第224話 3rdステージ
「サードステージの舞台は……」
「ここって……横浜アリーナ?」
横浜アリーナ。
アリーナ面積8千平方メートル。最大収容人数1万7千人の多目的イベントホールだ。歌手やスポーツ選手など様々なアーティストがライブやコンサートで使用しており、DAもここ横浜アリーナで一度ライブを開催したことがある。
そして今回のステージ使用はSTAGEがC~EになっているBパターンであった。
「そうみたい。でも何で横浜アリーナなんだろ?」
「異世界の神様が考えていることは分かんないにゃ」
ミオンとカノンが首を傾げる。
サードステージに進んだ十一人の冒険者達は、今までとは違った現実世界の景色に戸惑っていた。そんな中、エスパスのアナウンスが横浜アリーナに響き渡る。
『3rdステージへと進んだ冒険者の諸君。見ての通り戦いの舞台は横浜アリーナだ。一度にチャレンジできる人数は四人まで。さぁ、3rdステージにチャレンジする冒険者を選びたまえ』
「四人ってにゃあ……」
「どう考えてもお膳立てされているようにしか思えませんわね」
「DA《ワタシたち》が出る」
「いいよね、風間さん」
おいおいと肩を落とすカノンとため息を吐くシオン。舞台が横浜アリーナで、戦う人数が四人までとなれば自ずとチャレンジャーはDAしかいないだろう。誰しもがそう考えており、アナスタシアが声を上げ、ミオンが風間に尋ねる。彼女達の意気込みに風間は強く頷いた。
「分かった。だけど十分注意して欲しい。向こうから名指しされているようなものだし、これまでのように罠や仕掛けも用意されているはずだ」
「それは百も承知にゃ」
「大丈夫。私達は皆揃ってサードステージをクリアするから」
『ふむ、すんなりチャレンジャーが決まったようだね。それでは3rdステージを開始しようか。視聴者の皆もDAのファンも多いに盛り上がってくれたまえ』
ときねこ:お願い、死なないで…
COO:頑張れDA!
珈琲戦士:慎重にいこう! 慎重に!
1stステージと2ndステージを経て、ふざけたコメントをする者は極端に減った。命を懸けた死闘だと実感した世界中の視聴者達は、ただ純粋にDAに死んで欲しくないと応援コメントを送る。
次々と流れていくコメントを眺めながら、エスパスはつまらなそうに口を開いた。
『少々盛り上がりに欠けてしまっているが、それも仕方ないか。ではチャレンジャーのDA諸君、3rdステージスタートだ』
「見て、ステージの上に何か出てきた」
「警戒しましょう」
「アレは……」
「人かにゃ?」
開幕の合図と同時にステージ上に現れたのは、真っ黒に塗り潰された女性のシルエットだった。
派手な衣装――といっても全身影ではあるが――に着飾った女性の頭の上には『
「HPゲージが三本!?」
「また長期戦になりそうだね」
三階の観客席に転移させられた士郎達が『饗蘭の歌姫』を見て驚愕する。HPゲージが三本ということは今までよりも倒すのに苦労してしまうだろう。いや、大変なのはそれだけではない。
「これまでの傾向からして何かしらのギミックが用意されていると思うんだけど、あのモンスターは名前からして対DAに特化した能力を有しているんだろう」
「だろうね」
「頑張れDA!」
「貴女方なら大丈夫です!」
風間の意見にメムメムが淡々とした声音で同意する。そんな冷静な二人とは打って変わって、DAのファンである島田と楓が声を上げて応援していた。
それは世界中にいるDAファンも同じで、画面の向こう側にいるDAを応援するかのように「頑張れ頑張れ」とコメントを打ちまくっている。
多くのファンに見守られている中、最初に仕掛けたのはアナスタシアだった。
「~~~~~~」
静かでありながら力強い歌声が横浜アリーナに響き渡る。
ユニークスキル【歌手】を所有しているアナスタシアは、歌の種類によって味方にバフをかけたり敵にデバフを与えたりと様々な効果が発揮される。
今歌っているのはパーティー全体に攻撃力と防御力を上昇させるものだった。
「行くよ、皆!」
ステータスが強化されたDAの四人が『饗蘭の歌姫』に速攻を仕掛けようとした時、敵もマイクスタンドを出現させ歌い始める。
「ラララ~」
「うわ!?」
「身体が急に重くなって!?」
「ワタシと同じみたい」
『饗蘭の歌姫』が悲恋ソングを歌い始めると、DA達の動きが鈍くなってしまう。恐らく敵もアナスタシアと同様に歌で何かしらのデバフをかけてきているのだろう。だが『饗蘭の歌姫』の場合はデバフだけではなかった。
突如『饗蘭の歌姫』を中心に大きな魔法陣が展開され、魔法陣から次々と何かが飛び出してくる。
その何かとは♪や♬、fやPPなど様々な音符記号であり、しかも音符記号には手足が生えていて剣や盾など武器も所持していた。
さしずめ、歌姫を守る音符記号の騎士といったところだろうか。
「わらわらとなんか出てきたにゃ!」
「先にこっちを片付けますわよ」
DAのメンバーがそれぞれ音符騎士に攻撃を仕掛ける。音符騎士はそれほど強い敵ではなく、あっという間に殲滅した。そのまま全員で『饗蘭の歌姫』を直接攻撃するが、どうしてかHPゲージが減ることはなかった。
「どうして!?」
「攻撃が通じていないにゃ」
「どういうことなんですの」
「いや、HPゲージは確かに減っている」
歌姫にダメージを与えたのにHPゲージが減っていないことに疑問を抱いていると、アナスタシアが皆に教える。自分でそう言ったが、アナスタシアも違和感を抱いていた。DAが戸惑っていると、『饗蘭の歌姫』は再び音符騎士を召喚してしまう。
「もう、次から次へと面倒ですわね!」
「皆、本体を直接叩くんじゃない! 音符の方を倒すんだ!」
「音符を倒す?」
「にゃるほど、そういうからくりにゃ!」
押し寄せてくる音符の群れに対応していると、観客席にいる風間が大声で助言する。本体ではなく音符を倒す。そのアドバイスの意味を理解したDAは音符だけを狙って攻撃を仕掛けた。
「よいしょー!」
「キー!?」
【怪力】のユニークスキルを所持しているミオンが掲げた二本のバスターソードを思いっきり振り下ろすと、盾を真っ二つにしながら音符騎士を両断する。
すると本体である『饗蘭の歌姫』のHPゲージが僅かに減った。HPを減らすには本体にダメージを与えるのではなく、音符騎士を倒した時にダメージとなるのだった。
そのギミックをいち早く見抜いた風間に士郎が尊敬の念を送る。
「流石ですね、風間さん!」
「上からの視点だったから早く気付けただけだよ。僕が言わなくも、彼女達もすぐに気付いていたさ」
「謙遜するなよ。これまでだって君のアドバイスに救われてきたんだ。日本最強の冒険者パーティーの名は伊達じゃないってことだね」
「メムメム君……」
珍しくメムメムが褒めると、風間は一瞬驚いた後に「ありがとう」と素直に言葉を受け取った。
メムメムの言う通り、風間の慧眼がなければ1stステージの爆弾のギミックで靖史だけではなく班目も死んでしまっていただろう。その上三人目のチャレンジ権を使ってしまうところだった。
今回のアドバイスもそうだし、ダンジョン五十階層を越えている風間の経験と知識は非常に役に立つ。しかしそれを良しとしない者がいた。
『う~ん、彼等には少し黙っていてもらおうか』
「うお~! DA最高~!」
「「「ハイ! ハイ! ハイ!」」」
「な、何だ!?」
突如、横浜アリーナに大歓声が広がる。というのも、観客席一杯にDAのファンと思われる人間が出現して必死に声を上げているのだ。生身の人間ではなくホログラムのようではあるが、異世界の神の対応に風間は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
(やられたッ!)
この大歓声の中では三階席にいる風間の声はDAに届かない。エスパスがアドバイスさせまいと対策してきたのだ。
「なんか出てきたよ!」
「あれもギミックの一つでしょうか?」
突然現れた多くのファンに戦っているDA達も困惑してしまう。しかしアナスタシアは「気にしなくていい」と周りに声をかけ、カノンは八重歯を剥き出しにして笑った。
「ちょっと驚いけど、こっちの方が燃えるにゃ!」
彼女の言う通り、ファンの歓声を浴びるDAのパフォーマンスが格段に上がった。スポーツ選手などもそうであるが、ファンの応援があればあるほど身体のキレが良くなることは多々ある。
DAもその
その勢いのままDAは躍動し、次々と音符騎士を倒して『饗蘭の歌姫』のHPゲージを一本削り切った。
「よし! このまま行くよ、皆!」
「「はい(にゃ)!」」
「どうして、どうしてワタシの歌の邪魔をするの? ワタシはただ歌いたいだけなのに。ワタシから歌を奪わないでよ!」
HPゲージが二本となった『饗蘭の歌姫』の様子が変化する。頭を抱えて怒声を上げる彼女は、荒ぶるようにマイクスタンドからマイクを抜くと激しい音楽を歌い出した。
直後、再び多くの音符騎士が召喚される。歌によるバフが掛けられているのか、今回召喚された音符騎士は先ほどよりも強く、DA達もすんなりと倒すことはできなかった。
「くっ! 中々強いですわね!」
「それだけじゃない。音符を倒してもHPが減ってないよ!」
「どうなってるにゃ!?」
「~~~~」
激しく攻めた立てくる音符騎士にアナスタシアは防御力上昇の歌に切り替える
強さを増した音符騎士に加え、倒してもHPが減らない。新たなギミックにDA達が戸惑ってしまうが、この歓声では仲間からアドバイスを貰うことだってできない。
自分達の力だけでこの状況を打破するしかなかった。
「うにゃぁぁ!」
「キャアア!!」
ダメージを受けながらも全ての音符騎士を倒し、ユニークスキル【獣化】を発動しているカノンが凄まじい速度で『饗蘭の歌姫』肉薄し五本の爪で切り裂いた。ようやくダメージを与えられたのか、HPゲージがかなり減る。
だが、歌姫はすぐにまた歌い出して音符騎士を召喚してしまった。その直後にカノン達が追撃しても、やはりHPゲージが減ることはない。正に無敵状態だった。
一連の動作を把握していたアナスタシアが、皆にギミックの正体を伝える。
「ギミックがわかった」
「本当!?」
「本体にダメージを与えるには、この音符を全部倒した時だけ」
「それは……」
「かなり厳しいにゃ」
本体にダメージを与える方法を聞いたDAのメンバーは苦渋の顔を浮かべる。強化されている音符騎士を一体倒すだけでも一苦労だし、倒しても魔法陣から新たに召喚されてしまう。全部を倒しきるタイミングを作るのは中々にシビアだった。
とはいえ、このままだとこちらがHPを削られてしまう。何か手を打たないと全滅してしまうだろう。しかし今のDAにはこの状況を打開する方法が見つからなかった。
――“一人を除いては”。
「やれやれ、これはカノンが一肌脱ぐしかなさそーだにゃ」
迫り来る音符騎士の槍をひらりと躱すカノンが笑いながらため息を吐く。彼女だけはなんとかする手段を持ち合わせていた。持ち合わせてはいるが、一度使ってしまえば後戻りはできない。
が、しかし。
このまま仲間が死ぬくらいなら、世界が破滅するぐらいなら、自分の命なんて易いものだとカノンは覚悟を決めた。
「皆、カノンが音符騎士を纏めてぶっ飛ばすにゃ。だから本体の方は任せたにゃ」
「纏めて倒すって、そんな事できるの!?」
「待ちなさいカノン! 貴女まさかアレをッ!」
「止めても無駄にゃ、シオン。それしか方法がないにゃ」
「っ……!?」
カノンが何をやろうとするのか気付いたシオンが止めようとするができなかった。だって、カノンが“あんな顔を”見せるのは初めてだったから。だから、泣きそうな顔で奥歯を噛み締めることしかできない。
優しいシオンに心の中でお礼を言ったカノンは、スキルを発動する呪文を唱える。
「【獣化暴走】……発動にゃ」
刹那、カノンの全身を真っ赤なオーラと稲妻が迸る。瞳は猫のように縦になり、髪の毛が逆立つ。八重歯が伸び、爪も伸びた。その姿はまるで本物の獣のようだった。
ユニークスキル【獣化暴走】は、任意で発動できるアクティブスキルだ。
発動中は知力と耐久力のステータスが半分となってしまうが、攻撃力と敏捷ステータスが二倍に上昇される。しかし発動中はHPが減り続けてしまうデメリットがある諸刃の剣であった。
通常のダンジョンであれば強力なスキルではあるが、回復薬が使用できないエクストラステージで使用するのは無謀とも言える。
だが音符騎士を全て倒して本体にダメージを与えるには、このスキルに頼るしかなかったのだ。
「カノン何で!? 早く解いて!」
【獣化暴走】を発動したカノンにミオンが必死に止めようとするも、カノンは首を横に振るだけだった。
そんな中、カノンは横浜アリーナから見える青空を見上げてこう告げた。
「これがカノンのラストライブにゃ」
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