『夜の風』
「やあ。久しぶりだね」
ゲンテンが『舞台裏』に滞在することを決めた深夜。シネマはリビングに残って白ワイン片手にとある人物を待っていた。彼女が待っていた人物はこの『舞台裏』に滞在していながらも、パイプリップにその存在を気付かれていない。フレデリック・ロバタとも顔を合わせたことはないが、彼女は気づいているようだ。
その人物は夜にしか現れない。主な理由はパイプリップに気づかれないためだが、夜にしか用事がないという理由もある。
その人物はこの家では必須の魔法道具『直通ドア』を開いてやってきた。
「……」
「今日の刺客は……四人くらいかな。最近人数が多くなってきたねぇ。そろそろあの国の人達も痺れを切らしてきたのかな。それとも、君が刺客を殺し過ぎて怒っちゃったんじゃない?」
「……」
「そうだね。まあとにかく、頑張ってよ。次のセンターは君なのだからね。楽しみにしてるよ」
シネマはそう言って直通ドア尾開き、自分の部屋に戻っていった。リビングに残されたとある男はシネマのセンターと言う言葉に首を捻りながらも、足音を立てずに灯りのない夜の不穏へ消えていった。
その男は灯りのない夜の闇の中を、しかし確かな足取りで進んで行く。そこは月明かりも届かない、もちろん街灯の灯りもない路地裏である。常人には決して踏み出せない一歩を、彼は躊躇なく踏み出した。
その男は屋上へ続く梯子に手をかけると、スムーズに登っていった。そして、屋上へ上り、月明かりに照らされると、静かに目を閉じた。
あたりには風が男の服をなびかせる音のみhが響いていた。遮蔽物のない夜闇には冷たい風が吹く──
──男が飛び跳ねた! 男がいた場所に大量の針が突き刺さる。
夜闇の風に紛れて『夜の風』が吹いた。その『夜の風』は男を殺害しようと、まず音を殺害しながら跳躍した。
その屋上はあまりにも静かだった。屋根の下で就寝中のパイプリップは今日もぐっすりと寝息を立てている。。
「……」
男は武器を構えた。それは『夜の風』が使用している針と同じものだった。
「……゛あ゛あ」
風の一人が呻いた。
「……」
男は何も答えなかった。
そして、戦闘が始まった。男の瞳が月明かりの色に艶めいた。
『夜の風』が放つ針は一直線に男の心臓を貫こうと正確無比に投擲される。男はその針を常時行動し続けることで躱していた。男の行動を予測して投げられた針にも、その予測を超えた行動をすることで対処する。静と動が目まぐるしく入れ替わる。
そのうちに男の姿はいくつにも分身し始めた。『夜の風』達にはそう見えた。
分身しているように見えるその技術は、急激な速度変更によって生み出される残像のようなものだった。突然進行方向を変えることで、先ほどまで進んでいた方向にそのまま進む自分と、進行方向を変えた自分に分身する。それを幾度も繰り返し、相手をかく乱する。
夜の闇のような視界の悪い限定的な状況でしか力を発揮できない技術だが、男は夜にしか活動しないので、その点は問題がない。
しかし、『夜の風』達は男の分身に騙されなかった。自分に飛んできた針を冷静に叩き落しながら、男の本体を探っていた。
「…………」
男は少し苛ついていた。というのも、最近『夜の風』達のレベルが上がってきている気がするのだ。
男は自分の技術がすぐにカンパされてしまうだろうことを予想していた。男はこれまでに何度も『夜の風』を退けており、自分の技術を漏らさないために、なるべく全員殺害するようにはしていたのだが、それでも殺し漏らしてしまい情報を持ち替えられてしまったことはあった。
よって、そろそろ自分の技術に対応してきてもおかしくはないと思っていたのだが、それでも、このレベルで対応してこられるのはさすがに……。
「……」
その夜の戦闘は長引いた。互いに決め手に欠ける戦闘は、えんえんと体力を消耗し続けるだけだった。そして津に銭湯は夜明けまで続いてしまい、空が白んできたころに『夜の風』達は撤退していった。
男は『夜の風』達が帰ったことを確認すると、散らばった針を拾い集めつつ、証拠の隠滅に努めた。
「お。終わったのかい?」
「……」
「そうか。今日は人数が多くて大変そうだったねぇ。それに君の技術が通用してこなくなっている。実際、君は今日誰の命も取っていないからねぇ」
「……」
「これからどうするんだい?」
「……」
「……そうか。まあ、がんばりなよ。私は楽しみにしているから」
シネマは「やはは」と笑って、部屋から出て行った。
男は時計を見た。時計の針はまだ右下のあたり、右下のあたりにあるということはまだ他の人達が起きてくるまで時間があるということだ。男はキッチンに向かい、ミルクを一杯コップに注いだ。そして先ほどまでシネマが座っていた方ではない方のソファに座り、一息ついた。
「……」
先ほどシネマにこれからどうするのか尋ねられたが、男の中にはこれからの事なんて全く分からなかった。相手が強くなってきているのだから、自分も強くならなくてはならないことは分かる。しかし、どうすれば自分が強くなるのか分からなかった。
牛乳を飲み干すと、コップを洗って元の場所に戻した。そして自分がいた痕跡がないことを確認してから直通ドアを開いて自分の部屋に戻っていった。
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