第222話 死闘
「おい御門、分析は済んだのか」
「う~ん、大体はね。それにしても厄介な敵だよ。それぞれの首に別の能力があって、かつ魔法も効き辛い。アイテムも使えないし僕の力は殆ど封殺されてしまっているよ」
やれやれとため息を吐く御門。
彼女のジョブは『薬剤師』というジョブで、素材さえあれば回復薬や強壮薬、毒薬や痺れ薬などあらゆる薬をその場で作り出すことができる。ソロ冒険者である刹那にも最高品のアイテムを作って欲しいと頼られるほどだ。
そんな御門の本骨頂は様々なアイテム薬を駆使して、味方を支援するだけではなく敵にもデバフを与える戦法だ。しかしエクストラステージではアイテムを使うことが禁止されており、彼女の戦法が無力化されてしまっている。
攻撃面では魔法を得意としているが、カースヒュドラには魔法も効かない。全く効かないという訳ではなくダメージは入るが雀の涙ほどだった。
御門と信楽は初見のカースヒュドラと戦うにあたって、いきなり仕掛けたりせず引き気味に戦いながらどんな能力が備わっているのか分析することに徹した。
それで分かったことは、五つの首にはそれぞれ違う属性の能力が備わっていること。毒・炎・雷・氷・風。その五属性の攻撃を五つの首で同時に放ってくるので、回避するのにも一苦労。
その上こちらの攻撃は魔法が効き辛いし、信楽が斬撃で一つの首を斬り落としてもすぐに再生してしまった。HPが回復されることはなかったが、ずっと五つ首の相手をしなければならないのは骨が折れる。
これまで戦ってきたモンスターの中でも非常に厄介かつ強力なモンスターだった。
が、それでも活路を見出すのが熟練の冒険者である。
「んで、どぉ戦うんだ」
「試してみたいことがある。信楽さんはさっきのように首を斬ってくれ。そしたら僕が魔法で再生を阻止してみる」
「魔法は効かねぇんじゃなかったのか」
「物は試しにね」
「そうか」
「ソニック。加速をつけといたから、よろしくね」
作戦は決まり、御門が加速の付与をつける。すると信楽は老体とは思えぬほど凄まじい速度でカースヒュドラへ駆け出した。
「ギャオオオッ!!」
「スカイウォーク」
迫ってくる信楽に、風と炎の属性を持つ首がそれぞれ口腔からブレスを放ってくる。信楽は空中を何度も蹴ることでブレスの包囲網を掻い潜りながら、炎の首へと肉薄した。
そして、チャキッと鞘から日本刀――『鞘姫』を抜き放つ。
「無天一心流一式・瓦斬り」
「ギャアアアアッ!?」
じじ:爺さん強ぇ!!
AL:ファンタスティック!
信楽が放った斬撃が風の首を捉え、分厚く太い首を一刀両断した。
惚れ惚れするような一太刀にコメント欄もわっと盛り上がる。
信楽奉斎のジョブは『鍛冶師』と一般的なジョブではあるが、彼は【
【師範代】スキルは
そして信楽は新たに【無天一心流十式】という十個の
「流石信楽さん、注文通りだね。じゃあ今度は僕の番だ。テオフレイム」
「ギャアア!?」
切断された炎の首に向けて、御門は【炎魔術5】で取得できる上位火炎魔法を放った。灼熱の火炎が首の切断面に着弾すると、ジュウと炙られる。すると切断面から新しい首が再生されることはなかった。
「予想通りだ。どうやら火で炙れば首が再生されることはない」
「ってこたぁ、あと四回同じことすりゃいいってことか」
「そういうことだね」
信楽の問いに同意するように御門が頷く。
今の攻撃でカースヒュドラの首は四つとなった。首の数が減っていけば攻撃の数も減って戦闘が楽になるし、他の四つも同じようにすれば勝利は固いだろう。完全攻略の糸口を見つけた二人だったが、カースヒュドラは思わぬ行動に出てくる。
「ギャオオオ!」
「ギャアアアア!!」
「ほう、そうくるか。自壊してまで再生させるとはね。そこまで頭が回るとは思わなかったよ」
切断された炎の首に向かって風の首がブレスを放つ。斬撃のようなブレスは炎の首の根本を切断し、そこから新しい首が再生してしまった。
自分のHPを削ってまで再生させてくるとは御門も予想外で、敵ながら天晴れと褒めてしまう。
「そんな!?」
「折角斬ったのに振り出しにゃ。あんなの卑怯にゃ!」
自壊によって炎の首が再生してしまった光景を見ていた冒険者もあんなのありかよ!? と言わんばかりに頭を抱える。あれではいくら首を斬ったところで同じように再生されてしまうではないか。
と考えているのは経験が少ない冒険者だけで、御門を含め刹那や風間といった上級冒険者は次善策を思いついていた。
「信楽さん、次は風の首を狙おう。恐らく五つの首の中で切断系の攻撃があるのは風の首だけだ」
「左からぁ二番目の首だな。わかった」
「ギャオオオ!!」
「範囲攻撃が来る! 跳んで!」
「ちっ、スカイウォーク」
クリエイターズのリーダーかつ司令塔の御門が即座に指示を授ける。雷の首が地面に向かってブレスを放つと、電撃が波紋のように広がった。この電撃は直接的なダメージはないが、触れてしまうと麻痺の状態異常を起こしてしまう。
麻痺だけではなく、カースヒュドラは毒や火傷や氷結といった様々な
アイテムが使えない以上、状態異常だけは避けなければならない。だから信楽に回避させたのだが、当の本人は避けることもせず直撃してしまう。
「何故避けないんですか!?」
「避ける必要がねぇからだよ」
「なっ……」
御門の奇行に驚愕する楓に、刹那が理由を教える。
そう――御門は敢えてブレスを避けることはしなかった。
何故なら彼女には【状態異常無効】といった麻痺や毒などあらゆる状態異常を無効とするユニークスキルを所持しているからだ。毒薬や麻痺薬を自分で作っては摂取し続けた結果、身体に抗体ができてしまったのである。本人は状態異常になって苦しい思いができなくて非常に残念がっているが。
敢えてブレスを避けなかったのも、【解読】スキルを発動する為に攻撃を受ける必要があったからである。
「「ギャオオオ!!」」
「五式・
スカイウォークで雷撃を回避していた信楽はそのまま風の首へと接近していた。カースヒュドラも風の首を守ろうと氷の首が氷塊を、炎の首が火炎玉を同時に放ってくるが、信楽は神速の六連斬で氷塊と火炎玉を切り払った。
さらに再び刀を鞘に仕舞うと、風の首に狙いを定めて抜刀する。
「三式・飛龍閃」
「ギャアアアア!?」
「テオフレイム!」
飛ぶ斬撃が風の首を断つ。すかさず御門が火炎を放ち再生させまいと切断面を炙った。これでもうカースヒュドラが自分で首を再生させることはできない。
が、怒るカースヒュドラもやられっぱなしではなかった。雷の首が死角から首を振り回し、空中に浮いている信楽を頭部で薙ぎ払った。
咄嗟に鞘でガードしたものの、空中では踏ん張ることもできず地面に叩きつけられてしまう。
「信楽さん!」
「ちっ、しくじっちまったか。歳は取りたくねぇもんだな」
「ギャオオ!!」
「テオウインド!」
地面に横たわっている信楽に追撃しようと、毒の首がブレスを放ってくる。御門は信楽を守るように間に入ると、風魔法で毒のブレスを相殺させた。
「まだ動けるかい、ご老人」
「五月蠅ぇ、これくれぇなんてことねぇよ」
「それは重畳。もう少しだけ頑張ってくださいよ。奴にはもう再生する手段はない。後は一つずつ斬り伏せていくだけだよ」
「ちっ、老い耄れをこき使いやがって」
腰を抑えながら立ち上がる信楽に問いかければ、問題ないとその場から移動する。軽口は叩けるが、攻撃を受けたことによって明らかに動きのキレが失われていた。
早いとこ倒されなければこちらが先にスタミナ切れを起こしてしまう。HPも心許ないし、ここからが正念場だった。
「カース・ディメンションソード!」
「【
(このオカマ、俺の斬撃の極隙間を縫ってきやがる!?)
バグが罠を張っていた時間差の斬撃攻撃を、
「はっ!」
「グハッ!?」
回し蹴りを腹に喰らったバグが盛大に吹っ飛ぶ。ベッキーは追撃せずその場に構えたまま警戒した。
様々な呪具を使いトリッキーな攻撃を仕掛けてくるバグと、それに対応できる防具に換装するベッキーの戦いは将棋のようだった。攻め将棋のバグに、守りの将棋であるベッキー。今のところHP的にも戦況的にも有利に立っているのはベッキーだった。
「ぺっ……驚いたぜカマ野郎。テメエ強ぇじゃねぇか」
「あらん、そんなに褒めると惚れちゃうじゃない。こういう時に言うのもなんだけど、あなたって顔も性格もあたしの好みなのよねん」
「やめろよ気色悪ぃ」
野獣の目で見つめてくるベッキーに寒気がするバグ。
そんな冗談を言っている場合ではない。ベッキーは能力的にも実力的にも
この状況を打破するには、盤面をひっくり返すほどの起死回生の一手を繰り出す必要があった。
そしてバグはその一手を隠し持っている。
「本当はよぉ、使いたくなかったんだぜ。“これ”は勇者様に使いたかったんだけどよぉ、テメエが予想外にも強ぇから使うしかねーよなぁ」
「あら、何を使うっていうのかしら?」
バグの雰囲気が変わったことを感じ取ったベッキー。
恐らくバグは、切り札的なものを切ってくる。それが何かは見てみないと分からないが、何を出してきてもいいように十全な警戒を施す。
「俺のとっておきを喰らいなァ! カース・オブ・ヘルフレイム!!」
「っ!? 【衣装換装】!!」
バグはベッキーに両手を向けると、眼前に発現した魔法陣から漆黒の炎を放つ。ベッキーはガードしようと手榴弾の爆撃を防いだ鐘の鎧に換装した――が。
「無駄無駄ァ! その黒炎は防具を貫く! そして一度身体に燃え移れば消えることなく、灼熱の苦痛を死ぬまでテメエに与え続けるんだよォ!! カッカッカ!」
「ぐっ……ああああ!!」
「「ベッキー!!」」
「ベッキーさん!」
黒炎に焼かれるベッキーが苦悶の絶叫を上げる。バグの言った通り身体に燃え移った炎は消えることがなくベッキーの総身を焼き続けた。HPが減り続けるよりも、全身を焼かれる苦痛の方が凄まじい。いっそのこと死にたいと思ってしまうほどに。
そんなベッキーに士郎達が声を上げ、カースヒュドラと戦っていた御門や信楽も気付いて助けに向かおうとするが、「来ないで!」の一言に足を止める。
「ダメよガッキー、あーちゃん。あたしなら大丈夫だから」
「「……」」
「カッカッカ! 泣けるねぇ、仲間の為に手助け無用ってか? まぁいい判断だわな、もう何をしたところ手遅れだ。テメエは地獄の炎に焼かれて死ぬ運命なんだよ」
「どうやらそうみたいね……」
「ベッキーさん!」
士郎がベッキーを助けに行こうとするが、障壁によって弾き飛ばされてしまう。士郎だけではない。他の冒険者だって助けに行けるならいきたいが、チャレンジャーではない彼等は障壁の向こう側へ行くことはかなわない。かなわないから、歯を食い縛ることしかできなかった。
それでもガンガンと拳で障壁を叩きつける士郎に、ベッキーは微笑みながらこう告げる。
「シローちゃん、あなたのそんな優しいところ、あたしは好きよ」
「ベッキー……さんッ」
「世界を救えるような人って、あなたみたいな人だと思うの。ならあたしは、あたしの役割は花道を作ってあげること。【衣装換装】」
「おいテメエ、今更何をするつもりだ」
黒炎に包まれながら速度重視のバレリーナの防具に換装したベッキーは、カースヒュドラと戦い続けている仲間に最後の言葉を伝えた。
「あーちゃん、ガッキー。後は任せたわよ」
「「……ああ」」
「行くわよ」
「ゴハッ!?」
ベッキーは跳ぶように地面を蹴り上げると、驚いているバグの鼻っ面を蹴り飛ばす。吹っ飛ばされてから体勢を整えたバグは、追撃してくるベッキーの攻撃を凌ぎながら驚愕の声を上げた。
「バカな、あり得ねぇだろ!? テメエは今全身を獄炎で焼かれ続けてるんだぞ! その苦痛に耐えられるはずがねぇだろーが!? 戦うどころか意識がぶっ飛んでもおかしくねーんだぞ!?」
「ええ、そうね。凄く熱いし痛いわ。でもね、それがあなたと
狼狽えるバグの言う通りベッキーの身体は今も黒炎に焼かれ続け、尋常ではない苦痛が襲ってきている。普通の人間なら立っていることすら不可能。地面にのたうち回ることしかできないはずだ。
しかしベッキーは凄まじい精神力で苦痛に耐えながらバグに攻撃していた。最後の
「ふざけるんじゃねぇ! さっさとくたばれや死にぞこないがァ!!」
「魔槍ルー!」
「ギャアアアア!?」
バグが繰り出す斬撃を喰らいながらも、ベッキーは収納空間から紅の槍を取り出し渾身の刺突を放つ。信楽の作品の中でも最高級の槍はバグの胸部を貫き、純赤の炎でその身を焼いた。
「離せ、離しやがれぇぇええええ!!」
「離さないわよ。あなたが死ぬまでね」
「クソがァァアアア!!」
バグが必死に剣で斬りつけるも、ベッキーは槍を握る手を離さなかった。もう意識は殆ど残っていない。それでも尚、眼前にいる敵だけでも倒そうと心の炎を燃やし続けた。
(
そしてついに、ベッキーのHPゲージが潰える。
手足からポリゴンとなって散ってゆくが、その顔は晴れ晴れとしていた。
「ベッキーさぁぁん!」
「くっ!」
冒険者達の慟哭が木霊する。否、彼等だけではない。ベッキーの雄姿を視聴していた世界中の人間達が涙を流した。
「クソ……俺が……こんな所で!!」
悪態を吐くバグの身体もまたポリゴンとなって消滅していった。ベッキーの最後の悪足掻きがバグのHPを削り切ったのだ。
しかしバグは諦めていなかった。まだ残っている顔部分で、起死回生の一手を繰り出そうとする。
「まだだ、まだ終わらねぇ!! 『
濁声で呪文を唱えると、残ったバグの身体がカースヒュドラへと飛来する。すると信じられないことに、カースヒュドラの真ん中の首、雷の首の頭部からバグの上半身が盛り上がってきた。HPが全損したバグはカースヒュドラと融合することで消滅を免れたのだ。
『カッカッカ! 残念だったなカマ野郎! 俺はまだ死んじゃいねぇぜ!」
「随分と醜い姿になったもんだ。そこまでして勝ちたいのかい?」
『五月蠅ぇ! 何をしてでも勝てばいいんだよ!」
ベッキーを侮辱するように嘲笑したバグに御門が冷徹な眼差しを送りながら問いかけるも一蹴された。
勝てばいい。例えどんな姿になろうと最後の最後に勝てばいいのだ。
そしてカースヒュドラと融合したバグは、残る御門と信楽を見下ろしながら高らかに吠える。
『さぁ、クライマックスとしゃれこもうぜ!!」
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