第218話 1stステージ




「さぁて、どんな敵が出てくんだぁ?」


「そりゃ~やべ~奴に決まってんだろ……って、なんだありゃ?」


「……」


「「スライム?」」


エアコン:スライムキターー!

アルペジオ:可愛い(๑>◡<๑)


 どんな怪物が出てくるのかと思いきや、現れたのはダンジョンで定番の通常スライムだった。ドロドロしたゲル状の凶悪な外見ではなく、丸っこい立体型で可愛くデフォルメされたような見た目。

 まさかのスライムの出現にコメント欄は大盛り上がりしているが、靖史と班目は拍子抜けしていた。


「どういうつもりなんだ?」


「侮るなよ、見た目は普通だが能力が強いかもしれねぇ。慎重に行くぞ」


「……だな」


 訝しんでいる班目に、靖史が警戒を促す。

 見た目に騙されて強いパターンはよくあるし、あの神がただのスライムを出してくる筈がないだろう。


 なので慎重に攻撃を入れたのだが、班目の槌系武器である『鬼釘バット』でスライムをかっ飛ばすと、「ピギャ■■■!!」と悲鳴を上げて消滅した。


「おい、終わっちまったぞ……」


「マジでただのスライムだったのか?」


「グゲゲ」


「ワン!」


ジモティー:ゴブリンキター!

シャンプ:ザコばっかやな


 たったの一撃で倒してしまいあっけなさを感じていると、今度はゴブリンとウルフの二体がポップした。

 またもや雑魚モンスターの出現に戸惑いつつも、靖史がウルフの胴体を斬り裂き、班目がゴブリンの頭をかち割る。


 いとも容易く倒せてしまい訝しんでいると、続けてスカイバードにホーンラビット、ロックボアにフォーモンキーが現れた。


「今のところ、十階層までの草原ステージに現れるモンスターばっかりだにゃ」


「ふむ、どんな意図があるんだろうか」


「ねぇ、あれ見て!」


「うお、何だあれ!?」


 草原ステージに出現するモンスターばかり出てきていることにカノンと風間が思考を巡らせていると、突然灯里が何かを見つけたように上を指さす。

 士郎が追うように視線をやると、宙に『9/100』という文字がデカデカと表示されていた。


「あんなにわかりやすいのに全然気付かなかった」


「あの数字はいったい……」


「おらぁ!」


「ブヒイイ!?」


「しゃおらぁぁあああ!!」


「ヒヒーン!?」


 冒険者達が宙に浮かぶ謎の数字に疑問を抱いている中、靖史がオークを真っ二つに斬り裂き、班目がワイルドホースの脳天を勝ち割る。


 その直後、数字に変化が起きる。『9/100』から『11/100』に変わったのだ。その数字の変化を見た大体の冒険者達が、1stステージのギミックを理解した。


「そういうことか! このステージはモンスターを100体倒せばクリアになるのか!」


「そういう事だろうね」


 士郎の意見に風間が同意するよう頷く。

 1stステージのクリア条件は、モンスターを100体倒すことだろう。士郎が「やっさん!」と声をかけ、ボアグリズリーと戦っている靖史にクリア条件を伝えた。


「100体だぁ!? おい聞いたか班目!」


「聞こえたよ! クソったれ、結構厳しいじゃねぇか!」


 靖史が近くで戦っている班目に声をかけると、彼女はファラビーのジャブを紙一重で躱し、釘バットでカウンターを食らわしながら返事をする。


 クリア条件を聞いた二人の表情が険しくなる一方、観客席にいる拓造は楽観的なことを口に出していた。


「やっさんと班目さんなら、100体くらい簡単に倒せるんじゃないのかな」


マチョ:100体倒せばクリアだってよ!

Kumi:なんだ、余裕じゃん


 士郎達と同じように世界中の人間達も宙に浮かぶ数字に気付き、拓造と同じように『楽勝楽勝!』『1stステージはもらったな』と楽観的なコメントが多い。


 現段階だけを見れば楽にクリアできると勘違いするのも無理はない。しかしそれほど甘い訳がなく、楽どころか困難であることは上級冒険者ならわかっていた。拓造の意見に反対するように、珍しく刹那が口を開く。


「どうだかな」


「えっ?」


「そう単純なものではないよ。今のところ強いモンスターは出てきていないし、あの二人の実力ならやってくれるだろう。ただ、恐らく後半になるにつれて強敵も出てくるだろうし、階層主ボスも出てくるかもしれない……いや、きっと出てくるだろうね」


「それに、回復薬が使えないのは大分厳しいよ。デスゲームの中でいつも通りに戦えるとは限らない。いくらあの二人であっても、迫る死の恐怖には判断も鈍るし、ミスが出ないとも限らないからね」


 刹那の一言に、風間と御門が補足する。

 二人がそう言った直後だった。背後から強襲してくるソードタイガーの横に伸びた前歯に、靖史の肩が浅く切り裂かれる。

 すると靖史の頭の上に表示されているHPバーが僅かに減った。


やむ:あっ!

ケラー:喰らっちゃった!


「ちっ! やってくれたな! パワーアックス!」


「ギャアアアア!?」


 初めてのダメージにコメント欄に悲鳴に包まれる中、靖史は両手斧系アーツを放ち、ソードタイガーの胴体を真っ二つに斬り裂く。しかし、その行為に対してベッキーが観客席から注意する。


「ちょっとやっさん! あんまりアーツは使っちゃダメよ!」


「後半に備えてMPはなるべく使わない方がいい!」


 ベッキーに続き、風間も声を張ってアドバイスする。

 アイテムを使ってはいけないという事は、HPだけではなくMPも回復できないという事だ。序盤で焦って使ってしまえば、最後の方にアーツやスキルが使えず苦しい展開になってしまう。


 なので序盤はできるだけアーツに頼らず、プレイヤースキルのみで倒したい。だが――、


「そうは言ってもよ……」


「そんな余裕をかましていられるか微妙なんだよな」


「ジラアアアア!」


「パオオオオオ!」


 ダブルジラフとグレファントと対峙する班目と靖史の額に汗が滲み出る。

 二体とも階層主レベルではないが、スライムやゴブリンのような軽量級とは違い重量級モンスターだ。先ほどまでのように一撃粉砕とはいかない。


 しかも攻略組の二人は、草原ステージのモンスターと戦うのは久しぶりで勘が薄れてしまっている。いくら上級冒険者といえどアーツを使わずにたった二人で相手をするのは厳しいだろう。


 条件が厳しいのは、それだけではない。

 二体の重量級モンスターに悪戦苦闘する靖史と班目を見つめながら、風間が説明した。


「やっさんと班目さんはゴリゴリのパワーアタッカーだ。僕や許斐君のように防御する盾もないし、刹那のように回避が上手いアタッカーでもない。その分破壊力は随一だけど、味方の支援ありきで戦うタイプだ。だからアーツなどを制限されると更に厳しい」


「ならやっぱり、一人は支援タイプを入れておけばよかったってこと?」


「そうとも言い切れないですわね」


 風間の話を聞いていたミオンが首を傾げると、シオンが考えるような仕草をして曖昧に答える。どういうこと? と尋ねるミオンに、ナーシャが短く説明した。


「二人なのがネック」


「そうですわね。アタッカーとヒーラーもしくは支援バッファーの二人パーティーですと、今度は火力が心許ないですわ」


「その二人で100体を倒しきるのは辛いにゃ」


「そっか……」


 シオンとカノンの話を聞いて、例えヒーラーやバッファーを入れていたとしてもクリアが難しいということを理解したミオン。

 DAの話に続くように、風間が自分の意見を話す。


「仮に人数制限が三人だったら、1stステージをクリアするのはそれほど難しくはないだろう。異世界の神もそれを分かっているからこそ、敢えて人数制限を二人にしたんだ。強力なボスモンスター一体と戦う急戦ではなく、モンスター100体を倒す持久戦にしたのも狙ったと思うよ」


「ふん、いかにもあいつがやりそうなことだね」


 風間の意見に、メムメムが気に入らないといった顔で悪態を吐く。

 正直、強敵モンスター一体と戦う短期戦なら靖史と班目が有利だっただろう。風間的にも、そうであって欲しいという狙いがあって二人を送り出した。


 しかし狙いすましたかのように、エスパスは急戦ではなく持久戦を持ちかけてきた。ゴリゴリのアタッカーである二人にとっては大分不利な状況だ。


「じゃあ、やっさんと班目さんじゃ1stステージはクリアできないっていうのか?」


「それは……」


「落ち着けよシロー。誰もクリアできねぇとは言ってねぇだろ」


 マイナスな意見ばかり出て焦るシローに、刹那が淡々と告げる。

 刹那が長い台詞を喋ったのに驚いた冒険者達だったが、そういえば刹那はシローを気に入っているのを思い出した。何で気に入っているのかは誰も分からないが……。


「お前等もごたごた言ってないで、黙って見てろ」


「くく、刹那は相変わらずだね~」


 刹那の冷たい言葉に、この中ではわりかし交流がある御門が面白そうに笑う。


「どうだかな」って最初に否定したのは刹那じゃないかと困惑している士郎に、御門が戦っている二人を見ながらこう言った。


「まぁ見ててごらんよ。彼等の、“金級冒険者”の実力をね」


「ブモオオオオオオオオオオオオ!!」


Bi:ミノタウロスきたーーーー!!

xxx:やっぱミノさんかっけぇ!

えす:凄く強そうだけど、大丈夫かな


 苦戦しながらもダブルジラフとグレファントを無傷で倒し、さらにドライノを倒し『19/100』となったところで、草原ステージの中ボス的存在であるミノタウロスが出現した。


 雄叫びを上げるミノタウロスに、日頃からダンジョンライブを見ていて「ミノさん」と愛称で呼んでいる視聴者たちは盛り上がりを見せる。逆にダンジョンライブを見ていない人達からすればミノタウロスの外見は凶悪であり、心配の声の方が優っていた。



「いけるか、班目」


「あたいに言ってんのかぁ? こっちはやっとエンジンがかかってきたところだぜ!」


「はっ! だよなぁ!」


 厄介なミノタウロスに対して臆するどころか、靖史と班目のボルテージは上昇していた。

 ドッドッドッと地面を蹴り飛ばして突っ込んでくる牛鬼に、二人はタイミングを合わせて左右に回避する。


 と同時に班目がミノタウロスを追いかけ、反転しようとして身体の軸がぶれたミノタウロスの足目掛けて釘バットを振り抜いた。


「ダッシュブレイク!」


「ブモ!?」


 走った分威力が上がる槌系アーツのダッシュブレイクにより、片足を釘バットで打ちつけられたミノタウロスの巨体がうつ伏せに転がせる。

 その好機を逃すまいと、間髪入れずに靖史が攻撃を仕掛けた。


「ハリファクス!」


「ブモオオオオオオオオ!?!?」


 大きくジャンプしてから、叩きつけるように巨斧きょふを振り下ろした。さながら断頭台ギロチンの如く、ミノタウロスの頭を一刀両断する。牛鬼は絶叫を上げてから、ポリゴンとなって霧散していった。


ゴゴ:うおおおおおおおおおおお!!

ヒナ:強ぇぇえええええええええ!!

ココナツ:ナイスゥゥゥゥゥゥゥ!!


「さっすがアネキ!」


「やっぱり俺達のやっさんは頼りになるぜ!」


 まさかのミノタウロス瞬殺劇にコメント欄が盛り上がり、二人の戦いをYouTubeで見ていた『仏羅弟呂頭』のメンバーや靖史と仲が良い冒険者たちがガッツポーズをする。


 観客席にいる御門が、どうだと言わんばかりの表情で呆然としている士郎に告げた。


「確かにパワーアタッカー二人じゃ100体制限の持久戦は難しいけど、二人はただのパワーアタッカーじゃない。金級冒険者のパワーアタッカーなんだ」


「金級冒険者……」


 日本の冒険者はダンジョンが解放されてから何百万人と登録されているが、金級冒険者にまで至ったのは百人にも満たない。中級と呼ばれる銀級シルバーと、上級と呼ばれる金級ゴールドにはそれだけ大きな差があるのだ。


 そして靖史と班目は、刹那や風間に次ぐ最前線組で、上級の中でもトップランカーに位置する。

 そんな二人だからこそ、ヒーラーやバッファーがいなくとも十分1stステージをクリアできる実力があった。


「そう言いたかったんだろ、刹那?」


「……さぁな」


 御門がニヤニヤと尋ねるが、刹那はそっぽを向く。代弁されたのは苛つくが、概ね同じ考えだった。


「因みに、二人共アーツを使ってしまったけど、ここは使う場面だと判断したからなんだろう。ちまちま戦って体力が失われるよりも、アーツで瞬殺した方が効率がいいとね。それを話したりせず共通意識を持って咄嗟に行えるからこそ、二人は金級冒険者なんだよ」


「凄いなぁ」


「経験が違いますわね」


 御門の説明に、ミオンとシオンが敵わないといった風に息を漏らす。士郎達とDAのパーティーは未だに銀級冒険者で、靖史と班目の二人に不安を抱いていた。

 しかし風間や刹那を含め、その他の金級冒険者はさほど心配していなかった。


 彼等は知っているからだ。

 共に競り合ってきた靖史と班目が、どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのかを。


「やっさんは凄いんだね」


「ああ、そうだな!」


 灯里の言葉に、士郎も力強く頷く。

 気前よくご飯を奢ってくれたり、楽しく声をかけてくれるだけの人じゃない。高麗靖史やっさんの強さを改めて再確認した士郎の魂が、熱く震えた。


「さぁ、さっさと次来いよ!」


「身体が冷えちまうだろうがよぉ!」


『いいねぇ、そうでないと。ならお望み通り、どんどんいかせてもらおうか。頑張って盛り上げてくれよ』

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