第199話 火竜戦1
ついにこの日がやって来た。
「はぁ……全然眠れなかった」
自分の部屋の天上を見上げながら、小さなため息を溢す。
戦いに備えてしっかりと睡眠を取りたかったのだが、意識すればするほどドツボにハマってしまい、頭が冴えて眠れない。まるで遠足を楽しみにする子供のように。
そうなるのも仕方ないのかもしれない。
今日は土曜日で、三十階層の階層主であるレッドドラゴンに
途中『迷宮革命軍』とかハプニングはあったが、全てはこの日の為にナマークのマントを用意したり、皆で作戦会議を行ったりとやるべきことを十全に備えてきた。
眠る前にイメージトレーニングをしていたら、逆に眠れなくなってしまったけどね……。
「よし、起きるか」
気合を入れる感じでパンッと頬を叩き、ベッドから起き上がる。
寝間着から私服に着替え、一階に下りる。リビングに入ると、キッチンで朝ごはんを作っている灯里と目が合った。
「おはよう」
「おはよう士郎さん。どうしたの、今日は早いね」
「いや~、実は興奮して眠れなかったんだよ」
「ふふ、そうなんだ」
ぽりぽりと頭を掻きつつ照れながらぶっちゃけると、灯里は母性溢れる笑顔を浮かべた。なんか恥ずかしいな……素直に言うべきじゃなかったかも。
「実は私も同じ。落ち着かなくて早く起きちゃったもん」
「そうなんだ」
「うん。朝ご飯用意しちゃうね」
「ありがとう、顔洗ってくるよ」
「は~い」
灯里が用意してくれている間に、顔を洗って生え始めた髭もしっかりと剃る。リビングに戻った頃には食卓にご飯が並べられており、灯里はメムメムを起こしに行っていた。
「ねぇ~アカリ~今日早くないかいぃ? もう少し寝かせておくれよぅ」
「はいはい、ちゃんと起きて」
眠そうに瞼をこすっているメムメムを、灯里が階段を踏み外さないように支えながら二人して降りてくる。
俺達には、朝ご飯は皆で食べるというルールがある。だが今日はいつもより早い時間になってしまったから、メムメムにはちょっと悪いことをしてしまったかな。
というか俺や灯里と違って、メムメムには火竜戦に対しての緊張や興奮が全く見受けられない。
そりゃあそうか。彼女は異世界で、それこそ本物のドラゴンと戦っていただろうし。それも、コンティニューが存在しないリアルな世界で。
「おはよう、メムメム」
「おは~、ふぁぁあ」
「食べよ」
皆でいただきますをしてから、灯里が作ってくれた朝ご飯に手をつけていく。
サラダに目玉焼き、魚にベーコンに味噌汁と定番の朝メニューだ。だけど、これを作るのが手間で大変なのは一人暮らしをしてよく分かっているから、本当にありがたい。
「美味しいよ、灯里」
「ふふ、ありがと」
だから、ちゃんと美味しいということを伝える。それが作ってくれる灯里への礼儀だろう。勿論お世辞で言っている訳ではなく、灯里が作ってくれたご飯は凄く美味しい。
白米をおかわりして、ごちそうさまと食べ終わる。
各自出掛ける仕度をしてから、
「じゃあ、行こうか」
「「うん」」
俺達は東京タワーに向かうため家を出たのだった。
◇◆◇
「あれ、何の騒ぎだ?」
「有名人でも来てるんじゃないのかい」
「ねぇ、あれ楓さんと島田さんじゃない?」
「あっ、本当だ」
ギルドに入り、正面通路を通って冒険者用の大広間に出ると、なにやら騒がしく人だかりができていた。メムメムの言う通り有名人、アルバトロスとか神木刹那とかDAとかが来ているかと思われたが、なんと囲われていたのは楓さんと島田さんだった。
「何かあったのかな?」
「とりあえず助けに行こうか。メムメム」
「へいへい」
メムメムに認識阻害を解除してもらって、人混みをかき分けて二人のもとに向かう。
「士郎さん」
「あっ許斐君、ようやく来てくれたんだ」
「いったいどうしたんですか?」
「それが――」
二人と合流してどうなっているのか尋ねようとしたら、楓さんが説明する前にカバッと太い腕が首に巻き付いてくる。
「何って、そりゃお前等の激励に来てやったんだよ」
「うわ、やっさん!?」
突然のことに驚いていると、肩を組んできた相手はやっさんだった。
「激励って……」
「お前等、今日は火竜に挑戦するんだろ?」
「うん、そのつもりだけど」
「やっぱりな。ここにいる皆、お前等を応援しに来たんだぜ。けどシロー達はいつもふらっとダンジョンに行っちまうからな。カエデちゃんとシマダを偶然見つけたんで引き留めておいたって訳よ」
「そういう事です」
「そうだったんだ……」
やっさんもそうだけど、ここにいる皆わざわざ俺達を応援しに来てくれたのか。期待されるのはプレッシャーでもあるけど、純粋に嬉しいな。
「頑張ってください、俺応援してますから!」
「田中君……ありがとう」
先日、カースシリーズをばら撒いている根源だったバグをその場に引き留めておいてくれた田中君が熱いエールを送ってくる。彼だけではなく、他の皆からも次々と応援が降り注いできた。
「アカリちゃん頑張れ!」
「カエデちゃん、いつもの期待してるよ!」
「しっかりしろよ、シマダ!」
「メムメム、今日も楽しませてくれよ!」
この場にいる全員から、熱い応援が送られてくる。
その想いが伝わってきて、心が燃え上がっていくのを感じた。
「ここにいる奴等だけじゃねぇ。スレ民や他の冒険者達、お前等のダンジョンライブを楽しみにしている世界中のファンがきっと今日という日を待ちわびていたと思うぜ。火竜を初見突破した冒険者は未だにいねぇが、お前達ならできるって期待してるからよ。頑張ってこい」
「やっさん……」
闘魂注入するように、バシッと背中を叩かれる。
俺達がそんなに注目されているなんて思ってもみなかった。そっか……なら、期待に応えられるよう頑張らなくちゃな。
「頑張るよ。見ててくれ、皆で火竜を倒してくる」
「その意気だぜ。お前達のライブはギルドの特大ビジョンでも流れるし、俺達も『戦士の憩い』で見てるからよ」
「わかった」
やっさん達から激励を貰った俺達は、ダンジョンに行く準備をしてからゲートを潜る。先導するスタッフについていき、自衛隊員が直立している中自動ドアの前まで辿り着くと、ウイーンと扉が開いた。
「では、よい冒険を」
スタッフの言葉を聞いた俺達は、皆で顔を合わせた後、自動ドアの中に入って行った。
「皆さん、ちゃんとナマークのマントを羽織りましたか」
「うん、大丈夫」
二十九階層に転移した俺達は、肩慣らしに二度モンスターと戦いつつ三十階層への階段を見つけ、ボス戦に備えて準備をしていた。
「HP、MPは全回復にしましたか?」
「勿論さ」
「なら、私から言うことはもうありません。士郎さん、お願いします」
ボスに入る前の準備確認を終えた楓さんが意味深に俺を見てくる。
何か気の利いたことを言えということだろう。一応、このパーティーのリーダーは俺だからな。
そういうのは苦手だし慣れてもいないが、ここは決めるべき所であると分かる。だから、俺は皆の顔を見回しながら口を開いた。
「火竜は強いし、未だに初見突破した冒険者は居ない。負けても仕方ないと思う。だけど……この日の為に色々準備してきたし、さっきやっさんが言ってくれたけど色んな人達が俺達を応援してくれたり、期待してくれている」
「うん、そうだね」
「こんなに注目されるのは恥ずかしいけど、なんだか嬉しいよ」
灯里と島田さんの言葉に頷いた俺は続けて、
「だから俺達は、期待に応えるべきだと思う。皆からの応援を力にして、火竜に勝とう」
「ええ、勝ちましょう」
「やるからには勝ちに行くに決まってるじゃん」
楓さんとメムメムの言葉にも頷いて、俺は皆にこう告げた。
「行こう」
◇◆◇
三十階層の階層主、レッドドラゴン。
上級冒険者への登竜門と言われており、今までとは一線を画すモンスター。初見突破した冒険者は未だにおらず、クリアした冒険者は何度もトライを繰り返し、努力と工夫と運を噛み合わせ倒してきた。
しかし残念ながら、突破を諦めてきた冒険者も数多である。恐らく全体の10%にも満たないだろう。挑戦するのを諦めてしまう程の絶望感を与えてくるのが、レッドドラゴンの恐ろしさだった。
そんな火竜の登場には特別な演出が設けられている。
士郎達が転移した三十階層のステージは広大な丘。その丘から遠くに見える大きな火山の火口が噴火したと同時に、火口から火竜が飛び出てくる。
大きな翼を羽ばたかせ、澄み渡る青空を自由に飛び回りながら、やがて挑戦者達の前に降り立った。
「あれが……レッドドラゴン」
初めてレッドドラゴンを目の当たりにした士郎達は、ごくりと息を呑んだ。
緋色の竜鱗。爬虫類の黄金の瞳。大きな口から見える鋭い歯。長い首、太い胴体。巨体を支える剛拳と豪脚。うねる尻尾に、巨大な竜の翼。
龍ではなく竜。
その姿は神々しく、ひれ伏してしまいそうになる。アニメやCGでしか見たことのない架空の生物が、士郎達の眼前に悠然と立っていた。
「な、なんかさ……」
「想像していたより……ずっと大きいね」
レッドドラゴンを目にした拓造と灯里がぽつりと呟く。
何度も見たダンジョンライブでレッドドラゴンの大きさは把握していたし、大型トラックよりやや大きいぐらいなイメージであった。
しかし、いざ立ち会ってみると想像以上に大きく感じられ、圧倒的な存在感に気圧されてしまう。
「グルル……」
士郎達が硬直している中、先に行動を起こしたのは火竜だった。
「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「「――ッ!?」」
天を劈く咆哮が迸る。
直後、士郎達の精神が蝕まれ、蛇に睨まれた蛙の如く身体が硬直してしまった。
(恐い……恐いよ)
(身体が全く動きません……声すら出せない)
(冗談じゃない、あんな化物に勝てる訳ないよ……)
灯里や楓、島田の顔には絶望が浮かび上がっていた。
指一本すら動かせない上、今まで味わったことがない恐怖がこみ上げてくる。
レッドドラゴンが唯一有するユニークスキル【
ならどうやって対処すればいいのかといえば、ステータスの精神力が飛び抜けて高い者か、何度もチャレンジして【竜の威圧】に慣れるしかないだろう。
そんな凶悪スキルを開幕と同時に必ず発動してくるので、【竜の威圧】は正に初見殺しであった。
このスキルにどれだけの冒険者達が地に伏せられたか。どれだけの冒険者達が絶望し、戦うことを諦めたか。
【竜の威圧】を乗り越えることが、冒険者にとって最初の難関だった。
(スキルが発動できません……これ程厄介だなんて)
このままでは、士郎達も今までやられてきた冒険者達の二の舞を踏むことになってしまうだろう。
事前の対策では唯一精神を昂らせる戦意高揚スキル『ファイティングスピリット』を持っている楓が発動する予定であったが、その楓がスキルを発動すらできない状態に陥っていた――事前に発動していても意味はない――。
パーティーの中でも随一の精神力を誇る楓でさえも、【竜の威圧】からは逃れられなかった。
戦う前に全滅が決まったと思われたその時、士郎が腹の底から声を出す。
「おおおおおおおおおお!!」
「「――っ!?」」
士郎が放った大声により、灯里達が感じていた恐怖が掻き消えた。それどころか、あたたかい何かがじんわりと身体の中心から溢れてきて血流のように全身を巡る。
自分達の身に何が起こったのかは、誰にも分からない。
明らかなのは士郎が声を上げたことだが、何故彼は【竜の威圧】に耐えられたのか。
その要因は、彼に新しく備わったユニークスキル【
【勇気の心】は勇気の力を発揮し、パーティーにも勇気を与える効果がある。勇気とは何ぞやとかなり曖昧な効果ではあるが、今回はそれに救われた形になったのだ。
「おっと、こりゃ凄い。初見殺しを突破したか。流石は僕の最推しだね」
士郎達の様子を十九階層の中に作った秘密の部屋で見ていた
「駄目かと思ったけど、なんとか持ち直したようね」
「ふん、おれが見込んだ男だ。こんくらいしてもらわなきゃ困る」
二十二階層にあるログハウスで、
「流石シローちゃんにゃ!」
「凄いね、私達は全然駄目だったのに」
「でも、これからが本番ですわよ」
「頑張れシロー、アカリ、メムメム」
DAのカノンとミオンとシオン、それにロシアにいるアナスタシアが弟と共に固唾を呑んで見守っていた。
「へ~、初見殺しを乗り切ったのね。やるじゃない」
「ああ、許斐君ならやってくれると思っていたよ。きっと彼なら、僕等でも叶わなかった偉業を成し遂げてくれるさ」
日本最強の冒険者パーティーアルバトロスの
そしてこの男も――、
「どれほど強くなったか、お前の力をオレに見せてみろ。シロー」
日本最強の冒険者、
彼等だけではない。
『戦士の憩い』に居るやっさんや田中に、執務室で仕事をしながら見ている合馬秀康。スレ民や、世界中のダンジョンファンが士郎達と火竜の戦いを見ているのだ。
「皆平気?」
「うん、士郎さんのお蔭だよ!」
「助かりました」
「一瞬終わった~って思っちゃったよ……はは」
「ボクはへっちゃらだったけどね」
仲間達が戦う顔になったのを確認した士郎は、相対するレッドドラゴンに向けて先陣を切るかの如く駆け出した。
「よし、行くぞ!」
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