第219話 最後の一体

 



 ミノタウロスを瞬殺した靖史と班目は、その勢いに乗って凄まじい速度で次々とモンスターを屠っていった。


 牛鬼の次は草原ステージの十階層主であるオーガが出現するかと思われたが、次に出てきたのは大蟻ビックアント大蛇アナコンデスといった十一階層から現れる密林ステージのモンスターだった。


 ここで出現しないとしたら、恐らく最後の方に現れるのだろう。

 擬態していたカメンライドから奇襲されたり、ポイズンバタフライの鱗粉に痺れさせられて多少のダメージを受けてしまったが、中ボスの銀王猿シルバーキングを危なげなく倒した。


 さらに続く孤島ステージ。

 コアドラやヤドカリン、ナマークやシザーデなどの陸上にいるモンスターに対しては問題なく突破できたのだが、サンドシャークやブレイドフィッシュなどの海中系モンスターの群れに苦戦してしまう。


 本来は砂浜や海中に出現するモンスターなのだが、コロッセオの硬い地面の下を海のようにスイスイ泳いで攻撃を仕掛けてくるのだ。

 こちらからは視認できないし、攻撃を仕掛けてくる瞬間にカウンターを合わせるしかない。


 さらに厄介なのが、『海のギャング』と言われる中ボスのクラーケンだ。

 中距離から十本の触手あしで攻撃してきたり、墨を吹きかけてきたりする。中距離の攻撃手段を持っていない靖史と班目が触手を掻い潜って反撃するが、良い所で地面の中に潜られ逃げられてしまう。


 その上再び浮上してきたと思ったら、斬ったはずの触手が再生していた。

 それでも靖史と班目は根気よくクラーケンのHPを削り切り、トドメを刺そうと渾身のアーツを繰り出した。


「バーストスマッシャー!」


「ディアゲドン!」


「ジェジェアアアアアアアア!?!?」


 班目が釘バットで触手を爆発させながら打ち払い、道を切り拓く。その間に靖史が距離を詰めて、戦斧を振り下ろしてクラーケンを一刀両断した。


 真っ二つになったクラーケンは悲鳴を上げながら、ポリゴンとなって消滅する。

 その直後、宙に浮かぶ数字が『97/100』に変わった。


アルカ:おっしゃぁぁあああ!!

てる:あっとみっつ! あっとみっつ!


 クラーケンを倒し、残り三体となったことでダンジョンライブを視聴している世界中の人間が湧き上がる。

 あと残り三体のモンスターを倒せば1stステージクリアとなるが、現地にいる冒険者で喜んでいる者はいなかった。


 何故なら、ここまで至るのに数少ない対価を支払ってしまったからだ。


「「はぁ……はぁ……」」


「二人共キツそうだにゃ……」


「仕方ないよ……休みなしで戦いっぱなしだもん」


 膝に手をつき、肩で息をする靖史と班目を見つめながらカノンとミオンが心配そうに呟く。

 二人の頭上にあるHPバーは三分の二まで減り、緑から黄色に変わっていた。要所要所でアーツも使用しているから、MPの残りも少ないだろう。


 だがそれよりもキツいのは、ステータスに表れない体力面だ。

 一時間近く、休みなしのぶっ続けでモンスターとの戦闘を繰り広げてきた。ただでさえスタミナを削られるのに、今回は死んだら幽閉のデスゲームとあって精神面メンタルの消費も激しい。


 上級冒険者である靖史と班目からしてみれば、これまで倒した97体のモンスターはそれほど強くなく、雑魚の部類だろう。

 しかし一度のミスで死んでいた可能性は多いにある。この二人だからこそ、死なずにここまで辿り着けたのだ。


『驚いたよ、まさか一人も脱落者が出ないなんてね。正直一人くらい死ぬと思っていたけど、流石は日本を代表する冒険者だ。少々侮っていたようだね』


ダッツ:冒険者舐めんな!

Syu:あともう少しだ、頑張れ!


『このまま1stステージをクリアと大いに盛り上げて欲しいところではあるが、上手くいくかな。世界中の人間達よ、ここからが見物だよ』


 視聴者の不安を煽るエスパス。

 神が言うように、冒険者達が視聴者のようにぬか喜びできない点はもう一つある。


 それは今まで現れなかった階層主の存在だ。恐らくこれからボスラッシュが始まるだろう。残り僅かのステータスでボスと戦うのは厳しいものになる。


「おいやっさん、まだへばってねぇよなぁ」


「あったりめぇだ……って言いたいところだが、ちょいと疲れたわ。けど、そんな弱音吐いていられる場合じゃねぇからな」


「かっかっか! 流石はやっさん、その意気だ」


 二人共疲労困憊ではあるが、まだ気力は残っている。

 訪れるボスラッシュに気持ちが萎えることはなかった。


「頑張れやっさん!」


「メメちゃん、ファイトよ!」


 観客席から士郎やベッキーが二人を応援する。

 彼等に続いて他の皆も声援を送ると、靖史と班目は親指を立ててサムズアップした。

 その後すぐに、二人の目の前に新たなモンスターが出現する。


「ゴアアアアアア!!」


「ゲゲゲゲ」


「ちっ、二体同時かよ!」


「ざけんな、こういうのは一体ずつが定番だろーが!」


 新たに出現したモンスターを見て班目と靖史が悪態を吐く。

 現れたのは十階層主のオーガと、二十階層主のキングトレント。ボスラッシュが来るのは覚悟していたが、正直なところ一体ずつかと思っていた。


 ここに来てボスモンスター二体を同時に相手をするのは骨が折れるというよりも、確実にこちらを殺してきているような悪意を感じられた。


「どうすんだ」


「班目はオーガを頼んだ。今の俺の動きじゃ人型のオーガに対応できねぇ。その代わり、キングトレントは俺がやる」


「あいよ」


 二人は二対二の構図ではなく、相性が良い敵との一対一を選んだ。

 格闘家のようなトリッキーな動きをしてくるオーガとは、喧嘩などで対人戦が経験豊富な班目に任せ、一撃の攻撃力が大きい靖史は的が大きいキングトレントの相手となる。


 即興の作戦を立てたことで、二人はそれぞれの敵に向かって駆け出した。


「行くぜオイ!」


「グッ!?」


 走りながら特攻服を脱ぎ捨て、鬼釘バットも放った班目はオーガに向かって飛び蹴りを食らわす。オーガは両腕をクロスしてガードしたものの、勢いに押されて後退した。


「おらおらおらぁ!」


「ッ!?」


 すかさず距離を詰め、拳の連打を浴びせていく。怒涛の連撃を繰り出す班目の全身からは、赤いオーラが立ち昇っていた。


 班目芽女のジョブは【喧嘩番長】というユニークジョブである。

 その能力は、人型のモンスターと一対一タイマンでの戦闘時、武器を使わずに戦うステゴロの場合にだけ、ステータスの全能力値が大幅に上昇するというものだった。

 強化された班目の喧嘩攻撃には、オーガであっても凌げるものではない。


DN:これもう喧嘩だw

ニンニク;そのままぶっ飛ばしちゃえ!


「ゴアアアアアア!!」


「おっ!? なんだ、テメエも気合入ってんじゃねぇか」


 このまま押し切るかと思われたが、雄叫びを上げるオーガが反撃を繰り出してくる。オーガの身体から蒸気が噴き出て、体色が赤く染まっていった。


「あれは!」


「恐らくライフフォースですね」


 オーラの変化に見覚えがある士郎は驚き、楓が眼鏡の淵を上げながら答えた。

 あの現象は、士郎達が戦った喋る隻眼のオーガが使ったライフフォースというスキルだった。


 士郎達が苦しめられたライフフォースは、自分のHPを削った分だけ攻撃力を上昇させるスキルであり、オーガの頭にあるHPバーは半分以上も減っている。その分攻撃力も大幅に上昇しているだろう。


 班目と渡り合えるように、HPを減らしてでも攻撃力を上昇させたのだ。


「かっかっか! いいねぇ、燃えてきたぜぇ!」


「ゴアアアアアア!!」


 オーガのジャブを左腕で防御する。側頭を狙った班目のハイキックは、足を屈められて空を切った。

 隙ができたところをオーガが反撃しようとしたが、死角から飛んでくる裏拳に気付けず頬を打ち抜かれてしまう。


「ガッ!?」


「おらぁぁあ!」


ティム:いっけぇぇええ!!

やた:そこだ、やれ!


 一人と一体の熱い戦いに、視聴者もプロレスを見ているかのように興奮する。


 オーガから一発二発イイのをもらってしまうが、班目の方が押していた。その要因となるのは、彼女が一匹狼だった頃から現在いまに至るまで数多くの喧嘩をしてきた経験によるもの。

 独特の喧嘩闘法に、オーガは全く対応できていなかった。


「やっちまえ、メメ」


「だらぁぁああああああ!!」


「グォオオオオオオ!?!?」


『仏羅弟呂頭』初代総長が見守る中、班目が放った渾身のアッパーが顎に炸裂する。吹っ飛ばされるオーガは地面に倒れると同時に、力尽きたように消滅した。


「アネキーーーー!!」


「よっしゃぁぁぁ!!」


 KO劇に『仏羅弟呂頭』のメンバーが歓喜の叫び声をあげる。コメント欄も盛り上がる中、もう片方の戦いも決着が近づいていた。


「大切断!!」


「ゲゲェェェェェ!?」


 キングトレントの根による触手攻撃を掻い潜り、戦斧を横薙ぎに振り回す。側面に直撃した瞬間、キングトレントの幹がぽっきり折れ、ズシーーンッ! と樹冠が豪快に倒れた。


 決して、アーツの一撃で倒した訳ではない。

 木こりが木を倒す時のように、同じ個所を何度も斬りつけた。その過程でダメージを受けてしまったものの、最後の重撃によって見事倒したのである。


 オーガとキングトレントを倒したことで、ついに宙に浮かぶ数字が『99/100』となった。


炎:あっとひっとり! あっとひっとり!

円周率:この二人マジつえぇって!!

ドク:もうこのままいっちゃえ!


「いいぞやっさん!」


「凄いや。本当に二人だけでクリアしちゃうんじゃ……」


「いや、それはどうだろう」


 世界中の視聴者達と同じように興奮している士郎と拓造に水を差すように、風間が冷静に状況を説明する。


「確かに残り一体にはなったけれど、オーガとキングトレントとの戦いで二人の残りHPは風前の灯火だ。それにこの流れでいくと、100体目に出てくるモンスターは……」


「まっ、十中八九火竜だな」


 風間の話に被せるように、信楽が淡々と言う。良い所を取られた風間だったが別に嫌な顔をしたりせず、話を続けた。


「万全な状態だったら、二人だけでも火竜を倒せていたかもしれない。だけどHPとMPが残り僅かの状態で火竜に勝つのは、奇跡に近い」


「そんな……」


「落ち込むことはないわ、シローちゃん。あの二人なら奇跡だって起こせるもの、最後まで信じましょう」


 風間の話を聞いて絶望し下を向く士郎に、ベッキーが希望の言葉を投げる。

 しかし実際問題火竜相手に今の二人で勝つことは不可能に近く、他の冒険者たちは険しい顔を浮かべていた。

 そしてそれは、本人たちも気付いている。


「よくここまでやったよな、俺達」


「かっかっか! 本当だな! やっさんがこんなに頼りになると思う日が来るとは思わなかったぜ!」


「うっせぇな……俺だってやる時はやるんだよ。けどまぁ、次は多分火竜だろうぜ。しんどいが、いけるか?」


「面倒だが、やるしかねーだろ。あたい等には守らなくちゃならねーもんがあんだからよ」


 二人共、最後の一体が火竜であることは薄々勘付いていた。

 そして厳しい戦いになるということも。それでも二人の目の力は弱まるどころか、炎が激しく燃え上がっていた。


 火竜でも何でも来い、絶対に倒してやる。

 そんな覚悟を抱く靖史と班目だったが、最後に現れたモンスターを見て呆然としてしまう。


「なんだありゃ?」


「機械人形と……透明な箱か?」


 100体目のモンスターは火竜ではなかった。

 模型のような機械人形が突っ立っていて、機会人形を覆うように大きめの透明な箱クリアボックスがある。さらにクリアボックスの上には、小さめの機械の箱がちょこんと乗っかっていた。


「ねぇ見て! あの人形のHP!」


「HPが赤……というより全くないね」


「ラッキーにゃ! あと一撃入れれば終わりにゃ!」


 全くの予想外のモンスターに驚愕していると、ミオンが機械人形のHPに気付く。機械人形のHPは残り1となっており、小突くだけでも倒せてしまえるだろう。


 カノンが言うようにラッキーモンスターとも言えるが、果たしてあの悪趣味な神がそんなモンスターを最後に選ぶだろうか?


「どうするよ、やっさん」


「どうするっつったって……罠と分かってもやるしかねぇだろ」


「……だな」


 靖史と班目も、あれがただの機械人形でないことは重々承知していた。

 しかし、初見のモンスター相手にぐだぐだと考えていても埒が明かない。罠と分かっていても攻めるしかなかった。


「行くぜ!」


「おう!」


 そう判断した靖史と班目は機械人形へ接近し、透明な箱を割ろうと得物を振るう。


 しかし――、


「はぁぁ!」


「おらぁぁ!!」



 ――ガキイイイイイイイン!!



「「かってぇ!!」」


 二人の同時攻撃をもってしても、クリアボックスには傷一つつけることさえ叶わなかった。

 いや、それだけではない。攻撃がトリガーであったかのように、クリアボックスの上に乗っかっている機械の箱が起動する。


 機械の箱からニュッと配線が出てくると、クリアボックスに繋がる。刹那、クリアボックスが薄い赤色に染まり、機械の箱に『03:00』という数字が表示された。


 さらに数字は、『02:59』『02:58』と時計タイマーのように減っていっている。


「何だなんだ!? 何が起きてんだ!?」


「おい、箱の色が変わっちまったぞ!」


「やっさん! 上を見るんだ!」


 状況が分かっておらず慌てふためいている二人に、風間がクリアボックスの上に乗っている機械の箱を指さす。

 指示された二人は距離を取って、機械の箱に数字が表れているのに気がついた。


「なんだありゃ?」


「数字?」


「クソ、そういう事か!」


 皆が困惑している中、風間だけはいち早く100体目のギミックに気が付いていた。気が付いてしまったからこそ、彼には珍しく怒りに拳を叩きつけた。


「風間さん、何かわかったんですか!?」


「僕の予想だけど、あれは多分――」


 普段から冷静な風間が取り乱すほどの何かが気になり士郎が慌てて尋ねる。

 古今東西、タイマーが搭載されている機械の箱なんてアレしか思いつかない。風間は険しい顔を浮かべて、自分の予測を伝えた。





「爆弾だ」


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