第200話 火竜戦2
「エリアソニック、エリアプロテクション、エリアインクリース」
「ファイティングスピリット」
拓造が敏捷性と防御力、更には最近取得した攻撃力上昇スキルを全員に付与し、楓も戦意高揚スキルを発動してパーティー全体のステータスを底上げする。
そんな中、先制攻撃を仕掛けたのは灯里とメムメムであった。
「パワーアロー!」
「ギガアクア」
遠距離から放たれた豪矢と水の豪球が駆け出している士郎の頭上を追い越し、レッドドラゴンに着弾する。
「グルル」
直撃したのにも関わらず、火竜は「何かしたか?」と言いたげに首をもたげた。
想定していた通り、やはり彼奴の硬さは尋常ではないようだ。耐久力もそうだし、体力的にも今までのモンスターとは比にならないだろう。体力を削り切るには相当な時間が要する。
が、長期戦になることは覚悟の上だ。
いくら硬かろうが、攻撃を与え続けていけば必ず倒せるはず。
「はぁああ!」
ようやく火竜に接近した士郎が、気合を込めた斬撃を右手に叩きつける。真・鋼鉄の剣の性能が良いからか弾かれることなく振り抜けたが、大したダメージになっている様子はない。やはり、最低でもアーツでなければ有効打にはならなそうだ。
「ゴアッ!」
「――っ!?」
煩わしかったのか、火竜は左手を上げて士郎を押し潰そうとスタンプしてくる。大きくサイドステップをして間一髪躱せたと思ったその瞬間、不意を突くかのように後方から長い尻尾がぐわっ! と振るわれた。
「がはっ!!」
辛うじてバックラーで受けたものの、子供が缶蹴りをした缶の如く吹っ飛ばされ、バウンドしながら地面に転がる。
(痛ってぇ……トラックに跳ねられたみたいだ。跳ねられたことないけど……多分こんな感じなんだろうな。骨がイってる気がするよ)
「プロバケイション!」
士郎がうずくまりながら悶絶している間に、楓が注意を引きつける。
たった一撃でこの様だ。バックラーを挟んでいなかったらどうなっていたか分からない。攻撃力も段違いだとは予め分かっていたことだが、いざ受けてみると想像を遥かに絶する威力だった。
「ハイヒール。許斐君、大丈夫かい!?」
「はい……なんとか」
動けない士郎に拓造が駆け寄り、上級回復魔法をかける。その効果でHPも全回復し、骨折が治り痛みも消えた。
「ありがとうござます。序盤はバンバンやられるんで、よろしくお願いしますね!」
「うん、分かってるよ」
立ち上がって再び火竜へと走り出す士郎を見送る拓造は、マナポーションを飲みながら作戦の時に伝えられた己の役割を思い出していた。
『火竜戦の序盤、キーとなるのは島田さんです』
『えっ、僕かい?』
『はい。火竜と戦うのは初めてですので、前衛の私と士郎さんは慣れない最初の間はどうしても攻撃を避けきれず被弾することが多いと思います。島田さんには、その時すぐに回復できるようつかず離れずの位置にいるよう立ち回って欲しいのです』
『分かった。最善を尽くすよ』
――そう、士郎が攻撃を受けるのは想定済みであった。
本来なら士郎が吹っ飛ばされた瞬間灯里がいつものように「士郎さん!」と声をあげるのだが、それが無いのもやられる覚悟の上だからである。
そして拓造は、火竜の視界に入らない場所に居ながら、攻撃を受けた前衛をすぐに回復できるポジショニングを確保する。それが彼に与えられた役割だった。
なので拓造も状況を把握しながら動き回らなければならないし、もたついてしまえば仲間を死なせてしまうことになる。
今までは後方で待機してばかりだったが、今回ばかりは拓造も危険地帯に入らなければならない。
だが彼は責任感がある役割であるのを嬉しいと感じていた。
(頭をクールに、冷静に盤面を見る。だよね、メムメム君)
だからといって、張り切って空回りしてはいけない。
『嘆きのメーテル』のイベントで、ヒーラーにも関わらず骸骨騎士に向かって行きやられそうになった苦い経験が脳裏を過る。その時にメムメムからヒーラーの役割を指摘された拓造は、いつも冷静に状況を判断するよう密かに訓練してきたのだ。
「ゴルアアッ!」
「ぐぅ!! (重い!!)」
レッドドラゴンが繰り出す爪の攻撃を、大盾を構えて正面から受け止める楓。ミノタウロスよりも遥かに重いソレは、防御を貫き衝撃となってダメージを与えてくる。
いつものように120点! いや150点ですよ! と痛みに喜んでいる場合ではない。歯を食いしばって耐えなければ、瞬く間に吹っ飛ばされてしまうだろう。
「チャージアロー!」
「ギガアクア」
「グルッ……」
楓に追撃しようとした火竜の頭部に灯里の充填矢が、翼に豪水が着弾する。
クリーンヒットしたのだろうか。火竜の
「ブレス!!」
火竜のお家芸であるブレスの兆候を確認した楓は、後方にいる二人に聞こえるように合図を送る。灯里とメムメムが散開したと同時に、火竜が大口を開けてブレスを放った。
「「――っ!!」」
真っ直ぐに飛んでくる灼熱の火球は思っていた以上に速かった。危機を察した二人は咄嗟にダイブしながら地面へと伏せ、火球を回避する。
「熱っつい!」
「丸焦げにするつもりかよ、トカゲめ!」
顔を顰める灯里と、悪態を吐くメムメム。
完全に回避したのに、火球の熱波が身体を襲ってくる。ナマークのマントを羽織っていてこの熱さだ。もし用意していなかったら、確実に火傷を負っていただろう。
それにしてもなんて威力だろうか。もし直撃してしまえば確殺は間違いないだろう。絶対に喰らってはいけないと改めて用心する灯里達。
「ブレイズソード! ブレイズソード!」
灯里達へ向いたヘイトを取るため、果敢にアーツを繰り出す士郎。
【火耐性】がある火竜にブレイズソードによる火属性ダメージは効果がないが、純粋な斬撃の威力はパワースラッシュより全然高いしMPの燃費も良いのでブレイズソードが最も有効なアーツである。
「ギャアアア!!」
「ぐはっ!?」
「ぐっ!!」
士郎が果敢に攻めるも、火竜のヘイトは未だに後衛に注がれていた。グッと地面を蹴る火竜は、猛スピードで灯里達へと突進する。その際、足が当たったことで近くにいた士郎と楓が吹っ飛ばされてしまった。
「逃げるよメムメム!」
「こっちに来るんじゃないぞ!」
ドッドッドッと地を鳴らしながら突っ込んでくる火竜に対し、灯里とメムメムは懸命に逃げ回る。幸い、小回りが利かず直角に曲がることができないみたいだ。灯里とメムメムが無事逃げ切った中、拓造に回復してもらった士郎と楓が急いで火竜へと向かう。
「ゴア! ゴア!」
「ブレス!」
「やっば!?」
開幕と同じ状況になったが、違うのは火竜がブレスを放ってきた。
しかも、士郎と楓に向けての二連射。飛来してくる火球に触れたらお終いなので、二人は慌てて横にダイブして紙一重で回避する。
「あっつい!」
「アローレイン!」
「ギガアクア」
士郎が熱波に悶えている間、灯里が全体攻撃の雨矢を射りメムメムが豪水球を放つ。すかさず士郎と楓も立ち上がり、火竜に肉薄して攻撃を仕掛けた。
「ゴアッ」
「ふっ」
「グルァ」
「スカイウォーク!」
頭上からのスタンプを落ち着いて回避した士郎に、先程と同様に尻尾による薙ぎ払いを仕掛けてくる。しかしこの動作を読んでいたのか、士郎は空を蹴って真上に回避した。
「ブレイズソード!」
「グルッ!?」
ジャンプした勢いそのまま火竜の首を斬りつける。
他よりも鱗が柔かったのか、初めて火竜の身体から鮮血が飛び散った。傷を付けられた事が癪に障ったのか、火竜はキリンのように長い首をしならせて宙にいる士郎を振り払おうとする。
士郎はもう一度空を蹴って避けようとしたが、足先にカスってしまい地面に叩きつけられた。
「ぐはっ」
「チャージアロー!」
「ギガアクア」
「シールドバッシュ」
「ハイヒール」
倒れている士郎へ追撃させない為に、灯里達が攻撃を仕掛ける。一斉攻撃を受けて苛立った火竜は、後衛に向けてブレスを放とうと息を吸い込んだ。
「ギガフレイム!」
「グルッ!?」
刹那、絶妙なタイミングで放った士郎の豪炎が火竜の顎下に着弾し、攻撃が中断される。ギロリと鋭い眼光で士郎を見下ろす火竜は怒涛の攻撃を仕掛ける。
(上、左、もう一度上!)
だが士郎は、火竜の攻撃を完璧に回避しきった。
その訳は単に、彼のユニークスキル【思考覚醒】が発動したからである。
((きたっ!!))
突然士郎の動きがキレッキレになったのに気付いた仲間達は、待ってましたという期待に満ちた表情を浮かべる。
今まで士郎の窮地を何度も救ってきた【思考覚醒】は、残念ながら任意で発動することができない。
発動条件も明確に判明した訳ではないが、恐らく戦闘をしていく内に士郎のボルテージが上がり、集中が研ぎ澄まされた時に発動すると思われる。
この状態になった士郎は動きのキレが格段に増し、数秒先の未来でも見ているかのように頭が冴え渡るのだ。
『序盤のキーは島田さんと言いましたが、実はもう一つあります。それは、士郎さんがどれだけ早く【思考覚醒】のスキルを発動できるかです』
『俺の……【思考覚醒】?』
『はい。あの状態になった士郎さんは常に最適解を出し続け、正に無敵の状態と言ってもいいでしょう』
『そこまでかな……俺自身はただ無我夢中なだけなんだけど』
『いえ、傍から見ててもかなりヤバいです。士郎さんが【思考覚醒】を発動するのが早ければ早いほど、火竜との戦いはより有利になるでしょう』
『う~ん、まぁ頑張るよ』
とは言ったものの、【思考覚醒】が発動するのは時と運頼りである。
しかし今回は、火竜という超強敵と相対し常に死が纏わりついた極限の状況だったため、緊張感や集中力が普段より早めに高まったのだ。
「灯里! 楓さん!」
士郎は二人を呼びながら指先のジェスチャーで指示を送る。
指示を受け取った灯里は攻撃の準備を始め、楓はプロバケイションを発動した。
火竜から繰り出される爪や尻尾の攻撃を紙一重で回避しながら、士郎もダメージを与えていく。彼がこうも避けられるのは、【思考覚醒】の力だけではない。
最初の内にぶっ飛ばされながらも、火竜の動きをインプットしていたのだ。動画を見て何度もシミュレーションをしたが、実際に立ち会ってみると誤差が出てしまう。士郎はぶっ飛ばされながらも火竜の攻撃パターンを身体に覚え込ませ、動作の摺合せをしていた。
「スカイウォーク」
火竜の顎から火の粉が漏れたのを確認した士郎は、強く地面を蹴って顔面へと向かう。彼が持つ黒剣は、真紅の輝きを放っていた。
「今だ!」
「シューティングソニック!」
合図と共に灯里がユニークアーツを撃ち放つ。
シューティングソニックはチャージアローの強化版かつ、発動には一定のダメージをモンスターに与えなければならない。いわゆるゲージ技というやつであった。
「ギャアア!?」
灯里の弓から放たれた矢は、一筋の暴風となって火竜の翼を撃ち抜いた。士郎を狙っていた火竜のブレスは、身体のバランスを崩したため違う方向に放たれる。その隙に、士郎は火竜の頭上まで肉薄していた。
「
「ギャアア!!」
紅蓮の斬撃が火竜の額に炸裂する。
士郎と灯里のユニークアーツを立て続けに喰らった火竜は、大きな翼を羽ばたかせ逃げるように空へと舞い上がった。
「はぁ……はぁ……上手くいった」
「ここまでは完璧なスタートですね」
上空を旋回している火竜を見上げる士郎達は、今の内に失ったMPを補充するためマナポーションを飲みまくる。
レッドドラゴンは、HPの三分の一が削られると空を舞うという決まった行動があった。
つまりは、そこまでダメージを与えられたという事である。
ここまでが序盤。
火竜との戦いは、中盤戦に移行する。空を自由に飛び回る火竜を睨みつけながら、士郎はさらに集中を高めていく。
「さぁ、第二ラウンドだ」
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