第215話 冒険者
「この場に集まってくれた十六人の冒険者に心から感謝し、我が国を代表して言わせて欲しい。ありがとう」
ダンジョン省大臣合馬秀康は、壇上から降りて勇気ある冒険者達に深く頭を下げた。
2025年9月某日・時刻12:00。
異世界の神エスパスが現れ、世界中が震撼した次の日。
雲一つない晴れ渡った空の下、真っ赤に聳え立つ東京タワーに作られたギルドの講堂へ、日本を救わんとする誇り高き冒険者達が集結した。
許斐士郎。
星野灯里。
五十嵐楓。
メムメム。
島田拓造。
アナスタシア=ニコラエル。
風間清一郎。
神木刹那。
計十六名。
昨日この場にいた冒険者は二百人近くいたのに、たったの十六人しか集まらなかった。しかし逆を言えば、自分の命を懸けて戦う覚悟のある者が十六人もいるという意味である。
日本の為に戦おうと立ち上がってくれた勇敢なる冒険者達に、合馬は下げていた頭を上げてから口を開いた。
「本来ならば、我々政府が対応しなければならないことを君達に任せるのは本当に申し訳なく思う。だが日本をこの窮地から救えるのは、我々ではなく今ここにいる君達冒険者なのだ」
エクストラステージは二十二階層に存在する。
自衛隊もダンジョンが現れた初期は探索していたのだが、一年後に一般人にダンジョンを解放してからは自衛隊による探索は中止となっていた。
だから自衛隊はエクストラステージに挑戦したくてもできない。挑戦権があるのは、二十二階層まで到達している冒険者だけだった。
「異世界の神のことだ、エクストラステージは過酷なものとなるだろう。この場で言うのは不謹慎だが、死んでしまう恐れがあるのも事実である」
ダンジョンで死んでも現実世界で死ぬことはない。
死後一日経たないとダンジョンに入れないという小さなペナルティがあるだけ。だからこそ、気軽に冒険者になりたいという一般人はこれまでに多くいた。
しかし今回のエクストラステージは
万が一エクストラステージで死ぬようなことがあれば、ダンジョン被害者と同じようにダンジョンに囚われてしまう。いつ救出されるかわからないそれは、死と同義であった。
「だからといって、今更引き留めるつもりはない。何故ならここに集まってくれた君達は、覚悟した上で来てくれたからだ。そんな君達の覚悟に泥を被せるような野暮な真似をするつもりもなく、私がどうこう言ったところで揺るぎはしないだろう」
昨日、合馬はこの場で二百人の冒険者に懇願した。
命を懸けて、日本を救う為にどうか戦って欲しい、と。だが、突然国のために命を懸けて戦えなんて言われて素直に「はい」と言える者などいやしない。
強制でないというのなら、普通に考えて拒否するだろう。だって死にたくないから。
死ぬのは怖いけど、それでも日本を救う為にこの場に集まってくれた十六人の覚悟を尊重し、合馬は「本当にいいのか?」と尋ねるつもりはなかった。
尋ねるつもりはないが、それでも――。
「だが、敢えて言わせてもらいたい。君達なら、誰一人として欠けることなくクリアできる。私はそう確信している」
「「っ!?」」
「私からは以上だ。健闘を祈る……とは言わない。日本の未来は君達の肩に掛かっている。任せた」
「「はい!!」」
合馬から日本の未来を託された冒険者達は、彼の熱に感化されるように声を張って返事をする。
意気揚々とダンジョンへ向かおうとするが、出入口の扉を開けたところで驚愕した。
「ビ、ビックリした~」
「ふふ、合馬大臣め……随分と粋なことをしてくれるじゃないか」
目に映る光景にミオンが驚き、御門が面白そうに笑った。
彼等が驚くのも無理はない。何故なら講堂からダンジョンに繋がる廊下の両端に、自衛隊員がズラリと並んでいるからだ。
「冒険者に、敬礼!!」
「これは気分が良いにゃ」
「男前達に囲まれて幸せだわ~」
一番手前に居た隊員が号令すると、並んでいる全ての隊員がバッと手を上げ、足を揃え、勇ましく敬礼を行う。
一連の動作を間近で見ていたカノンは笑顔を浮かばせ、
「あっ」
自衛隊員に見送られる中、エントランス付近に到着する。
そこにも隊員がいるのだが、隊員だけではなくギルドスタッフも多く並んでいた。スタッフの中には見覚えのある顔が何人もいて、士郎はつい声を出してしまった。
ギルドに入れば、いつも「東京ダンジョンタワーにようこそ。今日はどんな御用ですか?」と優しく声をかけてくれるスタッフ。
困っていれば、「どうされましたか?」と気遣ってくれるスタッフ。
十番窓口で、灯里と一緒に冒険者登録に携わってくれたスタッフ。
八番窓口で、フリーの冒険者を探す手伝いや手続きをしてくれたスタッフ。
士郎や灯里が面接をした面接官。
自衛隊員に混ざって並んでいる彼等彼女等は、敬礼したりはしない。だが冒険者が目の前を通り過ぎる時、いつもやっているように丁寧に頭を下げた。
口にしてはいないけれど、「行ってらっしゃいませ」と言っているようだった。
ギルドスタッフに見送られながらエントランスを過ぎ、正面通路へ向かう。そこを抜け出た大きな部屋は、冒険者が戦いに赴く準備をするための部屋。
ここで冒険者達は防具に着替えたり、ダンジョンで得た戦利品を換金したり、武具を預けたりしているのだ。
「どうぞ、風間様」
「いつもありがとう」
装備受け取り場所にいるスタッフから装備を預かった風間が、イケメンスマイルでお礼を伝える。
風間だけではなく士郎や拓造も受け取り、男子更衣室の中にある個室で防具に着替えた。剣や盾などの装具は、アイテムボックスに入れてあるためダンジョンに置いてきている。
「あれ、刹那は?」
「もう着替えたんじゃないのか? つ~か、あいつは更衣室に入ったかさえ怪しいよな。まっ、それもいつも通りなんだけどよ」
「へ~、そうなんだ」
いつの間にか刹那の姿が消えていることに気付いた士郎が周りに尋ねると、靖史が肩を竦めながら答えた。
どうやら刹那は男子更衣室で着替えることがないらしい。専用の部屋を用意されているんじゃないかとも噂されているそうだ。
刹那ほどの冒険者なら個室を用意されてもおかしくないが、それなら風間だって個室を用意されてもいいはずだ。
という気持ちで士郎が風間に視線をやったら、困ったように風間が言った。
「きっと、刹那には事情があるんだろう。余り詮索するものじゃないよ」
「ですね」
「ほら行こう、女性陣より遅れると何を言われるか分かったもんじゃないからね」
苦笑いする風間に促され、防具に着替え終えた男性陣は更衣室を出る。
「お待たせしましたわ」
「遅くなってすみません」
「気にせんでいい」
着替え終えた女性陣と合流すると、律儀なシオンと楓が男性陣に一言謝る。
男性陣を代表して信楽がそう言う中、一列でゲートに並んだ。このゲート前はいつもごった返していて入るのに時間がかかるが、今日は十六人しか居ないためスムーズだ。
士郎も順番を待っていると、後ろに並んでいる靖史に声をかけられる。
「懐かしいな。覚えてるかシロー、俺がお前に話しかけたの」
「うん、覚えてるよ」
周りにいる冒険者はかっこいい鎧や魔導士の服を身に纏っているのに、士郎と灯里だけが私服で凄く浮いていた。
場違い感が半端ではなくて緊張していた時に、靖史に声をかけられたのだ。
『ダンジョンは最高だ。初めは兎に角楽しめ』と。
サムズアップしながらそう言ってくれた靖史のお蔭で、緊張が解けたのだ。
「まさか半年前に声をかけた
「はは、俺もそう思うよ」
「けどよ、そう思うと不思議なもんだよな。俺があの時声をかけたシローや灯里ちゃんの二人と、肩を並べて戦うことになるなんてよ」
「本当だね」
「あん時みたいにダンジョンを楽しめなんてことは言えね~けどよ。頑張ろうぜ、シロー」
「うん。頑張ろう、やっさん」
士郎は靖史と拳を重ねると、冒険者証を取り出して機械に通す。初めてこのゲートを通した時は銅色だったが、今は銀色だった。
「では、こちらへどうぞ」
皆がゲートを通ると、スタッフに付き従い狭い通路を歩く。
その先には東京タワーの正面玄関の自動ドアがあり、ドアの周りには自衛隊員がいた。いつもは銃を装備しているが、今日は装備しておらず直立している。
冒険者の中に彼等の顔を知らぬ者はいないだろう。
ダンジョンに入る時、帰ってくる時は必ず彼等がいるからだ。
士郎が初めてダンジョンで死んで帰ってきた時、死んだ時の体験が甦って嘔吐したり錯乱している自分に大丈夫だと声をかけ続けてくれた隊員も勿論いる。
ダンジョンに入る時、帰ってくる時、いつも彼等が側に居てくれた。
「冒険者に、敬礼!!」
いつもなら「よい冒険を」と言ってくれる。
だが今回は冒険ではない。日本を救う為の命を懸けた戦いだ。
だから隊員達は、冒険者達に敬礼する。
そんな中、一人の隊員が敬礼したまま口を開いた。
「無礼を承知で言わせてもらってもよろしいでしょうか」
「勿論です」
「
「ありがとうございます。約束しますよ。いつものようにダンジョンから帰ってきて、貴方達に「ただいま」と言うことを」
冒険者を代表して風間が言うと、隊員達は再び敬礼する。彼等の中には、涙を流す者もいた。
自分達を信じて待っていてくれる人達がいる。
それを知っているだけでも、なんと心強いことか。
風間は振り返り、仲間に問いかけた。
「さぁ皆、準備はいいかい?」
「「勿論」」
「よし、行こうか」
自動ドアがウイーンと開く。
ドアの先には漆黒の空間が広がっていた。風間を先頭に、順次ドアの中に入っていく。
「灯里?」
士郎も順番を待っていると、不意に灯里が手を繋いできた。
初めて自動ドアの前に立った、あの時のように。
「怖いか?」
「ううん、怖くないよ。だって私の隣には、士郎さんがいるから」
「灯里……」
「行こう、士郎さん」
「……ああ」
士郎と灯里は手を繋ぎながら、漆黒の門へと一緒に足を踏み出したのだった。
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