閑話 アイドル達の慰安旅行in箱根
「づ、
「こ、今回ばかりは本当にいつ倒れてもおかしくなかったですわ……」
「楽しかったけど、大変だったよね~」
口々にぼやいているのは、『歌って踊って戦う』アイドルグループDAのメンバーである
本来ならばこの場にもう一人、四人目のDAとして正式に加入したロシアの歌姫アナスタシア・ニコラエルことナーシャが居るのだが、彼女は諸事情により現在は母国に帰っている。
三人はライブ会場にいる時のような覇気は一切なく、床やソファーに寝転がっていたりテーブルに突っ伏したりと疲労困憊なご様子。
それも無理はないだろう。
長期夏季休暇に合わせて行われた九日間にも及ぶDAのサマーイベント。
初日と二日目はライブを行い、月曜日から金曜日の祝日を合わせた平日の五日間は東京タワーダンジョンで水着の装具(特注品)を着て冒険したり、生配信のテレビ番組に出演したりと大忙し。
昨日は東京湾に浮かぶ船の上で中継ライブを行い、そして最終日である今日。ギルド近辺にあるライブ会場で夕方から始まったラストサマーライブをようやく終えて、DAは激動のサマーイベントを乗り切ったのだった。
冒険者もやっており、日頃アイドル活動に勤しんでいるからそれなりに体力があるとはいえ、九日間もぶっ通しで活動するのは彼女達でも流石に骨が折れただろう。
ライブ会場から家に戻ってきたが、シャワーを浴びる体力すら残っていない。部屋に入った瞬間、電池が切れたようにぶっ倒れてしまう。
そんなグロッキー状態のアイドル達に声をかけたのは、DAを担当している敏腕マネージャーの関口アンナだった。
「皆、ご苦労様。貴女達が頑張ったお蔭で、サマーイベントを大成功で終えられた。急遽ナーシャが抜けて大変だっただろうけど、本当にお疲れ様。最高の九日間だったし、最高の夢を見させてくれて心から感謝しています」
「「……」」
「な、なんですかその顔は?」
普段から表情一つ変えないクールなアンナが、興奮しながら賛辞を送ってくるのに対し、ミオン達はポカンとした表情を浮かべている。
「あのアンナが素直に褒めてくるにゃんて、明日は雪でも降るのかにゃ?」
「失礼ですね、私だって人間です。貴女達がこの九日間、どれだけ頑張ってきたのかを間近でずっと見てきたのですから、テンションも上がるし褒めたくもなりますよ」
ジト目で見てくるカノンに、アンナはため息を吐きながら伝えた。
あれだけ“最高のアイドル達”と行動を共にし、心が動かない訳がない。冷静沈着なアンナでさえ、アイドル達が与えてくれた“夢の時間”に未だに心を奪われていた。
陳腐な言葉になってしまうが、それほど凄かったのだ。この三人は。
「私達だけじゃ無理だったよ。アンナが引っ張ってくれたから、私達も最後までやり遂げられたんだよ」
「そうですわ。アンナさんが支えてくれたから、わたくし達も頑張れたのですわよ」
「まっ、そういう事にゃ。ありがとうにゃ、アンナ」
「三人共……」
三人のお礼にアンナは不覚にも涙を流してしまいそうになる。
頑張ったのはアイドル達だけではない。スケジュール管理に各方面への連絡や打ち合わせなど、アンナだって奔走していた。
DAのマネージャーが彼女でなければ、きっとサマーイベントを乗り越えられなかっただろう。アイドル達はそれをちゃんと分かっていた。
くすぐったい空気を吹き飛ばすように、カノンがごろんと猫の如く転がって呟いた。
「とはいっても、今回のイベントは流石に疲れたにゃ。冗談じゃなく、休みが欲しいにゃ」
「そうですわねぇ。イベントが始まるまでも準備で大変でしたし、休日なんていつ以来でしょうか」
「カノンじゃないけど、そろそろ休まないと身体ももたないよねぇ」
休みが欲しいと三人揃ってねだってくるのに対し、アンナは柔らかい笑みを浮かべ皆にこう伝える。
「そう言うと思っていましたから、明日明後日は休みにしていますよ」
「やったにゃ!」
「というより、一泊二日の慰安旅行を皆で行く予定です」
「「「へ?」」」
「き、聞いてないにゃ」
「慰安旅行って……それはまた急ですわね」
「ねぇアンナ、どこに行くの?」
突然慰安旅行に行くぞと告げられ驚く中、ミオンがわくわくな顔で尋ねると、アンナは口角を小さく上げながらこう言ったのだった。
「箱根よ」
◇◆◇
神奈川県随一の観光名所である箱根。
芦ノ湖や大涌谷などの美しい自然に囲まれ、美術館やミュージアムのような芸術といった様々なジャンルのスポットが集まっており、日本人だけではなく外国人からも絶大な人気を誇っている観光地。
そんな箱根の中でも特に人気なのが箱根湯本である。
『箱根の玄関口』とも呼ばれ、歴史ある名湯が沢山あり、箱根の中でも多くの温泉施設や温泉宿、飲食店やお土産もの屋が充実している場所だ。
疲れた身体を温泉に浸かって癒すのならば、やはり箱根湯本だろう。
「ほえ~、ここが箱根湯本にゃのか~」
「わたくし、初めてきましたわ」
「やっぱり観光地なだけあって賑わってるね。なんかウキウキしちゃう」
「三人共、恥ずかしいから大人しくしていないさい」
キョロキョロと駅構内を見渡すカノン、シオン、ミオンの三人と付き添いのアンナ。
彼女達は新宿駅から小田急ロマンスカーを利用し、約一時間半をかけて箱根湯本駅に到着した。勿論、DAだとバレない為にしっかりと変装はしてある。
因みに、箱根湯本が人気なのはアクセスが抜群で気軽に日帰り旅行ができるという点もあった。
「宿を予約してあるので、早速行きましょうか」
アンナが先頭に立って、浮足立つ三人を引き連れていく。
まんじゅう屋やかまぼこ食堂等の飲食店が立ち並び、美味しそうな食べものが次から次へと目に入ってきてついついお腹が鳴ってしまう。
絶対後で食べようと心に誓い、商店街の町並みを眺めながら進むと、大きな旅館がそこかしこに立っているのが見えてきた。
「うわ~旅館だらけだね」
「流石は箱根といったところですわね」
箱根湯本では温泉旅館が数多く存在し、どこに泊まればいいのかと悩んでしまうのが悩みの種でもある。
いったいどこに泊まるのだろうかとアンナについていくと、到着したのは趣深い雰囲気を纏っている大きな旅館だった。
「「へ~」」
三人が旅館を見上げて感心していると、アンナが玄関を開けて中に入ってしまう。追いかけると、着物を纏ったスタッフ達に待ってましたと言わんばかりに出迎えられる。
「「本日はようこそおいでくださいました、関口様、DAの皆様」」
「よろしくお願いします」
「な、なんか凄いにゃ……」
「物凄いお出迎えですわね……」
「ははは……箱根旅館って全部こんな感じなのかな」
大仰な接待に圧倒されている三人に、アンナは「そんな訳ないでしょう」と続けて、
「今日は私達の貸し切りにさせてもらいました」
「「「か、貸し切り!?」」」
「ええ、その方が周りを気にせず休めるでしょう?」
アンナの説明を聞いて驚愕するミオン達。
まさか旅館を貸し切りにしているとは思いもしなかった。それなら大仰な接待にも納得がいく。
確かに、アンナの言う通り貸し切りにしてくれるのは非常に助かる。ちょっとの用事で部屋を出る時や、温泉に入る時に一々周りを気にしないのは楽だった。
ただ、こんな凄い旅館を貸し切りにするってどれだけお高いのだろう……とか下世話なことをつい考えてしまうが。
「どうぞこちらです」
「「おおおおおおお!!」」
女将に案内された部屋を訪れたシオン達は、感嘆の声を上げた。
部屋の中はとにかく広く、趣きがありながらも高級感を兼ね備えていた。外の眺めも絶景と言うしかないだろう。
「こんな凄い部屋人生で一度も泊まったことないにゃ……」
「というか、普通だったら取れませんわよ」
「うわぁ~綺麗~!」
カノンとシオンが部屋のクオリティにドン引きしている最中、ミオンだけは呑気に外の景色を眺めてはしゃいでいる。
そんな三人に対し、アンナはパンッと手を叩くと、
「ほら、出かける準備をしなさい。箱根を観光しますよ」
◇◆◇
「このまんじゅう美味いにゃ~いくらでも食べれるにゃ~」
「あら、素敵な扇子ですわね」
「ねぇ皆、え〇ぁ屋だって! 何であるんだろ!? 聖地なのかな!?」
「はぁ~、足湯というのも良いものですね」
それから四人は箱根を観光しまくった。
様々な味の美味しいまんじゅうを皆で食べ比べしたり、寄木細工や綺麗な扇子が売っている小物店に入ったり、聖地なのか箱根の雰囲気に似合わない某有名アニメのショップを見学したり、パワースポットの神社を巡ったり、歩き疲れた足を足湯で癒したりと、それはもう楽しく満喫した。
夕方になる前に旅館へと戻ってきたら、女将から「食事の前にお風呂をどうぞ」と勧められたので、皆でひとっ風呂浴びることに。
「で、デカいにゃ……!? シオンのおっぱいデカ過ぎにゃいか!? いったい何を食べたらそんな大きくなるのにゃ!?」
「ちょっとカノン、あんまりジロジロ見ないでくださいませんか。恥ずかしいですわ」
脱衣所で衣服を脱いだシオンの裸体を目にしたカノンは、ありえへんやろ! と言いたげな表情を浮かべた。
そこには大きなメロンが二つ実っており、見るなというのが土台無理な話だろう。
因みにシオンの次に大きいのがアンナであり、彼女もかなり立派なものをお持ちだった。
その次がミオンで、そこそこ大きく張りもあり彼女らしいお胸である。というより、ミオンの場合は胸というより全体的に見たプロポーションが素晴らしい。
カノンはまぁ……控えめに言っても膨らみがあるかどうかという悲しい問題だった。
「ちょっと触らして欲しいにゃ……うわ、何だこのずっしり感!? 重っ!」
「あん……やめなさい! 本当に怒りますわよ!」
下から持ち上げるようにシオンの胸を揉んだカノンは、余りの感触につい猫キャラ口調を忘れて素が出てしまう程の衝撃を覚えた。
羨ましくはあるが、ここまで大きいと肩が凝りそうで大変そう……とか思ってしまう。それでも揉む手は止まってないが。
「ねぇ二人共、早く来なよ! 凄いよ!」
アンナと共に先に浴場に入って行ったミオンが、バカをやっているシオンとカノンを呼ぶ。その声でおっぱいの世界へ飛んでいた意識が甦ったカノンとシオンが浴場に向かうと、
「広いにゃ~!」
「最高の景色ですわね」
広々とした浴場に、温泉からは煙が立ち込めていて良い匂いも漂ってくる。まさに“露天風呂”という景観だった。そしてこんな広い温泉を、自分達だけで使えるのもまた贅沢である。
しっかりと身体を洗ってから、皆で温泉に入った。
「「あ”~~~~~~~~~~」」
揃ってダミ声が溢れ出る。
温泉の多分身体に良い効能と、ちょっと熱めの感じが全身に浸透し、心身ともに蕩けていってしまうようだった。
「気持ちぃぃいい」
「さ、最高にゃ~」
「ロケ以来久しぶりに入りましたが、やはりいいですわね」
「これだから温泉はやめられませんね」
「ミオン、シオン、カノン。三人共、本当にお疲れ様。あのハードな九日間を、よく乗り切ってくれたわ」
「いきなりどうしたにゃ」
「わたくし達は、わたくし達に与えられた役割を全うしたまでですわ」
「シオンの言う通りだよ。私達はただアイドルをやっただけ。それに大変だったけど、凄く楽しかったよ」
今振り返ってみても、よくぶっ倒れなかったなと不思議に思うほどハードスケジュールではあった。
身体的にも精神的にもキツく困難ではあったが、ライブや冒険者などアイドルとしての仕事は楽しかったし、ファンに喜んでもらえて嬉しいし、やり遂げた達成感もあった。なにより、このメンバーと一緒だからこそ楽しかったのだ。
彼女達の想いを聞いたアンナは、柔らかい笑みを浮かべて、
「そう言ってくれると私としても嬉しいわ。そこで、皆に話さないといけないことがあります。DAは、新グループを結成することになりました」
「「「新……グループ?」」」
突然そんな事を言われて困惑していると、アンナは続けて説明する。
「新しくメンバーを募集して、DAの後輩グループを作る話が進んでるわ」
「へ~、そうだったんだ」
「アイドルあるあるにゃよね、特に大手とかは」
カノンの言う通り、アイドルグループが2期性3期性と人数を増やしたり、姉妹グループといった新しいグループを結成するのはよくある事だ。
特に大手は、言い方は悪いが当たれば需要がある内にドンドン新しいのを増やしていっている。DAもそれに漏れず、という事だろう。
ただ、それにしては新グループを作る話が遅い気がする。
その疑問は、アンナから説明された。
「元々かなり早い段階から新グループを作る話は社の中で出ていたの。でも冒険者は過酷だし、『歌って踊って戦う』というコンセプトの新ジャンルのアイドルをまず確立させる為に、上には待ってもらったわ。まずは貴女達を大事に育てようとね」
「そうだったんだ……」
「流石はアンナにゃ」
「でも、そうなるとわたくし達に仲間ができるのですね」
「新しい仲間か、どんな感じなんだろうな~」
「もしかして、アンナはそっちの面倒を見るとかしないにゃよね?」
新しい仲間ができると知ってシオンとミオンが嬉しそうにしている反面、カノンは心配そうにアンナを見つめた。
これまで一緒に居て支えてくれたアンナが抜けてしまうのではないかという不安。カノンの言葉に二人も反応してアンナを見やると、DAのマネージャーはこう告げた。
「心配しなくていいですよ。私は貴女達から離れるつもりはありませんから」
「「はぁ~~、良かった~」」
安堵の息を吐くアイドル達に、敏腕マネージャーは仕事モードの顔を作って伝える。
「今回のサマーイベントで、DAはさらに一段階上に登ったわ。さらにナーシャも加わってもっと力が付く筈。だからDAはもっと高みを目指します」
「うん、頑張るよ」
「後輩に負けられませんわ」
「でも、高みを目指すって言っても何をするのにゃ?」
首を傾げながら問うカノンに、アンナは勝気に笑って、
「DAはこれから、世界に幅を広げます」
◇◆◇
それから旅館の超豪華な夕食を食べたり、食後の運動で第一回DAチキチキ卓球大会を開催したり(浴衣からシオンのおっぱいが零れた(ガチ))、汗を流そうともうひとっ風呂入ったり、折角だからとお酒を飲んだり(全員成人済み)、寝る前に恋バナしたりして(アンナは結構恋愛経験豊富だった)、楽しい一日目を終えた。
二日目も朝から芦ノ湖を訪れたり大涌谷で温泉たまごを食べたりと箱根を大いに満喫した後、再び新幹線に乗って自分達の家に帰り着き、楽しい慰安旅行を終えたのだった。
「はぁ~~~、旅行も良いけどやっぱり家が一番落ち着くにゃ~」
「帰ってきたった感じがしますわね」
部屋に入った途端ゴロゴロするカノンを見つめながら、シオンも嬉しそうに呟いた。
「でも、たまには皆でこういうのもいいよね!」
「ええ。凄く楽しかったですし、リフレッシュできましたわ」
「というか、考えてみたら今まで一度もなかったにゃ」
「今度はナーシャも一緒にね。きっと喜ぶよ!」
(この子達に逢えて、私は幸せですね)
次はどこに行こうかと早速計画を立てているアイドル達を優し気な眼差しで見つめながら、アンナはDAと出逢えたことに感謝を抱いていたのだった。
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