第223話 毒を以て毒を制す

 


『おらおらどうしたァ!! もう終わりかァ!?」


「はぁ……はぁ……」


「ちっ、調子こきやがって」


 現状を整理すると。

 御門と信楽のHPはまだ半分近く残っている。しかし魔法やアーツを多用したことでMPの残量は僅かとなってしまった。それに加え、強烈な一打を喰らった信楽の身体は至るところが骨折しており満足に動けない状態である。


 そもそも火竜より数段強いカースヒュドラを御門と信楽の二人だけで戦うのが土台無理な話である。この二人でなかったらうに死んでいただろう。


 対してカースヒュドラのHPは三分の一にまで減っている。

 風と毒の首を斬り落としたことで残りの首は炎と雷と氷の三本だが、バグがカースヒュドラと融合してしまった。

 融合したことで不利になったことは、全ての首の意志が一つに統一されてしまったことである。


 カースヒュドラの首は五つそれぞれに意思があった。五つ意思があるから有利かと思われるが実はそうでもない。意思があるからこそ、他の首を邪魔してしまう場面も多々あったのだ。


 御門はその弱点を突き、これまで有利に戦いを進めてきた。しかしバグが融合してしまったことで残る三つの意志が一つに統一されてしまった。これには御門と信楽も対応が追いついていない。


「おい御門、何か手は残ってねぇのか」


「そうだね……あるにはあるけど。賭けになっちゃうかな」


「賭けでもなんでもいい。あるならさっさとやれ」


 息切れの信楽が問いかけると、御門は曖昧に答えた。打つ手がない訳ではない。だがこれは成功するか分からないし、失敗すれば全滅は免れないだろう。

 けれど、今のままでも敗北濃厚なら一か八かに乗るしかないと覚悟を決めた。


『やれぇ! カースヒュドラ!」


「ギャオオオ!!」


「――っ!?」


「ぐっ!?」


「御門さん!」


 バグが命令すると炎の首がブレスを放つ。信楽はMPを残そうとスキルを使わずに回避したが、避けた場所には氷の首が大口を開けて呑み込まんと迫ってきていた。

 氷の首に食われる寸前、御門が信楽の身体を突き飛ばしてギリギリ躱すも、御門の左腕が喰い千切られてしまう。


「お前ぇ、何してんだ」


「信楽さん、今から僕の言うことをよく聞いてくれ」


「……おう」


 痛みに耐えながらそう言ってくる御門に、信楽も静かに頷く。御門が最後の作戦を伝えると、信楽は驚くように目を見開いたが何も言うことなくただ首肯した。


「ダンジョンに住まう者として、ダンジョンに囚われるのもまた一興か」


『おいおいもう終わりかァ!? まだまだ愉しませてくれよォ!」


「醜い化物になった癖に随分とイキがるじゃないか。言っておくが君は既に負けたんだよ、ベッキーにね。敗北者がイキがることほど惨めなことはないよね」


『五月蠅ェ! 俺はまだ負けてねぇんだよ! 殺れカースヒュドラ! あの女から先に食い殺せぇ!!」


「「ギャオオオ!!」」


 炎と氷の首が御門へと襲い掛かる。微笑む御門は自分から竜の首に突っ込むと、氷の首に丸ごと喰われてしまった。


「御門さぁぁん!!」


「これまでなのか!」


 御門が喰われた光景を見ていた士郎が叫び、風間は悔しそうに歯噛みする。冒険者達は絶望し、世界中の視聴者も凄惨な光景に息を呑み、目を逸らした。

 残るは満身創痍の信楽のみだが、その信楽もすぐに同じ末路を辿ってしまうだろう。


 クリエイターズは敗北してしまった。

 誰もがそう思っていた――その時だった。


『カッカッカ! 威勢が良い割にはあっけねぇ死に様だったなァ! さぁて、さっさと死にぞこないの老い耄れをぶっ殺して終わりにしてやるぜ!」


「さて、終わるのはどっちかな?」


『――ッ!?」


「やぁ、さっきぶりだね」


『なッ!? 何でテメエがそこにいる!?」


 バグが驚くのも無理はないだろう。

 何故ならたった今氷の首に喰われて死んだはずの御門が自身の背後にいるからだ。というより、カースヒュドラと融合しているバグの背中から御門の上半身がぬっと飛び出ていた。


 狼狽えるバグの頭をそっと抱きかかえながら、こうなった経緯を楽しそうに教える。


「しょうがないなぁ、僕は君と違って優しいから特別に教えてあげよう。僕はね、“自分の身体を毒に変えてカースヒュドラに取り込ませたんだよ”」


 ――そう。


 御門が喰われる間際に施した仕掛けは、己の身体を毒に変えることだった。


『薬剤師』は素材さえあればありとあらゆる薬を生成することができる。だから御門は“自身の身体を素材として毒と成ったのだ”。

 だが、ただの毒になるだけでは意味がない。カースヒュドラに効く毒でなければならない。ならばどうやって有効な毒を作るのか。


 その手段は御門が敢えてカースヒュドラの毒や痺れなどの状態異常ブレスを浴び続け、【解読】スキルを発動して有効な毒を新たに作り出したからであった。まるで、この結末が訪れることを読んでいたかのように。


『自分を毒にだとォ!? だからテメエ、俺を挑発してわざと喰われたのか!?」


「その通り! だがこれは賭けだった! 自分の身体を素材にして毒にしたことなんて一度もなかったし、アイテムの使用扱いで無効となるかもしれなかった! しかし結果は御覧の通り、僕は賭けに勝ったのさ!」


『クソがァアアア!!」


「でも不思議だよ。僕のHPは全損し死んだはずなのにまだ意識が残っている。今の僕はさしずめ、カースヒュドラに取り込まれた毒に宿った意思――残留思念のようなものだ」


 また一つ、ダンジョンについて新しい発見があったよ。

 そう満足そうに微笑みながら、御門は信楽へと叫ぶ。


「さぁ信楽さん、思う存分こいつを叩っ斬ってくれ!」


「おう」


『させるかァ! カースヒュドラ、あの老い耄れをぶち殺せェ!!」


「ははははは! 無駄だよ! 僕の毒によってこの竜は『毒』と『麻痺』状態になっている! もう君の命令で動くことはできない!」


『何だとォ!?」


「ギィ……アアア……」


 御門の言う通り、カースヒュドラは『毒』と『麻痺』の状態異常にかかっていた。普通の毒や麻痺攻撃なら状態異常にかかることはなかっただろう。しかし御門がカースヒュドラに有効な毒を新たに作って取り込ませたことで、カースヒュドラは『麻痺』で動くこともできずHPも『毒』によって減らされていた。


 さらにそこへ、信楽の追撃が襲い掛かる。


「無天一心流十式・画竜点睛」


「ギャオオオオオオオオオッ!?」


『ぐォオオオオオオオオオッ!?」


「ははは! 痛いのかい? 苦しいのかい!? けどごめんよ、僕には君達の痛みが分からないんだ!」


 信楽がユニークアーツを発動する。

 カースヒュドラの足から胴体へと神速の斬撃を繰り出しながら、上へ上と駆け上がっていく。その光景はまるで昇り龍のようだった。


 そして強烈な攻撃を喰らうバグとカースヒュドラはたまらず絶叫を迸る。敵の悲鳴を楽しみながら、御門は終わりを迎える前に冒険者達へ声をかけた。


「刹那! 君はこんな時でも我を通すんだろうけど、成すべきことを必ずやり遂げる人だと信じているよ!」


「馬鹿野郎が……」


「シロー君! これから先も次々に仲間を失っていくだろう! だが君は足を止めてはダメだ! 何故なら君は“希望”だからだ。顔を上げ、前を向くんだ!」


「御門さん……ッ!」


「そして冒険者の諸君! 月並みな言葉で申し訳ないが最後に言わせてもらおう! “後は任せたよ”」


「「……ッ!!」」


 最後にメッセージを残せた御門は、満足そうに瞼を閉じた。

 その間にカースヒュドラの身体を駆け上がっていた信楽は、ついにバグと御門がいる雷の首の頭頂部まで到達した。

 御門と信楽の目が合う。されど、二人の間に最早言葉はいらなかった。


 そして信楽は、黒い閃光を纏った刀をバグの額目掛けて振り下ろす。


「心刃無想斬」


『クソがァァァアアアア――……」


(ありがとう、ダンジョン。お蔭で楽しめたよ)


 漆黒の一閃が放たれ、バグの上半身を真っ二つに斬り裂いた。

 悲鳴を上げるバグとHPが消失したカースヒュドラと共に、御門もポリゴンとなって散っていく。


 地面に降り立った信楽は、刀を鞘に仕舞いながら散っていった仲間達へと呟いた。


「馬鹿共が……年寄りより先に逝くんじゃねぇよ」


『コングラチュレーション! 見事な戦いだった。まさかバグとカースヒュドラを相手にして三人だけで勝ち切ってしまうとは恐れ入ったよ。つくづく冒険者――いや人間の底地には驚かされる』


 エスパスがアナウンスで賛辞を送ってくるが、冒険者の中に喜ぶ者は誰一人としていなかった。

 彼等だけではなく、視聴者達ですら喜びのコメントが少ない。1stステージに比べ2ndステージの戦いはそれほど壮絶で、見ている側としてもショッキングだったのだろう。


『何はともあれ2ndステージクリアおめでとう。さぁ、残りの冒険者は3rdステージに進みたまえ』


「立てシロー」


「刹那……」


 ベッキーと御門が死んで打ちひしがれていた士郎に刹那が告げる。


「御門も言ってたろ。顔を上げて前を向け。オレ達は先に行かなきゃならねぇんだ」


「……ああ!!」


 刹那に励まされた士郎は、瞼に溜まっていた涙を拭い払って立ち上がる。皆で3rdステージに繋がる自動ドアに向かっていると、信楽が冒険者達にこう言ってきた。


「頼んだぞ。お前ぇらがしゃんとしねぇと、あいつらも浮かばれねぇってもんだ」


「分かってます」


「そうか……わかってんならいい」


 信楽に喝を入れられた冒険者達は、勇ましい顔つきで自動ドアに入っていった。そんな彼等を見送った信楽は鞘を支えに、どっこいせと胡坐をかきながらその場に座り込む。



「負けんじゃねぇぞ、お前ぇら」

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