第203話 異世界の神




「はぁ……はぁ……勝った。勝ったぁぁあああああああ!!」


 目の前でレッドドラゴンが消滅していく光景を眺めながら、俺は心の底から喜びの勝鬨を上げた。


「「士郎さん!」」


「やったね許斐君!」


「よくやったぞシロー!」


「うわっ!?」


 正面から灯里と楓さんにおもいっきり抱き付かれる。

 二人だけならギリギリ受け止めきれたが、続けて島田さんとメムメムも加わったことで耐えきれず、ドタンッと皆で倒れてしまった。


「やったね、士郎さん!」


「初見突破ですよ! 誰もできなかったことを私達がやり遂げたんです! GJですよGJ!」


「嬉しいよ! こんなに嬉しいことは初めてかもしれない!」


「がっはっは! ボクらが最強だー!」


「皆……」


 喜びが爆発したように、それぞれが大きな笑い声を上げる。

 その気持ちは凄く分かる。必死に頑張ったからこそ、達成できた喜びが大きいんだ。皆の笑顔につられるように、俺も笑顔を溢す。


「皆のお蔭だよ。皆の力でやり遂げたんだ」


 序盤、ヒーラーながらも前衛のポジションに位置し、俺と楓さんが死なないように立ち回ってくれた島田さん。レッドドラゴンの近くにいることは危険で恐い筈なのに、勇気を出しつつも冷静に回復してくれた。


 常に火竜に注意を払い、的確に指示を与えてくれた楓さん。

 彼女の警告が一つでも遅かったら、ブレスによって後衛が死んでしまっていただろう。タンクとしても完璧な立ち回りで、俺がぶっ飛ばされた時も何度もカバーしてくれた。

 終盤では【狂艶】を発動し、最後まで皆を引っ張ってくれた。


 最初から最後まで、状況を見極めながら火竜を攻撃してくれていたメムメム。

 中盤戦の時、滑空攻撃や低空飛行モードの火竜に一番ダメージを与えていたのはメムメムだった。彼女が攻撃を当て続けてくれたから、想定より早く中盤戦を乗り切ることができた。


 終盤戦に入った途端に前衛に来たのは正直驚いたけど、もっと驚いたのは火竜の翼を折り、空に飛べなくしたことだ。

 今思い出してみれば、メムメムは最初からずっと片翼に対して攻撃していた気がする。作戦では話していなかったけど、きっと翼を折ることを狙っていたのだろう。

 火竜を飛べなくしたことで、最後はより戦いやすくなったんだ。


 激しい戦いの中、ずっと支えてくれた灯里。

 序盤では、無茶をする俺の意志を汲み取ってくれてフォローしてくれた。火竜の攻撃を灯里が絶妙なタイミングで中断させなかったら、何度死んでいたか分からない。

 灯里にはいつも無理を要求してしまって申し訳ないけど、彼女ならやってくれると俺は信じていた。


 最後の最後でも、俺が諦めかけた時に発破をかけてくれた。

 ブレスから俺を助けてくれて、「立て」と言ってくれたから俺は立ち上がることができたんだ。


 そう、この勝利は皆で力を合わせて捥ぎ取ったものだ。誰一人欠けても成し遂げられなかった。

 そんな意味を含めた俺の言葉に、皆が柔らかい反応を返してくれる。


「ですね、皆で勝ち取った勝利です」


「でも、やっぱり最後の良い所はシローが持ってくんだよな~。いつもそうだけどさ~」


「ははは、いいじゃないか。最後には許斐君が決める、それが僕達のパーティーなんだよ」


「うん、島田さんの言う通りだよ。それが私達なんだ」


「島田さん……灯里……」


「喜ぶのもいいですが、このくらいにしておきましょうか。戦利品もありますし、このままでいるのもアレなので……」


「そ、そうだね……」


 我に返ったのだろう。恥ずかしそうに言う楓さんに賛成し、メムメムから順に退いてもらう。そしてレッドドラゴンが倒れた位置には、いくつかの素材がドロップしていた。


「火竜の鱗、火竜の牙、火竜の爪、それとこれは火竜の大魔石ですね。どの素材も使えますし、売れば数十万は固いです。大魔石に至ってはレアアイテムなので、数百万単位で売れるでしょう」


「うわぁ、凄いな。そんなにするんだ」


「頑張った甲斐があったね~」


【鑑定】スキルを持っている楓さんがアイテムの種類を説明してくれて、その値段に驚く。これならずっと火竜を倒せば大金持ちになれるんじゃないか?


 でもなぁ、今回はたまたま全てが噛み合ったお蔭で、次も勝てるかと言われれば難しいだろう。もっとレベルを上げたとしても、暴走状態のブレス一発で死んでしまうからなぁ。


 挑戦するのもいいけど、死んだら24時間ダンジョンに入れないデスペナルティを喰らうのも嫌だし。あんまりリスクは取りたくないよね。


「ねぇ皆、あれ見て!」


「えっ、どうしたの?」


「あれは……」


 豪華な戦利品を皆で喜んでいたら、突如灯里が空中を指しながら呼んでくる。その声に誘われるように顔を向ければ、ポリゴンが空中に集まっていた。


「あれって……」


 あの光景を、俺は今までに二度見たことがある。

 一度目は灯里の母親の里美さん。二度目は宝箱から出てきたメムメムだ。という事は、今回もダンジョン被害者が出てくるのか?。

 その憶測が当たり、集束していくポリゴンはやがて人の形を成していき――。


「えっ……」


 その人物を見て、俺は目を見開いた。

 長い黒髪に、幼さを残しながらも綺麗な顔立ち。オシャレな服に包まれた可愛い女の子。その女の子のことを、俺は知っている。


「……夕菜ゆうな?」


 突如現れたのは、ダンジョンに囚われた俺の妹。


 許斐夕菜だったのだ。


「夕菜っ!! ――うわ、何だ!?」


 居ても立っても居られず夕菜の元に向かおうとした瞬間、眩い光に包まれ、一瞬で意識が刈り取られてしまったのだった。



 ◇◆◇



「うっ……」


「士郎……さん」


「灯里! 皆!」


 目を覚ますと、近くで灯里達が倒れていた。身体に異常はなく全員無事なようで、次第に起き上がる。


「何があったんでしょう」


「ここはどこなんだろう」


 皆で集まると、楓さんと島田さんが疑問を呟く。

 今俺達がいる場所は、何もない真っ白な空間だった。夕菜が現れたと思ったら突然意識を失うし、起きたら奇妙な場所にいるし、いったい何がどうなっているんだ?


「こっちよ」


「「――っ!?」」


 誰かの声が鼓膜に響き渡り、ビクンと身体が跳ねる。

 慌てて声の方に向けば、さっきまで何もなかった場所に夕菜が立っていた。


「夕菜!」


「私は君の妹、許斐夕菜じゃないよ」


「はっ……?」


 今度こそ妹を抱き締めようと身体が動いたその時、夕菜の口から意味深な言葉が放たれる。夕菜じゃないって……見掛けは夕菜そのものだぞ。


(いや、夕菜の声じゃない……)


 最後に会ったのはもう何年も前で朧気だが、夕菜の声色とはどこか違う気がする。

 というより、俺はこの声をどこかで聞いた覚えがあった。いったいどこで……。


 いや待て……夕菜じゃなかったらいったい誰なんだ? 俺は幻でも見ているのか?


「では、あなたは誰なんですか」


 混乱して頭が回らない中、冷静な楓さんが質問する。

 すると夕菜ではない誰かは、落ち着いた声音でこう言った。


「私はこことは違う世界の神――愛と生命を司る神、アムゥル」


「「神!?」」


「ふむ……」


 こことは違う世界の神だって!?

 衝撃の事実を突き付けられて動転する俺達とは違い、思い当たる節があるのかメムメムは顎に手を添えながら、


「アムゥルという名前、聞いたことがあるな」


「という事はつまり、メムメムさんが居た世界の神でしょうか?」


「そうよ楓。私はメムメムが居た世界の神よ」


 メムメムと楓さんの言葉に同意するように、夕菜――いやアムゥルが静かに頷いた。

 嘘だろ……本当に異世界の神なのか?


「えっえっ!? 僕今神様と会っちゃったの!?」


「ねぇ、どうして夕菜の姿なの」


 島田さんが興奮している中、灯里がアムゥルを怪訝そうに睨みつけながら問いかける。

 そうだ……どうして異世界の神が夕菜の姿形で現れたんだ。


「私はこちらの世界に来れない。だから、許斐夕菜彼女の身体を借りているの」


「じゃあその身体は、夕菜本人ってことなのか?」


「そうよ。だから安心して、士郎、そして灯里。事が終われば夕菜を返すわ」


「そうか……そうだったのか。よかったぁぁぁ」


「士郎さん……よかったね」


 心の底から安堵し、膝から崩れ落ちる。そんな俺の背中に灯里が優しく手を当ててくれた。


 俺はやっと、ダンジョンから夕菜を救い出すことができたのか。よかった……本当に良かった!

 妹を助け出したと分かって肩の力が抜けている俺の代わりに、楓さんがアムゥルに尋ねる。


「質問してよろしいでしょうか」


「いいわよ。ただ、それほど長い時間は話せないから、端的にお願い」


「分かりました。ではアムゥルさん、あなたは何故このタイミングで私達の前に現れたのでしょうか」


「そうね、このタイミングしかなかっただけよ。私がこちらの世界に干渉するには、許斐夕菜の身体を借りる方法以外なかったの。あなた達が条件を満たしてくれたお蔭で、許斐夕菜がダンジョンから解放されたのよ」


「そうですか……分かりました」


 何故“夕菜だけ”なのだろうか。他の人では駄目だったのだろうか。

 それと条件を満たしたって言うけど、何のことだか分からない。もしかして、火竜を初見突破することだったとか?


「神よ、ボクからも一ついいかい?」


「いいわよ、メムメム」


「こっちの世界の塔をダンジョンに変えたのは、お前の仕業か?」


「「――っ!?」」


 重い声音で問うたメムメムの内容に俺達はハッとする。

 三年前に突如世界中の塔がダンジョンに変貌した。何故そんな事が起きてしまったのか未だに解明されていないが、メムメムや異世界の魔王だった合馬大臣は「十中八九異世界の神の仕業だろう」と見当がついていた。


 それが本当ならば、この事態を招いた者はアムゥルなのだろうか。

 メムメムの質問に、アムゥルは首を横に振って、


「あなた達の世界にダンジョンを創ったのは私ではないわ。だけど、それをした者は知っている」


「えええええ!? それは本当かい!?」


「教えていただけませんか、お願いします」


「勿論教えるわ。こちらの世界にダンジョンを創ったのは私の世界の神であり、私の兄でもある創造と時空を司る神、エスパスよ」

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