第225話 ラストライブ
音無かのんには“熱”がなかった。
授業中は寝てばっかり。部活にも入らず、恋愛事にも興味なし。クラスメイトが流行りのアイドルの話題で盛り上がっていてもどうでもよかった。
出掛けることもせず、家で飼っている二匹の猫とゴロゴロする毎日。そんな娘に心配した母親が「あんた将来のこととかちゃんと考えてんの?」と心配しても「大丈夫大丈夫~なんとかなるよ~」と呑気に答えるだけだった。
不安や焦りもなく、猫のように自由気ままに生きていたカノン。
そんな彼女に転機が訪れたのは、友達に一度だけどうしてもついてきて欲しいと頼まれたアイドルによるドームライブだった。
「すっご……何これ!?」
ライブに行ったカノンは生まれて初めて衝撃を抱いた。
何万人という観客席が全て埋め尽くされ、ドームの中央で歌って踊っているアイドルにファンが必死に声援を送る。それに応えるかのように、アイドルも汗を流しながら盛り上げようと歌い続ける。
そこにはカノンが感じたことがない“熱”が確かにあった。
「どうだった?」
「すごかった……本当にすごかった」
ライブが終わった後も、カノンの心に生まれた“熱”は冷めることはなかった。そして彼女はふと考える。観客席にいただけでもあれだけの熱を感じられたのなら、中央で歌っているアイドル達はどれだけの熱を感じているのだろうかと。
その熱を確かめたかったカノンはアイドルを目指す決意をした。母親からは「そんな歳でアイドルなんて何を考えてるのおバカ」と真っ向から否定されたが、父親から「かのんが初めて自分から何かをしようと決めたんだ。やるだけやってみればいい」と後押しをもらった。
なんとか親の了承を得たカノンは、歌やダンスのレッスンにも通いながらアイドル事務所のオーディションを片っ端から受けまくった。
しかし十八歳の高校生を取ろうとする事務所はどこにもなくて、毎度のように「アイドルを目指すのが遅いんじゃないかな」という台詞と共に落ちてしまう。
それはそうだろう。アイドルには旬があり、若ければ若いほど需要がある。本気でアイドルを目指そうとする女の子は十代前後から所属しており、十八歳からアイドルを目指す者なんて滅多にいない。
それでもカノンはアイドルになることを諦めなかった。大学に行かずバイトをしながらレッスンに通っていた時、偶然D・Aの募集を知る。
「これだ」
と思った。
東京タワーがダンジョンに変貌してから一年、一般人にもダンジョンが解放されることになった。そして大手アイドル事務所が『歌って踊って戦うアイドル』のコンセプトとしてダンジョン用のアイドルを大々的に募集をかけたのだ。
ダンジョンに入るには十八歳以上でなければならないことから、年齢制限も十八歳以上である。これならばカノンにもチャンスはあるとこのオーディションに全てを懸けた。
書類審査の第一審査を通過し、歌唱力と運動能力の第二審査も通過。最終審査である実際にダンジョンに入ってモンスターとの戦闘もクリアし、ユニークスキルを所持していたことから三枠の切符を手に入れた。
こうして、カノンは晴れてアイドルになったのだ。
アイドルになったはなったで厳しいレッスンは過酷だったし、マネージャーのアンナは容赦がなくて辛いこともあったけど、D・Aの初ライブで会場満員の中心で歌った時の感動と熱は今でも忘れない。
ファンと一緒に盛り上がって歌うアイドルは、何よりも楽しく、観客席で見ていた時よりも何十倍もの熱を感じられた。
仲間であるミオンやシオンも大好きで、アイドルを目指して本当に良かったとカノンは思ったのだ。
「にゃああああああ!!!」
「「キィィィ!?」」
紅蓮の稲妻がステージに迸る。
目にも止まらぬ速さで駆け抜けるカノンは、強化された両爪で次々と音符騎士を屠っていった。全部倒しきった瞬間を狙って他の三人が本体である『饗蘭の歌姫』に攻撃を与えると大きなダメージが入る。
だがすぐに魔法陣から新しい音符騎士が召喚されてしまい、歌姫が無敵状態になってしまった。
「はぁ……はぁ……まだまだにゃぁああああああ!!」
息が荒いカノンが再び疾駆する。
【獣化暴走】スキル自体にはスタミナを減少させる効果はない。だが、二倍になった敏捷で駆け回り続ければその分スタミナの減りも早くなってしまう。
酸欠に陥り視界が霞んでしまう。身体の感覚も徐々になくなってきた。それでもカノンが止まることはなかった。
「ぐっ……」
「カノン!」
「~~~~(頑張って、カノン!)」
(ありがとにゃ、ナーシャ)
体力の限界がきて転びそうになってしまった時、少しだけ身体が楽になった。恐らくアナスタシアがスタミナ消費減少の
アナスタシア=ニコラエル。ロシアの歌姫。
正直、彼女がDAに移籍することは微妙だった。今までミオンとシオンの三人と頑張ってきたのに、いきなり新メンバーを加えると言われても喜んで歓迎できない。自分のファンが取られてしまうかもしれないという不安もあった。
だけど日本語を覚えようと必死に努力しているところや、口下手だけど彼女から関わろうとしてくるところには好感が持てたし。
ダンジョンでの能力も停滞気味のDAにとってありがたくて、ダンジョンに囚われた弟を助けたいと知った時は本気で応援した。まだ数か月しか経ってないけど、アナスタシアはもうれっきとしたDAのメンバーだ。
「もういい、もういいよカノン!」
「十分ですわ! 早くスキルの解除を!」
(ミオン、シオン……ありがとにゃ)
二人の声はカノンにはもう届いていない。だけどカノンは二人に感謝した。
過酷なレッスンや日程だって、ひたむきに頑張るミオンの姿に励まされたし、忘れ物とかしたり失敗してもシオンに沢山助けてもらった。
この二人が仲間でなかったら、自分がDAをやり続けることはかなわなかっただろう。二人には感謝してもしきれない。
だからこそ、仲間の為に命を燃やそうとする。
最後の最後まで。
「本っ当に、D・Aは最高だにゃああああああああああ!!」
最後の力を振り絞り、カノンがステージを駆け巡る。
音符騎士を屠り続け、ミオンの斬撃によってついに『饗蘭の歌姫』の二本目のHPゲージを削り切った。
「やったよカノ――カノン!!」
「「カノン!!」」
ミオンが振り向けば、カノンはステージの上で力尽きたように倒れていた。HPも尽きてしまったのだろう。足先から徐々にポリゴンとなってしまっていた。
そんなカノンに三人が駆けつけ、ミオンが抱き起す。
「カノン! ねぇカノン!」
「ミ……オン。みんなといられて、楽しかったにゃ」
満足そうにやり切った笑顔と共に放たれたその言葉を最後に、カノンの身体はポリゴンとなって消滅してしまったのだった。
「バカ……カノンのバカ!」
「カノン……よく頑張りましたわ」
「スパシーバ……カノン」
カノンを見送った三人の瞼から涙が零れ落ちる。いや、悲しんでいるのは彼女達だけではなかった。
「本当に貴女って子は、最後の最後まで勝手なんだからっ」
いわい:カノンちゃああああん!!
おはる:嫌だ……こんなのってないよ
RED:うわぁぁああああああ!!
DAのマネージャーである関口アンナは拳をぎゅっと握り締めながら涙を流し、世界中のDAファンが慟哭した。それは士郎達冒険者も同じで、悔しそうに奥歯を噛み締める。
「くそぉ!」
「カノンちゃん!」
「凄かったよ、カノン」
誰しもが悲しみに暮れるが、まだ戦いは終わっていない。HPゲージを二本削られた『饗蘭の歌姫』に変化が起こる。
「どうして、どうして私の歌を聞いてくれないのよ……。もういい、私の歌を聞いてくれないのなら、全部ぶっ壊してやるわ!!」
頭を抱えながら怒り狂う歌姫は、マイクをステージに叩きつけた。直後、身体が――いや影が大きく広がる。
影は瞬く間に巨大化しやがて空を闇で覆い尽くした。そして闇の中から現れたのは、ピエロのようであり魔女のような巨大なモンスターだった。
「な、何だあれは?」
「でかい……」
『フフフフフ。何もかも壊してあげるわ』
「「……」」
余りの大きさと禍々しい姿に変貌したモンスターに士郎達も驚愕する。
が、真の姿を表した『饗蘭の歌姫』を見上げるミオンとシオンとアナスタシアの表情は絶望に染まってなんかいない。
カノンが命を懸けて繋げてくれた道を、今度は自分達が繋ぐ番だと気合を入れ直した。
「行くよ、皆」
「「ええ(うん)!!」」
『全部壊れちゃぇええええええ!!』
先制を仕掛けてきたのは『饗蘭の歌姫』だった。
空中に浮いている魔女の化物は多くの瓦礫物をDAのメンバー目掛けて落としてくる。落ちてくる落下物はステージの壊れた看板だったり舞台装置だったりと大きな物ばかりで、直撃すれば一撃死も免れない。
三人はその場からバラバラに別れ走りながら落下物を躱していくと、シオンが反撃に出た。
「出てきなさい、わたくしの
「いくぜいくぜい! 今日もド派手にぶちかますぜい!」
「初めて呼んでくれたなぁ、ご主人様ぁ!!」
シオンは収納空間から十機の戦車を取り出し、横一列に展開した。しかも取り出された戦車はただの戦車ではなく、目や口といった顔が浮かび汚い口調で喋っている。
シオンのユニークスキルは【
現実世界の兵器ではダンジョンのモンスターにダメージは入らないのだが、【付喪神】によって魂を与えられた兵器はダンジョンのモンスターにもダメージを与えることができるのだ。
シオンが普段使っているのは拳銃やマシンガンといった小型兵器である。だが今回エクストラステージを挑戦するにあたって、自衛隊から戦車と戦闘機を特別に提供してもらった。
前日からパーツを運び込んでダンジョンの中で寝ずに組み立ててくれたのだ。そんな彼等の想いも乗せて、シオンは十機の戦車に命令を下す。
「
「「おらぁぁあああああ!!」」
ドン! ドン! ドドン!!
と、十機の戦車から砲弾が発射される。砲弾は巨大化した『饗蘭の歌姫』へと爆音を轟かせながら着弾した。
『ギャアアアアアアア!?』
爆撃を受ける魔女が悲鳴を上げる。HPもそれなりに削ることができた。だが、モンスターもやられっぱなしではない。再び瓦礫を落下すると、三機の戦車が潰されてしまった。
「ぐっああ!!」
「「シオン!」」
苦しそうに喘ぐシオン。
魂が宿っている【付喪神】は破壊されてしまうと術者にも苦痛を与えHPが減少してしまう。今までは小型兵器しか使っていなかったから滅多に壊れることは少なかったが、一度に多くの大型兵器を破壊されてしまうとシオンに降りかかる苦痛とダメージも大きかった。
苦しむ仲間にミオンとアナスタシアが声をかけるが、二人に心配させまいとシオンは唇を噛んで痛みに耐える。こんな痛みは、カノンが受けた痛みに比べればどうってことないと言わんばかりに。
「問題ありませんわ! それより二人共、しっかりと準備をしてくださいまし! わたくしができるだけダメージを削りますから、トドメはお二人に任せますわよ!」
「……うん!」
「わかった」
シオンの言葉に二人も強く頷く。
遠距離攻撃手段を持っていないミオンとアナスタシアでは空中に浮いている『饗蘭の歌姫』に攻撃が届かない。であるならば、唯一遠距離攻撃ができる自分が二人の分まで踏ん張らないといけなかった。
「ファイアーー!!」
残った七機の戦車から再び砲弾が発射される。お返しとばかりに反撃が飛んできて、また三機破壊されてしまった。
「きゃあああああ!! ファ、ファイアーーー!!」
全身を襲う激痛に耐えながら、シオンは叫び声を上げる。意識が途切れかけている彼女は倒れまいと膝を着いて踏ん張る。
が、さらに二機破壊されてしまったことで倒れてしまった。
「もういいよミオン! 後は私達がやるから仕舞って!」
「十分削ってくれた! ワタシとミオンだけでもやれる!」
(まだ……ですわよ。ねぇ、カノン。貴女があんなに頑張ってくれたのに、わたくしがここで倒れる訳にはいきませんわよね)
自由気ままなカノンにはシオンも随分手を焼かされた。自分が助けてやらないと駄目な可愛い妹みたいだった。
でもカノンは人懐っこいところがあって、DAに所属するにあたって田舎から東京に出てきたばかりの頃はカノンに色々と助けられた。これからやっていけるかと不安で鬱になりそうだったけど、能天気で明るい彼女には何度も救ってもらえた。
それにカノンは人一倍努力家で、皆の前ではのほほんとしているけど裏では必死に努力していることを知っている。
そんな彼女が命を懸けて頑張ったのに、しっかり者のお姉さんをやってきた自分がここで倒れる訳にはいかなかった。
(大丈夫、まだやれますわ)
動かない身体に喝を入れる。身体が疲労で動かないことなんて今までだって沢山あった。それでもファンの前で歌って踊るのが真のアイドルなんだ。
気合と根性で立ち上がったシオンは、収納空間から二機の戦闘機を取り出した。
「ミオン、ナーシャ! それに乗りなさい! 敵の目の前までわたくしが運びますわ!」
「シオン……うん、お願い!」
「後はワタシ達が決める!」
シオンに言われた通り、二人は戦闘機の上に乗る。それを見たシオンが命令を下し、二人を乗せた戦闘機は『饗蘭の歌姫』へ向かって飛翔した。
『私に近付くなァァアアア!!』
自身に向かってくる戦闘機に向かって歌姫が瓦礫を落としてくる。瓦礫に当たらないようにシオンが戦闘機を操作して躱し、逃げ道がなければ残りの戦車の砲弾によって破壊した。そんな中、戦闘機に乗っているミオンは二つのバスターソードを合体させ、一本の巨大な大剣を生み出した。
「――子殺しの英雄よ、十二の功業を果たし罪を償いたまえ――」
必殺の一撃を繰り出す詠唱を唱える。
そしてついに、戦闘機が『饗蘭の歌姫』の眼前まで肉薄した。ミオンとアナスタシアは戦闘機から飛び降りると、歌姫に向けて同時にユニークアーツを解き放つ。
「ジ・アルカイオス!!」
「
『ギャアアアアアアア!!!』
破壊の斬撃と白銀の閃光が炸裂し、悲鳴を上げる『饗蘭の歌姫』の残りHPが完全に消滅したのだった。
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