第217話 班目芽女
『さぁ、エクストラステージに挑戦する最初の冒険者は誰かな』
「俺と」
「あたいだよ」
エスパスが尋ねると、靖史と班目の二人が前に出る。すると異世界の神は楽しそうな声色で、紹介するように視聴者達へ伝えた。
『エクストラステージにチャレンジする冒険者は高麗靖史と、班目芽女に決定した。それではチャレンジャーである二人以外の冒険者は観客席に移動してもらおうか』
「うおっ!?」
エスパスがそう告げた直後、靖史と班目を除いた冒険者がその場から消え、コロッセオの観客席に瞬間移動する。
冒険者達が驚いている中、靖史が背中を預けることになった班目に問いかけた。
「今更だけどよ、本当によかったのか? 班目はレディースの総長なんだろ?」
「かっかっか! マジで今更だな!」
靖史の言葉に、班目は豪快に笑った。
彼女は昨夜のことを思い出しながら、朗らかに笑う。
「いいんだよ、
◇◆◇
「姉さん! あたいらも参加するっす!」
「当然っすよ! あたし達はどこまでも芽女さんについていくっす!」
「ダメだ! あたいだけで行く!」
関東一のレディース『
いつもは顔なじみの警察がすぐに追いかけてくるのだが、異世界の神でそれどころではないのか、はたまた特別に許されたのかは知る由もないが、今回ばかりは警察に邪魔をされず走り切ることができた。
最後まで走り切り、集会で総長の班目がガラクタで作られた壇上に立つと、エクストラステージに一人で挑戦することを仲間に伝える。
そんなことをすれば勿論仲間達もついてくると叫ぶが、班目は仲間達の参加を一蹴した。
「ダメって……どうしてそんなヒドいこと言うんすか!?」
「そうだよアネキ! あたし達はどんな時も一緒だって、アネキが言ってくれたじゃんか!」
「一緒に戦うのが仲間ってもんだろ!?」
「……」
仲間達の必死の訴えに、班目は静かに瞼を閉じる。
すぅ~と深く息を吸い込むと、地鳴りがするような叫び声を放った。
「じゃかぁしんじゃ、ボケエエエエエエ!!」
「「――っ!?」」
「“仲間だからに決まってんだろぉぉが”!!」
「えっ……」
班目の叫びに、仲間達が呆然とする。
訳がわからない。仲間だったらどうして、一人で行くなんて言えるのか。そんな不安を抱いている仲間達に、暴走族を率いる総長は己の想いを真正面からぶつけた。
「ここにいるテメエら皆、あたいの大切な仲間で、大事な家族だ。バカでろくでもないハンパもんのあたいにとって、『仏羅弟呂頭』は人生そのものなんだよ! 絶対になくしちゃあならねぇんだ!」
「だったら! 尚更皆で――」
「だからこそ、
『仏羅弟呂頭』と出会うまでの人生は、つまらないものだった。
両親はどちらも平気で暴力を振るってくるようなクズで、班目は早くからグレていた。中学校では友達も作らず、先生にも生徒にも煙たがられる一匹狼。両親がいる家に帰りたくなくて、深夜までほっつきまわっていた。
小娘一人にやられたのが悔しかったのか、今度は大勢で報復してきた。十人までぶっ飛ばしたが体力がもたなかった。袋叩きにされそうになった時、あの人に助けてもらったのだ。
「お前さん、粋が良いねぇ。どうだい、あたいんところ来ないかい?」
そんな風に優しく声をかけてくれたのが、『仏羅弟呂頭』の初代総長だった。
彼女は暴走族の頭なのに大らかで、とにかくかっこよかった。班目は彼女のところに入り浸り、中学卒業しても高校には入学せず、彼女が経営しているお好み焼き屋に住み込みで働くことになった。
働いた金で買った自分のバイクに乗って夜の道を走った感動は今でも忘れられない。楽しかった……バイクで走っている時は嫌なこととか何もかも全部忘れることができた。
『仏羅弟呂頭』と走ることだけが班目の全てだった。
「いいかいメメ、人間ってのはどうしたって一人で生きていけねぇ生き物だ。どんなに一匹狼を気取ってようが、生きていくには誰かを頼らないといけねぇ。それがこの
「そうっすかね? ウチは一人だって生きていけますよ」
「な~に言ってんだよ。あたいの家に住んでる時点で頼ってんじゃねえか」
「それはまぁ……アネキが来いっていうから……」
「でも、“来たのはお前の意志だろ”?」
「っ……」
頭をくしゃくしゃに撫でてくる彼女は、続けてこう言った。
「まっ、“そういうことだよ”。ほら、人と人は支え合って生きているって金〇先生も言ってただろ?」
「いや、知らないっす」
「かっかっか。そうかい、ならこれだけ覚えておいておくれ。メメはもう一人じゃねぇし、そんで『仏羅弟呂頭』は“家族”だ。なにかあったら、家族で支え合うんだよ。そうすりゃどんな事があっても乗り越えられるってもんさ。わかったかい」
「……うっす」
それから彼女は結婚して、班目が『仏羅弟呂頭』の二代目総長となった。
班目は彼女が自分にしてくれたように、「ウチに来ないか?」と似たような者に声をかけてはチームに誘っていく。
だって、一人より仲間といる方が断然楽しいと気付けたから。自分のような孤独や不安を抱いている奴に、この世界で“お前は一人じゃない”って知って欲しかった。
やがて関東一のレディースまで大きくなり、東京タワーがダンジョンに変貌した時でも冒険者になるという道で社会に適応し、仲間で支え合った。
班目芽女にとって『
だからこそ――家族を守りたい。
「アネキ……」
「それでも、あたいらはさ……」
俯き、拳をぎゅっと強く握る。
班目の気持ちは、仲間達も痛いほどわかっている。
自分達に命を懸けるような真似をしてほしくないのだろう。だがそれはこちらも同じだ。『仏羅弟呂頭』には班目芽女がいなくてならないのだ。
どれだけこの人の世話になったと思っている。学校、家庭、ドラッグ、売春。光が届かない底なし沼のような環境から、身体を張って引っ張り上げてくれた。警察の世話にはなるけれど、堂々と胸を張れるような道を歩むことができた。
「家族になろうぜ」って言葉に、どれだけ救われたことだろう。
この場にいる者達は皆、班目芽女に返しきれない恩がある。なのにまた、彼女は一人で自分達を救おうとするのか。自分達に力がないばかりに。
(ありがとよ……テメエ等)
自分達に力がなくて、情けなくて悔し涙を流している仲間達に、班目も申し訳なく思っていた。
本当なら、いつものように「あたいの後ろについてきな!」と言ってやりたかった。だけど今度の喧嘩はただの喧嘩じゃない。生きるか死ぬかの戦いだ。
そんな戦いに、大切な家族を連れていく訳にはいかない。
その上で、自分が戦いに行かないことも有り得なかった。
何故なら、誰かがエクストラステージをクリアしないと目の前にいる家族が危険に晒されてしまうからだ。そして自分には挑戦する資格があり、十分な力も備わっている。
なら
そんなことに覚悟はいらない。
班目にとって、家族のために戦うことは当たり前だから。
ばっ! と班目は翻し、靡く特攻服の背に書かれた『仏羅弟呂頭』の文字を指して叫んだ。
「いつまでもめそめそすんじゃねぇ! いいか、あたいは一人で行くんじゃねぇぞ! この魂が背にある限り、あたいは
「姉さん……」
「うぅ……」
「違うのか!? あ? どうなんだよ!?」
「そうっす!」
「あたし達と総長は、いつも一緒っす!」
「なら問題なんか一つもねぇ! あたいはテメエ等の想いを背負って戦う! それだけだ!」
ダンッと壇上を踏みつけ、総長は仲間達に叫んだ。
「突っ走んぞ! 『仏羅弟呂頭』!!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
◇◆◇
「そうかい。じゃあ覚悟はできてるって訳だな」
「まぁな。けどよやっさん、あたいは死ぬ気なんか更々ねぇぜ。ぜってぇクリアして、後ろに控えてる奴等に繋げてやる」
「そうだな……」
班目の言葉に、靖史は神妙な表情で頷いた。
一人ひとステージしか挑戦できないというルールがある限り、自分達の出番はどう足掻いてもここで終わりだ。
なら切り込み隊長役として、後に戦う者達の為に必ずクリアして勢いをつける。勿論、士気が下がるので死ぬことも駄目だ。
「やってやろうぜ、班目」
「おうよ」
「アネキ、頑張って……」
「頼んだぞ、やっさん!」
『仏羅弟呂頭』のメンバーに、靖史と交流のある冒険者達もYouTube越しに応援していた。そんな中、エスパスは今このダンジョンライブを視聴している世界中の人間に向けて語り掛ける。
『さぁ、世界の命運を懸けた冒険者達の戦いが幕を開ける。視聴者の諸君も、多いに盛り上がってくれたまえ!』
Ko_iti :頑張れー!!
きょん:絶対勝ってくれ!
ホーリー:お願い!
エスパスが煽ると、コメント欄が応援メッセージで溢れ返る。コメント欄が盛り上がっているのを確認したエスパスは、ついに開幕の合図を宣言した。
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます