してないだろ。ノリノリだっただろ。……なんか、やけに楽しそうだな」
にこにこと微笑む東雲。
「はい。なんか相談に乗るのってすっごく青春ぽくないですか?」
「それはすっげえわかる」
俺は深く頷く。
うむ。青春には相談がつきものだ。
ラブホの誤解はもちろん解きたい。しかし、こうして東雲と高嶺と色々話をしているのが楽しくない訳ではない。
「でも考えてもみろ。今回の相談を解決してしまったら、俺たちはさらにラブホに行った経験豊富な奴らだと思われる可能性がある」
「けいけんほうふ……素敵なひびきです」
「協力しないならパートナー解消するからな」
「それはいやです。まだ何もしていないのに」
何をするつもりなんだろう。
まあいい。
「俺が話しても見ての通りだ。東雲の方からお願い出来るか? その相談に乗る前に、私達の話も聞いてほしいって」
「わ、わかりました。私も嘘はつきたくありません」
二人頷いて席に戻ると、高嶺はそわそわと身を捩った。
「……え、えっちな相談、っすか?」
「違う。ほら東雲さん、話したいことあるんだよね」
「は、はいっ」
東雲は隣に座る高嶺の方に向き直る。
今更だけど東雲がそこに座ってるから変な感じになるんだよな。高嶺の相談に乗るなら、俺の横に座ってほしい。
「高嶺さん。その相談に乗る前にひとつ、いいですか」
「う、うん。いいよ」
東雲はむにむにと口を動かして言いづらそうにはしていたものの、俺の視線を感じたのかようやくその口を開いた。
「私と枯木さんは、実はラブホには行っていないんです」
「…………え。でも、教室ではあんなに色々話してくれたのに」
なにをだ。なにを話したんだ東雲。
だが彼女に任せた以上、ここで口を挟むのは男らしくないと自分に言い聞かせる。
「ごめん、なさい。……私、お友達がいないので高嶺さんにお話ししてもらえるのが嬉しくて。つい、出来心で」
「じゃあ、二人はラブホに行ってないのにラブホに行ったふりを……?」
そんなふりするわけないだろ。
俺はその言葉もぐっと飲み込む。俺が言っても頑なに信じなかった高嶺が、東雲の言葉なら素直に信じている。いける。いけるぞ。
「そういうことに、なりますね……」
東雲?
そういうことにはならないよね?
神妙な顔で俯いた東雲。高嶺もごくりと喉を鳴らす。
「一体どんな理由があったらそんなことに」
「特別な、青春のためです」
「とくべつな、青春」
確認する様に繰り返した高嶺。
「……特別な青春って、なに?」
「それを探すために、私達はラブホに行ったふりをしているんです」
「してない。ふりをしてるのは東雲さんだけだから」
我慢しきれず俺は言った。
高嶺は恐ろしいものでも見るかのようにその大きな目を向ける。
「じゃあ、か、枯木くんは。嘘をついてまでギンギンマックス先輩って呼ばれてるって……こと?」
「その誤解を解くために、今日高嶺さんを呼んだんだ」
初めて名前で呼んでもらえたな。
やっと分かってくれたのだろうか。
「ちょっと、待って。てことは」
高嶺はふるふると小刻みに震える。
「お前の秘密は掴んだ、バラされたく無ければ協力しろ、って言いたいわけ……?」
「ま、待て。そんなこと」
「安心してください。私たち、誰にも言いませんから」
東雲のぎこちない笑顔。
悪気はないのだろう。けれどそれはまるで、ひどく悪だくみをしている悪女のようで。
高嶺はそれを怯えた瞳で見つめる。
「……お、お願い。誰にも言わないで。あたし、皆にめちゃくちゃ経験豊富ぶっちゃってるの。下ネタとか苦手だから適当言ってたら、すごい勘違いされちゃって」
「言いませんよ。私、高嶺さんとは仲良くなりたいと思ってるんです。ね、枯木さん」
勘違いされている女の子がここにも一人。
――そして、勘違いされてもいいと思っている女の子がここにはいる。
「う、うん……」
とりあえず首肯する。
きっと、高嶺には東雲が恐ろしい女に見えているのだろう。偶然とはいえ、ラブホに行ったと嘘をつき巧みに高嶺の弱みを炙り出したわけだから。
「高嶺さんの悩みも解決できるよう協力します。だから、わ、私達にも協力してくれますか?」
「し、します、しますからぁ……」
若干涙目になった高嶺を見て思う。
厄介なことになった。
誤解を解きたい俺たちと、色々誤解した高嶺。俺たちはただ、ラブホに行ったという誤解を解きたいだけなのに。
傾き始めた陽射しが教室をわずかに照らす。
今日も俺の不名誉な通り名は消えず、そして誤解が解けることも無さそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます