第201話 火竜戦3

 



【竜の威圧】による初見殺しを幸運ラッキーで乗り切り、何度も何度もぶっ飛ばされながらもレッドドラゴンのHPを三分の一以上削り切って、最高の形で中盤戦に移った士郎達。


 だが、火竜戦において最も攻略が難しくなるのがこの中盤戦であった。


「皆、止まらないで動き続けるんだ!」


 バラバラの位置にいる仲間達に、声を張って指示を与える士郎。

 彼に言われた通り、灯里達はゆっくりと歩き続ける。その理由わけの答えは火竜によってすぐに判明した。


「ゴアッ!」


「くっ!」


 大きな翼を羽ばたかせながら上空を旋回する火竜は、士郎に向かって火球ブレスを撃ち放つ。士郎は慌てて駆けることで、上から降ってくる火球を躱した。ズドンッと、地面に着弾したブレスの余波が背中を押してくる。


「ゴアッ、ゴアッ!」


 さらに火竜は続けて、灯里とメムメムに向けてブレスを連発する。

 二人も士郎と同じようにダッシュすることで回避に成功した。このように、火竜は上空という安全圏から地上にいる敵に悠々とブレスを放ってくる。


 士郎達が歩き続けているのは、命中率を下げさせるためと、瞬時に回避行動を取れように身体を動かしているためであった。


「グルル……」


 立て続けに攻撃を避けられた火竜は、勢いをつけて降下し、滑空しながら楓へと向かう。

 射線から逃れようと走り出すが、大盾を持っているため動きは遅い。避けきれないと判断した楓は咄嗟に大盾を構えるが……。


「きゃ!」


「パワーアロー!」


「ギガアクア!」


 当たった爪と風圧に転ばされてしまう。楓が尻もちをついている間、灯里とメムメムがすかさず遠距離攻撃を喰らわせる。しかし火竜は怯むことなく、再び上空へと舞い戻ってしまった。


「これが面倒なのにゃ!」


「わたくし達も、中盤戦をずっと攻略できなかったんですわよね」


「大変だったよねー」


 士郎達のダンジョンライブをリビングの大型テレビで視聴しているDAのメンバーは、散々自分達が苦しめられたことを思い出し苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。


 火竜はHPを三分の一まで削られると、常に上空を飛ぶようになってしまう。

 その間絶対に着陸することはなく、降りてきたとしても滑空攻撃を仕掛けてくる時と、たまに低空飛行をしている時だけだ。


 そうなってしまうと、攻撃手段は中・遠距離攻撃を持っている者だけで、接近戦しか手札がない者は無力と化してしまう。


 DAのメンバーには遠距離攻撃をできる者は居ない。

 ミオンとカノンは近距離タイプで、シオンも中距離タイプだった。割りと古参の冒険者であるDAがつい最近まで火竜を倒せなかったのも、この中盤戦がネックとなっていたからだ。


 ただDAはパーティーメンバーが三人と少なかったし、アイドル活動もしていたためそれほど火竜戦に集中できなかったという事情もある。

 ナーシャが加わったことで数が四人となり、彼女の特殊バフ・デバフスキルを用いた火力のゴリ押しでようやく念願の火竜を突破することができた。


「この時間帯を乗り切れるかが鍵ですわよね」


「それがまた難しいんだよねぇ」


「ここが耐え時にゃ、シローちゃん」


 攻撃を当てる瞬間が滑空攻撃や低空飛行の時だけとなると、どうしてもチマチマとなってしまい時間がかかってしまう。そして時間がかかればかかるほど、集中力が徐々に落ちてきてしまっていた。


「「ふぅ……ふぅ……」」


 レッドドラゴンが上空に飛び上がり、中盤戦が始まってから既に15分も経過していた。士郎の【思考覚醒】はとっくに消えてしまい、他の者も明らかに疲弊している。


 それもそうだろう。

 直撃すれば確殺のブレスが空から降り注いでいる状況が続いているのだ。そんな極限状態が続けば心身ともに疲れてしまうのは仕方あるまい。


(どうにかしたいけど、灯里とメムメムを信じるしかない。ここは耐える時間なんだ)


 じれったい時間が続き、焦る気持ちを落ち着かせようと深呼吸する士郎。

 中盤戦が長期戦になる事は予め分かっていた。ここは耐えに耐え、灯里とメムメムがHPを削ってくれることを祈るしかない。


 火竜もずっと空高くにいる訳ではない。

 たまにではあるが、低空飛行を維持しながらブレスを放ってくる時もある。そういう時は灯里とメムメムの攻撃が届くし、士郎も剣は届かないがギガフレイムで注意を逸らすことぐらいはできる。


 着実にダメージは与えている。

 しかし、こちらの集中力が持つかどうか。そんな士郎の心配事は、すぐに当たってしまうことになる。


「ゴアッ、ゴアッ、ゴアッ!」


「「――っ!?」」


 火竜が立て続けにブレスを放つ。

 狙いは灯里とメムメムと拓造。灯里とメムメムは無事に避けられたが、島田はダッシュしようとした時に足が躓いてしまう。


「ぐぁああ!」


「島田さん!」


 直撃こそしなかったが、着弾の余波をもろに喰らって吹っ飛ばされてしまった。

 ただの余波だけでもHPが三分の二も削られるほどの威力。さらには、衝撃によって軽い脳震盪が起こってしまい拓造は立つこともままならなかった。


「グルル……」


「マズい!」


 倒れている拓造に、再び火竜が狙いを定めていた。

 このままでは次の攻撃を自力で回避するのは難しいだろう。士郎が助けようと向かうが、恐らく間に合わない。


「スカイウォーク!」


 そこで士郎が取った行動は、前方に向かって空を蹴り、低空ジャンプをするというものだった。そんな練習したことがなくぶっつけ本番であったが、士郎の頭には仲間を助けることで一杯だった。


(間に合え!)


「ゴアッ!」


 火竜が拓造にブレスを放った直後、士郎が拓造を抱えもう一度空を蹴り上げる。タッチの差で拓造を救った士郎は、バランスを崩して二人揃って地面を転がった。


「はぁ……はぁ……」


「許斐君……ありがとう。もう駄目かと思ったよ」


「いえ、それより大丈夫ですか」


「なんとかね。ハイヒール」


 拓造は自身に回復魔法をかけ、HPを全快にする。

 追撃が来ないかと空を見上げれば、火竜は自由に空を飛び回っていた。


(くそ……マズいな)


 胸中で悪態を吐く士郎。

 今は拓造がミスをしてしまったが、他の誰かであったかもしれない。HPやMPは回復アイテムを使えば回復できるが、失っていくスタミナや精神的疲労は回復できない。


 長期戦は覚悟の上だったが、思っていた以上に消耗が激しい。何か打開策を見つけなければ、このままだと誰かがブレスの餌食になってしまうのは目に見えていた。


「やるしかない」


「グルゥ」


 士郎が覚悟を決めたと同時に、火竜が降下して滑空攻撃を仕掛けてくる。灯里とメムメムが射線外から反撃する間、何故か火竜へと向かって行った。


「スカイウォーク!」


「士郎さん!?」


 低空飛行モードになっている火竜へ、士郎が空中ジャンプをしながら肉薄する。その勢いのまま、長剣を振り下ろした。


「ブレイズソード!」


「グアッ!?」


 豪炎の斬撃が火竜の片翼を斬り裂いた。

 バランスを取るようにもう一度ジャンプして着地する士郎へと楓が駆け寄り、険しい顔で問い詰める。


「何考えてるんですか!?」


「はは、もうこうするしかないと思ってさ。俺も攻撃に参加すれば、早く中盤戦を終わらせられる」


「それはそうですが……危険過ぎます」


 元々、士郎がスカイウォークを使って低空飛行モードの火竜に攻撃する案は出ていた。しかし、空中では地上に比べて身動きが取りづらく回避が難しい上に、士郎自体スカイウォークを完璧にマスターしている訳ではなかったので却下したのである。


「危険なのはわかってる。でも俺はやるよ、楓さん」


「はぁ……分かりました。士郎さんを信じます」


 覚悟を決めた士郎の顔を見た楓は、もう何を言っても無駄であるとため息を吐きながら笑う。実際、このまま続けたとしても先に誰かが死んでしまう可能性の方が高い。ならば、彼の勇気にかけてみてもいいだろう。


 楓から許可をもらった士郎は、再び空をジャンプして火竜へと向かっていく。


「そうだシロー、それでいい。お前ならできる筈だ」


 スカイウォークを使い火竜に攻撃する士郎をダンジョンライブで視聴していた神木刹那は、小さく呟いた。


 ソロの冒険者の彼は、たった一人で火竜を攻略してみせた。

 近接タイプである刹那が中盤戦をどう乗り越えたのかといえば、士郎と同じようにスカイウォークを駆使してダメージを与えたのである。


 仲間もおらずたった一人で行うのは至難の技であったが、何度も殺され何度もコンティニューを繰り返し、頭と身体に覚え込ませた。


 しかし、初見突破を狙う士郎は刹那のように何度も殺される訳にはいかない。身体に覚えこませる時間はないだろう。

 だがしかし、士郎には刹那にないものがあった。


「チャージアロー!」


「グルァ!?」


「ブレイズソード!」


 空中に留まっている士郎へ、火竜が鉤爪を振るおうとした瞬間、灯里の充填矢が眉間に刺さり攻撃が中断してしまう。その隙に、士郎は再び空を蹴って斬撃を放った。


(ボクはこれまで、敵味方合わせて数多くの軍の戦士や冒険者パーティーをこの目で見てきた。その中でも、シローとアカリの連携は到底信じられないものだ。阿吽の呼吸どころの話じゃない。何をして欲しいか、何をすればいいのか目線や合図が無くとも伝わっている感じだ。前々から思っていたけど、特にアカリはボクからしても凄すぎる)


 絶妙なタイミングで士郎を援護している灯里の近くで、メムメムは化物でも見るかのように驚愕していた。


 今まで何度も士郎の危機を救ってきた、灯里の神がかった援護射撃。

 信頼する士郎に、その信頼に応える灯里。より難しいのは受け取る側の灯里だろう。だが灯里は、士郎が何をして欲しいのか言葉を介さずとも分かってしまう。


 その訳は彼女が元々優秀で、その時々で何を選択したらいいのかという判断能力が優れていたからという点が一つ。その判断能力は祖父との狩りによって身につけられたものだが、灯里が特別なのはもう一つ理由があった。


 それは、彼女が持っていたユニークスキル【想う者】の効果である。

 その効果とは、心から大切な者を守りたいと想った時、身体能力ステータスの強化に加え相手の気持ちが汲み取れるというパッシブスキルだった。


 言うなれば、士郎に対する限定的な【思考覚醒】のようなものである。


 さらに灯里はジョブが【戦乙女アルテミス】にチェンジしたことと、嘆きのメーテルから譲り受けたアイテム『誓いの指輪』が組み合わさったことで、【想う者】が【愛の力ハート・オブ・パワー】に進化してより強化されていた。それを物語るかのように、灯里の身体が淡い桃色に包まれていた。


「アカリちゃんすげぇぇえええ!!」


「やっぱり俺らのアカリちゃんは最強だぜ!!」


 神がかりな援護を行っている灯里を、『戦士の憩い』に居るやっさんや冒険者達が興奮した様子で視聴していた。彼等だけではなく、きっとスレ民達や世界中の灯里ファンが歓喜に満ち溢れていることだろう。


「グルァ!!」


「うわぁぁああああ!?」


「士郎さん!」


 自身に纏わりつく士郎がウザったかったのか、レッドドラゴンは翼を羽ばたかせ暴風を起こす。巻き込まれた士郎は、上空に舞い上がってしまった。


(マズい……スカイウォークの回数を使いきったばかりだ!)


 スカイウォークの回数制限は五歩。

 地面に下りようとした直後に飛ばされてしまったので、ジャンプは残っていない。このままだと、落下ダメージで死んでしまう。


(どうにかしないと……あっ!)


 何か生き残る方法はないかと考えた士郎は、咄嗟に火竜の首元へ着地した。


「グル!?」


「うわっ!?」


 振り払おうと暴れる火竜に、士郎は剣を突き立てることで何とか耐える。すると火竜は、士郎を乗せたまま上空に飛んでしまった。


「うわぁあああああああああ!?!?」


「「士郎さん!!」」


 物凄い風圧とGが襲い掛かってくる。ジェットコースターレベルの話ではないだろう。それでも耐えられているのは、ステータスの恩恵のお蔭だった。


「はっはっは! そうきたか! いや~許斐君は本当に面白いね」


「えっ、どうしたの? 貴方が大声で笑うなんて珍しいじゃない」


「くくく、見れば分かるよ」


「あ~、そういうことね」


 コーヒーを淹れていた金本麗奈が戻ってくると、ダンジョンライブを見ていた風間清一郎が腹を抱えて笑っていた。彼にしては珍しいと理由を尋ねた金本は、言う通りにテレビに目を向ける。すると、士郎が火竜の背中に乗ってエアライドをしていた。


「今まで火竜と戦ってきて、背中に乗ったのは彼が初めてだろうね。さて、これからどうするのか見物じゃないか」


 風間が楽しそうにテレビを見ている時、士郎は意識が飛ぶ寸前だった。


(やばい……死ぬ……)


 ぐわんぐわんと目まぐるしく変わる風景。容赦なく襲いかかるGと風圧に、士郎は吐きたいし気絶しそうだし酷い状態に陥っていた。

 このまま気絶してもアウトだし、手を放しても落下ダメージでアウト。


 打つ手がなく、どうすりゃいいんだよ! と嘆いていたその時、急に閃いた。もうこれしかないと覚悟した士郎は、必死に詠唱する。


「ギ……ギガフレイム!」


「ギャアア!?」


 文字通り死にもの狂いで放った豪炎が、剣を通して直接火竜の体内に炸裂する。さしものレッドドラゴンも、体内に直接攻撃を受けるのは堪らなく悲鳴を上げた。


「ギガフレイム! ギガフレイム!」


 ここぞとばかりに豪炎を連撃する士郎。火竜は暴れながら、ズドンと激しい音を立てて地上に降り立つ。その衝撃で剣がすっぽ抜け、士郎も背中から地面に叩きつけられた。


「がは……ごふ、ごふ!」


「士郎さん!」


「ハイヒール!」


 仲間達が士郎のもとに集まり、心配そうに声をかける。


「無茶苦茶にも程があるよ! 心配したんだからね!」


「ご、ごめん……ああするしかなくて」


「ボクは見てて面白かったけどね」


「でも、士郎さんのお蔭で状況が好転しましたよ。見てください」


 楓に促されて皆が顔を向けると、苦しそうに暴れていた火竜が天に向かって砲声を轟かせる。


「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 骨の芯まで響くような咆哮を放った直後、火竜の全身が紅蓮のオーラに包まれる。

 その状態はダンジョンライブで確認済み。HPを三分の二まで削り切ると、火竜は【暴走状態】になるのだ。


「やっとここまで来たね」


「ここを乗り切ればゴールです」


「残るは終盤戦……ってかい」


「僕達ならできるよ」


 ここが正念場、最後まで集中を切らさない。

 拓造に支えられながら立ち上がった士郎は、猛々しい火竜に負けないほどの闘志を胸に燃やした。


「ああ、ファイナルラウンドだ」

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