第178話 英雄不敗

 


 メムメムたちとホワイトウルフキングの戦闘は、未だに膠着状態が続いていた。


 アレクセイと白王狼は相変わらず一騎打ちの状態。どちらも一歩も譲らず、息詰まる激戦が繰り広げられている。


 メムメムが魔術を放って僅かでも隙を作ろうとするが、彼女の攻撃力では白王狼が纏う風の防壁に効果が無く、精々注意を逸らすのが関の山。有効打を与えるのは難しいだろう。


 アナスタシアは『歌手』のユニークジョブによる歌によって、魔力MP回復や身体強化など様々なバフスキルをアレクセイにかけ続けている。歌っている最中は詠唱ができないため、魔術による支援は行えなかった。


 彼女は本来近接戦闘タイプ。歌で自身を強化し、敵にデバフをかけつつ目にも止まらぬ速さで敵を斬り伏せる戦闘スタイルだった。

 だが今回は弟のレオニートを背負っており、万が一にも傷つけさせられないので攻撃には参加できない。歯痒くも、後方でバフをかけるしか役目がなかった。


 しかし、そのバフがアレクセイを落とさせない最大の理由である。

 白王狼の攻撃は激しく、息吐く間もないほどの猛攻。ポーションを飲もうとする余裕なんてない。減っていくMPを回復させたりしているからこそ、アレクセイは長い間一人で戦えていた。


 アレクセイも強力なアーツを何度も繰り出してはいるが、クリーンヒットは未だにゼロ。ホワイトウルフキングの速度が尋常ではなく、全く当たらなかった。


 獣の本能なのか、それとも経験値によるものなのか定かではないが、白王狼は危機察知能力も高い。アレクセイが大技を放とうとすると瞬時に反応し、避けられてしまうのだ。


 幸いなことに、白王狼はアレクセイしか狙ってこない。なので被弾しないことを第一に考え、陣形が崩れないようにしていた。自分が殺されるのと同時に、パーティーの敗北が決定してしまうからだ。


 一方のホワイトウルフキング。

 こちらも果敢にアレクセイを攻めてはいるが、たったの一撃も喰らわせられず、焦燥感を抱いていた。

 スピードを生かし、あらゆる手を使っても崩せない。余りにも防御が硬かった。


 一年前もそうだった。

 白王狼と半身であるもう一体の異常種と共に戦った時も、アレクセイ一人に圧倒されたのだ。


 右目の古傷が疼く。

 一年前のことをホワイトウルフキングは片時も忘れたことはない。右目をやられて怯んでいる時、トドメを刺される瞬間に半身が庇った。己の代わりに犠牲になった半身は、肉体が淡く光り消えゆく中、「逃げろ」と叫んでくる。

 白王狼は悲しみと屈辱を味わいながら、尻尾を巻いて逃走したのだ。


 あの時の怒りは忘れない。

 あれからホワイトウルフキングは傷を癒し、爪と牙を研ぎ、復讐の機会を窺っていた。だが、仇敵が現れることは一度もなかった。

 しかし、奴は己の前に再び現れる。そんな確信を抱いていた。


 復讐の炎を燃やしていると、ついにその時が来た。

 約一年後の今日、半身の存在を感じる。気になって来てみれば、仇敵がそこにいた。しかも、仇敵と共にいた仲間と半身も一緒にいる。


 待ちに待った望みが叶った。

 ホワイトウルフキングは咆哮を上げ、仇敵に襲い掛かる。十全に磨き上げた爪と牙で、今度こそその首を獲ってやろう。


 が、そう上手くはいかない。奴もまた、一年前よりもずっと強くなっていたからだ。しかも他の雑魚に邪魔され、分が悪くなってしまう。

 仇敵との戦いに集中したい為、白王狼は手下を呼んで他の相手をさせた。


 もう一体。異質な存在が現れた時は警戒したが、仇敵の仲間に攻撃を仕掛けたので放っておいた。しかも士郎と崖から落ちて、士郎を助けに向かった灯里と、数を減らしてくれたのは大助かりである。


 これでやっと仇敵と一対一で戦い合える。

 闘争本能が昂る白王狼は風を纏い、アレクセイと命の獲り合いを行った。それでも尚、仇敵は崩れない。爪も牙も、一度足りとて触れられなかった。


 苦戦している間に手下が全滅してしまう。その為、また一対一の戦いを邪魔をされてしまう。非常に苦しい状況だ。

 先に後方にいる邪魔な奴等を倒すという考えもある。しかし、目の前にいる男に一縷の隙でも見せたら殺られる気配があった。


 それに加え、あのふざけた格好をしている小さな魔術師。奴からは油断できない気配が漂っていた。迂闊に手を出せば、逆にこちらが返り討ちに遭うような……。


 とは言っても、このままではジリ貧なのも間違いない。体力が削られ、先に力尽きるのはこちらの方だろう。

 覚悟を決めなければならない。己の命を賭す覚悟を。


「ワオオオオオオオオオオンッ!!」


 ホワイトウルフキングは一旦大きく下がると、空に向かって吠える。

 刹那、その肉体から蒸気が噴き出て、体色が赤く染まっていく。その現象は、士郎たちと死闘を繰り広げた隻眼のオーガが使った能力と酷似していた。


 強化スキル、ライフフォース。自身のHPを削ることで、攻撃力を爆発的に上昇させる諸刃のスキルだ。リスクが膨大なため最後まで使いたくはなかったが、もうそんな悠長なことは言っていられない。

 命を削ってでも、勝負ケリをつける。


「はっはっは! 奥の手を隠し持っていたという訳か! いいだろう、その覚悟に敬意を表し、私も切り札を見せよう!」


 ホワイトウルフキングのリスクを冒してでも決着をつけるという強靭な意志に、アレクセイもまた全身全霊で応えようとする。


「『英雄不敗』ッ!!」


 高らかに叫ぶと、アレクセイの身体が黄金の光に包まれた。


 ユニークジョブの『英雄ギローイ』によって発動できる『英雄不敗』は、一時的に全ステータスを二倍に上昇するユニークスキルだ。しかし、発動が解除されるとダンジョンにいる間は全ステータスが半分にダウンしてしまう。


 このスキルを発動するには同一個体との戦いで一定時間決着が付かない場合に限られる。発動条件が難しいスキルではあるが、ホワイトウルフキングとの長き戦いでやっとゲージが貯まり、条件が整ったのだ。


「ガルルァ!!」


「はぁああ!!」


 互いに奥の手を使い、最後の勝負に挑む。

 凄まじい勢いで肉薄し、豪爪を振るってくる白王狼にアレクセイも透明の剣を振るう。剣と爪が重なり劈くような音が鳴り響いた。


 鬩ぎ合ったのはほんの一瞬。

 アレクセイの剣が、白王狼の強靭な爪を斬り落とした。


「ッ!? ガルァ!!」


「おおおお!!」


「ガッ……」


 怯まずもう片方の爪で振るおうとしたが、アレクセイの斬撃はさらに上回った。高速の斬撃によって腕を半ばから斬り飛ばされてしまい、痛みに呻く。


 強い。なんて強さだろうか。

 半身を殺され、屈辱を味わった一年前のあの時。必ず復讐すると誓い、己を鍛えた。それでも歯が立たず、ならばと命を削っても全く手が届かない。


 立ちはだかる仇敵はあまりにも強かった。その堂々たる勇姿に、憧れを抱いてしまうほどに。


「ガルァアアッ!!」


 それがどうした。

 力で衰っていようとも、爪が砕かれようとも、最後の最後まで喰らいつくのみ。己にも決して譲れないものがある。


「ユーの執念には恐れ入るよ。だが、私も負けられない。何故なら私は、英雄アレクセイだからだ!!」


 顎を大きく開けて喰らいつこうとしてくる好敵手に、アレクセイもまた真っ向から挑む。煌めく斬撃が、その喉元を斬り飛ばした。


「ガ……ァ……」


 白王狼の首が雪空の宙に舞う。肉体も力尽きたように倒れ、足先からポリゴンとなって消滅していく。


「わお、凄いね」


「アレクセイ……」


「健やかに眠れ、勇敢なる戦士よ」


 消えていくホワイトウルフキングに、アレクセイは祈りを捧げる。

 戦いは終わった――かのように思われた。


「――ガルッ!!」


 閉じかけていたホワイトウルフキングの瞼が開く。

 終われない。このまま終わってたまるか。勝負を汚してでも、一矢報いなければならない。首だけとなった白王狼が、凄まじい勢いで這いずりながら動く。その狙いは、アナスタシアだった。


「しまった!?」


「ちっ、グラビティ!」


 戦いが終わって油断していたメムメムとアナスタシアに、白王狼の首が襲い掛かる。舌打ちをするメムメムが慌てて重力魔術で止めようとするが、紙一重で躱されてしまう。首はメムメムを無視し、驚愕するアナスタシアを強襲した。


「グルァ!」


 血に染まる牙がナーシャの喉元に迫ろうとした、その時だった。


「はぁああああああ!!」


 後ろから駆け寄っていた士郎が放った斬撃によって、寸でのところで顔を真っ二つに断ち切る。


「シ、シロー……」


「あ、危なかった」


 ホワイトウルフキングの命が完全に尽きる。

 こうして、彼の戦いは幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る