第180話 スカイウォーク
「シャアアア!」
「ブレイズソード!」
「シャ――!?」
砂浜の中から忍び寄るように近づいてきたサンドシャークは、獲物を喰らわんと大きな顎を開いて飛び掛かってくる。
モンスターの不意打ちに対し、俺――
豪炎を纏った漆黒の剣は、砂鮫の鼻先から尻尾までを一閃し、真っ二つに斬り裂いた。サンドシャークは悲鳴すら上げられずに、身体がポリゴンとなって消滅していく。
うん、やっぱり火属性が付加された斬撃は切れ味抜群だな。
ブレイズソードは【火属性3】と【魔法剣3】を取得すると覚えられる
豪炎を纏って斬ることで威力も大幅に上昇しているし、その上MPの消費も少ないので燃費も良い。さらにエフェクトやモーションも個人的にかなりイカしていると思っている。
【魔法剣3】を取得してからはブレイズソードばかり使用している。初めて使ってみた時に、何でもっと早く取得しなかったのかとちょっとだけ後悔したもんな……。
「ロックオン」
「キュイ!」
鋭い眼差しの
「させません!」
無防備な灯里へと水球が降り注ぐが、彼女を守るように
「チャージアロー!」
放たれた充填矢が凄まじい勢いでカモールに飛来する。しかしかなりの距離があるため、その間にカモールは翼を羽ばたかせて射線から逃れようとしていた。
が、そんなカモールを追いかけるように矢の軌道がグイっと曲がる。
「ギョエエエッ!?」
何で!? と言わんばかりに吃驚するカモールに矢が直撃すると、カモールは悲鳴を上げながら消滅した。
何故灯里が放った矢が突然軌道を変えてカモールを追尾したのかというと、その仕組みは彼女が取得した【命中3】スキルで覚えられるアーツのロックオンの効果によるものだ。
対象のモンスターにロックオンを使うと、次に行う遠距離攻撃がモンスターに当たるまで追尾するのである。それは灯里のチャージアローや俺が使うスラッシュウエーブなどのアーツや、魔法が適応する。なので近距離攻撃には適応していない。
それと残念ながら絶対に必中という訳ではないんだよな。
射線に障害物があったり、モンスターが海や地面に潜ったりすると当たらなんだ。まぁそれでも、遠くに居るモンスターに攻撃を当てられるというんだから有用なスキルだと思うよ。特に弓矢での遠距離攻撃型の灯里にはね。
「GJです、灯里さん」
「楓さんも、守ってくれてありがとう!」
灯里と楓さんが協力してモンスターを倒し讃え合っている中、身長190cmある島田さんに肩車をしてもらっているメムメムがタクトを掲げると、四方から彼等を取り囲んでいる四体のナマークへと攻撃魔術を放った。
「ストロングラビティ」
「「ウウウッ――!?」」
強大な重力がナマークに伸し掛かり、モンスター達は呻き声を上げながら地面に圧し潰される。
ストロングラビティは【重力魔術5】を取得すると使えるグラビティの強化版だ。グラビティよりも広範囲に重力をかけられ、威力も絶大である。
だが、この攻撃だけではナマークを殺しきるには至らなかったので、メムメムは島田さんの頭をポンッと叩いて催促する。
「ほらシマダ、ボクにMPをくれ」
「ははっ了解。マジックヒール」
島田さんが魔術を使用すると、メムメムの身体が淡い青色の光に包まれる。
マジックヒールは【回復術7】を取得すると覚えられ、パーティーメンバーのMPを回復する魔術だ。自らが使用するMPは少ない上に、回復量はかなり多い。値段の張るマジックポーションを使用せずにMPを回復できるから、正直言って家計的にも大助かりな魔術である。
「サンダー×4」
「「ウウウッ!?」」
島田さんにMPを回復してもらったメムメムは、重力魔術を一度解いて初級雷魔術を怯んでいるナマークそれぞれに対して連続で放つ。雷魔術が弱点のナマークは攻撃を喰らうと、悲鳴を上げて消滅した。
「まっ、こんなもんだろ」
「流石だね、メムメム君」
島田さんが肩の上にいるメムメムを褒めると、彼女は満更でもなさそうに鼻を鳴らした。
因みに、どうして島田さんがメムメムを肩車しているのかというと、高い所からの方が視野が広がり、攻撃魔術の範囲も広がるからだそうだ。
特に島田さんは190cmもあるしね。だから決して二人がふざけている訳ではない。
「クワー!」
「あれ、まだ一体いたか」
モンスターの群れを殲滅したので一息吐こうとしたのだが、新たに一体のライトニングバードが現れてしまう。
一体だけなので、俺は皆に「俺が行くよ」と伝えて大きくジャンプした。そこからさらに“空中をおもいっきり蹴り上げる”。
「スカイウォーク!」
アーツを使用した俺は、空中を蹴ってジャンプしていきライトニングバードに接近した。
空に飛んでいるモンスターに対し、近距離型の俺は手出しが出来ない。しかしそれは、以前までの話だった。
スカイウォークは【回避5】を取得すると使えるアーツで、五歩まで空中を移動する事ができるんだ。
モノにするにはかなり難しく、実践した時は何度も地面に落下したっけ。落下ダメージで危うく死にそうになる時もあったな。そもそも空を歩くこと自体、かなりおっかなかったし。
何度も練習に練習を重ね、やっと使い熟せるようになったんだ。
「クワー!」
宙を蹴って接近してくる俺に、ライトニングバードは雷を放ってくる。俺は左腕に装着している『真・鋼鉄のバックラー』で雷を防ぐと、再びスカイウォークを発動して一気に肉薄し、
「ブレイズソード!」
「グェェェ!?」
豪炎を纏った剣でライトニングバードを叩っ斬る。雷鳥が一撃で屠られてポリゴンになっていくのを横目に、俺は落下ダメージを受けないよう上手く宙をステップしながら地面に着地しようとしたのだが――、
「ぅあっ!? ――あだっ!!」
「「士郎さん!?」」
一歩数え間違えたのか、宙を踏み外してしまい地上から三メートルほどの高さから激突してしまった。
痛ってぇ~~~~!!
全身に痛みが走って悶絶してしまう。
おっかしいなぁ、まだ一歩分残っていると思ったんだけどなぁ。戦闘に気が回ってしまうから、歩数管理も難しいんだよね。有用だけど難しいアーツだよな、スカイウォークって。
「士郎さん、大丈夫ですか!?」
「まぁ……うん、なんとか」
俺に駆け寄って心配してくれる彼女は
肩まであるサラサラなセミロングの黒髪は、優しく吹く潮風にはらりと揺られている。目は大きいし睫毛も長く、鼻は高く唇は小さいと、全体的に可愛い系に整った顔立ちだ。
普段は愛らしい笑顔が特徴的な彼女だが、最近はドキッとするぐらい大人の表情を見せる時もあるんだよな。
身に着けているスカイバードの防具から見える健康的な白い肌は艶めかしく、それに何と言っても大きな胸。つい視線が吸い込まれそうになってしまうほどの魔力がそこにはあるが、屈強な精神を持って意識しないようにしている。
灯里は誰がどう見ても美少女だ。
今では非公式ながらファンクラブも(勝手に)設立されており、ファン数は時々チェックする度に増え続けている。その人気は天井知らずで、今では日本に留まらず世界中の人達もファンクラブに入会しているらしい。
そんな美少女の灯里と俺は、色々訳あって同棲している。
女子高生である彼女と同棲しているのは非常にマズいんだが、灯里の親御さんからは許可を頂いていた。
何より、俺と灯里には共通点があった。
それは二人共、三年前に突如ダンジョンに変貌した東京タワーに家族を囚われてしまった、ダンジョン被害者だという事だ。
俺は九つ離れている妹の
俺と灯里は、共にダンジョンから家族を救い出すという共通目的があって冒険者になったんだ。母親の里美さんは助け出せたが、まだ父親と夕菜はダンジョンに囚われているままだ。
灯里は夕菜と友達でもあり、兄である俺を頼って愛媛県から一人東京に出てきた。その関係もあって、同棲する事になっちゃったんだよな。
最初はお互いぎこちない距離感だったが、今ではもう相手が何を考えているのかすぐに分かるぐらい、一緒にいるのが当たり前になっている。
恋人とかそういう関係でもないんだけど、恋人をすっ飛ばして熟年夫婦のような安心感があるんだよな……自分で言うのもなんだけど。
「かなりの高さから落下しましたけど、怪我はありませんか?」
「う~ん……大丈夫、とりあえず骨は折れていないみたい」
身体をチェックして答えると、楓さんは「そうですか」と安堵の息を吐いた。
彼女は
黒くて長い艶やかな髪はポニーテールに纏めてある。キリリとした力強い目に、クールで綺麗な顔立ち。かけている銀縁眼鏡が、クールな顔に拍車をかけていた。
背も高く、今は白銀の鎧に包まれてしまっているが身体の線が細くてモデルさんかと思うようなスレンダーな体型だ。
実は、とある仕事のアクシデントによって彼女のバスローブ越しの素肌を一度目にしてしまっているんだよね。意外と大きかったし、下世話な表現だけどエロかった。
何度も忘れようと努力したが、鮮明に目に焼きついてしまったため中々忘れられないんだよな……ごめん楓さん。
楓さんは俺の会社の後輩だ。
駄目な俺と違って彼女は優秀で、その名は社内に轟いていて名前だけは俺も知っていた。ただ、楓さんも俺のことを知っていたみたいで、食堂で灯里の手作り弁当を食べている時にいきなり話しかけられたんだよな。あの時はかなり驚いたよ。何で俺に? ってね。
今では俺も楓さんも同じ部署に配属されていて、毎日顔を合わせて仕事をしている。といっても、彼女の仕事のペースは俺よりも凄いけどね……。
楓さんは会社では後輩だが、冒険者としては大先輩だ。
攻略に焦っている時にホーンラビットに殺されてから、俺と灯里は早く強くなろうと楓さんにパーティーに加わって欲しいと頼み、彼女は快く承諾してくれた。
ダンジョンにも詳しいし女性ながら超優秀なタンクなんだけど、楓さんはモンスターの攻撃を喰らい続けると突然興奮してしまうダンジョン病にかかっていた。
ダンジョン病によって苦しんでいた時期もあったが、『調子に乗った初心者キラー』なんて呼ばれているミノタウロスと戦った時に吹っ切れたのか、それ以降は症状が治まっている。まだ時々なっちゃう時もあるけど、それは本人としても別に構わないらしい。
楓さんは歳下だけど、会社でもダンジョンでも本当に頼りになる女性だ。
「スカイウォークは難しそうだね」
「大分マシになったんですけど、歩数管理が甘いと今みたいになりますね……」
「それは大変だ。あっ、ヒールかけておくね」
「ありがとうございます」
俺にヒールをかけてくれるのは
細い目は目尻が下がっていて優しい顔立ちをしている。何より特徴的なのが190cmを超える長身だ。ギルドに人が溢れ返ってもすぐに見つけられるので、正直かなり助かっている。
島田さんは物腰が柔らかい性格だけど、優しくていざという時は凄く頼りになる男性だ。出会った頃は頼りない印象があったけど、今では時々相談に乗ってくれたりと、付き合っていく内に経験豊富な大人だという事が分かったんだ。
彼は既婚者で、紗季さんという可愛い奥さんがいる。
紗季さんも結構キャラが強い人なんだけど、島田さんのことを支えているし、島田さんも紗季さんが大好きなことが強く伝わってきていて、素敵な夫婦だな~と思う。
特に島田さんは酒に酔うと延々と紗季さんの惚気話をするんだよな。惚気話は構わないんだけど、ずっと聞いていると甘すぎて胸焼けしてしまいそうになるけどね。
島田さんは
だけどその代わり、戦い過ぎてしまうと無意識に目に付く物に斬りかかってしまう事があって、その所為で俺達のパーティーに入る前は色々なパーティーを転々としていた。
その状態は楓さんのダンジョン病と同じもの。本人は冒険者を引退するべきか迷っていたけど、俺達とリハビリを続けたことにより、今ではすっかり治って戦闘に参加しても症状は全く出ていない。
自分に打ち克ったんだ、島田さんは。本当に凄いよな。
そんな彼もつい最近レベルが30になり、
島田さんには人生の先輩としても、回復術師としても頼りにさせて貰っているんだ。
「全く、シローはダメダメだね。そんなんじゃ階層主に瞬殺されてしまうよ」
「ぅぐ……早くモノにするよう努力するよ」
島田さんに肩車されながら、やれやれと肩を竦める小柄な少女はメムメムだ。
絹のようなサラサラで長い銀の髪に、処女雪の如く真っ白な肌。
とても同じ人間とは思えないほど美しい少女は、実際人間ではない。
それが顕著に表れているのは、横に真っすぐ伸びている長い耳だ。メムメムは人間ではなくエルフという種族で、俺達がいる世界とは異なる世界――異世界の人間なんだ。
メムメムと出会ったのは、ダンジョン十六階層を探索している時だった。
偶然見つけた宝箱を開けると眩い光に包まれ、ポリゴンが収束していき少女の形に成る。それがメムメムだったんだ。
そういえば、初めて会った時メムメムは俺をマルクスと勘違いしたんだっけ。
マルクスというのは異世界の勇者だ。メムメムはマルクスや他の仲間達と共に魔王を討ち倒した凄い魔術師だったんだよな。それを聞いた時はまぁ驚いたね。
皆で話し合って、俺達はメムメムを保護することになった。
それから色々あったんだが、彼女は今俺の家に居候している。灯里とメムメムと三人で暮らしているって感じだ。
メムメムは日本の漫画やアニメ、ソシャゲなどにドハマりしてしまい、家ではぐ~たら三昧。それを見かねて灯里が怒ったり注意しているが、ぐ~たらは中々直らないっぽい。
全く、どっちが子供なんだか……。見た目は少女だけど、エルフであるメムメムは俺達より何倍も長く生きている。正確な歳は教えてくれないが、何百年と生きているんだよな。
そんなニートのメムメムも、ダンジョンでは頼りになる仲間だ。
魔王を倒した実績があるだけのことはあり、いつも冷静に戦場を俯瞰で眺めて臨機応変に対応し、俺達を援護してくれている。メムメムが居なかったらパーティーが全滅していた回数はかなりあると思うよ。
家の中でもダンジョンと同じくらいキリリとしてくれたらいいんだけどね……。まぁ現実世界でも助けてもらっている部分もあるけど。
「「はい、士郎さん」」
「ああ、ありがと」
灯里と楓さんから手を差し伸べられた俺は、二人に引っ張ってもらって立ち上がる。
俺――許斐士郎は、冒険者になる前は冴えないサラリーマンだった。
上司からはこき使われ、同僚からは馬鹿にされ、つまらない毎日を過ごしていた。
そんな俺は灯里と出会って冒険者になり、楓さんや島田さんにメムメム、他にも様々な人達と出会い、かけがえのない沢山の経験を得られた。
あの時と比べたら、自分でも信じられないくらい充実した毎日を送っている。本音を言うと、今が凄く楽しいんだよな。
ただ、それに満足してはいけないんだ。
だって妹の夕菜がまだ、ダンジョンに囚われているのだから。
必ず夕菜を救い出す。
日々の生活を楽しんでいても、それだけは忘れてはならないと、俺は自分の胸に刻み込んでいたのだった。
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