エンドロール『プリンセス オブ ホワイトキングダム』
7 『プリンセス オブ ホワイトキングダム』エンドロール
私がこの国立中央学園に入学してから、あまりにもたくさんのことが起こった。その中にはくろうしたことや辛いこと哀しいこともあったけれど、卒業式を迎えてみると、そのすべてが愛おしく思えた。
「ミミミリア!」
この学園へやってきて初めてできた友人であるパンリエッタが私の元へ駆け寄ってきた。
「パンリエッタ……」
彼女の姿を見た途端に、目から涙が溢れてしまった。
「何泣いているのよ、ミミミリア」
そう言った彼女もまた涙を流していた。
「パンリエッタ。今まで本当にありがとう。私はあなたのおかげでこの学園を卒業できる。あなたがいなかったら、私にはとても耐えることはできなかったよ」
「いいえ。全てはあなたの努力と運のおかげ。私は何もしていないわ」
パンリエッタはそう言って、私の目元の涙を指で拭った。
「本当に、本当によく頑張ったわね。色々ないじめや嫌がらせ、暴言を吐かれたこともたくさんあったけれど、あなたはその全てをはねのけて、ついに運命を勝ち取ったのよ」
「私がそれらに耐えられたのはいつだってパンリエッタがそばにいてくれたから。パンリエッタが私を庇ってくれたから」
私がそう言うと、パンリエッタは私に抱き着いてきた。
「もう、そんなに私に恩義を感じているなら、これからもお茶会には呼んでよね。私、王宮に足を踏み入れるのが夢だったんだから」
彼女はそんな冗談を言った。彼女はこういう子だ。いつも冗談で私を笑顔にしてくれた。
「呼ぶよ。毎回呼ぶよ。パンリエッタも絶対に欠席しないでね。欠席なんてしたら私、いつもみたいに泣いてやるもん」
「ふふ。未来の王女を泣かせる私。すごいわね」
「ふふ。すごいよ」
その時、遠くから声がかかる。
「ミミミリア!」
振り向くとそこには私の婚約者になった王子コーダン様がいた。
パンリエッタが私の頬に触れる。
「ほら、あなたの王子様が、あなたを呼んでいるわよ?」
「私はパンリエッタのことをもう一度強く抱きしめて言った。
「ありがとう。行ってくるね」
「行ってらっしゃい。私の親友!」
パンリエッタに手を振って、私は王子様の元へ歩き出した。
「ミミミリア。私の元から離れるなと言ったろ」
「申し訳ありません、王子。お許しください。私の親友がいたのです」
「そうか。しかし気をつけろよ。祝いの席に乗じて悪事を試みるなんて低俗な輩は、意外にも多いからな」
王子はそう言って周囲を警戒した。私がただの村娘から、悪事の心配をしなくてはいけないまでになりあがってしまった話をするには、この卒業式はあまりにも短い。しかしただ一つだけ伝えるとしたら、私は幸せになる過程で、一人の女性の幸せを奪ったこと。
アレキサンドラ・ボイルオーバーさん。王子の元婚約者。
私が王子の婚約者になったということは、彼女は王子から婚約を破棄されてしっ待ったことになる。その過程で、彼女は……
「ミミミリア。どうして暗い顔をしている?」
「……いえ。何でもありません」
「何でもないわけないだろう。いいか、私達の間には隠し事はなしだ」
「……少し、アレキサンドラ・ボイルオーバー様のことを考えておりました。彼女はどこに行って、どうなってしまったのだろうと」
王子が彼女の罪を世に晒し、彼女に冷たい目線が向けられるようになってしまったあの日、彼女は姿を消した。噂では刑務所に入れられているだとか、すでに処刑されてしまったなどと言われているが、私は彼女に対し、それほど嫌悪感を抱いていない。
彼女が私をいじめたことは事実である。私に対し、執拗な嫌がらせをしたのも事実である。
しかし、逆の立場になって考えてみたら、それも仕方ないことなのかなと思ってしまうことがある。私のようなただの村娘に婚約者を奪われるなんて、そんな屈辱的なことは受け入れられなくて当然だと、そう思ってしまうことがあるのだ。
だから私は、こんなことを私が言うのはおかしな話かもしれないけれど、彼女にはどうか幸せになってほしいと思う。
あまりにも身勝手なことかもしれないけれど、でも私は……
「彼女のことは気にするな」
王子が俯く私に言った。
「彼女がこれ以上ミミミリアに危害を与えることはない。安心しろ」
私が心配しているのはそう言うことじゃないんだけど……
そう思ったけど言わなかった。王子側帯のことを心配してくれているのが素直に嬉しかったからだ。
「王子。ありがとうございます」
私は王子の手をゆっくりと握った。
「ああ」
王子は頬を少し赤く染めながら頷いた。
END
…………
「ああ、どうして……」
そう言って、絶望に顔を青くしながら床に手を着き、涙を止めどなく流しているのは、この白い国の王女、コウギだった。
「どうして……。どうして! サンドラお姉ちゃんが!」
サンドラお姉ちゃんとはアレキサンドラ・ボイルオーバーのことである。コウギはアレキサンドラ・ボイルオーバーのことをサンドラお姉ちゃんと呼んでいたのだ。
コウギとアレキサンドラ・ボイルオーバーは仲が良かった。アレキサンドラ・ボイルオーバーが王子コーダンの婚約者だったこともあり、何度も顔を合わせていたのだ。
「あの女……あの女は、何もわかっていなかった! 貴族の娘が、婚約者に婚約破棄されることの意味を!」
彼女が恨んでいる相手は、王子コーダンの新たな婚約者であるミミミリアの事だった。彼女はミミミリアの世間知らずな行動を恨んでいるのだ。
「ちくしょう……ちくしょう!」
彼女は王女の礼節をかなぐり捨てた粗暴な言葉遣いで心のままに叫んだ。その粗暴な言葉遣いはアレキサンドラ・ボイルオーバーによる悪影響だが、彼女は言葉遣いをまねてしまうほど、アレキサンドラ・ボイルオーバーに懐いていたのだ。
その時、彼女の部屋のドアがノックされた。
彼女は急いで涙を拭い、自分の身なりを整えてから入室の許可を出した。
「失礼いたします。コウギ様」
「そんなに焦ってどうしたの?」
コウギは自分の机に用意された紅茶を啜りながら、部屋に入ってきたメイドへ目を向けた。メイドは冷静な口調でコウギに話しかけた。しかし、コウギにはメイドが焦っていることが分かっていた。
「……朗報が」
「?」
メイドがコウギに近づく、そして耳元で囁いた。
「アレキサンドラ・ボイルオーバー様が、牢獄を脱獄したとのことです」
「え⁉」
コウギは思わず立ち上がろうとする。しかしメイドがコウギを制して座らせた。
「お静かに。裏から入った極秘の情報です。世間にはアレキサンドラ・ボイルオーバー様が牢獄に入れられたことすら公表されていないのです。どうかご内密に……」
「あ、うん。ごめん」
コウギはメイドの言葉に深呼吸をする。
……サンドラお姉ちゃんが、生きてる……⁉
コウギの中に歓喜が沸き上がった。彼女はもう二度とサンドラお姉ちゃんに会えないと思っていたのだ。
アレキサンドラ・ボイルオーバーは国立中央学園内で王子の新婚約者であるミミミリアに対し、酷い行いをした罪を暴かれた。それにより彼女に対する世間の評価はガタ落ち。逆に新婚約者であるミミミリアの評価はうなぎのぼりになった。
世間は新婚約者であるミミミリアに注目し、地に落ち汚れたアレキサンドラ・ボイルオーバーのことなどすぐに記憶の中から消し去ってしまった。
そこで、王子コーダンはとある命令を下した。
「私のミミミリアに暴力を振るったあの女を、秘密裏に処刑しろ」
その処刑の準備は粛々と進められ、日程が決まるまで一日もかからなかった。
それを黙って見ているコウギではなかった。コウギは処刑の情報を独自の裏ルートで掴むと、すぐに行動を開始した。
しかし、その結果失敗した。
アレキサンドラ・ボイルオーバーには、もう何も残されていなかったのだ。
コウギは内密にボイルオーバー家を訪れた。そしてアレキサンドラ・ボイルオーバーが処刑されてしまうから、阻止するための協力をしてくれと願おうとした。
しかし、やめた。
コウギが話を打ち明ける前に、ボイルオーバー家の人間達が言ったのである。「コウギ様には申し訳ありませんが、あの娘はすでにうちの娘ではありません。ですから、ここを訪れてもコウギ様が望むものは何もございません」と。
コウギには何もできなかった。独自の裏組織を使って強引に阻止することも出来るが、それではコウギの仕業であるとバレてしまう。そんなことになったら、この国全体が揺らいでしまう。
コウギはサンドラお姉ちゃんとこの白い国を天秤にかけ、そして国を選んだのだった。
その事実が──自分がサンドラお姉ちゃんを選べなかった事実が、コウギの中で絶望の重りに変わり、コウギの心を底なしの泥の中へ沈めていたのだ。
しかし、そんなところに飛び込んできた想定外にもほどがある朗報。
アレキサンドラ・ボイルオーバーが生きているという朗報。
「ネリネ。サンドラお姉ちゃんの事、探せるかしら」
「可能ではあります。しかし、探してどうするのですか?」
「決まっているじゃない。絶対に危険が及ばない場所を用意して、そしてもう一度、頭を撫でてもらうのよ」
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