第181話 ベッキー

 


 長期夏季休暇から早くも一か月の時が過ぎた。

 この一か月の間で、俺達は順調にダンジョンの階層を更新していき、今では二十九階層まで到達している。今日も二十九階層を攻略している最中だった。


「あっ、さっき『ナマークの滑皮』が二つドロップしたよ」


「そうですか。これでやっと全員分のマントを作るための素材が集まりましたね」


 島田さんの報告を聞いた楓さんが嬉しそうに微笑む。

 それはそうだろう。大量の『ナマークの滑皮』を手に入れる為に、これまでずっとナマークと戦っていたからな。

 大変なのもそうだが、同じモンスター(特にナマーク)を探してずっと戦うのってかなりキツかったんだよ。ビジュアル的にもアレだし……。


 俺達が二十九階層で行っていたのは、モンスターと戦闘してレベルを上げる事とナマークからドロップする『ナマークの滑皮』を手に入れる事だった。


 その二つを行っているのには理由がある。

 それは、三十階層の階層主である火竜レッドドラゴンと戦う準備をする為だった。


 レッドドラゴンは、上級冒険者の登竜門といわれる強敵なモンスターだ。

 どの冒険者も、この壁には必ずぶち当たってしまう。初見ではまず倒せないだろう。


 日本最強の冒険者と呼ばれている神木刹那かみきせつなや、日本最強の冒険者パーティーのアルバトロスでさえ、初見では突破できず何度もトライしていた。


 最近では歌って踊って戦うアイドルのDAが攻略していたが、少し前まで攻略できないでいた。新たにDAに加わったロシアの歌姫アナスタシア=ニコラエルの戦力によって、やっと攻略できたんだよな。


 レッドドラゴンはそれほどまでに強く、今まで戦ってきたモンスターとは一線を画しているんだ。

 火竜と戦う適正レベルは30以上が推奨されている。なので最低でもパーティーメンバーのレベルを30以上に上げておきたい。メムメムはちょっと時間的に厳しいので、できるだけ上げる方針だ。

 三十階層へ進む階段を何度か発見しているが、俺達はスルーしてレベル上げに勤しんでいる。


 もう一つの目的はナマークからドロップするアイテムの『ナマークの滑皮』だ。

 ナマークの滑皮を素材にして作られるマントは火属性に強く、レッドドラゴンから放たれる火息ブレスに対して耐性があるんだ。


 火竜の十八番おはこであるブレスの威力は絶大で、喰らったらほぼ一発で即死してしまう。だが、ナマークのマントを羽織っていれば即死を免れる可能性がグッと上がる。

 レッドドラゴンと戦う時にはナマークのマントが必須であり、マントを作る為の素材を手に入れる為に何度もナマークと戦っていたんだ。


 今回の戦闘でやっと全員分のマントを作る為の素材が集まった。苦労したけど、無事手に入れることが出来て良かったよ。


 後は俺と灯里のレベルが30になれば最低限の準備は完了するのだが……。


「お二人共、レベルの方はどうですか?」


「う~ん、レベルアップのアナウンスは鳴らなかったけど、ちょっと確認してみるよ」


「あっ、じゃあ私も」


 俺と灯里は、同時にステータスを確認する為の台詞を唱える。


「「ステータスオープン」」



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 許斐 士郎 コノミ シロウ 26歳 男 

 レベル:29

 職業:魔法剣士 

 SP:10

 HP:520/410 MP:430/190

 攻撃力:485

 耐久力:410

 敏 捷:420

 知 力:380

 精神力:435

 幸 運:370


 スキル:【体力増加2】【物理耐性3】【筋力増加1】【炎魔術3】【剣術5】【回避5】【気配探知2】【収納】【魔法剣3】【思考覚醒】


 ユニークスキル:【勇ある者】

 ユニークアーツ:【心刃無想斬】


 称号【キングススレイヤー】

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 使用可能なSP 10


 取得可能スキル 消費SP

【剣術6】   60

【体力増加3】 30

【物理耐性4】 40

【筋力増加2】 20

【炎魔術4】  40


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 一か月前と変わっているのは、【魔法剣3】と【回避5】を取得したことだな。


【回避5】を取得した理由はスカイウォークを使えるようにする為である。レッドドラゴンは戦闘中に空を飛ぶので、空中戦をしておけるようにしたかったんだ。


 攻撃役アタッカーの中でも灯里とメムメムは空中への攻撃方法があるが、俺は空に飛ばれたら無力になってしまうからな。スカイウォークが使えるようになれば、近接戦闘の俺でも戦闘に加わることができるし。


【魔法剣3】を取得したのは単純に威力のある魔法アーツを使いたかったし、取得するSPも合計50と安上がりだった。実際使ってみても手応えはあるし、良い買い物だったと思う。


 ただこの二つのスキルレベルを上げたことで、残りのSPが少なくなってしまったけどね……まぁそれは仕方ない。全てはレッドドラゴンを倒す為だからな。


 ステータスを閉じた俺は、残念そうに首を振って皆に告げる。


「やっぱり上がってなかったよ……」


「私もまだだった」


「そうですか……。まぁあと1レベルですし、そう焦らなくていいでしょう。『ナマークの滑皮』も集めたことですし、今日はもう探索を終えて信楽しがらきさんのところに行きましょうか」


「うん、そうしようか」


 楓さんの言う通り、30レベルまで後1だから来週にでも上がるだろう。彼女の提案に賛成した俺達は、二十二階層へ向かうのに一々いちいち下りの階段を探すのは面倒なので、一度現実世界に戻る為に自動ドアを探すことにしたのだった。



 ◇◆◇



「信楽さ~ん、いますか~?」


 立派なログハウスの玄関を叩いた後、声を張って信楽さんを呼ぶ。

 一度現実世界に帰還した俺達は、モンスターが出現しないセーフティーエリアの二十二階層に転移してから信楽奉斎ほうさいさんの家を訪れていた。


 信楽さんは冒険者兼鍛冶師で、ダンジョンの中に家を建てて鍛冶を行っているという酔狂なお爺さんだ。

 以前に一度、俺達は武器や防具を信楽さんに鍛え治してもらっていて面識がある。その際に信楽さんと模擬試合をしたのだが、それはもうめちゃくちゃ強かったよ。全く歯が立たなかった。


 まぁ信楽さんは冒険者の中でも古参で、レベルも70以上あるから強いのは当たり前なんだけどね。しかも剣道八段でなんとか流の師範だって言ってたし。


 今回はナマークのマントを作ってもらう為に訪れた。話は事前に通してあり、素材が集まったらいつでも来ていいと言われていた。五人分のマントを作るのにも時間がかかるだろうし、早めに渡しておけば来週か再来週あたりには完成していると思う。


「おぅ、開いてるから入ってきな」


「「お邪魔します」」


 家主に許可を頂いた俺達は揃って中に入る。

 室内には以前と変わらず威風堂々とした佇まいのお爺さんである信楽さんと、そしてもう一人先客がいた。


(なんだか凄い奇抜な人がいるけど……誰だろう?)


 信楽さんの横にいる男性につい目が奪われてしまう。

 坊主より気持ち長めな頭髪はピンク色に染まって剃り込みも入っており、上は赤色のタンクトップ一枚に、下はダメージジーンズを履いている。

 男前な顔立ちで、肌は全体的に浅黒く、両耳に沢山のピアスや両手に指輪を付けていた。


 あまり詳しくないけど、パンク系ファッションというものなのだろうか? なんかもう色々とビジュアルのインパクトが強すぎて目が混乱してしまう。


 謎の男性の外見に全員が言葉を失っていると、彼は満面の笑顔を浮かべてスルスルと俺に近付いてくる。


(な、なんだ!?)


 イカつい外見に急に迫られて困惑していると、彼は俺の顔を舐めるようにジロリと見つめてきて、


「あなた、もしかしてシローちゃん?」


「えっ? あ……はい、そうですけど」


「やだも~やっぱり~!? か~わ~い~い~!! やっぱり“生”の方が圧倒的に素敵だわ~!」


「「ええ……?」」


 男性は突然頬に手を添えて身体をくねらせながら大声を上げる。

 予想外の反応に意表を突かれた俺達は、ぽか~んとただ驚愕するしかなかった。呆然としている俺に、彼はさらに強めにハグしてくる。


「いや~ん、イイカラダしてるわね~! 最っ高よ!」


(――っ!?)


 うわぁぁあああああ!?

 な……なんだこの人!? 見た目からオラオラ系だと思っていたが、もしかしてソッチ系の人だったのか!?

 しかも声が低くてダンディーなんだけど!? その渋い声色を耳元で囁かないでくれ!


「ちょ、ちょっと……」


「おいやめろ、困ってんだろぉが」


「は~い。もうちょっと堪能したかったけど、しょうがないわねぇ」


 信楽さんに注意された男性は、俺の身体に回していた手をしぶしぶ解いて離れる。

 なんかこう今まで感じたことがない得体のしれない感情に陥っていると、灯里が心配そうな顔を浮かべて聞いてくる。


「士郎さん、大丈夫?」


「まぁ……うん、多分」


 大丈夫かどうか聞かれたら大丈夫ではあるんだけど、メンタルは凄いやられた気がするな……。


「それで貴方は……?」


 魂が抜けかけている俺に代わって楓さんが尋ねると、男性は頬に手を添えてキメ顔で名乗った。


「あたしはベッキー。よ・ろ・し・く・ね♡」

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