第4話 作戦実行のその先にあるもの

 俺が東雲しののめに伝えた作戦は単純明快。

 

 まずは高嶺たかみねをどこか二人きりになれる場所に相談があると呼び出してもらう。


 高嶺は友達の多いギャル。東雲にも優しくラブホの件について話しかけてくれるなど、彼女をかなり気にかけてくれているらしい。


 ――ならば、高嶺に全てが誤解なのだと、助けて欲しいのだと事情を打ち明ければ。情に厚いらしい彼女は東雲を放ってはおけないはず。


 上手くいけば高嶺の持つギャルパワーで、全ての誤解が解けるまである。

 誤解を解く手伝いをして欲しい、それを彼女に伝えるだけできっと全ては動き出すはずだ。


 ほぼ東雲頼みにはなるが、見ず知らずかつギンギンマックス先輩の俺なんかが出るよりは、力になってくれる可能性が高いと判断した。

 

 時間も遅かったので、決行は明日。


 日中は東雲とあからさまに接触するわけにはいかないので、諸々の結果報告については放課後、例の教室で行うという手筈だ。



 そうして、緊張のまま迎えた当日の放課後。

 俺は一人、旧校舎四階の第六特別教室の椅子に腰掛けて彼女を待っていた。


 おそらく昼休憩に東雲はアクションを起こしたのではないかと思うのだが、その後特に俺の周りを取り巻く雰囲気が変わった様子は無い。


 時計の針が十七時に差し掛かろうとする頃。

 遠くから足音が聞こえた。


「……来たか」


 一人つぶやいて、顔を上げる。

 磨りガラス越しに、東雲の姿が……。

 いや、二人……? まさか、そんな。


 扉がゆっくりと開かれる。

 その向こう側に立っていたのは東雲、そしてくだんのギャル、高嶺だった。


 短めのスカートに色素の薄い髪と、細身なのに出るところは出たスタイル。少し気の強そうな目元を和らげる泣きぼくろが印象的だ。


 ここに、彼女がいるということは。


 ……成功したんだな、東雲!

 俺は思わず溢れそうになる涙を堪えつつ、椅子から立ち上がる。


 東雲と目が合う。彼女は少し自信なさげではあったものの、俺を見てこくりと頷いた。

 そして隣の高嶺は、こちらを真っ直ぐ見つめたかと思うと。


「――こ、こんにちは! ギンポ先輩っ!」


 そう言って、頭を下げた。

 色素の抜けたゆるふわの髪が揺れる。


 ギン……ポ先輩?

 俺は後ろを振り返る。誰もいない。

 つまり。


 この子は、高嶺は俺をそう呼んだのか?

 何の、略いや考えたくない。


「……ちょっと東雲さん? 説明を」

「はい! 誤解を解いて欲しいという相談を高嶺さんにしまして、無事に解決を」


 東雲は嬉しそうにぽわぽわとはにかむ。


「してねえわ。俺、ギンポ先輩だよ? 何が無事なんだ。勘違いだという話はどこ行った」

「そ、それもお話ししました」


 顔を上げた高嶺の方を東雲はちら、と見てから、俺に向けて困ったように目を細める。


「か、枯木かれきさんはすごかった、立派なものを持っているという誤解のことですよね?」


 俺は一瞬考える。なんの、話だ?

 そして蘇る昨日の記憶。


『――でも、もう言っちゃいました。枯木さんはすごかったです、って』


「そっちじゃねえだろ!!!」

「す、すみませっ! 私、人とお話しすることにまだ慣れてなくてっ」

「……ま、まあいい。そ、それで、ラブホの件は?」


 俺が震える声で訊ねると、何故か隣にいた高嶺が真剣な表情のまま口を開く。


「――入学早々、ラブホはマジすごいっす」

「そっちだ! そっちが勘違い!」

「全然立派でもない上に冴えない見た目。なのに青葉ちゃんみたいな子を誘えるその度胸、お見それしました。しかもギンギンマックス先輩なんてあだ名がつけられても全然動じてないし、マジやばいなって。ギンポ先輩って呼ばせてください!」

「マジやばいのはお前の方だ!」


 ギン先輩ならギリギリ許す。

 ポはどこから出てきたんだよ!

 ダメだ、このままでは埒があかない。

 俺が、言うしかない!


「高嶺さん、聞いてくれ。君は大きな勘違いをしている」

「しかも昨日はラブホだけにとどまらず教室であんな……。こ、怖いものないんですか?」

「俺の話を聞くやつが一人もいねえ!」


 俺のが立派じゃないっていうのを、高嶺に伝えただけじゃねえか東雲! そもそも見たことないだろお前!


 な、なんのための作戦だったんだ……。

 俺は絶望に打ちひしがれつつ、椅子にどさりと腰を下ろす。


「それで、ですね。今日は高嶺さんがギン……枯木さんに相談があるみたいで」


 頼むよみんな。東雲にも変なあだ名付けて?

 なんで俺だけがこんな目に遭わなきゃいけないんだ酷すぎる。


 ……ん? 相談?

 その言葉に気づいて視線を向けると。

 東雲はまたもぎぃぎぃ音を立てつつ椅子を引いて俺の前に二つ並べた。


「だ、誰にも言わないって約束してくれるんだよね」

「します」


 不安そうな高嶺の言葉に東雲が答える。


 椅子に座った高嶺はくるくると毛先を手でいじりつつ、恥ずかしそうにこちらを見た。

 なに勝手に相談しようとしてるんだこの子。


 そもそもだな、こんなイケイケのギャルが俺みたいな冴えない男に何を相談するって――。


「……あ、あたし。実はこんな見た目なのに下ネタとかそういう話全然ダメで。みんなの話聞くだけで顔赤くなっちゃうんですけど」


 高嶺は両手の人差し指をつんつんしながらそう言った。……にわかには信じられないが、嘘を言っているようにも見えない。

 …………どうも嫌な予感がする。


 てかなんでみんな俺に敬語なの?


「こんな私に比べて、あんな噂が立ってるのに平然としてる青葉ちゃんに、自信満々なギンポ先輩。私もいつかこんなふうになれたらな、ってずっと二人を見てて」


 誰が自信満々だ。

 そして理解する。そうか、だから昨日高嶺はこの場所が分かったのか。


 やっぱりだ。彼女が相談しようとしているのは俺なんかじゃない。


「――あのっ! どうやったら私も二人みたいになれますかっ!? 教えてください、ギンポ先輩っ!」


 高嶺が相談しているのは、ギンポ先輩だ! 


「枯木さん! いえ、ギンポ先輩! お願いします!」


 隣で同じように東雲が真剣な顔で言う。

 いや、やかましいわ!!

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