第3話 ギャルは逃げ足がはやい
ギャルに、見られた。
……しかも、逃がした。
なにか言ってくるのではと思われたそのギャルは、こちらと目が合うと一瞬で教室を飛び出していった。慌てて、後を追ったのだが。
俺の大変不名誉な通り名を知っていたそのギャルは、とてつもなく逃げ足が速かった。
「終わりだ……終わりだよもう」
入学して何度目になるか分からない絶望感に苛まれながら、とぼとぼ例の教室に戻ってきた俺。
東雲は大人しく椅子に座ったまま、こちらをちらちら見ている。
「さ、さっきは助けてくれてありがとうございます……」
「いや、それは全然いいんだけど……」
俺は答えて、席につく。
自然とため息が漏れた。
誤解を解くきっかけを作るためにここに来たのに、これではむしろ誤解を深めた形だ。
……あのギャル、俺の不名誉すぎる通り名を知っているということは一年生だろうか。
先程の現場をがっつり見られた以上、誰にも喋らないでいてくれるとは到底思えない。
しかし、なんでこの教室が分かったんだ?
「何者なんだ、あのギャル……」
「わ、わたし。あの人知ってますよ」
東雲が申し訳なさそうに手を上げる。
まさか。そんな偶然があって良いのか。
「え? ほんと?」
「はい。同じクラスの
嬉しそうに言うな。
その件が一番問題なんだよ。
……しかし、東雲と同じクラスか。ギャルは思った以上に身近な存在だった。
俺は小さな可能性に賭けて訊いてみる。
「その高嶺さんって、どんな人?」
「お友達もすごく多いのに、私なんかとたくさんお喋りしてくれるすごく素敵な人です」
「そうなんだ……」
終わったわ。
せめて皆に引くほど怖がられているギャルとかが良かった。すごく素敵な人だった。
……いや、待てよ?
「東雲さん。さっきの誤解を解く件なんだけど」
「すみません、協力できそうにないです」
「断るの早くない? ちょっと考え直そ?」
全てを聞き終わる前に頭を下げるな。
ただやはり、東雲の意思は固そうだ。
……ならば。
「ひとつ、提案があるんだ。東雲さんが誤解を解くのに協力してくれたら、俺が東雲さんの言う特別な青春、ってやつのために協力する。……どうかな?」
彼女の言う特別な青春ってのがどんなものなのか、俺にはまだよく分かっていない。
けれど、今はそうも言っていられない。
東雲は驚いたようにこちらを見た。
「……いいんですか? 私なんかのために」
「形はどうあれ、あの日あの場所で出会ったのも何かの縁だと思う。俺も誤解を解きたいし、東雲さんも出来ることなら変な誤解無しで高校生活を過ごしたいはず。お互いにとって良いこと尽くしだと思うんだけど」
言葉にはしなかったが、東雲は普通に可愛い。こんな出会い方でさえ無ければ、出来ることならお友達になりたいと思う。
「具体的には。な、何年くらい協力をしてもらえるんでしょうか」
……めちゃくちゃ具体的な質問来た。
しかも年規模だった。こいつ、本気で特別な青春ってやつを過ごそうとしてやがる。
「えーと。一年とか、かな?」
「い、一年ですか……。合宿とか行けるでしょうか」
なんのだよ。
「なんの?」
「それに、大きいパフェも食べに行かないと。本屋で大人買いに、海に山、それに文化祭でバンドも組んで、あとはあとは……」
聞けよ。
両手の指を折り折り、そわそわと目を輝かせる東雲。俺は頭を抱える。とりあえず聞いていないことにしよう。きっと冗談だ。
……文化祭でバンド? 誰と組むんだよ。
もし俺と東雲なのだとしたら、絶対バンド名はGINGIN☆MAXPARTYだ。一生忘れられない思い出になるだろうなあ。絶対に悪いほうの。
「……枯木さん、大変恐縮なのですが。間を取って高校の三年間協力してもらうことは出来ないでしょうか」
「何との間を取った? 大変恐縮って付ければ全部いい感じになると思ってない?」
「残念、です。では、私はこれで……」
つらそうに席を立つ東雲。つらいのは俺だ。
最初から分かっていた。彼女に誤解を解くつもりがほぼ無い以上、この交渉は俺が圧倒的に不利。有れよ、誤解解くつもり。
「わ、分かった。……一年半。一年半の間は東雲さんに協力する。これ以上はまからない」
東雲は立ち止まる。
そうしてこちらをその大きな瞳でじっと見て、しばらく悩んだ後。
「二年です」
「……分かった。いいよ二年で」
「約束、ですよ?」
彼女は小さく呟いた。俺は諦めたように言う。
「約束する」
「分かりました。私も協力します」
東雲は嬉しそうにぎいぎいと椅子を引きずって来ると、俺の目の前に腰掛けた。
あと少しで陽が暮れる。
紺青色に染まる教室で向かい合う俺と彼女に残された時間は、あとわずかだ。
「俺と東雲さんは今から協力関係にある」
「はい。パーティですね」
……今、俺が最も嫌いな言葉のひとつだ。
「いや、パートナーということにしよう」
「わかりました。では私は、まず何をすれば良いんでしょうか?」
「話を戻すけど。つい先程ここに来た高嶺さんは、友達の多いギャルなんだよな?」
「はい」
「……つまり、彼女はかなりの発信力と影響力を持っているわけだ。俺たちは、それを利用する」
「なる、ほど?」
東雲はこてりと首を傾げる。
そう。もう見られたことは仕方ない。
噂についても、広まったものは仕方ない。
――ならば、それも含めて。
全ての誤解をここでひっくり返す。
「東雲さん。作戦はこうだ」
俺は話し始める。
平穏な高校生活を、取り戻すために。
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