第229話 主人公

 



 神木刹那と風間清一郎はどちらが強いのか。

 その議論は現実でもネットでも数え切れないほど交わされてきた。


「日本最強なんだから刹那の方が強いだろ」「パーティーを組まずソロで最前線を攻略している刹那に決まっている」と刹那を推す者もいれば。


「総合力で言えば風間の方が上回っている」「刹那はソロだけどよく死ぬし、でも風間は全く死なないから安定感がある」と風間を推す者もいる。


 議論は交わされるが、結局のところ二人が直接対決をした訳でもないし、現時点においてどちらが強いかという証明はされなかった。


 と、思っていたのだが。

 たった今、冒険者の頂点を決める戦いが曲がりなりにも実現されようとしていた。



「選手交代だ、刹那。僕が出る」


「あ? なに言ってんだテメエ、邪魔してんじゃねぇよ」



 侍機士の口腔から放たれたビームから刹那を守った風間がそう言えば、刹那は眉間に皺を寄せる。

 そんな彼に風間は「まぁまぁ」と落ち着かせながら自分の意見を伝えた。


「君の邪魔をするつもりはなかったんだけどね、気が変わったんだ。一度交代して僕にやらせて欲しい」


「バカ言ってんじゃねぇよ。邪魔するならお前から叩っ斬るぞ」


「頼むよ刹那、僕だって少しぐらい出番が欲しいんだ。今まで後方で喋るだけ喋って、何もせずクリアすれば仲間達に申し訳が立たないからね」


「……ちっ、勝手にしやがれ」


 風間の言い分を聞いた刹那は納得していないながらも了承した。

 もし風間が「このまま刹那が負けたら……」みたいなニュアンスを言っていたら刹那はへそを曲げて意地でも譲らなかっただろう。そこを避け、あくまでも自分を立てて欲しいと頼んだから刹那も聞き入れてくれたのだ。


 ただ、風間的にはあのまま戦っていたら刹那が負けていたという考えはあった。だから一度落ち着かせる為に自分が出るというのが半分。

 もう半分は単に、神木刹那を模した侍機士と戦ってみたかったのだ。



「やろうか、メテオフレイム」



 風間が右手を侍機士に向けながら呪文を唱えると、上空から巨大な炎の塊が出現し、ドパンと弾ける。弾けた炎の塊は豪雨のように降り注ぎ、立ち止まっている侍機士へと一斉に襲い掛かった。


 あれだけの隕石を喰らったはずの侍機士は少し体勢を崩しただけで、HPゲージは全く減っていない。やはり士郎が最初に言っていた通り魔法は効かないのだろう。


「どうせなら魔法ありの全力の戦いをしてみたかったが、仕方ないね。なら剣技だけで君に挑むとしようか」


 やれやれとため息を吐く風間は、侍機士に向かって駆け出す。収納空間から長剣ランスロットを取り出しながら鋭い斬撃を放った。


「はっ!」


 ガギンッと、二本の刀をクロスして受け止められてしまう。侍機士は膂力で長剣を押し返すと、僅かに体勢を崩している風間の胴に斬りかかる。風間は左手に持っている盾で間一髪防ぐが、続けて放たれた刺突に頬を掠めてしまった。



(疾いな、対峙するとこれほどまでに疾いのか)



 神木刹那の模倣コピーなだけあって、侍機士の太刀筋は刹那そのものだった。

 刹那の戦いはダンジョンライブで何度も研究したし、異世界の勇者エルヴィン戦では味方として間近で観察することができた。

 しかしいざ向かい合って戦ってみると、尋常ではない強さと疾さを秘めているのだと改めて思い知らされる。


『インパクトツインソード』


「ギガンシルド」


 まるで台風のように荒々しくも、繰り出される一手一手が敵を倒す為の布石となっている。こちらが突いて欲しくない隙を的確に突いてくる。


「タイダルウエーブ」


『縮地』


 反撃しようにも容易に見切られてしまう。攻撃を仕掛けたところでいとも容易く受け流されてしまう。

 強い。日本最強の冒険者と呼ばれるだけあって、神木刹那は風間の想像を遥かに超える強さだ。


 だからといって、負けを認めるつもりもない。


「ははは! いいね、君とこうして戦ってみたかったんだ!」


「風間さん……凄い」


 子供のように無邪気に笑いながら侍機士へと剣を振るう。

 世間が刹那と自分のどちらが強いのか知りたいことは本人も自覚していた。風間なら正式に刹那へ決闘のオファーを出すこともできただろう。


 でも風間は敢えてそれをしなかった。

 きっと、負けるのが怖かったんだと思う。もし負けてしまえば、刹那よりも劣っているというレッテルを張られてしまう。


『日本最強の冒険者パーティー』という看板を背負っている身としては、負けてしまえば世間から見放されてしまう。オワコン扱いされかねない。

 それが怖くて、そうなりたくなくて無意識に戦いを避けていたかもしれない。


 その反面、戦ってみたいという気持ちもあった。

 日本最強と謳われる刹那に、自分がどれだけやれるか試したい気持ちも心の片隅にあったのだ。そしてあわよくば、勝って自分が最強なのだと日本中に、いや世界中に証明したかった。

 そうなれば、本物の“主人公”になれると思ったからだ。


『テンペスト・ジ・ストリーム』


「ギガンシルド!」


 暴風の斬撃を光の盾で防御するも、十四撃目で耐え切れず光の盾が破壊されてしまう。残りを長剣と盾で防ごうとするが、速さに追いつけず最後の数発を喰らってしまった。体勢を崩しているところにすかさずビームが飛んでくる。

 風間は盾を掲げて防御するが、衝撃を押し殺せず盾が吹っ飛んでしまった。


「はぁ……はぁ……」


「おい刹那、何で助けに行かないんだ! このままだと風間さんが負けるぞ!」


「誰が助けるかよ」


「なっ!?」


「これは風間の戦いだ。あいつから自分で交代すると言ってこねぇ限り、オレから手を出すつもりはねぇ」


 防戦一方の風間に士郎が手助けを頼むも断られてしまう。


 何故二人が協力しないか士郎には理解できなかった。侍機士が刹那の強化版だとしても、刹那と風間が力を合わせれば絶対勝てる筈なのに。

 刹那はまだしも、風間まで何故一人で戦うことに意地を張っているのか。そんな疑問を抱いている士郎に、風間は敵を見据えながら「いいんだよ」と言って、


「刹那の邪魔をしたら僕が斬り殺されちゃうからね。なら、一対一でやれることをやるだけさ」


「風間さん……」


「安心してくれ。僕はまだ負けていないし、勝つつもりだよ」


 そう強がったものの、今の満身創痍の状態で侍機士に勝てる見込みはなかった。けれど、例え勝てなくても一矢報いことはできる。

 その一矢を報いる為に、風間は最後の賭けに出ようと呪文を唱えながら侍機士目掛けて疾駆した。



「――戦乙女の女神よ、開闢の門より厄災を払え――」


『テンペスト・ジ・ストリーム』


「ジ・アイギス!!」



 侍機士がユニークアーツを放つと同時に、風間も白き門を顕現させた。怒涛の連撃も白き門の牙城は打ち崩せない。



(刹那のユニークアーツは一度捕まったら逃れられない必殺技だ。だけどその技にはデメリットもある!)



 風間の言う通り、『テンペスト・ジ・ストリーム』にはデメリットがあった。一度発動してしまえば、二十四の斬撃を放ち終えるまで停止することができない。そして最後の斬撃を放った後、僅かにクールタイムが生じてしまう。


 彼の狙いは絶対防御の『ジ・アイギス』を『テンペスト・ジ・ストリーム』に完璧なタイミングに合わせて発動することだった。

 タイミングを合わせられるかは賭けではあったが、風間は見事賭けに勝った。そして反撃の狼煙を上げる呪文を唱える。



「――我が王よ、円卓の誓いを今ここに果たそう――」



『テンペスト・ジ・ストリーム』の最後の斬撃が終わる。と同時に『ジ・アイギス』を解除し、金色に光輝く長剣ランスロットを振り下ろした。



「ジ・アロンダイト!!」



 ユニークアーツのクールタイムで硬直している侍機士に渾身の一撃が繰り出される。その瞬間、誰もが「やった」と勝利を確信しただろう。

 風間本人も、己のユニークアーツを打ち破られて驚愕している刹那も、彼の戦いを見ていた士郎や世界中の人達も。


 されど、風間の一撃が侍機士に届くことはなかった。



『ジ・クロスノヴァ』


「――がはっ!?」



 風間の一撃が届くよりも早く、侍機士が発動したユニークアーツが彼の肉体を×に斬り刻んだ。

 衝撃に吹っ飛ばされる風間はその場に倒れ、HPゲージが全損してしまう。予想外の出来事に誰しもが言葉を失った。


「な、なんで……」


「クールタイムが、なかったんだ」


 困惑している灯里に、隣にいる士郎が信じられないといった表情を浮かべながら答える。彼の予想は当たっていた。

 本来あるはずのクールタイムが侍機士になかった。続けざまに放たれた『ジ・クロスノヴァ』の方がほんの一瞬だけ速かったのだ。



「そうか……やはり僕ではなかったか」



 ポリゴンとなって消滅していく風間は、いつもより近く見える青い空を眺めながらそう呟いた。


 “主人公”になりたかった。

 子供の頃からアニメや漫画が好きだった風間は、物語の中心にいて、かっこよくて輝いている主人公達に憧れを抱いていた。


 僕も彼等のようになりたい。彼等のような“特別な人間”になりたい。

 そう決意して、そうなる為の努力をし続けてきた。勉強も、運動も、格闘も、容姿も、できる限り磨いてきた。


 努力の成果は明確に表れた。

 学校の成績は一番、あらゆるスポーツで優勝トロフィーを受け取り、女性からはモテにモテた。他人から見れば羨ましいことこの上ないが、それでも本人は納得していなかった。


 “自分がなりたかった主人公はこれじゃない”と満足できない。もっとこう劇的な、特別な何かになりたかったのだ。

 そんなもどかしさを抱いている時、ダンジョンが現れた。


 これだ、これだったんだ。

 東京タワーに現れたファンタジー世界を彷彿させる摩訶不思議なダンジョン。冒険者になって一番になれば、今度こそ求めていた主人公になれる。

 世界が震撼する中、ダンジョンが現れたことに風間は歓喜していた。


 でも、終ぞ主人公になることはできなかった。“自分はダンジョンに選ばれなかったのだ”。

 幼馴染の金本や優秀な冒険者を勧誘してパーティーを組み、順調にダンジョンを攻略していった。日本最強の冒険者パーティーとも呼ばれ、世間からも喝采を浴びた。


 それでも尚、風間は満足できなかった。

 こんなのは違うと。求めていた主人公なんかではない、と。



(君だよ、許斐君。主人公は君だったんだ)



 そんな時だった。

 許斐士郎が風間の前に彗星の如く現れたのは。


 士郎を知ったのは、謎の十階層と喋るオーガの時だった。ダンジョンの謎に初めて触れた存在。


 それからも異世界人メムメムとの邂逅や、勇者エルヴィンに、数多くの異常種との遭遇。血反吐を吐きながら困難な試練を突破していくその姿は、まさに風間が憧れていた特別な人間、主人公像そのものだった。


 ダンジョンに選ばれたのは、物語の主人公に選ばれたのは風間ではなく士郎だった。


 だから彼に魅かれた。

 物語の主人公のような士郎に自分から接触し、確かめ、どうすれば主人公になり得るのか探ろうとした。それで分かったことといえば、士郎は主人公であって、自分は特別な人間ではないという残酷な結果だった。


 だからこそ、期待したい。

 自分が憧れを抱いた主人公しろうに。



(許斐君、君ならやれる。世界を救う主人公として、君ならきっとやり遂げられる。だから負けるな、頑張ってくれ)



 心の中で自分が憧れた主人公に応援して、安らかな笑みを溢す風間の肉体は静かに天空へと散っていったのだった。



「バカ……だから言ったじゃないの。アナタは特別な人間なんかじゃないって」



 アルバトロスの事務所でダンジョンライブを見ていた金本麗奈は、消えていった幼馴染に皮肉を呟く。されど彼女の瞼からは、一筋の涙が零れ落ちていた。


「風間さん……くそ、くそぉぉおお!!」


 これまで冒険者達を引っ張り助けてくれた風間を失って悔やむ士郎。

 もしクールタイムがあったら、相手が侍機士でなく刹那だったら勝利していたのは風間の方だったかもしれない。

 それなのにッ……と悔しがる士郎とは別に、刹那は称賛の言葉を送った。



「やるじゃねぇか、風間。お前の一撃は確かに届いていたぜ」


「えっ?」



 刹那の言葉に驚いた士郎が侍機士を見やる。

 侍機士の顔に亀裂が走り、ビームの発射口も破壊されていた。HPゲージも半分ほど減っている。

 届いていたのだ。風間が放った最後の一撃は、確かに侍機士に届いていた。


「それだけじゃねぇ。テメエのお蔭でアイツをぶっ殺す方法を思いついたぜ」


 獰猛な笑みを浮かべる刹那は、侍機士へと駆けながらファイアを放つ。魔法は効かないのに何でそんな無意味なことをしているのかと不可解に感じれば、鋭い剣技だった先程までとは打って変わって出鱈目な攻撃を仕掛けていた。


「何で、刹那は何をしようと……」


「見て士郎さん、侍機士のHPが減ってる」


「なっ!?」


 灯里から教えられて驚く。少しずつだが、侍機士のHPゲージが減少していた。それはつまり、刹那の攻撃が侍機士に当たっているということだ。


 でもいったい何故?

 さっきまでは一撃だって与えられずにいたのに、どうして急に攻撃を当てることができているのだろうか。

 その疑問の答えを、侍機士に攻撃しながら刹那が叫ぶ。


「テメエはさっき風間が出した盾にハメられたよなぁ! その上攻撃も喰らっていたよなぁ! おかしいよなぁ!? 高性能なんだろぉテメエはよぉ!」


『――ッ!?』


「やっぱただの機械だよなぁ! 高性能でも予想外のことには対処しきれねーんだからよぉ、こんな風になぁ!」


 侍機士の斬撃を紙一重で躱した刹那は、剣を上に放ってギガフレイムを放つ。魔法は効かないが、目と鼻の先から喰らった衝撃でたたらを踏んでしまう。その隙を見逃さず、剣をキャッチして斬りかかった。


 出鱈目な攻撃に侍機士の反応がコンマ数秒遅れている。

 確かに今の時代のAIの知能は発展が目覚しい。人間では歯が立たないのかもしれない。


 しかし“発想力”に関してはまだ人間の方が上回っていた。

 将棋や囲碁に例えるなら新手だ。今出した一手はAIの評価値では最低かもしれない。だが盤面を進めていけば、最低だった一手がのちに最高の一手に変貌することもある。


 既存のデータを元に最適解を出すAIは、人間が編み出す予想外の一手に対応できないのだ。


 それだけじゃない。最適解を出し続けるからこそ、“動きが読み易い”というのもある。先程風間がドンピシャのタイミングで『ジ・アイギス』を発動したように、最適手を逆手に取ることだって可能なのだ。


 AIにはまだ、人間が持つ可能性を把握しきることなど不可能なのだ。



『「テンペスト・ジ・ストリーム」』



 同時にユニークアーツを放つ。

 いや、一太刀だけ刹那が遅れてアーツを発動した。暴風と暴風の剣戟がうねりを上げて衝突する嵐の中、侍機士が二十四連撃を出し切った後でも刹那はまだ一太刀残っている。


「はぁぁああ!!」


『!?!?』


 砲声と共に放たれた二十四撃目を受けた侍機士の装甲が砕け散る。侍機士は起死回生を図ろうとしたが、刹那の疾さには一歩届かなかった。



「ジ・クロスノヴァ」



 ――煌めく。

 閃光の如く振り抜かれた二本の剣が侍機士のボディを切り裂くと、侍機士の身体が爆散した。



「気に入らねぇが、テメエのお蔭で勝ったぞ」



 長剣を鞘に仕舞う刹那は、空に向けて力強く拳を突き上げたのだった。

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