第216話 EXTRASTAGE

 




「これが、エクストラステージに繋がる扉か」


「みてーだな」


 自動ドアを前にして話す靖史に、班目芽女まだらめめめが腕を組みながら頷いた。

 ダンジョン二十二階層へと転移した冒険者一同は、異世界の神エスパスが用意したEXTRASTAGE行きの自動ドアを探していると、わりとすぐに見つかった。


「皆、覚悟はいいかい?」


 先頭にいる風間が、振り返って皆に問いかける。

 この自動ドアの中に入ってしまえば、無事に戻ってこられるかは分からない。“引き返すなら今しかないよ”という意味を含めた風間の問いに、皆は無言で頷いた。


 “覚悟ならとうにできている” 。

 そんな強い意志が宿っている首肯に、風間は「愚問だったね」と爽やかに笑った。


「行こうか」


「「おぉー!」」


 冒険者達が意気揚々と自動ドアの中に入る。

 転移のため視界が暗転したが、すぐに回復し目を開けば景色が一変していた。


「ここは……」


「どうやら、ローマのコロッセオみたいですね」


「流石はオタクと自称するだけあって定番所を外さないね。“いかにも”って感じだ」


 見知った景色に楓が口を開くと、御門が楽しそうに笑った。

 転移先であるEXTRASTAGEは、古代ローマのコロッセオを彷彿とさせる円形闘技場だった。

 アニメや漫画でもよく使われていることから、決闘に相応しい場ということで神が採用チョイスしたのだろう。


『EXTRASTAGEにようこそ、勇気ある冒険者達よ』


「「――っ!?」」


 様子を窺っていると、突然マイクを通したようなエスパスの声がコロッセオに響き渡る。皆が驚いていると、未だに姿を現していない神は続けて声を発した。


『さて、早速エクストラステージに関して説明しようと思うのだが、その前に伝えておこうかな。このエクストラステージは全世界同時中継される。昨日やったように殆どのモニターをジャックさせてもらった』


「なんだって!?」


「私達は見世物ということですわね」


 エスパスが言っていることは間違っていない。

 渋谷ハチ公口の目の前に広がる4基の大型ビジョン、タイムズスクエアのビジョンなどには、コロッセオにいる冒険者十六人の姿が映し出されていた。


 学校の施設に設置してあるスピーカーや屋外受信機まではジャックされていないが、ラジオにスマホ、タブレットや家電量販店のモニター全般はジャックされている。

 日本国民だけではなく、世界中の人間が何かの電子機器でこの映像を視聴していた。


『中継した方が盛り上がるし、地球人だって見たいだろう? 世界の命運を託された冒険者達の戦いをさ』


すぅ:キターーーーーー!!

こまめ:ナイスゥゥ!!

44世:見たい!


 エスパスの問いかけに、YouTubeのコメント欄も盛り上がる。

 スマホやタブレットなどではYouTubeのダンジョンライブが配信されており、普段通りにコメントをすることができた。


 しかし神にジャックされているので、コメントを打つ以外の操作はできない。ホーム画面に戻ることも、電源を切ることさえできなかった。


『地球人の皆さんには、この十六人の冒険者を精一杯応援してもらいたいと思っている。よろしくね』


コナーズ:勿論応援する!

無糖:ってか日本の冒険者ってこれしかいないの? 少なくない?

ppp:まぁ刹那と風間が二人居ればいけるでしょ


 コメント欄では、『冒険者少なすぎww』という内容のコメントがダーっと流れていた。世界を救うための戦いなのに、エクストラステージに参加する日本の冒険者はこれだけしかいないのか? と。


 彼等が怒りや不安を抱くのも無理はないだろう。たったの十六人で本当に世界を救えるとは到底思えないからだ。

 幸いだったのは、彼等の心無いコメントは冒険者の目に触れないようになっていることだ。


 もし目に留まってしまえば「こっちは命懸けなんだぞ。だったらお前等が代わりにやってみろ」と文句も言いたくなり、戦う前から戦意を削がれてしまう。


 戦う前からやる気を失われてはつまらないから、エスパスは敢えてコメントを冒険者に見せないようにしていた。


『では、エクストラステージについてルール説明しよう。まず初めに、エクストラステージは一つではなく、複数ある』


「なにぃいい!?」


「レイドバトルじゃなかったんだね……」


 エスパスの話に冒険者達が驚愕する。

 予想では、盛り上がりもあって全員が参加できるレイドバトルが用意されていると思っていた。まさかエクストラステージが複数ステージ型だとは思わなかっただろう。


『ステージがどれくらいあるのかは伏せておこう、そちらの方がドキドキするしね。な~に、興が削がれるような非常識な真似はしないさ』


「悪趣味……」


『一人でも最終ステージに辿り着き、見事クリアすればエクストラステージは完全攻略。晴れて世界は救われるという訳さ』


「質問よろしいでしょうか?」


 ナーシャが険しい顔を浮かべながらボソッと呟く横で楓が尋ねると、エスパスが『どうぞ』と促す。楓はステージの仕様について気になったことを尋ねた。


「もし仮に私達が全滅してしまった場合、クリアしたステージは次の冒険者に引き継がれるのでしょうか?」


「「――っ!?」」


 楓が発した『全滅』という言葉に、冒険者達が反応する。

 マイナスな考えを抱くのは不謹慎とも言えるが、エクストラステージが複数あると分かった今、確かに楓の質問内容は重要だった。


 今ここにいる冒険者達が全滅した場合、次に挑戦する冒険者達はクリアしたところから再開できるのか、それとも最初からになってしまうかで今後の冒険者の動きが大きく変わってくる。


『残念だがクリアしたステージは引き継がれない。君達が全滅した場合、次にエクストラステージに参加する冒険者は最初のステージからやり直しだ』


「そうですか……」


『もう一つ付け加えると、ひとステージ毎に参加できる冒険者の数は決まっており、クリアしても次のステージには参加できないことになっている。さらに今回のステージをクリアして生き残ったとしても、二回目のエクストラステージの参加は認められない』


「なっ!?」


「ふむ、ここにいる十六人は生き残ったとしても次のチャレンジはできないということか……」


 エスパスが話した内容は、冒険者側にとってとても不利なものだった。


 一つ目の、『ひとステージ毎に参加できる冒険者の数は決まっており、クリアしても次のステージには参加できない』というルールについては、第二、第三ステージと進んでいくごとに冒険者の数が減っていってしまう。

 ただでさえ少ないのに、クリアする度に数が減ってしまう仕様は明らかに不利だ。


 さらに厄介なのが二つ目の『二回目のエクストラステージの参加は認められない』というルールだ。


 今この場にいる冒険者は数が少ないが、日本最強の冒険者である刹那やアルバトロスの風間といった最高戦力が二人もいる。最悪クリアできなくてもこの二人が生き残りさえすれば、再びチャレンジできたしクリアの望みもあっただろう。


 だが二回目のチャレンジが認められないとすれば、正直刹那と風間がいる今回のチャレンジでクリアしたい。まだ冒険者は残っているが、刹那と風間が居ないと戦力的には心許ないだろう。


 コメント欄でも『なんてこった!』みたいな絶望コメントで溢れ返っていた。


『因みに言っておくが、エクストラステージに入った時点で君達はもう後戻りはできないよ』


「あら~退路を断たれたってわけねぇ」


「ふん、俺ぁ最初はなっから戻るつもりなんてねぇよ」


 ベッキーの言葉に、信楽が鼻を鳴らす。

 元々死を覚悟してEXTRASTAGEに入った者達だ。後戻りできないと言われたところで特に気にすることはなかった。


『ルール説明を続けようか。エクストラステージではアイテムの使用を禁止させてもらう。回復アイテムは勿論、閃光弾や罠、バフ・デバフといった効果があるアイテムもね。使用できるのは武器や防具といった装具だけだ』


「マジかよ!?」


「ポーションが使えないのは厄介だね……」


「うわぁ……最悪だよ。沢山アイテム作ってきたのに無駄骨じゃないか」


 自前でアイテムを作れる御門が肩を落とすようにため息を吐いた。

 回復薬ポーションなど回復アイテムは冒険者にとって命綱だ。ポーションが使えないとなると、大胆な行動もできず戦いが制限されてしまう。


 というよりも、死んだら終わりのデスゲームにおいて回復アイテムが使用できないのは死ぬ確率もぐっと高くなり、恐怖も倍増してしまう。

 コメント欄でも『さすがに回復アイテム使えないのは酷い!』と炎上していた。


『う~ん炎上してるね~。でも回復アイテムが使えない方がよりスリリングで楽しめるじゃないか。スリリング繋がりで言うと、君達冒険者や敵対するモンスターのHPは可視化させてもらう。残りのHPが見えているほうが盛り上がるし、よりドキドキできるだろう?』


「本っ当に悪趣味!」


「奴にとってはただの遊びでしかなのさ。自分が楽しめればそれでいいんだよ」


 ニコニコしながら告げるエスパスに、灯里が怒りの声を上げ、メムメムも淡々とした声音だが内心では気に入らないと腹が立っていた。


『さて、ルール説明はこれくらいにして早速始めようか。1stステージにチャレンジできる人数は二人。さぁ冒険者達、最初の二人を選びたまえ』


「「……」」


(これは難しいですね……)


 エスパスにチャレンジャーを出せと言われるが、冒険者達は沈黙していた。様々なルールを聞いた上で、ファーストステージにチャレンジする冒険者を選択するのは迷うだろうと楓は読んだ。


 エクストラステージが複数型であるなら、恐らくステージが上がっていくごとに敵は強力になりクリアが難しくなっていく仕様になるだろう。

 正直に言えば、強い冒険者は後々まで残しておきたい。欲を言えば、刹那と風間は最後まで取っておきたかった。


 誰も口を出せない空気の中、沈黙を切り裂いたのはこの男だった。


「んじゃまぁ、俺が行かせてもらうぜ」


「やっさん……」


 手を上げたのは靖史だった。

 先陣を切ろうとしてくれた彼に、風間が問いかける。


「いいのかい?」


「いいもなにも、誰かがやらなきゃならねーだろ。刹那と風間はラストまでとっておきてぇし、他のメンバーはパーティーが揃ってっから連携とかも含めて無理に引き離すのも勿体ねぇしな」


「それならあたいも行かせてもらおうぜ」


 靖史の次に名乗りを上げたのは班目だった。

 胸にさらしを巻き、背中に『仏羅弟呂頭ブロッディローズ』と縦に書かれた薔薇色の特攻服を身に纏う彼女と靖史の二人に、楓が懸念点を尋ねる。


「ですが、アタッカーであるお二人は回復手段がないですよね。それは危険ではないでしょうか」


「気合でなんとかすんだよ。速攻でぶっ倒しちまえばいいだろーが、なぁやっさん?」


「そうだな。回復職ヒーラーの数だって少ねぇし、どうしてもアタッカーだけのパーティーが出てきちまう。なら班目が言うように、こっちが殺られる前に速攻で倒すしかねぇだろ」


「そう……ですね」


 靖史の言う事も尤もだ。この場にいる十六人は攻撃職アタッカーばかりで、ヒーラーと言える者は拓造だけ。どの道アタッカーのみのパーティーは出てくる。


 そして人数制限が二人というのを考えると、元々のパーティーを引き離して組ませるよりは靖史と班目の二人が出た方がいいだろう。彼等の意見を尊重した風間が深く頷いた。


「分かった。じゃあ二人に任せることにしたよ」


「やっさん、絶対にクリアしてくれよ」


「おうよ」


 士郎と靖史が拳を重ねる。班目もベッキーや御門から発破をかけられていた。

 そんな中、エスパスは団結を高めている冒険者達にこう告げたのだった。



『さぁ、ファーストステージを始めようか』

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