第228話 5thステージ

 




「終わりだ――【消滅魔術ディストラクション・ノヴァ】!!」


 降り堕ちる巨星は、固定砲台『人の業』を丸ごと呑み込む。

 世界が真白の光に塗りつぶされ、音が一瞬だけ消えた刹那、鼓膜を劈く爆撃音が轟いた。やがて熱線と消滅魔術の衝撃波によって爆煙ばくえんが収まると――。


「メムメム!」


 戦場に立っていたのはメムメムだった。

 一撃で消滅したのか、『人の業』の姿は見当たらない。楓の姿も見えなかった。残っているのはメムメムただ一人。しかしそのメムメムもHPが全損したのか、足先が粒子となって消えていっている。


「ふむ、どうやら相打ちだったようだね。まぁ皆の力で倒せただけでも御の字といったところか」


「「メムメム!」」


 士郎と灯里がメムメムに駆け寄る。

 異世界の魔術師は、残された時間で伝えるべきことを二人に伝えようとする。


「タクゾウもカエデも逝ったよ。二人のお蔭で勝つことができた。本当によくやってくれたよ」


「島田さん……」


「楓さん……うっ……」


 泣きべそをかく二人にやれやれと肩を竦めるメムメムは、優しく微笑みながら口を開く。


「見ての通りボクもリタイアだ」


「メムメム……」


「シロー、それとアカリ、君達は託されたんだ。カエデやタクゾウ、他の冒険者が命を懸けて繋いでくれたバトンをね。繋いでくれた者達の為にも、君達は必ずやり遂げなければならない。だからさ、いつまでも泣くんじゃないよ」


「ぐっ……ああ!」


「うん。必ず……」


 涙を拭い顔を上げる士郎と灯里の表情を見たメムメムは、安心したように微笑むと、グッと親指を立てた。


「じゃ、後は任せたぜ」


 最後にそう言い残して、メムメムはポリゴンとなって消滅する。士郎と灯里は悲しみに耐えきれず、士郎は立ったまま、灯里は両膝を着いて抑えるように慟哭する。


 靖史達が死んでしまった時も勿論悲しかったが、今回はそれの比ではない。楓に拓造、メムメムといったこれまで一緒に過ごしてきた大切な仲間が全員死んでしまったのだ。いつあの三人と会えるか分からない。もしかしたらもう二度と会えない可能性だってある。


 そう考えてしまえばしまうほど、士郎と灯里は深い悲しみに覆われてしまっていた。そして二人の他にも悲しむ者はいる。


「五十嵐さん……貴女の雄姿、しかと見届けましたよ」


「馬鹿者が……あれほど死ぬなと言ったのに死におって」


 楓が行きつけのバーのマスターである馬淵は、涙を流しながら彼女の雄姿を讃えるようにカクテルを呷る。


 ギルドでメムメム達の戦いを見ていた合馬は、仇敵の死に血が滲むほど拳を固く握りしめた。

 馬淵や合馬だけではない。命を懸けて死んでいった三人の戦いに、世界中の人間達が悲しみに暮れていた。


『コングラチュレーション。さぁ、残された冒険者諸君。次のステージに進みたまえ』


 エスパスのアナウンスは今までのように陽気な賛辞ではなかった。淡々とした声音で告げられるが、士郎と灯里はその場から動こうとしない。

 いや、動くことができなかった。そんな彼等のもとに刹那が歩み寄り、俯いている士郎の胸倉を掴み上げる。


「いつまでメソメソしてんだテメエ。さっさと行くぞ」


「刹那……」


「ここで泣いりゃ死んでいった奴等が生き返るのか? あ? そうじゃねぇだろうが。オレ達がやらなきゃならねぇのは、託していったあいつ等の為にもあのクソ野郎に勝つことだろうが」


「ああ……そうだな」


「星野君……君の気持ちは分かる。けれど今は立つんだ。僕達は立って前に進まなければならない、そうだろう?」


「……はい!」


 刹那と風間に励まされた士郎と灯里は、涙を拭って立ち上がる。彼等の言う通り、いつまでも泣いて立ち止まってはいられない。皆の為にもエクストラステージをクリアしなければならないんだ。


(島田さん、楓さん、メムメム。必ず俺達の手でクリアするからな)


 冒険者達は次のステージに繋がる自動ドアへと足を運んだ。



 ◇◆◇



「なんだここ……」


「高い」



 5thステージの舞台は果てしなく高い塔の上だった。

 雲を突き抜けるほどの高さで、いつも見ている空が間近に感じられる。びゅうびゅうと突風が吹きあれ、足を踏み外して落ちでもしたら死は免れないだろう。


 逃げ場のない空の闘技場。

 それが5thステージの舞台だった。



『ようこそ、天空の5thステージへ。このステージでチャレンジできる人数は二人までだ。さらに予め言っておくと、このステージはセミファイナルとなっている。さぁ、残された四人の冒険者諸君、5thステージにチャレンジする者を選びたまえ』


「このステージがセミファイナルということは」


「残り二つってことか」


 エスパスが話した情報の開示に、風間と刹那が考えを巡らせる。

 隠しておけば有利だというのに、異世界の神はどういうつもりで開示したのだろうか。単に盛り上げたかっただけかもしれない。


 何はともあれ残りステージが二つだと判明したのは良いことだ。いつまでも終わりが見えないより、終点が分かっている方が希望を抱けるから。

 問題なのはこのセミファイナルを誰がチャレンジするか。その結論は既に出ていた。


「俺が行く」


「私も行きます」


 士郎と灯里が揃って名乗り上げる。

 普通に考えればこの二人しか選択肢はなかった。日本最強の冒険者である刹那と、彼に比肩する力を有している風間。この二人を最後まで残しておく必要があるからだ。その為に彼等をここまで温存してきたのだから。


 が、それに待ったを唱える者がいた。


「いや、ここはオレが出る」


「「えっ!?」」


 突如、刹那が自分から申し出る。彼の突拍子のない発言に驚く士郎は慌てて反対した。


「な、なに馬鹿なこと言ってるんだよ刹那! お前は最後に出なきゃダメだろ!? お前と風間さんを最後まで温存させる流れで今まで戦ってきたじゃないか!」


「ンな事は知ったことか。オレは自分でやりたい時にやるだけだ」


「そんな……風間さん、貴方からもこいつに言ってください!」


 頑なに意思を曲げない刹那に対して風間に助けを求める士郎だったが、なんと彼も微笑みながら驚愕の言葉を告げてくる。


「そうだね、じゃあ僕も出ようかな」


「なっ!? 風間さんまでなに言ってるんですか!」


 刹那だけではなく、風間までも自ら志願してしまい狼狽してしまう。

 助けてくれるどころか投げ出されてしまった。二人が何を考えているか全くわからず困惑していると、刹那が嫌そうな顔を浮かべて風間に言う。


「おい風間、なに余計なことしてんだ。オレは一人で出るって言ってんだろ。テメエは残っておけ」


「う~ん、でも刹那が一人でチャレンジしてもし負けてしまったら結局僕が出るんだから同じじゃないかな?」


「テメエ、オレが負けるって言ってんのか?」


「そういう可能性はあるって言いたいだけさ。どうせやるなら万全を期す方がいいだろう? それに、“君が考えていることと僕が考えていることは同じはずだよ”」


「……ちっ、勝手にしろ。ただし手は出すんじゃねぇぞ」


「はいはい」


「ちょっと二人共、話を進めないでくださいよ!」


 何故か刹那と風間が二人共参加する流れになっていることに士郎が必死で止めようとする。この二人ならきっとこのステージをクリアするはずだ。だが次のファイナルステージはどうする?


 自分と灯里の二人でクリアできるだろうか。少しでもエクストラステージをクリアする確率を高めるには刹那と風間が残った方がいいのではないか。

 そう説得するも、彼等はちっとも言うことを聞いてくれなかった。


 訳が分からないと困惑する士郎を諭すように、風間がぽんっと優しく肩を叩く。


「大丈夫さ、君達なら最後のステージも必ずクリアできる。なんていったって刹那と僕のお墨付きなんだ、自信を持ってくれ」


「風間さん……」


「必ず繋げる。最後は頼んだよ、許斐君、星野君」


「「……はい!!」」


 風間に託された二人が強く返事をする。

 何故刹那と風間が自分達に託そうとしてくれたのかは理解わからない。理解らないが、託されたのならば自分達でクリアしてやると覚悟を決めた。



『どうやら5thステージのチャレンジャーは神木刹那と風間清一郎に決まったようだね。私としても日本最強と謳われる二人の戦いは実に楽しみだ。素晴らしい戦いに期待しているよ』


 アシス:えっ!? 刹那と風間が出るの!?

 ころ:二人は最後じゃなくていいのか!?

 JEMI:頑張ってください!!



 視聴者達にとっても5thステージのチャレンジャーが刹那と風間なのは寝耳に水だろう。ダンジョンのことをよく知らない人達は素直に頑張れと応援しているが、日頃からダンジョンライブを視聴している者達は刹那と風間が出ることに困惑していた。

 多くの人間が戸惑っている中、当の本人達は足並みを揃えて中心に向かっていく。


「刹那が気を遣えるなんて思わなかったよ。大切な仲間を目の前で失った今の精神状態では力を発揮できない。だから間を取らせる必要があったんだろ?」


「違ぇわ、そんなんじゃねえ」


「そうか。ならあれかな、ファイナルステージに行くべき人間は、“自分ではなく許斐君と星野君であるから”、かな」


「……」


「ふふ、どうやらこっちが当たりのようだね。僕も同じことを考えていたよ」


 無言の肯定に風間はしてやったりとイケメンスマイルを浮かべる。

 恐らく一つ目の理由も強ち間違っていないだろう。だが二つ目の理由の方が割合としては大きいはずだ。


 何故なら風間自身もその答えを出していたからだ。ファイナルステージへ行くべき人間は、“運命に選ばれた”士郎と灯里なのだと。


「何でもいいが、手は出すなよ。オレ一人で戦るからな」


「勿論分かってるさ」


『さぁ冒険者達、5thステージスタートだ』


「なんだアレは」


「武士……かな?」


 エスパスが開幕の合図を唱えた直後、ステージの中心に一人の人間が現れる。

 外見は日本式の甲冑を身に纏っている侍で、両手に日本刀を所持している。一見武士に見えるが、すぐに違和感を抱いた。


 武士の顔が機械で出来ており、口は存在せず機械染みている大きな目玉が一つ、怪し気に赤く光っている。甲冑の隙間から覗き見えるボディもまた機械のようだった。


 言うなれば、侍機士。

『最強の剣士』と表示されているモンスターを目にした士郎と灯里がいち早く反応する。


「士郎さん、あれって……」


「ああ、間違いない。見た目は少し違うけど侍機士だ」


「君達はアレを知っているのかい?」


「はい……以前ロシアのオスタンキノ・タワーダンジョンであいつと戦ったことがあります。凄く厄介な敵でした」


 アナスタシアの弟を救う為に、士郎達はロシアにあるオスタンキノ・タワーダンジョンを攻略することになった。ロシアの英雄アレクセイ=アレクサンドロフの助力もあって攻略は順調に進み、異常種であるホワイトウルフキングにも優勢だったのだが、そこに突如侍機士が現れて襲いかかってきた経緯がある。


 あの時戦った侍機士とは少しだけボディがアップグレードされているようだが、恐らく同じものであるだろう。


「どういう風に厄介なんだい?」


「魔法が効かなくて、透明にもなるし、口からビームも出してきます。それに侍機士の戦い方は、まるで刹那のようでした」


「なるほど、そういう事か。だからモンスターネームが“最強の剣士”なんだね。どうする刹那、一度僕がやって様子を見ようか」


「ふん、相手が誰であろうが関係ねぇよ」


 風間の提案を一蹴する刹那は、背負っている二つの鞘から二本の剣を抜く。彼にとっては敵がなんだろうがお構いなし。ただ斬るだけだった。


「そうか。しかし許斐君がくれたアドバイスは頭の片隅に入れておくんだよ」


「五月蠅ぇな、わかってんよ」


 煩わしそうに告げた直後、刹那は侍機士へと疾駆する。

 瞬く間に肉薄すれば、片手剣を真上から振り下ろした。しかしその斬撃は刀で防御され、ならばと続けてもう片方の剣を横っ腹目掛けて薙ぐように振るうも、それもギリギリ防がれてしまう。


「ほう、オレの攻撃に反応しやがるか」


 愉しそうに嗤う刹那が怒涛の連撃を繰り出すも、負けじと侍機士も応戦してきた。剣と刀がかち合う度に火花が散るような激しい剣戟が繰り広げられるが、どちらの得物も未だ敵の身体に触れられていない。


「『インパクトツインソード』」


「『シャインアスタリスク』」


「『ヴォーパルスタッブ』」


 刹那が続け様に強力なアーツを放つも、全く同時に侍機士もアーツが繰り出され相殺されてしまう。



「クソ野郎、一々真似しやがって」


(許斐君が言っていた通り刹那の動きと思考パターンが同じようだ。けどそれなら――)


(――刹那には【思考覚醒】がある!)


「ハッ! 面白くなってきたじゃねぇか!!」


 エンジンがかかってきた刹那が【思考覚醒】スキルを発動する。

 頭の中がクリアになり、五感が研ぎ澄まされ、目の前にいる侍機士の一挙手一投足から次の一手を繰り出す最適解を瞬時に編み出し、頭よりも早く身体が動き出す。

 いわゆるゾーンに似たそれは、例え刹那の動きをインプットしていようと真似できるものではない。


 激しさを増す刹那の攻撃が遂に侍機士の身体に届く――ことにはならなかった。


「何っ!?」


『フラッシュブレイド』


「ぐっ!?」


 初撃を与えたのは侍機士だった。高速の斬撃を避けきれなかった刹那の肩に切り傷が生まれ、HPゲージが僅かに減る。一旦体勢を整える為に刹那は間合いを取るが、侍機士は余裕を見せるかのように追撃してこなかった。

 一連の流れに、士郎や風間も驚愕の表情を浮かべている。


「どういう事だ……あの刹那が遅れを取るなんて」


「俺と戦った時よりも動きが洗練されてる」


『ははは、驚いたかな?』


「エスパス!」


 困惑しているとエスパスの笑い声が聞こえてくる。異世界の神は玩具を披露する子供のように楽し気な声音で説明した。



『私が趣味で作ったこのモンスターは、君と戦った時はまだ試作段階だったんだよ。あの戦いを踏まえて私は更にアップグレードさせたのさ』


「アップグレードだと?」


『そうさ。君達が侍機士と呼んでいるこのモンスターには神木刹那の全思考パターンを学習させた超高性能のAIが搭載されている。プロの将棋や囲碁棋士だってAIに負けてしまうだろう? それは神木刹那にも同じことが言える。例え彼がどれだけ先を読んでいたとしても、自分より遥かに性能が優っているAIには勝てないのさ』


「そんなっ……!」


 エスパスの説明を聞いて愕然とする。

【思考覚醒】で刹那が何十手先を読めるようになっても、超高性能のAIは何百手、何千手先の最適解を導き出すことができる。

 それでいて思考パターンとスペックは刹那と同じ。己の上位互換を相手にすれば、刹那の攻撃が全く通らないのは道理であった。



「ほざくな……AIだが何だか知らねーが、オレに勝てねぇ敵なんていねぇんだよ」



 気に入らなそうに毒づく刹那は、俺の方が強いと証明しようとするかの如く烈火の斬撃を浴びせる。

 が、やはり動きが読まれているのか全ての攻撃が防がれ躱されてしまう。逆に刹那のHPゲージがじりじりと減ってしまっていた。


 ぞえ:嘘だろ、あの刹那が歯が立たないなんて

 ぽち:信じられないよ……

 GO:負けるな刹那!!


 一方的な展開に視聴者達にも動揺が広がる。

 日本最強の冒険者である刹那がいいようにやられている光景は今まで見たことがなく、とても信じられるものではなかった。


『テンペスト・ジ・ストリーム』


「ぐっ――ぉおおおおおおお!?」


 刹那専用のユニークアーツまでも発動されてしまう。

 暴風を彷彿とさせる瞬速の二十四連撃に刹那はなんとか凌ごうとするも、最後の二撃に防御が間に合わず直撃してしまった。


「刹那!」


 衝撃に吹っ飛ばされる刹那は場外に投げ出されそうになる。咄嗟に剣を地面に突き差して落ちることはなかったが、侍機士の口がパカッと開口してビームが発射された。


「――っ!?」


 今いる場所はステージの淵。あのビームをまともに受ければ今度こそ落ちてしまう。が、そうはならなかった。


「はっ!」


 ビームが刹那に届く寸前、間に入った風間が盾で防御する。刹那の絶体絶命の危機を救った風間は、驚きながらこちらを見上げている刹那に向けてこう言い放った。




「選手交代だ、刹那。僕が出る」

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