第202話 火竜戦4




 HPが三分の一まで減らされたレッドドラゴンは、【暴走状態】へと移行する。

 攻撃パターンは今までと変わらず、爪攻撃や尻尾の薙ぎ払い、突進とブレス。それと中盤戦に見せた上空からのブレスと滑空攻撃の全てを混ぜ合わせたものになる。


 なら何が変わったのかといえば、攻撃の威力が全て上がっているということだろう。

 今まではブレスの直撃のみが確殺であったが、【暴走状態】だと士郎達の耐久力では爪や尻尾が当たっただけで確殺となってしまう。

 拓造が喰らったように、ブレスが着弾した余波を間近で受けるのもアウトだ。


 例え士郎がバックラーで防御しても同じこと。ただHPと耐御力が高い楓だけは、ブレスさえ直撃しなければHPがギリギリ残るだろう。


「さぁシロー君、一つのミスも許されなくなったよ。ここから君達はどうするんだい」


「ここで大事なのは度胸だ。ビビッてちゃなんもできやしねぇぞ、小僧共」


「大丈夫よ、あの子達ならできるわ」


 クリエイターズの御門亜里沙、信楽奉斎、ベッキーが静かに士郎達を見守っていた。


 レッドドラゴンの終盤戦は、正に死と隣り合わせの激闘となる。

 ここまで辿り着けたとしても中盤戦で散々消耗させられた状態で戦わなければならないので、大抵の冒険者は簡単なミスをして死んでしまっていた。


 加え、ミスをしてはいけないという焦りが逆に身体を縮こませてしまい、雁字搦めに陥ってしまう。

 この最終局面で大切なのは、信楽が言うように臆せず立ち向かえる度胸であった。


「行きますよ」


 暴走した火竜の目の前で、楓がとっておきの切り札を発動する。


「【狂艶】発動!!」


 バグとの戦いで発現した楓のユニークスキル【狂艶】。

 ステータスの知力が四分の一に減少してしまう代わりに耐久力が1.5倍に上昇し、発動中【物理耐性】と【魔法耐性】スキルが合体して【痛覚快楽】に変化する。


 それに加え、敵モンスターを惹きつける【魅了】をかけており、常時強化版プロバケイションをかけている状態にもなっているというとんでもスキルだ。


「ゴアアアッ!!」


「アハハハハハハ!! ずっとこの時を待ってました! 私はずっとアナタの攻撃を思う存分受けたかったんですよ! 我慢はもう終わりです! さぁ来なさい! 私が全て受け止めます!」


 大盾を側面に構え、火竜から繰り出される爪の薙ぎ払いを受け止める楓。吹っ飛ばされないよう踏ん張っている彼女の顔は、別人かと見間違うほど艶に満ちていた。


 見ての通り、【狂艶】を発動している最中の楓は知力が低下し暴走してしまう。

 自分の意思で発動できるアクティブスキルなのは訓練して分かっていたので、序盤中盤では使わず終盤の切り札として取っておいたのだ。


「ハイヒール! ハイヒール! (ひぇ~、五十嵐君暴れ過ぎだよ!)」


 火竜の猛攻をハイテンションで凌ぐ楓のやや後方で、拓造が必死に回復魔法をかける。いくら耐久力が上がったとしても、火竜の前では一撃でHPの半分を持ってかれる。そんな楓の無茶をカバーするのが、終盤における拓造の役割だった。


「さて、ボクも本気を出そうか」


 ついに異世界の魔術師が動き出す。

 メムメムは小走りで火竜の側面に接近すると、狙いを定めてタクトを振るう。


「ギガアクア」


「グルァ!」


「おっと」


 至近距離で翼に攻撃してきたメムメムに、火竜が尻尾で叩き潰そうとする。が、メムメムは来るのが分かっていたようにひらりと躱した。


「ギガアクア、ギガサンダー、ギガウインド」


「ギャア!?」


 普段トロトロしている姿とは到底思えないほど機敏に移動しながら、メムメムは火竜の翼目掛けて魔法を連発していく。


 本来離れた位置から攻撃するのが魔術師だ。しかしあろう事か、メムメムは【暴走状態】の火竜に対して接近するという真逆の手段を取った。これは彼女が血迷ったからではなく、作戦の内である。


『終盤のキーとなるのは私とメムメムさんです。私は【狂艶】を使い、メムメムさんには火竜に至近距離から攻撃してもらいます。私は反対しましたが、これはご本人の意志でもあります』


『えっ、大丈夫かよメムメム。危ないんじゃないのか?』


『おいおいシロー、ボクを誰だと思っているんだい? あんなトカゲよりも、もっとやべぇ奴と戦ってきたんだぜぃ、ボクはさ』


 メムメムには火竜の近くでも戦える絶対的な自信と経験があった。

 が、それには火竜の行動パターンを正確に把握する必要がある。動画を何度も見返して予習はしたが、やはり直接肌で感じなければ微妙な誤差が出てしまう。


 だからメムメムは、その誤差を埋める為に序盤中盤にかけて火竜の行動パターンをひたすら頭に叩き込んでいたのだ。

 それだけでも驚嘆に値するが、魔術師は序盤中盤にかけてもう一つの細工を施していた。


「グルゥゥ」


「おっと、逃がさないよ」


 言いようにやられている状況を打破しようとしたのか、空へ飛ぼうと翼を羽ばたかせる火竜に対し、メムメムが呪文を唱える。


「エル・グランド」


「ギャアアアアアアッ!?!?」


 上に飛ぼうとした瞬間、超重力が翼に降りかかる。バキバキと骨が折れる音も聞こえ、火竜は地に這い蹲されてしまった。彼奴が再び空に舞い上がることは不可能だろう。


【重力魔法5】を取得すると新しく覚える魔法の一つ、『エル・グランド』。ストロングラビティの強化版で、威力も攻撃範囲も上がっている。

 確かにエル・グランドは強力だが、この一撃で翼を折った訳ではない。


 序盤中盤、メムメムはひたすら火竜の片翼に攻撃を与え続けていた。灯里の矢のように命中率が高くて頭部を狙える訳ではなく、ヒット範囲が広い翼を狙っていたというのもあるが、真の狙いは他にあった。


 それは火竜の翼を折ること。

 片翼だけにダメージを与え続け、終盤は接近してさらに追い打ちをかけた。

 そして火竜が空に飛ぼうとした瞬間に、今まで一度も見せなかった重力魔法エル・グランドを放つ。万が一にも避けられないよう、この時の為に最後まで取っておいたのだ。


 ダメージが蓄積した状態でドカンと一発強烈な一撃を喰らったことで、火竜の翼はへし折られてしまったのである。

 魔術師としての策も凄いが、それを初見でやってのけてしまうのが見事という他ない。


「やるなメムメム。やはりお前は相手にしたくない奴だよ」


 執務室のパソコンでダンジョンライブを見ていた合馬秀康は、仇敵の戦いぶりに苦笑いを溢した。


「さぁ今だ、地に堕ちたトカゲをぶっ飛ばせ!」


「「了解!」」


 メムメムの掛け声と共に、士郎達が一斉攻撃を仕掛ける。

 火竜は既に満身創痍で、あともう少しで倒せるところまで来ていた。


 ――が、このままやられるほど火竜も黙ってはいない。


「グルル……」


「ブレス!」


 火竜の口から火の粉が漏れる。士郎達は攻撃を中断して回避に備えるが、火竜は誰かに対して放とうとはしなかった。


「ゴアアアッ!!」


「「――ぁああああ!?」」


 火竜がブレスを放ったのは、自身の真下だった。地面に着弾した爆風により、近くにいた士郎、楓、拓造、メムメムの四人が吹っ飛ばされてしまう。


「が……ぁ……」


(くそ、なんてこった。こんなパターンは見たことないぞ)


 ブレスを敵に対してではなく地面に向かって放つという不可解な行動パターンに歯噛みするメムメム。

 火竜としても、自身にダメージを喰らってしまうのは痛くない犠牲を払ったが、竜としての矜持が袋叩きにされるのを許さなかったのだ。


「くそ……身体が……」


「このままでは……っ」


 ブレスが来ると分かった時に多少離れていたお陰で全員辛うじて生き残ってはいたが、立ち上がる気力が残っていなかった。ここに来て、序盤中盤に削られた体力のツケが彼等にも回ってきたのである。


「グルル……」


 満足に動けない火竜は、その場でもう一度ブレスを放とうと口内に火炎を貯め込んでいた。彼奴の狙いは、地面に伏している士郎だった。


(ここまできて……ダメなのかよ!)


 あのブレスが放たれてしまったら、今の士郎では回避が間に合わずゲームオーバーとなってしまう。

 あと一歩のところまで来ているというのに、最後の最後で天に見放されてしまった。


 悔し気な顔を浮かべ、もう駄目かと諦めかけた――その時。


「立って、士郎さん!」


「灯里……」


 灯里が弓矢を構えながら、士郎に叫んでいた。

 彼女だけはまだ諦めていなかった。“倒すことにではない”。“全員で勝つことに”。


「ゴアアアッ!」


 火竜の顎から灼熱の紅弾が放たれる。

 空気を焼き焦がしながら士郎目掛けて真っすぐに飛来するブレスに対し、灯里は鋭い眼差しで睨みつけながら矢を解き放った。



戦女神の矢アルトゥーレ!!」



 放たれた矢は光輝く閃光と化し、紅弾と衝突する。

 轟音を立てながら数秒拮抗したのち、凄まじい爆発と共に相殺した。


「本当に……いつも助けられてばかりだな。ありがとう灯里、お陰で力が湧いてきたよ」


 窮地に立たされる度に、灯里が後ろから支えてくれた。

 彼女が背中を守ってくれるから、何度だって立ち上がれるのだ。


「ぉお……おおおおお!!」


 全身に残った僅かな力を絞るように、腹の底から声を出す。


「そうだ、立てシロー」


「許斐君、君なら立てる」


 神木刹那と風間清一郎が言葉を発した直後、士郎は震えながらも立ち上がっていた。そして、火竜目掛けて全力で走り出す。


「行くにゃ、シローちゃん!」


「行けシロー!」


「行け」


「「行け」」


「「行けぇええええええええ!!」」


 カノンが、靖史やっさんが、ダンジョンライブを見ている世界中の人達が士郎に「行け」と叫ぶ。

 そんな彼等の熱い想いが士郎のユニークスキル【想いの力】に感応し、真・鋼鉄の剣が橙色に光輝いた。


「ゴアッ!」


 向かってくる士郎に火竜が反撃しようとするが、灯里の矢とメムメムの魔法が邪魔をする。仲間が作ってくれた道に、士郎は地面を蹴りながら剣を振り上げた。



勇者の剣ジ・ブレイブ!!」



 橙色に光る剣を振り下ろし、火竜の額を斬り裂いた。



「グルルアアアアアッ…………」



 渾身の斬撃を受け、悲鳴を上げた後に白目を剥く火竜は、ズン……と音を立てながら倒れる。力尽きた身体は、先の方からポリゴンとなってゆっくりと消滅していった。


「はぁ……はぁ……勝った。勝ったぁぁあああああああ!!」


 誰も成し得なかったレッドドラゴンの初見突破を、士郎達は見事やり遂げたのだった。

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