第220話 脱落者

 



「「ば、爆弾!?」」


 風間の口から放たれた予想に驚愕する一同。

 確かにそう言われてみれば、タイマーが起動されるシチュエーションは爆弾以外に考えられなかった。


「なら爆発する前に早くあの箱を破壊しないと!」


「やっさん! 爆弾が作動する前に壁を壊すんだ!」


「爆弾って……おいおいマジかよ」


「ちっ、面倒臭ぇことしてくれるじゃねーか」


 外野が慌てて状況を説明すると、それを聞いた靖史と班目が渋い顔で毒づく。爆弾の威力がどの程度のものなのかは分からないが、残りHPが少ない状態を考えると爆発に巻き込まれる訳にはいかない。

 靖史と班目は急いで壁の破壊を試みた。


「タイラントアックス!」


「ストロングインパクト!」


 二人が強烈なアーツを同時に繰り出すと、頑強だったクリアボックスにピシリとヒビが入る。手応えはあった。恐らくもう一度アーツをぶつければ割れるだろう。


「いけるよ!」


「あと一撃だ!」


(待て、何かがおかしい……なんだこの違和感は?)


 士郎達が二人を応援している中で、風間だけは小さな違和感を抱いていた。あれは確かに爆弾だ。破壊しないといけない。だが何かを見落としている。そんな気がするのだ。

 そしてもう一度冷静になってギミックの全体を見た時、風間はある事に気付く。


「よっしゃ、次でいけそうだな。タイミングを合わせるぞ」


「おうよ」


「待ってくれ! 攻撃をやめるんだ!」


 靖史と班目が呼吸を合わせてアーツを放とうとした瞬間、風間が大声で制止を呼びかける。もう時間がないのにどうして止めたのか理解できなくて、士郎は戸惑いながら尋ねた。


「どうして止めるんですか、風間さん」


「これは罠だ」


「罠?」


「罠って……何が罠なのよ」


「あれは確かに爆弾で、タイマーが作動する前に壁を破壊しないと爆発してしまう。だけどよく見てみて欲しい。爆弾はどこにある?」


「どこって、クリアボックスの上にあるにゃ?」


「そう、爆弾は“外側にあるんだ”。そして敵の機械人形はクリアボックスの内側にあって守られている。これは僕の予想に過ぎないが、あのクリアボックスを破壊した瞬間に爆発してしまうだろう」


「なんだって!?」


 風間の予測を聞き、冒険者達に動揺が走る。

 もし彼の言っていることが当たっていたとすれば、壁を破壊した瞬間に二人は爆発に巻き込まれてしまうのではないか。


「何か、何か方法はないんですか!?」


「遠距離からの高威力の魔法を使うか、或いはHPに余裕があれば生き残ったかもしれない」


「それって……」


 もう打つ手がない。その言葉は誰も発することができなかった。

 靖史も班目もゴリゴリの近距離アタッカーで、魔法は得意ではない。多少は取得しているが、高威力でないと頑強なクリアボックスを破壊できない。


 クリアボックスを破壊するには二人のアーツを使用するしかない。しかしクリアボックスを破壊してしまえば、たちまち爆発に巻き込まれてしまう。

 これまでの激しい戦いでHPの残りは僅か。爆発に巻き込まれてしまえば死は免れないだろう。


 確実にこちらを殺しに来ているギミックだった。



『01:03』『01:02』『01:01』


ゴロリ:どうすんだよ…

はる:もう時間ないって!

よだ:こんなの初見殺しだろいい加減にしろ


 タイマーも残り一分を切ろうとしている中、視聴者にも状況が伝わっていた。どうしようもない絶望感が広がる中、靖史は班目に尋ねる。


「おい、今の聞いたか」


「おう、やべぇみたいだな」


「そこで俺から提案があるんだが――」


「――っ!? おい、ふざけじゃけんじゃねぇぞ!!」


「何だ、二人は何をしているんだ?」


 突如、班目が声を荒げる。

 声が小さくて何を言っているのか聞こえないが、班目が靖史に怒っているようだった。胸倉があったら掴み上げる勢いで。

 しかし、一方の靖史は笑みを浮かべながら口を開く。


「もう時間がねぇ。最後は任せたぜ」


「……馬鹿野郎」


 班目はその場から一人離れ、士郎達がいる観客席、コロシアムのギリギリまで下がってくる。そして靖史は、その場でハンマー投げの要領で戦斧を振り回し始めた。


「「……」」


「やっさんは何をしているんだよ。何で班目さんだけこっちに……」


 大体の冒険者達は、靖史がやろうとしている事に気付き口を閉ざして見守っていた。が、理解していない士郎だけは狼狽えながら声を張る。


「やっさん!」


「うるせぇぞ、黙って見てろやボケが」


「っ……」


 取り乱す士郎に、班目が前を向いたまま叱咤する。そんな彼女は怒りに唇を噛み切り、つーと唇から血が流れていた。

 呆然とする士郎は、靖史に顔を向けた。そして靖史は、未だに回転しながら大声で語り掛ける。


「灯里ちゃん! 絶対に親父さんを助け出せよ! 諦めんじゃねぇぞ!」


「やっさん……」


「シロー! お前には散々驚かされたぜ! お前のダンジョンライブを見てっとよ、楽しくてしょうがなかった! 俺もお前みたいな冒険がしてぇってうずうずしちまうんだよ! ダンジョンの楽しさを思い出しさせてくれて、ありがとよ!!」


「待って、待ってくれ……」



『00:27』



「シロー、お前ならできる! お前ならやれる! 俺はそう信じてるぜ! いや、“お前にしかできないんだ”!!」


「やっさん……!」



『00:08』



冒険者達てめぇらぁぁあああ、後は任せたぜぇぇええ!!」


「「……っ!!」」


 回転しながら冒険者達を激励する靖史。

 タイマーが残り十秒を切ったその時、全身全霊の一打を解き放った。



「ハリケーン・ディザスターーー!!!」



 靖史の固有武技ユニークアーツがクリアボックスに炸裂する。

 バッキャーンッ!! とクリアボックスが木端微塵に破壊された刹那、爆弾が起動し大爆発が起きた。

 爆発に巻き込まれた靖史のHPが全損する。足先からポリゴンとなって消えていく中、ここまで共に戦い抜いた相方へ叫んだ。


「やれぇぇえええええええええええ!!! 班目ぇぇえええええええええええ!!!」


「おおおぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」


 コロシアム端にいた班目は、その時が来るのを分かっていたように地面を蹴って駆け出した。

 大爆発の影響はない。何故なら靖史が放ったハリケーン・ディザスターの衝撃波によって、背後にいる班目への爆風を掻き消したからだった。


 靖史が作ってくれた一筋ひとすじの道を駆け抜け、消えてゆく戦友の横を通り過ぎ、班目は絶叫を上げながら釘バットで機械人形をぶっ叩いた。


(あばよ……)


 そして、機械人形が消滅すると同時に、高麗靖史もまたポリゴンとなって完全に消滅したのだった。



『コングラチュレーション!! おめでとう、1stクリアだよ!!』


「くっ……」


「クソ……」


「やっさん!!」


 エスパスの気軽な慶賀に喜ぶ者は誰もいなかった。

 皆が下を向き、肩を震わせ、拳を強く握りしめた。士郎の目からは涙が零れ落ちていた。


 いや、泣いているのは彼だけではない。


「やっさんぁぁぁん!!」


「くそ、くそ、くそ!!」


「どうしてだよぉぉ!!」


 靖史と交流のあった冒険者達が涙に伏せる。

 さらに靖史が死んだことにより、世界中の人間はようやく気付き始めた。


 これは、命を懸けた戦いなのだと。

 悲しみに暮れている状況の中、異世界の神は空気を読まず楽しそうに話し出す。


『いや~、驚かされたね。この1stステージで二、三人は削れると思っていたんだけど、まさか脱落者が一人だけだったとは。流石は選ばれし冒険者、少々見くびっていたようだ』


「エスパス!! お前ぇええ!!」


『さぁ、1stステージをクリアしたことで2ndステージへ向かう扉が現れた。冒険者達は扉を潜り、2ndステージへの舞台へ進みたまえ。あ~でも、班目芽女は挑戦権を失ってしまったから、扉の中には入れないよ』


「……皆、進もう」


 コロシアムの中心に自動ドアが現れる。

 靖史を失って消沈する中、風間が皆に声をかけた。


「悲しいのはわかる。でも立ち止まってはいけない。やっさんが命を懸けて繋いでくれた戦いを無駄にしてはいけないんだ」


「そうだな、行こうぜ」


 一番早く動き出したのは神木刹那だった。

 彼は観客席を飛び越えると、一人で自動ドアの中に入っていってしまう。彼に続き、他の冒険者達も動き出した。


「行きましょう、士郎さん」


「……うん」


 楓は泣いている士郎の肩に手をかけ、先を促す。

 冒険者達が自動ドアに入ろうとすると、近くで胡坐をかいて座っていた班目が声をかけた。


「頼むぜ……ぜってぇクリアしてくれよ」


「……勿論だ。後は僕達に任せて欲しい」


 班目の激励に、代表して風間が力強く頷く。

 全員が自動ドアに入っていくのを見送った班目は、力尽きたように背中から倒れた。そして、靖史と交わした会話を思い出す。



『そこで俺から提案があるんだが、あのクリアボックスは俺のユニークアーツでぶっ壊す。だから班目は、その後に機械人形をぶっ壊してくれ』


『――っ!? おい、ふざけじゃけんじゃねぇぞ! それじゃあやっさんが死んじまうじゃねぇかよ!!』


『このままだと俺達どっちも死んじまうだろ。二人共死んで、他の誰かがガラクタ相手に挑戦権を使っちまうのは勿体ねぇ。俺のハリケーン・ディザスターなら爆風も相殺できて、お前だけでも助かる。だったら俺がやるしかねぇだろ?』


『でもよ!』


『いいんだよ、最後くらいかっこつけさせろって』


『あんた……』


『もう時間がねぇ。最後は任せたぜ』


 そう言って、靖史は笑っていた。

 死ぬことを全く恐れずに、自分に託して見事役目を果たしたのだ。


「かっこつけやがって……馬鹿野郎」


 班目の目から、涙が零れ落ちた。


 こうして、1stステージはクリアされた。

 高麗靖史という冒険者の犠牲によって。

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