第211話 緊急召集
「凄いな……」
「はん、オウマめ……らしくなく頑張っているじゃないか」
エスパスがYouTubeで配信している神チャンネルを見ていた俺達は、ゲートから現れる魔物と自衛隊らしき戦闘員が戦っている場面を見て圧倒されていた。
しかも一か所だけじゃないんだ。
最初に映し出された神社以外にも、多くの場所で自衛隊とゴブリンが戦っている。メムメムが言うには、全部合馬大臣の仕業らしい。
ゲートの発生位置を割り出せるのも、自衛隊の対応が早いのも、全て合馬大臣がこの日の為に備えていたからだと。
それを聞いて俺は、やっぱり合馬大臣は凄い人なんだな、と感心する。
異世界の魔王は伊達じゃないってことか。何故かメムメムは気に入らなそうに唇を尖らしているけど。
ゴブリンだけではなくオークまで出てきた時は焦ったが、自衛隊がダンジョン産の装具を使って撃退したのには驚いた。
いつの間にダンジョン産の装具を用意していたんだってね。この調子でいけば被害を最小限に抑えられるだろう。
でもそれは時間の問題で、レッドドラゴンのような凶悪な魔物が雪崩れ込んできたら一巻の終わりだ。
早い所エクストラステージをクリアして、異世界から魔物がやって来れないようにゲートを閉じさせなければならない。
「ん? メッセージ?」
「ダンジョン省からみたいだよ」
そんな考えを抱いていた丁度その時、不意にスマホが振動する。俺だけではなく灯里やメムメムもそうで、登録してあるダンジョン省のHP《ホームページ》からメッセージが届いていた。
メッセージを確認すると、二十二階層まで攻略している全ての冒険者に対して、会議を行うからすぐにギルドに来て欲しいという緊急招集だった。
会議の内容は考えるまでもなく、俺達冒険者にエクストラステージに挑戦して欲しいというものだろう。
メッセージを確認し終えた俺は、険しい顔を浮かべている灯里に尋ねた。
「どうする灯里、メムメムに一緒に居てもらって俺だけでも話を聞いてこようか」
灯里は今、父親の身体をエスパスに乗っ取られてしまって酷く動揺している。落ち着くまでメムメムと一緒に家に居てもらおうと思ったのだが、彼女は「ううん」と強く首を振った。
「心配してくれてありがとう。でも私なら平気だよ、一緒に行かせて」
「……わかった」
彼女の力強い訴えに俺も頷いた。
自分で言うのも情けない話だけど、ガラスメンタルの俺に比べて灯里はハートが強いからな。
というより俺達のパーティーは、
動揺はしてない筈はないだろうけど、本人が大丈夫だと言うのならその気持ちを尊重しようと思う。
「よし、じゃあ皆でギルドに行こう」
◇◆◇
「誰もいないな……」
「うん、不気味なくらい静かだね」
ギルドを訪れた俺達は、見慣れない光景を目にして驚く。何故かといえば、今のギルドはもぬけの殻となっているからだ。
俺と灯里が冒険者登録をしにギルドを訪れた日から今日までにおいて、こんなに人が居なかったことは一度だってない。
いつも冒険者や観光客で賑わっていて、まともに歩くのも大変だっていうのに、今は誰一人としていなかった。
案内をしてくれるスタッフも、忙しそうにしている窓口担当のスタッフも、騒がしい冒険者だっていない。
こんな閑散としたギルドは今までになくて、それだけの大事件が現実に起こっているんだなと否が応でも実感させられた。
「許斐君!」
「灯里さん!」
呆然としていると、遠くから仲間の声が聞こえてくる。
声の方に視線を向ければ、俺達のパーティーである
「二人共早いですね」
「まあね、緊急招集なんてメッセージを見たらすっ飛んで来ちゃったよ」
「とんでもない事になってしまいましたね。灯里さんは……大丈夫ですか?」
「うん、私なら大丈夫」
「そうですか、無理はしないでくださいね」
「ありがとう、楓さん」
気を遣う楓さんに、灯里は問題ないと言わんばかりに気丈に振る舞う。神チャンネルによって、エスパスが灯里の父親の身体を借りていることは既に世界中の人間に知れ割っているからな。
楓さんや島田さんもそうだけど、灯里を心配している人は多いだろう。
「メッセージを届けられた二十二階層を攻略している冒険者達が講堂に集まっています。私達も向かいましょう」
「そうだね」
「有名な冒険者も沢山来てるよ」
島田さんが言う沢山ってどれくらいなんだろう。中・上級冒険者がどれくらい居るかって把握してないんだよな。
でもエクストラステージをクリアして日本の危機を救うには、冒険者が多ければ多いほど有利だから期待してしまう。
楓さんが講堂まで案内してくれて、俺達は揃って中に入った。
(おお……こんなにいるんだな)
広い講堂には、既に二百人近い冒険者が各々座っていた。全然知らない冒険者も居れば、俺でも知っている有名な冒険者もいる。
特に前の席には、風間清一郎さんがリーダーの日本最強の冒険者パーティーであるアルバトロス。
ロシアの歌姫アナスタシア・ニコラエルを加入させた新生D・Aに、
勿論、日本最強のソロ冒険者である神木刹那も居た。相変わらず一人ぼっちで一番端の目立たない席に座っているけど。
結構来ているんだなと講堂を見回していると、聞き慣れた野太い声が俺を呼んだ。
「おいシロー、こっちだ」
「やっさん」
「へへ、お前達を待ってたぜ」
初めてダンジョンに入る時、緊張していた俺に声をかけてくれた上級冒険者のやっさん。彼に呼ばれた俺達は近くの席に座った。
「やっさんも来てたんだな」
「あたぼうよ、こんな一大事に俺が来ね~はずがないだろ?」
「だよね」
ニヤリと頼もしい笑みにつられて俺も笑ってしまった。
やっさんなら絶対に来ると思った。彼が誰かの為に必死になれる事を俺は知っている。
右も左もわからない新米冒険者にアドバイスをしたり、新米冒険者に
そんなヒーロー気質の彼なら、日本を救う為に来ると思っていた。
だけどやっさんは、笑顔から一転して難しい顔を浮かべる。
「でもよ、ここに来てねぇ奴等も結構いるぜ。遅れているのか、
「そうなんだ……」
やっさんは冒険者の中でも古参だから、中・上級冒険者にも顔が広い。そんな彼の顔見知りがまだ来ていないという事は、“きっとそういう事なんだろう”。
この場にいない冒険者を責める気にはならない。やっさんもそれは
「話しているところ悪いが、どうやら来たようだよ」
「合馬大臣……」
やっさんと話していると、横に座っているメムメムから注意される。
彼女の視線に沿って見下ろせば、講堂の壇上に体格が良いスーツ姿の男性が登っていた。
男性――合馬大臣は『あ~、あ~』とマイクの音量を調整すると、冒険者達に向かって口を開いた。
「ダンジョン省大臣の合馬秀康だ。ここにいる冒険者の皆様には、緊急にもかかわらず集まっていただき心より感謝を申し上げる。まだ来ていない者も数多くいるようだが、待っている時間が勿体ないので早速本題に入らせてもらう」
硬い口調でそう言うと、合馬大臣は矢継ぎ早に話し出す。
「皆様も既にご存知でしょうが、異世界の神によって今、日本は滅びの窮地に立たされている。全国各地からゲートが発生しており、異世界から次々と魔物が押し寄せてきている状況だ。自衛隊の奮闘によって今は抑えられているが、今後も守り切れる保証はない。
よって我々政府は事態を解決する為に、ここにいる君達冒険者に神が用意したエクストラステージをクリアしてもらいたいと思っている」
「「――っ!?」」
合馬大臣の話を聞いた冒険者達がざわつく。
呼び出された時点で分かっていたことだが、改めて言われると動揺しない訳にはいかなかった。
冒険者達は知っているからだ。
もしエクストラステージで死んだら、ダンジョンに幽閉されてしまうことを。実際に死ぬことはないけれど、いつダンジョンから救い出されるか分からない幽閉は実質的な死となんら変わらない。
「合馬大臣、発言してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
講堂全体に動揺が広がる中、アルバトロスの風間さんが手を上げる。
冒険者達が一番気になっていることを代表して、合馬大臣に尋ねた。
「日本が危機に陥っていることは承知の上で聞きますが、エクストラステージに挑戦するのは“強制”なのでしょうか?」
「強制ではない。神が言うには、冒険者がエクストラステージで死んだ場合、ダンジョン被害者と同じように幽閉すると言っていた。私見で申し訳ないが、あの話は脅しでも冗談でもないだろう。死ねば確実に幽閉される」
「「……」」
「本来ならば政府で解決しなければならない事案だ。軍人でもない君達に、国の為に命を懸けて戦えとは口が裂けても言えない」
それを聞いて、どこからか安堵のため息を吐く音が聞こえた。
強制参加ではないと聞いて安心したのだろう。誰だって死にたくはないだろうからな。
ここにいる冒険者にだって家族がいるし、恋人がいる。大切な人達を残して、死ぬ恐れがあるエクストラステージに挑戦するのは並大抵の勇気ではない。
合馬大臣が言った通り、命を懸ける覚悟が必要だろう。
それを分かった上で、合馬大臣は「だが……」と続けて言った。
「知っての通り、エクストラステージに挑戦できるのは二十二階層まで攻略している冒険者……つまり日本を救えるのはここにいる屈強な冒険者だけなんだ。一般人である君達に頼むのは情けない話であり、決して強制ではない……が、それを承知で私から君達にお願いしたい。
どうか、どうか日本を救うために力を貸してくれないだろうか! 我々と共に立ち上がってくれないだろうか! この通りだ!」
「「……」」
大きな声を張りながら、深く頭を下げて必死にお願いしてくる合馬大臣に、冒険者達は唇を噛んだり拳をぎゅっと握ったりと、険しい顔を浮かべて黙っていた。
皆分かってるんだ。自分達がエクストラステージをクリアしないと日本が滅んでしまうことは。
それでもダンジョンに幽閉されてしまう恐れによって、一歩を踏み出す勇気が出ないでいる。
誰からも反応がない中、合馬大臣は頭を上げると最後にこう告げた。
「もしも日本の為に戦ってくれる者がいたら、明日の12時にここへ来て欲しい。君達が来てくれるのを、私は心より待っている」
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