第204話 兄妹

 



「この世界にダンジョンを創ったのは私の世界の神であり、私の兄でもある創造と時空を司る神、エスパスよ」


「そんな!」


「まさか……神が二人いたなんて」


 ついに世界中の塔をダンジョンに変えた者の正体が判明した。

 その者は異世界の、創造と時空を司る神エスパス。やはりメムメムや合馬大臣が予測していた通り、異世界の神の仕業だったのか。それも、今目の前にいるアムゥルと兄妹であるらしい。

 てっきり俺達の世界に干渉している神は一人だけだと思っていたから、二人居たのは予想外だった。


「エスパスだって!?」


 神の名前を聞いて動揺しているメムメム。

 何か知っているのかと聞けば、彼女は怒った風に笑いながらこう告げた。


「前に話しただろ? ボクが魔境に居た時、不意を突かれて邪教徒に封印されたって」


「ああ、そういえば言ってたな」


「その邪教徒共が祀っているのがエスパスなんだよ。どの時代においても混乱を招いてきた神なんだ。本当にタチの悪い“邪神”なんだよ」


「邪神……か」


「なるほど、諸悪の根源はその邪神という事ですか」


 納得するように楓さんが指で眼鏡の縁をクイッと上げる。

 世界に混乱を招く邪神か……ん、待てよ? なんかその話、前にどこかで聞いたことがある気がするな。

 なんとか思い出そうと頭を回転させた時、ピンと記憶が甦ってきた。


「そうだ、エルヴィンだ! エルヴィンも邪神と戦ったって言っていた!」


 黒い穴の正体を突き止める為に風間さんと入った時、偶然出会った刹那と合流してから三人でモンスターのような化物と戦った。巨人の石像などを倒してたどり着いた先には、異世界の勇者エルヴィンが居たんだ。


 エルヴィンから聞いたざっくりとした短い話の中では、邪神と戦いあと一歩のところまで追い詰めた。だが倒しきれず、不老不死の呪いを受けてあの空間に幽閉されてしまったって言っていたっけ。


「そうよ士郎。兄と戦ったのがエルヴィン。私が彼に兄を倒して欲しいと頼みました。そうしなければ、兄はいずれ世界を破滅させていたからです。神滅することは叶いませんでしたが、彼のお蔭で兄の力を大きく削ぐことができました。エルヴィンには本当に感謝しています」


「そっか……エルヴィンが……」


 エルヴィンは世界を救っていたんだな。

 やっぱり貴方は凄いよ、エルヴィン。というか、神とたった一人で戦って倒すところまでいったというのが改めて無茶苦茶過ぎる。


「ねぇアムゥル、お兄さんを殺すのは苦しくなかった?」


「ふふ、やっぱり灯里は優しいのね」


 悲し気に尋ねる灯里に、アムゥルは切な気な笑みを浮かべる。

 アムゥルがエスパスの妹であるなら、兄を殺すことに躊躇はしなかったのだろうか。


「兄もね、最初は良き神だったのよ。引き裂かれた時空のひずみを修正する役目を担っていた。面白い物を造っては私をよく笑わせてくれたわ。世界の秩序と安寧を保つ良き神であり優しい兄だった」


「そんな善良な神がどうして邪神なんかに堕ちてしまったんだい?」


「本人が言っていたから確かだと思うのだけど、「飽きた」と言っていたわ。面白いことがしたいと、下界に干渉するようになってしまったの。ただ自分が直接どうこうする訳でもなく、争いの種を撒き散らして、それを見て面白そうに嗤っていたわ」


「うわ~、マジでタチ悪いじゃん」


 飽きた……たったそれだけの理由で世界を滅茶苦茶にしたってのかよ。


「私もやめて欲しいと何度も言ったけれど、兄は止まらなかった。やがて兄は力を奪われ神界からも追放されたの。けど兄は下界で教徒を集め、力を取り戻していったわ。私達神は直接下界に干渉することはできないから、私がエルヴィンに神託を授けたの。兄を倒して欲しいって」


「そうだったんだ……」


 アムゥルが神であっても、自分の兄を殺して欲しいと言うのは酷だったろうな。


「兄は私達の世界に飽き足らず、貴方達の世界に目をつけた。どうやって他の世界の存在を知ったのかは分からないけど、時空を操る兄だから干渉できた。そこで兄は、こちらの世界の塔をダンジョンに変えて楽しんでいるのよ」


「話を聞いて神エスパスがただ面白いことをしたいという性格なのは分かりましたが、何故ダンジョンなのでしょうか? それも、こちらの世界のファンタジーゲームを模した形で」


「ごめんなさい、それは私にも分からないわ。だけど兄は、ダンジョンだけで留まることは無いと私は考えている。いずれこの世界でも災いをもたらすつもりよ」


 マジかよ……ダンジョンだけでも世界中が大混乱に陥ってしまったのに、もっとヤバい事を起こすってのか。

 アムゥルの話を聞いて呆然としていると、楓さんが尋ねる。


「それを阻止する手段はないのですか? というより、ダンジョンを消滅させる方法は無いのでしょうか?」


「それも分からない。だけど、兄がこちらの世界のゲームを模してダンジョンを創ったというのなら、ゲームを攻略すれば消滅すると思うわ……。兄は悪に染まってしまったけど、そういう拘りはまだあるから」


「良かったぁ、希望はあるってことだね」


「なら私達ができることは、ダンジョンを攻略することだね」


 ダンジョンを消滅させられるかもしれないと聞いて安堵する島田さんに、やる気を出す灯里。灯里が言う通り、今俺達ができることはダンジョンを攻略していくことだろう。

 ゲームのように百階層をクリアすればいいのか、その先があるのかは分からないけど。


「許斐士郎、私からあなたにお願いがあります。ダンジョンを攻略し、兄を止めてください」


「えっあ、まぁ……元々ダンジョンは攻略するつもりだけど」


「なぁ神よ、何故シローなんだい?」


 メムメムの疑問は俺も同じだ。

 そんな改めて言うことだろうか? しかも、どうして日本最強の冒険者である刹那やアルバトロスの風間さんではなく俺なんだろうか。


「まだ詳しくは言えないけれど、士郎でなければならないの。いえ、そうじゃないわね。士郎ならやってくれると信じている。貴方はそういう運命を持っているのよ」


「運命……」


「その為に、貴方に早く強くなってもらおうと数々の試練を与えてきたわ」


 試練だって? いったい何のことだろう。

 今まで色んな事があり過ぎたから、どれが試練なのか分からないな。


「ふふ、分からないようね。そうね、まず初めは隻眼のオーガよ」


「「えっ!?」」


 隻眼のオーガだって!?

 あ~言われてみればそうかもしれない。転移した場所は本来のボスステージと違ったし、ボスのオーガは隻眼だし、モンスターなのに喋ったりとおかしい点は色々あった。

 そっか……あれはアムゥルの仕業だったのか。


「戦場で生き残ってしまった隻眼のオーガは、戦士として死にたかったと後悔しながらただ死を待っていたの。その望みを叶える為と、士郎に強くなってもらう為に戦ってもらったわ」


「そうだったのか……」


『カンシャスル、センシタチ』


 あの時は勝つことに必死で何がなんだか分からなかったけど、隻眼のオーガは戦士として死にたかったのか……。だから最後、戦士として死ねることに対して俺達に感謝したのだろう。


「ちょっと待ってください。隻眼のオーガの件は私達が異世界に行ったという説がネットで囁かれたのですが、もしかして本当にそうなんですか?」


「厳密に言うと違うわ、楓。あなた達が行ったのではなく、来させたの。異世界の空間を一部だけダンジョンに召喚したって訳。私の力でできるのは精々それくらいなの」


「なるほど、そういう事でしたか。でもそれ、私達が異世界の場所に居たというのには変わりないですよね。もし死んでしまっていたら、本当に死んでいたのではないですか?」


「ええ、死んでいたわね」


「「――っ!?」」


 おいおい、そんな気軽に言わないでくれよ。

 もし本当に死んでいたらどうするつもりだったんだよ。


「まぁ、そこは安心して。例え死んでも、あの空間内でなら生き返らすことはできるから。それにあなた達なら勝てると信じていたしね」


「ははは……僕死ななくてよかった」


 割と一番危険だった島田さんが大きなため息を吐く。

 そういえば島田さん、隻眼のオーガから蹴りをもらって最後まで気絶してたんだっけ。なんとか生きていたけど、事実を知った今では笑いことじゃないよな。


「神よ、他に何があるんだい?」


「ふふ、メムメム。邪教徒に封印されていたあなたをダンジョンに召喚したのは私なのよ」


「何だって?」


 目を見開くメムメム。これにも驚いたな。

 世界中を驚かせた異世界人メムメム。宝箱から出てきた時はそりゃもう驚いたよ。初っ端の自己紹介で勇者と共に魔王を滅ぼした勇者一行で、人間ではなくエルフだって言ってくるしな。


 俺達の前に現れたのはただの偶然だと思っていたが、アムゥルがメムメムを俺達に引き合わせたのか。


「勇者と共に魔王を倒したあなたの存在は、きっと士郎の助けになってくれると思ったわ。世界の脅威に再び立ち向かってくれると信じたの」


(そうか……そういう事だったのか! なんとなく読めてきたぞ、神がボクをこちらの世界……いやシローに引き合わせた理由を。魔王を倒した勇者マルクスの仲間であるボク。

 心の中で引っかかっていた、シローの魂の形がマルクスに似ていること。そしてさっき神が言っていた、シローの運命。これはまだ憶測に過ぎないが、シローはマルクスの――)


「ん? どうしたメムメム」


 メムメムが無言でじぃぃっと俺を見つめてくる。

 気になったので聞いてみるも、彼女は「いや、何でもないよ」と小さく笑って誤魔化してしまった。なんなんだよもう、気になるじゃないか。


「ねぇアムゥル、それ以外にもまだあるの?」


「勿論あるわよ灯里。『嘆きのメーテル』もそうね」


「そうなの!?」


「あれは遥か昔に実際に起きた悲しい話だったわ。あの結末で終わるのは悲し過ぎるから、私が新しい物語をダンジョンに付け加えて出したの。でも隻眼のオーガのように異世界を召喚した訳ではなく、“ゲームのイベント”として作ったから実際に起こったものではない。それでもきっと、ルークとメーテルの魂は救われたと思うわ。灯里達のお蔭でね」


 そうであると俺も信じたい。

 闇から解放され正気に戻ったルークはメーテルと再会し、愛の言葉を交わし合えた。あれが本当のものではなくアムゥルによって作られたアフターストーリーだったとしても、バッドエンドからハッピーエンドに変えることができてメーテルとルークも報われたと思う。


「最後はエルヴィンよ」


「まぁ、そうだろうね。そっちは隻眼のオーガのパターンかい? 異世界を召喚したんだろ」


「その通りよ、メムメム。私のせいで兄に幽閉されてしまったエルヴィンを解放してあげたかった。歴代の勇者達に協力してもらったけど、彼等でもエルヴィンを解放できなかった。士郎と彼を引き合わせたのは、士郎を強くさせる為と、もしかしたらエルヴィンを解放してくれるかもしれないと一縷の望みがあったから。

 流石に士郎一人では歯が立たないだろうから、神木刹那にも協力してもらったわ。強引に、だけどね」


 ペロっと舌を出してお茶目に言うアムゥル。

 そういえばあの時、モンスターと戦っている最中に突然目の前に黒い穴が現れたって刹那が言ってたっけ。攻略の邪魔をされたから地味に怒ってたな……。


 あれ、でもそうなると風間さんは?

 風間さんのことを聞いてみると、アムゥルは困ったような顔を浮かべて、


「風間清一郎については誤算だったけど、彼が居なかったらエルヴィンを解放できなかったから今では感謝してるわ」


 はは……本来風間さんは呼ばれていなかったのか。

 それは本人に言わない方がいいだろう。でも、アムゥルが言った通り風間さんが居なかったらエルヴィンに勝つことはできなかっただろう。俺と刹那だけじゃ確実に負けていた。


「改めてお礼を言わせて、士郎。エルヴィンを救ってくれてありがとう」


「ううん、俺はできることをしただけだよ。それに、俺だけの力じゃないしね」


「アムゥルさん、それ以外にもあったりしますか?」


「もうないわよ」


「えっ、そうなんですか? 士郎さんがやたら異常種と遭遇しているのは関係ないと?」


「それは単純に運が無いだけじゃないかしら。それか、兄が関与しているかもしれないわね」


 へぇ、異常種はアムゥルの仕業じゃなかったのか。

 ゴブリンキングに始まり、灯里を攫ったシルバーキング、ロシアでの白狼王ホワイトウルフキングに得体の知れない侍機士。そしてカースシリーズをバラまいていたバグ。


 何度も異変に巻き込まれたけど、それは単に俺の運がなかったからなのか。

 でもアムゥルの兄エスパスの仕業かもしれない点は拭えない。できればそっちの方がいいかも、余りにも運が無さすぎだしな……うん、そうしておこう。


「ちょ、ちょっといいかい?」


「どうしたの、拓造」


「今までの話ってさ、僕達の世界では結構重要なことを話していると思うんだけど、これ全部配信されてるのかな?」


「あっ」


 恐る恐る尋ねた島田さんの疑問は尤もだ。

 異世界の神だとか、ダンジョンを創ったのはアムゥルの兄であるエスパスだとか、重要なことを赤裸々に話してしまっている。

 もしこれが動画で配信されていたら、世界中大騒ぎになっていないだろうか。そんな懸念に対し、アムゥルは「大丈夫よ」と言って、


「この場所は私が作った空間だから配信されることはないの。だから安心して、拓造」


「そ、そうかい? ならよかったよ」


「でも、私や兄の存在はまだそちらの世界に公表しない方がいいわ。それをしたら、兄が気分を害して何かするかもしれない」


「分かりました。ここでの話は私達だけに留めておきます」


「そろそろ時間ね。あなた達を元の場所に帰さいといけないわ」


 そう告げるアムゥルは、灯里の方に顔を向けて、


「灯里、あなたの気持ちは純粋で素敵なものだわ。その心を忘れないで、あなたは士郎を支えてあげなさい」


「アムゥル……もしかして私に――」


 灯里が何か尋ねようとするが、アムゥルは口に人差し指を当てて微笑み、話を遮った。

 最後に俺達全員を見渡すと、


「どうかお願い、兄を止めて」


「分かった。必ず止めるよ、俺達皆で」


「「うん」」


 アムゥルに誓うと、皆も力強く頷いた。

 それを見届けたアムゥルが微笑んだ瞬間、意識が朦朧としてくる。


「士郎、君が来るのをずっと待っていたよ」


「その言葉……」


 アムゥルが口にした言葉と、夕菜ではない声音をどこかで聞いたことがあった。

 そうだ……あれは確か隻眼のオーガを倒した時に聞いた――。


「強くなったね。でも、もっと強くなって。私はずっと、あなたを見守っているわ」


 あの時の声は君だったのか、アムゥル。



 ◇◆◇



「うっ……んん……」


 目を覚ますと、三十階層の光景が視界に広がる。

 どうやら戻ってきたようだ。順に皆も起きて、一旦集まる。


「いや~、とんでもない事になっちゃったね」


「島田さん、その話はここではしないようにしましょう」


「あっ! そうだったね……ごめんごめん、ついうっかり」


 アムゥルとの会話を話そうとする島田さんを口留めする楓さん。

 彼が喋ってしまう気持ちもよくわかる。異世界の神とか、俺を強くさせようと試練を与えていたのがアムゥルだったとか、ダンジョンを創ったのがエスパスだとか、衝撃の事実ばっかりだったもんな。


「そうだ……夕菜!」


 一番肝心なことを思い出す。

 夕菜の身体を借りていたアムゥルは、夕菜を返すと言っていた。急いで夕菜を探すと、近くに倒れているのを発見する。


「夕菜、夕菜!」


 眠っている夕菜のもとに向かい、身体を揺さぶって起こそうとするも、全く反応がない。そこでメムメムに容態を診てもらおうと頼むが、


ダンジョンここでは魔力を扱えないよ。戻らないとね」


「そ、そうだったな」


「大丈夫だよ士郎さん。きっと夕菜も目を覚ますよ」


「灯里……」


 焦る俺の気持ちを汲んでくれた灯里が、夕菜の顔を見下ろしながら安心させる言葉を伝えてくれる。


「帰ろう」


 夕菜の身体を労わるように抱き起こして、皆にそう告げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る